ハッカビーだって? スーパーヒーローは離婚しちゃいかんのか?
Jan 05

以前にも書きましたが、やはり俺としてはデッカードがレプリカントだという設定は好きになれんのよ。今回ファイナルカット版を観ていてつくづく思ったが、この作品のテーマは人間とレプリカントの対比にあるはずなわけで、デッカードとレイチェルの関係も人種(?)を超えた愛であり、おまけに彼女はあと数年で命尽きるという悲劇的な内容なわけですよ。そして人間によって作り出されたレプリカントがもはや肉体的にも知性的にも人間を超えた存在となり、しまいには生命を尊重するという感情さえも備えてしまったことを、狩る者から狩られる者になったデッカードが最後に悟るわけだよね。

これがもし「デッカードはレプリカントだった!」ということになるのなら、単に「同類相哀れんでいる」というだけで作品のテーマがえらく希薄になってしまうと思うんだが、どうだろう。確かにユニコーンを使った最後のタネ明かしの演出は素晴らしいけどさ。例えば「シックス・センス」なんかでは主人公が××だった、と明かされたことでそれまでの伏線が一気に解決されたけど、この作品ではデッカードがレプリカントだと明かされても、それまでの展開が変に複雑なものになるだけだし、あまり賢い終わり方だとは思えんのだが。そこらへんキャストやスタッフはどう考えてるんだろうと思って監督のコメンタリーや3時間超のドキュメンタリー「DANGEROUS DAYS」を観てみたが、あまり関連したことは話してなかった。うーん。

余談だがこの作品って原作に大幅な脚色を加えているわけで、「ブレードランナー」で使用されなかった原作の部分を拾い集めて再映像化しても十分面白いものが出来上がりそうなんだがどうだろう。自分の死期を承知しているレイチェルや、彼女と同型の脱走レプリカント、偽の警察署、自分にVKテストを試みるデッカード、足を切られてもがく蜘蛛、郊外を埋め尽くすキップル、あとまあマーサー教などなど。Sci-fiチャンネルあたりでTVムービーとかにしてくれないかな。

written by Kingink

3 Responses to “「ブレードランナー」ファイナルカット版を観て”

  1. nikki Says:

    町山智浩の本だったと思うんですが、「デッカード=レプリカント」にこだわっていたのは監督だけ、ハリソン・フォードもルトガー・ハウアーも反対したといったことが書いてあったような。しかしこれだけ色々なバージョンがバンバンでてくると熱心なファンは大変だなあとは思うんですが。日本盤は高いですしね。別にオリジナル市場主義ってわけじゃないですがルーカスのスター・ウォーズもそうなんですが、もう編集に次ぐ編集とかディレクターズ・カットのDVDリリースはやめてくれと言いたくなります。

  2. nikki Says:

    >オリジナル市場主義

    至上主義、です。うわあ、恥ずかしい間違いです。

  3. Kingink Says:

    「スター・ウォーズ」はちょっとやりすぎですよね。どうでもいい編集を追加して、いちいち新発売するのはどうかと。

    今回の「ブレラン」は5枚組のやつだと未公開映像とかがたっぷり含まれているそうで、さすがにこれで打ち止めだと思いたいのですが…。よくよく考えてみるとファイナルカット版と最終版って内容が殆ど同じだったような。

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