柳下毅一郎訳で10月発売だそうな。500ページを超えるあの大作がついに日本でも手に入るのか。切り裂きジャックを扱った作品だがいわゆるフーダニットものではなくて、世紀末のビクトリア王朝の腐敗や貧しい庶民の生活、そしてジャックが20世紀にもたらしたものなどを多くの観点から描いた、蘊蓄本に近い内容になっている作品。俺が特に好きなのは前半のロンドン中を馬車で廻りながら、建築物に隠された様々なシンボルの秘密が解説されていく悪夢のようなシーン。コミックにおける時間の流れ(特に時間がゆっくり進む描写)なども非常に良く練られたものになっているので、書店で見かけたらぜひ手にとってご照覧あれ。映画版とはまったくの別物だからね!
ただし個人的にはエディ・キャンベルのアートがどうしても好きになれなくて、彼が才能あるアーティストだというのは承知してるのですが、写実的というよりもむしろ抽象的(と俺は思う)なそのスタイルは、これだけ多数の人物が出てくる作品にはちょっと向かなかったんじゃないかと。読んでて人の顔の区別がつかなくなることが多々あったような。もちろん彼のアートがこの作品のムードにたぶんに貢献していることは承知してるのですが、他のアーティスト(例えばブライアン・タルボット)が担当してたらどんな作品になっただろうと思うことしきり。
ちなみにみすず書房のサイトにある「マンガとも小説とも異なるグラフィック・ノベル」という表現にはちょっと違和感を感じまして、「グラフィック・ノベル」の定義については本国のアメコミファンのあいだでも議論されてるんだが、個人的には「グラフィック・ノベル=マンガ」なので、変に名称を変えてマンガとは別物扱いで宣伝することはあまり好きではないのであります。



July 15th, 2009 - 10:31 pm
グラフィック・ノベルという言葉、確かコミックを読まない層(あるいはコミックをくだらない子供だましのものと思っている人とか)にアピールするために出版社が考えたとか聞いたんですけど何処までホントなんですかね。アラン・ムーアでもDCやMarvelのスーパーヒーロー物でも同じコミックだろと思うんですがスーパーヒーロー物が下に見られているのに洋の東西はあまり関係ないようですね。
July 16th, 2009 - 8:46 am
グラフィック・ノベルという言葉の起源は諸説あるようなのですが、故ウィル・アイズナーが新作を単行本の形式で出したときに、従来のコミックとは違うものと見なして欲しいという意味で「グラフィック・ノベル」と呼んだという話を聞いたことがあります。
アイズナーは他にもコミック自体を「シーケンシャル・アート」と呼んだりしてコミックの世間からの認知に尽力した人なのですが、彼の現役時代に比べてコミックは十分に認知されて(欧米の)一般書店でも書棚に並んでいるようになったのだから、ここは胸をはって「コミック」と呼んでもいいような気がします。
尤もクリス・ウェアなんかは自著をスーパーヒーローものと並んで置かれるのは好んでいないようなので、今後はコミックの書棚における棲み分けが重要になってくるのかも知れません。