「ゲット・アウト」鑑賞


日本では10月公開のホラー映画。プロットについて話すと必然的にネタバレになる系の作品なので、以下はネタバレ注意。

これ先に監督のジョーダン・ピールについて語っておくと、もともとThe CWのスケッチ番組「MAD TV」のレギュラーやってたコメディアンで、あの番組が終わったあとに同じくレギュラーだったキーガン=マイケル・キー(なお2人とも黒人と白人の混血)と組んで、コメディ・セントラルで「キー&ピール」という番組を始めた人なんですね。そしたらその番組での人種をネタにした数々のスケッチ(ここで観られるよ)が大ヒットして、2人はいちやく人気者になったのです。そして一緒に「キアヌ」といった映画に主演した一方で、お互いのソロ活動が増えてきて「キー&ピール」は5シーズンで終了。

そのあとキーガン=マイケル・キーはいろんな映画やテレビ番組に出まくってて、ピーボディ賞の司会とかもやってたんだけど、ジョーダン・ピールのほうはメディア露出がグンと減って、何してるんだろうと思ったらホラー映画を監督してるという話が聞こえてきて、そして初監督作として世に出たのがこの「ゲット・アウト」。初週から大ヒットをとばして製作費の何倍もの収益を稼ぎ、黒人監督のデビュー作としては最も興行的に成功した作品になったとか。

話が長くなったけど、要するに作品紹介などで使われる「コメディアンによるホラー映画」というのは正しいんだけどあまり意味がなくて、ピールもキーもすごく頭がいいのはインタビューなどから明らかだったし、ピールが往年のホラー映画が大好きでよく研究していることも公言してたので、ホラー映画のファンが熱意をもって作った作品だと思って観ればいいんじゃないかと。

そして肝心の内容ですが、都会でカメラマンをやっている黒人のクリスは、白人のローズという女性という恋人がおり、2人ははじめてローズの両親たちの住む田舎町を訪れる。自分が黒人だということを懸念していたクリスだが、ローズの両親は人種など一切気にせずにクリスを暖かく受け入れる。恋人の実家で受けた歓迎に安心するクリスだったが、やがて何かが微妙におかしいことに気づき…という内容。

警察のいない田舎町で遭遇する恐怖、というのはホラーの定番だが、ここに人種の要素が入っているのがこの映画のミソ。明確な人種差別の描写などはない一方で、白人が黒人をベタ褒めするとき、裏にはなにか魂胆があるんじゃね?といった疑心暗鬼の雰囲気がうまく醸し出されている。奴隷制とかのメタファーも巧妙に隠されており、これすべての謎がわかった後にもう1度観ても面白いんじゃないかと。コメディではないんだけど現代社会への皮肉がうまく盛り込まれていて、ホラー映画の定石を巧妙にアレンジしてたり、謎解きの要素が強い点などは「キャビン(・イン・ザ・ウッズ)」に似ているところがあるかな。

その一方ではどうしてもホラー作品にするために、「人種差別の怖さ」の表現が薄れてしまったところもあるかな。劇中に明確なレイシストは登場せず、もっと別の意味でクリスは身の危険にさらされることになる。また話の重要な道具に「催眠術」を持ってきたのはちょっとズルいんじゃないかと。主人公も最後になってやたらケンカが強くなるし、いささか設定に粗さが目立ったことは否めない。

主役のクリスを演じるのはイギリス人のダニエル・カルーヤ。最近は黒人の役もイギリス人ばかりが演じていると問題視されてるとかなんとか。恋人のローズを演じるのは「ガールズ」のアリソン・ウィリアムズ。他にはキャサリン・キーナーやブラッドリー・ウィットフォード、スティーブン・ルートといった俺好みの役者が揃ってます。

監督のピールは映画の構想時は「オバマが大統領になったし、人種差別なんて過去のものじゃね?」とか考えてたらしいが、ところがどっこい、先週末のバージニアでの騒ぎにも象徴されるように、アメリカの人種差別は猛威をもって再び台頭しようとしているわけで、そういうご時世がこの映画の大ヒットにつながったんだろうな。今年のTVシリーズの新作も、警察と黒人コミュニティの軋轢をテーマにしたものが比較的多いし。そういう背景が日本の観客にどこまで理解されるのか、という不安はあるのだが、これは普通にホラーとしても良くできた作品なので、「キャビン」とか「イット・フォローズ」みたいな独創的なホラー映画が好きな人は楽しめると思う。

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