
原題はAnother Earth。あまり興味がなかったんだけど、いろんなところで今年のベスト映画の1つに選ばれていたので慌てて観てみた次第です。
ローダは天文学に興味を持つティーンの少女だったが、夜中に運転している際に「地球そっくりの惑星が接近している」というニュースを聞き、その惑星を眺めていたことで対向車に激突し、運転していたジョンという男性の妻子を死なせてしまう。このためローダは4年間服役し、出所後は大学に行くことも諦めて清掃員として働くことになる。そしてふとしたことからジョンの住所を知り、彼のところに謝りに行こうとするのだがどうしても伝えることができず、代わりに他人のふりをして彼の家へ清掃員として通いつめることになる。そのあいだに宙に浮かぶ「アース2」はますます地球に接近し、ついに科学者たちはそちらの住民たちとのファースト・コンタクトに成功。なんと彼らは地球の住民とまったく一緒であり、記憶や経験も共有している存在だということが判明する(要するにパラレルワールドみたいなもの)。これを知ったローダは、もう1人の自分に会いたいと思って「アース2」に行くことを決意するのだったが…というようなストーリー。
設定はSFっぽいものの内容は全然違って、ごく普通のドラマ仕立てになっている。あっちの世界にはもっと幸せな自分がいるのかな、と連想する女の子の物語といったところで、藤子・F・不二雄のSF短編みたいな感じ。派手な特殊効果などもなく、宇宙に思いを馳せながら淡々と話が語られるあたりはヘルツォークの「The Wild Blue Yonder」を少し連想させましたが、当然ながらあそこまで職人芸を感じさせる作品などではなく、ウジウジ悩む主人公と彼女を中心とする世界感は典型的なサンダンス映画ですね。こういうのをセカイ系って言うの?違う?
ブリット・マーリングという女優が演じる主人公の演技は結構いいし、全体的によく出来た佳作だとは思うものの、演出や音楽などで突出して良い部分があるわけではなく、小ぢんまりした映画だという感は否めないな。なんで批評家のあいだではあんなに評価が高いのかちょっと不思議な気もする。


February 22nd, 2012 - 12:31 am
レビューを読ませて頂きました。
全く同感です。サンダンス節全開の作品でした
ね。SFやこの手のジャンルは好みですので、
早速鑑賞したものの、少し拍子抜けしてしまった
のも否めません。が、しかしエンターテイメントと
呼ぶとそうかも知れませんが、一つの芸術的な観点
から見れば、傑作になるのかも知れませんね。
次回は、前者のアナザーアースを観てみたいものです。
世の監督方が、メガホンを取ってくれるその日まで。
明日もスーツを来て電車に揺られます。
窓の外。もちろん、空を眺めながら。
February 22nd, 2012 - 8:33 am
書き込みありがとうございます。まあ低予算の映画だし、サンダンス的な展開になってしまうのは仕方ないのかもしれませんね。
でも監督のインタビューを読むと頭よさそうだし、主演のブリット・マーリングはこれからいろんなところで活躍してくれそうな気がします。彼らの今後に期待したいところです。
February 27th, 2012 - 8:52 pm
この書評を書いた方は最後まで意味が分からなかったのでは?
2人も自分の不注意で殺しての苦しみをうじうじ悩むというのは
違うような気がしますが・・・
February 27th, 2012 - 11:40 pm
まあそういう感想もあるってことです。でも主人公最後までずっと悩んでたじゃん。
February 29th, 2012 - 6:24 pm
観てかなり気に入りました。「小ぢんまりした映画」というより、逆に通常のお話の上に、哲学的なメタ思考がきちんとのっかってる映画だと思いました。ラストシーンはどう受け止めるのがいいのでしょう?パラレルな世界が…どうなったと?
ううむ謎めいていていいなあ。
March 1st, 2012 - 8:28 am
余韻がある映画なので、観る人によっていろんな感想を抱かせるのでしょうね。
ラストは片方は宇宙飛行士になれて、もう片方はなれなかったと解釈すればいいのではないかと。
March 2nd, 2012 - 3:15 pm
地球1と地球2は同じ運命で動いていた。しかしお互いコンタクトを取ったとき地球1と地球2は差異が生まれてパラレルな存在となった
主人公はテレビで「お互い相手の地球の存在を確認していたら差異が生まれ、あらゆるものが変わる可能性がある」と聞き、
この理論だと主人公は地球2の存在を確認した時に事故を起こしたので地球2では妻子が生きている可能性があると信じて
チケットを男に譲った。
しかし実際はお互いの運命が変わりはじめたのは初めてコンタクトをとった時なので、地球2も同じく事故を起こしている。
ラストは事故を起こしてしまったきっかけで、結果的に第二の地球に行く権利を得られたわけで、
地球2から主人公がやってきたという事は、必然的に地球2でも妻と息子は死んでいるということがわかる。
March 3rd, 2012 - 1:15 am
ラストシーン、見た瞬間はガッカリしましたが、エンドロール中に浮かんだのは
果たしてラストシーンは地球1だったのか地球2だったのか? と言う事でした。
深読みすれば、劇中のシーンも地球1と地球2が入り乱れていたのでは?
そしてチケットを譲ってもらい、家族との再会?を夢見て旅立ったジョンは
結局は家族を失って嘆く、もう一人の自分にしか会えないと言う悲しい現実。
感想は人それぞれだと思いますが、あのラストシーンは観終わっても考えさす
監督の狙いだったと思います。
少なくとも、結末後に長々と引っ張る映画よりは遥かに傑作なのでは?
March 3rd, 2012 - 11:51 am
ネタバレになってしまうのでラストシーンについて語るのは気が引けるのですが、あれって片方はそのまま大学に行って天文学を学んでもう1つの地球にやってきた、ということじゃないですかね?
あっちの地球でも事故は起きていた、というのも興味深い見方ではあるのですが。
March 3rd, 2012 - 1:52 pm
でも考えてみてください、
相手の地球をお互い確認した瞬間、別に矛盾が生まれるわけでもないのに差異が生まれるのはおかしいですよね?
ちゃんと相手の存在を確認した場合、あちら側も確認してますし、大騒ぎになればあちら側も大騒ぎになってるはずです。
テレビで言っていた理論もあくまでそういう考えにすぎません。
(この番組を見た彼女は男性にチケットを譲る、というきっかけを作るためのシーン)
唯一ズレが生じた所はlive中継で
第二の地球にコンタクトを取った所です。コンタクトを取ろうとした時、最初は周波数がずれていましたよね、その時も実は地球2はコンタクトを取ろうとしていて同じく周波数がずれていたのだと思います。周波数を合わせているうちに初めてリンクして、その瞬間ズレが生じたのです。ちゃんと会話が出来ているのがその証拠です
差異が生まれてないと会話が成り立っていなかったはずです。
だから事故が起こった時の差異は生まれてないです。
March 3rd, 2012 - 4:59 pm
論理的な解釈ありがとうございます。
ということは地球2でも事故が起きたのは同じで、地球2にはダンナが集合。地球1には主人公が集合ということですか。
で、見る側としては、ダンナが妻と子供に会えなかったから、主人公の想いははたせなかった…と理解して、主人公の落胆を推測すればいいわけですか。…なるほど。
なんかパンズ・ラビリンスみたいに多重になってますね。
March 9th, 2012 - 12:17 am
私自身は楽しめました。
主人公の心理描写もよく描けていたと思います(ベタでしたが)
ただ視聴後は何とも言えない気持ちになりましたね。
いろんなご意見があるとは思いますが、私は救いのない結末を描いたのだと思います。
March 13th, 2012 - 9:53 am
私はパラレルワールドという観点から見るとズレが生じたのは発見した時点からという考えでも不自然ではないと思います。
そもそもパラレルワールドであれば相互に認識ができることはないはずで
ズレが生じたからこそ第二の地球を認識できるようになったと考えることもできます。
周波数がずれていたというのは逆にズレが生じているからこそということで説明できます。
ズレが生じていなければ相互の地球のオペレーターは初めから同じ周波数を選択し同時に交信を開始していたはずで、ダイレクトにリンクしていたと考えることができます。
地球2の彼女はいい服を着ていてメイクも以前のものということも気になりました。
March 13th, 2012 - 9:54 pm
>そもそもパラレルワールドであれば相互に認識ができることはないはずで
ズレが生じたからこそ第二の地球を認識できるようになったと考えることもできます。
ここではズレが生じる=パラレルワールドってことじゃないですかね?
そもそも向こうも同じ運命を歩んでる場合、それはパラレルワールドになるのか微妙ですしね。
>ズレが生じていなければ相互の地球のオペレーターは初めから同じ周波数を選択し同時に交信を開始していたはずで、ダイレクトにリンクしていたと考えることができます。
うーんズレが生じてなかったらその周波数で一発で第二の地球に届いたってことですか?
あの場面はこちらも側もあちら側も同じ周波数だったが、周波数がズレていて地球に届かなかったのではないかと。
March 15th, 2012 - 1:58 pm
私がSFにおけるパラレルワールドという用語の解釈を間違っているのかもしれませんが
私が考えていたのは
文字をそのまま読めばパラレルっていうのはつまり平行ですから線が交わることはありませんよね?(つまり相手を認識できない)
それが何らかの原因でズレが生じてパラレルではなくなる=線が交わるようになる
その瞬間に、それまでパラレルワールドであったもう1つの地球が姿を現したのではないかということです。
>うーんズレが生じてなかったらその周波数で一発で第二の地球に届いたってことですか?
これは交信開始時点でズレが生じてなかったと仮定した場合、両者のオペレーターは全く同じ周波数(チャンネル)を選択するでしょうから、違うチャンネルを選択するのはおかしいのではという意味です。
しかしこれに関しては同じチャンネルで同時に交信すると混信するでしょうから最初の音声の乱れが混信だとすると、同じ周波数を選択していた気もしてきました。
March 17th, 2012 - 11:30 am
地球1からは、ローダに家族を殺されたジョンが地球2へ行きました。
地球2からは、ジョンに家族等を殺されたローダが来たのでは?
March 17th, 2012 - 8:11 pm
それもいいですね。
ですがそれだと伏線を無視していて、もう何でもよくなる気がします。
March 20th, 2012 - 2:41 am
こんにちは。とても面白い映画でした。
よく見ると、地球が隣の小さい星の右側に位置している場合と左側に位置している場合があります。また、青っぽい映像で表現される、まるで地球の終末のような景色(地球は右側)の中をローダが歩くシーンがところどころ挿入されています。
個人的な解釈ですが、地球1(もう一つの地球が右側に見える/ジョンが宇宙旅行に行く)の場面と地球2(もう一つの地球は左側に見える/ローダが宇宙旅行に行く)の場面、そして地球1に到着した地球2のローダの場面(青っぽい映像)が入り混じっているように思いました。当然旅行でやってきたローダの場面は時系列的には後になります。
ただ、説明不可能な場面(ローダが最初にジョンの家で掃除をした後、帰り際に女性(ローダ?)がジョンの家に入っていくのを見かける場面とか、「ロケットの最終調整を行っている」というような全く同じテレビのセリフが2回登場するとか)がたくさんありますが。。。
製作者側もそこまでクリアカットな解釈ができるような作り方をしていないような気もしますね。
April 5th, 2012 - 1:14 am
とてもいい作品だと思いました。音楽も良かった気がします。
まぁ、好みですが・・。
個人的な解釈は、ラストのあちらから旅してきた主人公はきちんと大学にも行って、つまり事故はなかったんじゃないかと。
地球1から来たジョンから話しを聞いて、地球1にいるもうひとりの自分を心配して会いにきたのかも・・と思いました。
大きな罪を犯してしまって、その為に立ち直れないジョンの姿や、たくさんやり場のない気持ちと空に浮かぶもうひとつの地球への思いとが混ざり合いながらも淡々と現実も進みますが、逆にたくさん語りすぎるよりはいいのかとも思いました。
青い空に、または夜空に浮かぶ不思議な地球の映像は美しい。
April 22nd, 2012 - 3:14 pm
最後の場面の主人公2人の出会いが、この映画の救いになっていると思いました。アース2から来たローダの服装に注意すると、確かに宇宙飛行に持ってゆく服としては清掃作業服ではないかもしれませんが、あの服装が上等なものだとするとアース2のローダは成功した人としてアース1に来たに違いありません。とするとアース2では事故は起きていなかった。事故が起きたときすでに空にはアース2が遠くの方に青く浮かんでいたのでアース1アース2はその時もうパラレルな存在になっており違った道を歩んでいた。アース2で事故が起きなかった可能性はある。空にアース2が現れるまでは全く同じ道を進んでいただろうから子供の頃から宇宙に興味を持っていたローダはアース2でもアース1に行きたいと思ったことでしょう。アース2のローダはジョンの存在も知らなかったはずで自分の希望がかないアース1に来たということです。アース1に来たローダは事故を起こし打ちひしがれていたアース1のローダを慰めたことでしょうし、アース2に出かけたジョンはアース2で事故は起きなかった事を知り救われたことでしょう。
April 22nd, 2012 - 4:32 pm
字数に制限があり書ききれなかったので続きを少々。
アース2へ行ったジョンは事故は無く家族が皆健在であることを知り安堵したことでしょう。しかし、アース2に留まることはできません。やはり自分の故郷である家族のいないアース1に戻ることになりますが、新たに旅立とうという気持ちで帰ってくることでしょう。だってアース1にはお互い恋愛感情が芽生えはじめたローダがいるからです。良かったという気持ち、自分にチケットを譲ってくれたローダを許そうという気持ちそして現実を乗り越える勇気をもって帰還することでしょう。
ローダとて同じこと。事故はなかったし才気あふれ成功の道をつき進むもう一人の自分を見て本当に良かったと思うことでしょう。ローダもアース1での現実を乗り越える勇気を持つことでしょう。
May 6th, 2012 - 12:52 am
作品見ました。面白い作品ですね。
私が見終わった直後の感想は、アンハッピーエンドだと…
事故が起きた事とそれ以降のストーリーは地球1も2も同じだと思います。
他の方が書かれていたように、上空のもう一つの地球の位置(小さな惑星の右側だったり左側だったり)が逆のパターンがありましたが、要は、地球1と地球2の両方側でのストーリーが織り交ざっていたのです。事故った事実はどちらも変わらないので、見ていても違和感を感じませんでしたが。。
「ロケットの最終調整を行っている」というような全く同じテレビのセリフが2回登場するのもどういう事だと思います。
地球1と2の違いは、1つはローダがとった行動で、地球1のローダはジョンにチケットを譲りましたが、地球2のローダはチケットを譲らず、自らが地球2から逃避したく又、地球1での自分が見たく(事故が起こらず、MITを卒業して未来に突き進んでいる姿を期待して)地球1に着ました。
でも、そこには何も変わらない清掃姿の自分がいて…
服装の事を指摘する方もいらっしゃいますが、宇宙旅行をするのに清掃姿や見窄らしい格好では行くはずが無いので、そこで未来が違う二人だとは断定できないと思いました。
ただし、完全なアンハッピーでは無く、少なからず、地球1のローダは「自らを許す」事に努め又、地球2にも行かず(依存せず)前に向かって生きていこうとしているようです。
地球2からローダは地球1の清掃姿のローダを見てショックを受けるかもしれませんが、地球1のこのような新しい気構えで生きていこうとしているローダを見て、地球2に戻り、生きていって欲しいです。
救われないのは、地球2でも変わらない事実を知ったジョンかも…
あくまでも私の解釈であって、色々な解釈ができる作品ですね。
May 7th, 2012 - 12:28 am
この映画に登場する第二の地球は、
自分自身のメタファーなんですよ。
ひとは、誰しも、過ち、失敗、しながら生きている。
大小あるけれど、みんなそう。
苦しんだ人が前に進む為には、
まず、失敗を受け入れる、過ちを受け入れる、
苦しいけれど、自分自身を受け入れる事、
が、明日の一歩につながるんだと言いたいのです。
清掃員のじいさんとの会話も、
途中出て来る第二の地球は外側から見た自分たちなのだという話も
そういうことで、
つまり、本当に苦しく、もう一歩も踏み出せなくなった人が
それでも、自分自身を受けいれるまでの映画なんですよこれは。
なぜ、4年前に第二の地球を発見してからシンクロしなくなったのか?
それは、第二の地球を発見したということは、自分自身を発見したことで
これが、科学的にどうだろうと、まぁ、どうでもよくて
つまり、監督は自分自身を見つめ直し、自分自身を受け入れる事で
運命が変わるんだ、と言いたいのだろうと思います。
だから、最後のシーンは、
ま、ある意味ファンタジーで
どうやって来たとかも、どうでもよくて、
自分の運命をようやく受け入れる事ができた彼女に対する救いかな?
普通に素直にみれば、とてもわかりやすい素直で素敵な映画だと思います。