年末に「年取ってから後悔する37の事柄」という記事を読みまして、ならば俺はこれらの事を後悔しないように生きようと思いまして、なんか典型的なミッドライフ・クライシスの兆候が出ているわけですが、その37の事柄の1つに「機会があったときに好きなミュージシャンのライブに行かなかったこと」というのがあるわけですね。

それとこないだ書いたように90年代とかの音楽ばっかり聴いてるのも良くないよね、もっと新しい音楽を聴かないといけねいよね、と奮起して「AVクラブ」が選んだ2013年のベスト・アルバム群を片っ端から聴いてみたわけですね。そのなかではハイムやチャーチズ、デフヘヴンなどの曲が良いなと思いまして(逆にヴァンパイア・ウィークエンドは何度聴いてもピンとこない)、そのうちのチャーチズが来日することを知ってさっそくチケットを入手した次第です(本当はハイムがその前に来日してたのだがソールドアウトだった)。

場所は恵比寿のリキッドルーム。ワシが若い頃はリキッドルームは新宿にあったんじゃがのう。スタッフの対応はイマイチだったけど、会場は広くて良かったですよ。昨年ワイヤーが来日したときの、恵比寿の別のライブハウスは音が割れまくってたからなあ。

前座はエラーズとかいうグラスゴーのポストロック・バンド。事前にyoutubeでチェックしてた印象とは異なり、意外とギター・ロックっぽい編成であった。特にドラムのエフェクトのかけかたが面白かったな。しかし機材のトラブルが続き、1度はラップトップが落ちたとかで曲をまるまるやり直すはめに。エレクトロニカのバンドってこういうのが弱みだよね。「バンド名のとおりエラーが起きました、HAHA!」などと笑ってごまかしていたが、こういうときにブーイングしない日本の観客って人がいいよね。

そしてメインのチャーチズ登場。ボーカルの声がちょっと出てなかったような感じもしたけど、まあ許容範囲。ただこちらも機材トラブルがあったらしく、モニターの返りが悪いとかで3曲目あたりでいったんライブが中断したのに萎える。その後は順調に進んだけど、エレクトロニカ系のバンドってどうしても即興性に欠けるというか、カラオケっぽい感じになると思うのは俺の勉強不足でしょうか。あとアルバム同様に男性ボーカルの曲が1つあったんだけど、なんかヘタでした。今後は女性ボーカルに専念しなさい。

というわけで久しぶりにライブに行けて面白かったです。今年はもっとライブハウスに足を運ぶようにせねば。


自分が大学時代によく聴いていたメランコリックなバンド、ギャラクシー500のドラマーで現在はデーモン&ナオミで活躍するデーモン・クルコフスキーが2012年の11月に、ピッチフォークのサイトに寄稿した記事。月額制の音楽ストリーミング・サービスが、ミュージシャンに雀の涙ほどの印税しか払っていないことを述べたもの。1年前の記事なので各サービスの財政状況は変わっているかもしれないが、先日もジョニー・マーがSpotifyを糾弾してたりするのを見ると、ミュージシャンの待遇はさして変わってないだろう。

ただし自分もこれに似たサービスに関わっていることもあり、ミュージシャンへの還元よりも株主の利益を優先してしまうSpotifyやPandoraの行動も、まあ理解できなくはない。これらの会社の成長と、ミュージシャンの利益を両立させるのはどうすれば良いのか、というのが悩ましい点でして。

ちょっと話はズレるが、いまから10年くらい前にiTunesストアで音楽の販売が開始されたときは、大手レコードレーベルに所属するアーティストも、極小レーベルのアーティストも、作品の販売網という点ではみんな横並びになったから、大手レコード会社のビジネスモデルが崩壊すると真剣に論じられていたような記憶がある。でも実際はあまりそうならず、大企業がさらに金持ちになったわけで。その事実を踏まえたうえで、じゃあものを作っている人たちはどうやって儲けましょうかね、というのがミュージシャンだけでなく映像業界とか出版関係の人たちのここ数年の課題になるであろう。

原文はこちら。原文どおりにリンクを張ったが、リンク先が死んでるところもあります。あと経済用語とか間違ってたらご指摘ください。

小銭稼ぎ

どの世代のミュージシャンたちも、激動の変化の時代を生きてきたと感じるだろう。しかし僕がこの比較的短いキャリアのなかで経験したこと——フォーマットの変化からビジネスモデルの消滅まで——は本当に驚くべきことだと思える。僕が初めて1988年に作ったアルバムはLPフォーマットでのみリリースされた。そして僕が次に作るアルバムも、LPのみでのリリースになるだろう。しかしこれらのアルバムのあいだに、音楽業界は商品の売買という単純な仕組みを、全力でメチャクチャにしてしまったようだ。レコーディングを通じてまっとうな収入を得ることが、現在のミュージシャンの大半にとってはもはや不可能になってしまっているのだから。

僕は昔を単純に懐かしんでいるわけじゃない。最初のアルバムだって全く稼ぎにはならなかった(当時契約していたレーベルのラフ・トレードは、僕らに何かしらの印税を払う前に倒産してしまった)。しかしミュージシャンが搾取される有様は、個人的な詐欺からもっとシステム化されたものへと変質を遂げた。そしてこの変質とともに、音楽業界が抱える問題を回避できる可能性はどんどん低くなってきている。僕らのように音楽の権利と印税を100%保持できたミュージシャンにとってもだ。

僕らの日常にどんどん入り込んできている、PandoraやSpotifyといった音楽ストリーミング・サービスを参考にしてみよう。こないだ2012年第1四半期分の印税の明細を受け取ったが、こうしたサービスを通じて僕らの音楽が聴かれているのは嬉しいとは思うよね。例えばギャラクシー500の曲『タグボート』はこの時期にPandoraで7800回ほど再生され、これに対して3人のソングライターは合計で21セント、つまり各人7セントの印税を受け取った。Spotifyはもっと支払いが良いよ:こっちでは『タグボート』が5960回再生されて、3人のソングライター全員で1.05ドル(各人35セント)という3ケタの印税になったのだから。

これを別の観点から考えてみよう:僕らは自身のレコーディングの権利を持っているから、僕の計算によるとPandoraで31万2000回の再生がされれば、LPレコード1枚——1枚だよ——の利益と同額になる(Spotifyでは4万7680回がLPレコード1枚分)。

あるいは歴史的な観点から考えてみよう:ギャラクシー500の初のリリースである『タグボート』の7インチシングルは、1000枚のプレスをするのに980.22ドル、あるいは1枚あたり98セントかかった。送料も含めてだ(ナオミが領収書を保管していた)!それをいくらで売ったかはもう憶えてないが、1枚あたり少なくとも2~3ドルの利益を得ることは容易だった。つまり7インチシングルを1枚売るだけで、PandoraやSpotifyで1万3760回再生されるよりも多くの利益を得ることができた。別の見方をすれば、1988年に1000枚のシングルを製作することは、2012年にその曲が1300万再生されるよりも多くの収益を僕らにもたらせることになる(新人バンドにとってはインターネットこそが収入源だと、人は言うけれど…)。

公平さのために言っておくと、僕らはシンガー・ソングライターであり、全ての権利を保持しているため、これらのストリーミング・サービスは二次的な印税も僕らに支払うことになる。これには各々の理由があり、それぞれ異なるところから支払われる。例えばPandoraは『非地上波ラジオ』と見なされ、そのストリームで曲が提供されているミュージシャンおよびソングライターに印税を支払わなければならない。これらの印税は、衛星ラジオが登場したときに政府によって設立された非営利団体であるSoundExchangeによって集められる。SoundExchangeは曲ごとの印税の計算はしないが、彼らによるとPandoraはこの四半期にギャラクシー500の曲を提供した分として総額64.17ドルを僕らに支払った。僕らはギャラクシー500の曲を64曲提供しているから、つまり1曲あたり約1ドル、もしくは各人あたり33セントの追加収益という計算になる。

実のところPandoraはこのミュージシャンへの二次的な印税を経済的な負担だと考えていて、それを免除してもらうために新しい法案――いまアメリカ議会に提出されている――を通そうと積極的なロビー活動をしている。これについてはニューヨーク・タイムズのベン・シサリオの一連のブログ記事が参考になるだろう。あるいはストレートなプロパガンダがご希望なら、インターネットラジオ更正法がいかにオーウェル的であるかを、Pandora創設者のティム・ウエスターグレン自身が説明しているのを聴くこともできるよ。

一方のSpotifyは、どの世界でもラジオとして見なされていないため、別の二次的な印税を支払うことになる。レコーディングを非放送用に使用するときのように、曲の提供にあたっては権利者からの許諾が必用となり、彼らはそれぞれのレコードレーベルと個別に契約を行うが、その詳細が公表されることはない。でも僕らの契約内容は明かせるよ:『インディー』レートとして1再生あたり0.005ドルの印税だった。(実際に計算してみるとこのレートは0.004611ドルの印税になっている。0.0004ドルほどの節約ができたことで、Spotifyの誰かがボーナスをもらってるといいね!)正直なところ僕らに交渉できる余地はなかった。僕らのように自身のレーベルを持っている場合、先方の条件を受けるか受けないかの二択しかない。僕らは条件を受け入れ、『タグボート』が5960回試聴されることで、Spotifyは理論的には29.80ドルをレーベルに支払うことになった。

『理論的には』と言ったのは、このSpotifyの0.004611ドルのレートには小さな透明の注意書きがびっしりついているからだ。このレートには再生回数やSpotifyへのリンク元、ユーザーの契約状況などを反映したアルゴリズムによる修正が、ストリームごとに加えられているらしい(その詳細をSpotifyは公表していない。少なくとも僕らには)。さらに僕らに渡された書類から計算してみたものの、Spotifyが僕らのレーベルに報告している再生回数と、著作権管理団体のBMIから報告されている再生回数を一致させることができなかった。結局のところ僕が計算できた限り、『タグボート』の再生によってSpotifyが僕らに支払った額は、9.18ドルだけだった。

「それは別に悪くはないんじゃないの」と言う人もいるかもしれない(本当に誰かがそう言うかは疑問だけど、誰かが言ったと仮定しよう)。商品に形があるわけではなく、音楽をこれらのサービスで提供するにあたり、僕らにはプレス代も印刷代も送料も、紙の領収書を25年も保管しておくスペースもかからないのだからと。確かにそうだろう。しかし形のない商品というのは、同じくらいに形のない利益しか生み出さないんだよね。

ここに問題の核心がある。僕がレコードを作り始めたとき、ビジネスのモデルはものすごく単純だった:何かを製作し、製作費よりも高い値付けをして、その値段で売ろうとする。これは7インチの商業資本主義だった。それに対して現在のモデルは、金銭的投機に近いものになっているようだ。PandoraやSpotifyは商品を売ってるのではなく、サービスへのアクセスや行動を販売している。誰かがサービスに加入すれば、皆が儲かるというように(クラウウドソーシングさえも、この現代の資本主義における『投機』モデルを踏襲していることに驚かされる。まだ存在していないものに対して人はお金を支払っているわけだから)。

しかしこれには難点が1つある:PandoraとSpotifyは、自身のサービスから何の儲けも得ていないのだ。2012年の第1四半期において、Pandora——ギャラクシー500の『タグボート』の使用料に1.21ドルだけ払った会社だよ——は2000万ドル以上の純損失を計上した。一方のSpotifyは、最新の報告によると2011年に5600万ドルの損失を出している

なぜこれらの会社は、既にバカみたいに低い印税からさらに何百分の1セントを削ろうとしているのかとか、印税のレートをさらに下げる法案を通すためにロビイストたちに給料を払っているのかと疑問に思うのは置いておいて、彼らにとって重要だと思われる質問を聞いてみよう:なぜ彼らはこのビジネスを続けているのか?

答えは資本だ。PandoraとSpotifyは資本を持ち、資本を生み出している。彼らはレコード会社じゃない——レコードや他の何かを作っているわけではないし、さらには利益さえ生んでないようだ。彼らの存在理由は、投機資金を集めるためにある。そしてその資本を保有している人たちは、何百万ドルもの利益を手にしている——2012年にPandoraの重役たちは6300万ドル相当の会社の株式を売却した。またSpotifyのCEOであるダニエル・エクは、「会社がいつ黒字になるかは重要ではない。我々の狙いは成長することだけにあり、それが1番・2番・3番・4番・5番の目的だ」と語っている

これは音楽業界の成長ということかな?そうじゃないだろう。ダニエル・エクにとっての成長とは、彼の会社つまりその資本の成長のことだ。1988年に初めてLPを作ってから、いま作っているLPまでの間に僕が経験した、音楽業界の根本的な変化を理解しようとすれば、こういう結果に辿りつく。このあいだに支配的になったビジネスモデルにとって、レコーディングされた音楽のセールスというのは重要でないものになってしまったが、働くミュージシャンとして僕はこのモデルには反対する。実際のところこうしたビジネスにとって、音楽そのものが重要でないものになっている——それはあくまでも情報の1形態であり、株式を購入させるボタンやリンクをクリックさせるための誘因でしかないんだ。

ビジネスとして、PandoraやSpotifyは音楽からかけ離れたものとなっている。僕には、彼らが音楽のビジネスに何も貢献していないことが容易に想像できる——アイデアをレコードにのせ、それを製作費以上で販売するという家内工業を痛めつけることはしてるだろうけど。でも僕は別にラッダイトなんかじゃない——iPhoneをたたき壊してソフトウェアを破壊しろと唱えてるわけじゃないし、実際には月額9.99ドルを払ってSpotifyに加入している(『タグボート』の年間再生680,462回分だ)。なぜなら僕は音楽が好きだし、Spotifyがそれであらゆる音楽を聞かせてくれるのは素晴らしいことだから。

しかし僕はミュージシャンとして、これらのビジネスモデルに対して金銭的な期待をすることはやめた。そしてビジネスモデルなしで音楽を共有することこそが、僕が音楽を始めた最初の理由だ——それを僕らはパンクロックと呼んでいた。だから僕らはギャラクシー500デーモン&ナオミのすべての音源を、Bandcampに設立したサイトでまったくの無料でストリーミングで共有することにしたよ。楽しんでね。

たまには音楽のお話しをちょっと。

ここ最近の映画、例えば「ヤング=アダルト」とか「ワールズ・エンド」とかではアラフォーのぼっちな主人公が、大人になりきれずに過去の青春にしがみついていることを表すのに『未だに90年代の曲を聴いている』という実に分かりやすく、そしてイヤミな表現が使われているのであります。それに対して、アラフォーでぼっちでそこらへんの曲を未だに聞いている自分としては何の反論もできず、ただうなだれて枕を涙で濡らすことしかできないわけですが、でもまあ90年代って良い曲あったよね、ということで後の世代に伝えるべく(何を偉そうに)、たぶんあまり知られてないであろう90年代の名曲をいくつかここに記すことにします:

MC Tunes Vs. 808 State – The Only Rhyme That Bites

「ワールズ・エンド」の冒頭で使われてる曲。このあとすぐに「MC Tunesって誰だったっけ」という状態になりましたが、最近では「808ステイトって誰だったっけ」という感じになってしまったよな。

Soup Dragons – “I’m Free”

これも「ワールズ・エンド」で使われてる曲。R・ストーンズのカバーね。スープ・ドラゴンズってプライマル・スクリームとかのダンスっぽいロックが流行ったときにこういう曲を出して、そのあとシューゲイザーとかが台頭してきたときにギター・ポップをやって、その変わり身の早さがあざとくて決して好きなバンドではなかったが、アメリカのカレッジ・ラジオではギター・ポップになった後でウケて、しまいにはパブリック・エネミーともジョイント・コンサートをやってたとか?

Animals That Swim – Faded Glamour

日本での知名度は皆無に等しいと思うけど、最初の2枚のアルバムとかは本当に名盤だと思うバンド。アイルランドに留学してたときに大学のパブにライブやりに来ていて、俺以外だれも真っ当に観ていないなか、黙々と演奏する場末な感じがね、このサウンドにぴったりだったのですよ。

dEUS – Suds & Soda

本国では絶大な人気を誇る(らしい)、ベルギーのバンド。アバンギャルドな曲からフォークっぽい曲まで幅広い音楽性をもったバンドで、最初のアルバム3枚からのシングルはどれも名曲だと思う。

the Wolfgang Press – Kansas

4ADレーベルのバンドってピクシーズを除けばアート気取りな感じがしてあまり好きではないんだが、このバンドのこの曲は好きです。ケネディのお面は別の曲のビデオでも使ってたような。

The Mock Turtles – Can You Dig It?

『マッドチェスター』のころの一発屋バンド、と言ってしまえばそれまでだが、この曲は好きなんだよなあ。同郷の似たようなバンド(THE HIGHとか)よりも好きだ。ちなみにボーカルはスティーブ・クーガンの兄。

Buffalo Tom- For All To See

今回紹介するなかでは唯一のアメリカン・バンド。他にも良い曲があるのだけど、これが一番好きだな。「Glee」でカートのお父さん役立ったマイク・オマリーは彼らの長年のファンだそうです。

他にも、今となっては恥ずかしいようなバンドも聴いてたりするんですけどね、それは内緒ということで。90年代にはさ、「今の音楽はクソだ!50〜60年代のロックこそ本物だ!」とか言ってる人がいたわけですが(ソニック・ユースのドキュメンタリー「1991: The Year Punk Broke」を観よ)、今になってこれらの曲のyoutubeのコメントを読むと「今の音楽はクソだ!90年代のロックこそ本物だ!」みたいなことを書いてる人がたくさんいるわけで、まあそういうものの見方はいつの時代にもあるんだろう。

あとはじゃあ現代の音楽シーンに追いつくために、スネ毛でも剃って若作りしてアーケード・ファイアとかフォール・アウト・ボーイといったナウなバンド(だよね?)を聴けば良いのかというと、もはやそんな時間も気力も無いわけで、将来の自分に一抹の不安を抱きながらも、ティーンエイジ・ファンクラブを聴きつつ今日も眠りにつく次第であります。

8月ももうすぐ終わりだが夏休み特集ということで、俺が愛してやまないイギリスの老舗バンド、XTCのアルバム未収録曲を(ほぼ)リリース順に紹介していくのだよ。XTCはシングルB面やホームデモにも名曲がたくさんあるバンドで、古くは「BEESWAX」や「Rag and Bone Buffet」、最近では「Coat of Many Cupboards」などと未発表曲を集めたコンピレーション・アルバムも出されているものの、それにも収録されてない曲やバージョン違いのデモとかがあって、なかなかコレクター泣かせのバンドなんだよね。そんな中でも個人的に好きなのは以下の通り:
Hang on to the Night

まだキーボードにバリー・アンドリューズがいたころの曲。この頃のサイケなXTCに影響を受けたバンドって沢山いると思う。1:30あたりのキーボードソロが好きです。

2枚目のアルバム「GO 2」のときはダブのミックスを加えたボーナスアルバムやアンディのソロアルバムなども出てるのだが、あれらは出来が良くないので割愛。

The Somnambulist

4枚目のアルバム「ブラック・シー」からの比較的異色なB面曲。彼らはB面にいろいろ実験的な曲を詰め込んでいた。この頃は後に「Homo Safari」としてまとめられる一連のインスト曲もB面に入れてたけど、あれらはあまり好きではないです。

Tissue Tigers (The Arguers)

大ヒットしたシングル「Senses Working Overtime」のB面に収録されてた曲。へたなバンドのA面シングルよりも名曲だろ。

Blame the Weather

同上。コリン・ムールディングの哀愁あるボーカルが渋いね。

Desert Island

6枚目のアルバム「ママー」はフォーク調で地味なので見過ごされることも多いが、俺は好きだ。この頃の曲では「Toys」もお勧め。

The Troubles

透明ビニールを使っていた12インチ版「The Meeting Place」のB面曲。プロデュースされてないホームデモなのにこのクオリティ。歌詞も結構好きです。

ちなみに8枚目のアルバム「スカイラーキング」は「ディア・ゴッド」というB面曲がアメリカで何故か大ヒットして、彼の国ではXTCの代表曲のように扱われてるのですが、あれあまり良い曲でもないよねえ。

Everything

「オレンジズ&レモンズ」の頃のデモ曲。ファンクラブ限定のカセットテープで俺が最初に聴いたのと、上の動画のものは弱冠バージョンが違うような気がする。

Cherry In Your Tree

XTC最後の名曲だと俺が勝手に思っている曲。PCゲームのイメージアルバムという変な媒体で発表されたもので、彼らの公式なアルバムには収録されてないんじゃないかな?

他にもお勧めしたい曲はたくさんあるのですが、かつてはレコード屋を探索したり通販で取り寄せてた曲も最近ではYoutubeなどで一発で検索できるようになったので、興味がある方はいろいろお探しあれ。最後におまけでアンディによるロックンロールの歴史を:


They Might Be Giants covers Chumbawamba
「AVクラブ」にあった動画が大変素晴らしいのでここにも貼っておく。しかしジョン・リネル(右側)って老けないね。