「THE MAN WHO KILLED DON QUIXOTE」鑑賞

というわけで長年企画されていたテリー・ギリアムの映画がついに完成したのだよ。いろいろ災難に見舞われることで知られるギリアムの作品のうちでもこれは数々の製作中止を経験してきたもので、その苦節はドキュメンタリー(2本)で扱われているほど。冒頭のクレジットから「25年の製作期間を経て…」などと表示されるのは感慨深いものがありますな。以降は当然ながらネタバレ注意。

舞台はスペインの片田舎。そこでドン・キホーテをテーマにしたコマーシャルを撮影していたCM監督のトビーは、撮影がうまく進まず、上司からのプレッシャーに悩まされていた。そして夕食の際に、彼は自分が10年前の学生時代に撮影した映画「ドン・キホーテを殺した男」のDVDが売られているのを発見する。これは彼の卒業制作として、地元の靴屋の老人ハビエをその場でキホーテ役にキャスティングし、バーの娘のアンジェリカも起用して撮影したものだった。

この映画を撮影した村がすぐ近くにあることを知った彼は、CM撮影の合間に村へと向かう。そこで彼が発見したのは、10年前の撮影によって影響を受けた村だった。アンジェリカは女優になれることを信じて村を去り、ハビエは自分がドン・キホーテその人だと信じ込み、見世物小屋に住んでいる始末。彼は久しぶりに再会したトビーを召使いのサンチョ・パンサだと思い込み、そこから二人の奇妙な珍道中が始まる…というあらすじ。

冒頭のスペインでの撮影に苦労するトビーには、かつて「バロン」の撮影でイタリアにて苦労したギリアムの姿が重ねられてるんだろうなあ。もちろんこの映画の製作でも苦労してるわけだし。ちょっと彼にしては珍しい撮影アングルなどがあるような気がするが、基本的にはいかにもギリアムの映画、なので往年のファンは安心して良いのじゃないでしょうか。騎士のファンタジーとか中世風のドタバタとか、なんかこう叶わぬ夢に突き進む男の情熱とか。後半の仮装舞踏会のシーンは、ここ最近オペラの演出をしたことが反映されているのだろう。CGがやけに安っぽく見える一方で、もっとアナログめいた、光ものを身につけた騎士の描写なんかは、さすがにギリアムだなと思わせるものでした。

とはいえ、じゃあ面白いのか、と聞かれるとちょっと考えてしまうものでして。やはり製作期間が長かったせいか、いろいろ詰め込みすぎてるんじゃないの、という気がしなくもない。話のベースが「ドン・キホーテ」である故に、主人公ふたりが奇妙な村や人々に遭遇していく設定は理解できるし、それぞれの部分は面白いものの、必ずしも一貫性のない話が132分に渡って展開されるのはちょっと長いよな。その大半はキホーテの痴呆ぶりにトビーが振り回される展開だし。海外の批評でもよく指摘されているように「話が散らかってるんだけど、決して悪いものではない」といった感じ。

小説の「ドン・キホーテ」は個人的にも大好きな小説で、特に第1部の成功に言及している第2部のメタっぷりが好きなのですが、基本的な設定以外は映画とそんなに共通点はないかな?キホーテの前でみんなが「ドン・キホーテ」を読んでいる、というシーンがありましたが。やはり小説よりもギリアムの「バロン」や「フィッシャー・キング」に通じるところが多い作品だと思う。

サンチョ・パンサことトビーを演じるのがアダム・ドライバー。必ずしも好きな役者ではないけど、スター・ウォーズのような大作に出る一方でジャームッシュやコーエン兄弟、そしてギリアムといった監督たちの作品に出演する熱心さは評価したいですね。キホーテ役は企画中にジャン・ロシュフォールとジョン・ハートが起用されてどちらもこの世を去ったわけだが、ギリアム作品ではおなじみのジョナサン・プライスが適度なウィットと真面目さをもって好演している。「未来世紀ブラジル」の空飛ぶ騎士が、長い年月を経て老騎士になったのを見るのは感慨深いものがありますね。あとはステラン・スカルスガルドやオルガ・キュリレンコなどが出演しているほか、アンジェリカを演じるジョアナ・リベイロというポルトガルの女優が結構可愛くて、これからハリウッドでも活躍するんじゃないかな。

というわけで一長一短ある作品だが、これをもってギリアム作品の集大成というよりも、長い長い企画がやっとひと段落ついた、とみなしたほうが良いだろう。今後もギリアムは例によっていろんな企画を抱えているみたいなので、今後はもう災難に見舞われたりせず、スムースに新作を出してくれることを願わずにはいられないのです。