「アントマン&ワスプ:クアントマニア」鑑賞

感想をざっと。ネタバレ注意。

  • ペイトン・リードによるアントマン3作目ということで、さすがにもう「当初の予定通りエドガー・ライトが撮ってたらどうなってたか?」と思うことはなくなったものの、今回はマーベル映画よりもディズニーのファンタジー映画のような内容であった。
  • MCU映画のフェーズ3は「エンドゲーム」のクライマックスの余韻にずっと引きずられていたというか、全体的な明確な脅威がないままヒーローたちが各々のトラブルに対処していたような印象があったけど、今回も(少なくとも冒頭は)世界的な危機が起きるわけでもなく、単に主人公の娘が発明した装置によってみんなが騒動に巻き込まれるというほのぼの(?)したものだったし。
  • この危機感のなさが最近のマーベル映画にありがちな、アクションは多いもののストーリーの起伏に乏しく、最後はとにかく大人数の派手なバトルをやって締めくくるパターンに陥ってた気がする。
  • それでやはりアントマンって大作映画の主役を飾るにはちょっとインパクトが弱いキャラクターなのですよね。戦闘に特化した能力があるわけでもなく、今回は縮小するよりも巨大化してサイズにものをいわせたアクションが多かったな。そのため前作まであった「巨大化するとえらく疲労する」という設定がうやむやになっていた。
  • それとマーベル映画の全体的なルールになっているのではと思うけど、例によって「中の人が話すたびにヘルメットが外れる」のが気になって仕方なくて…アントマンやワスプのヘルメットのデザインは好きだし、被ったまま会話したって構わんのだが。
  • MODOKもマスクつけてましたね。まああれは中の人の正体を隠しておく理由もあったのだろうけど。これであのキャラクターに興味を持った人は、妻子持ちの男性の悲喜劇を描いた傑作であるTVシリーズのほうもチェックしてください。
  • アリたちが活躍するが、女王アリはどこにいたのだろう。あとアリ社会は女王もいるし社会主義じゃないと思うぞピム博士。
  • 出演者はね、やはり話が凡庸でもポール・ラッドの魅力が全体に貢献しているなあと。これからマーベル映画のメイン・ヴィランになるらしきカーンも、サノスなどに比べると扱いが難しいキャラだろうが、ジョナサン・メイジャーズが好演していた。一方でもはや伝統になった「あの意外な役者がMCU映画に出演!」枠はストーリー的にあまり貢献しなくなってるので、もう止めてもいいんじゃないの。
  • 今回からMCU映画のフェーズ4の開始ということで、まだ序盤戦的な立ち位置とはいえ映画としての出来はあまり良くないものであった。これからカーンを軸とした展開をしっかり盛り上げていかないと、さすがにファンの間でもMCU疲れが深刻化してくるのではないかと勝手に思ってしまうのです。

「イニシェリン島の精霊」鑑賞

感想をざっと。

  • 今までのマーティン・マクドナーの作品って過度なバイオレンスとブラック・ユーモアが特徴的で、同じくアイルランドにルーツのあるガース・エニスのコミックに通じるものがあるなと思ってたが、今回は(没になった)舞台劇がベースになってるとかで、従来の作品以上に舞台劇っぽさがあって、特にサミュエル・ベケットの不条理演劇に通じるものがあるかな、と思った次第です。作品の冒頭からコルムがパードリックを説明もなく無視して、観客もなんだこれ?といった気にさせるところとか、ベケットっぽくない?
  • まあそのあとにコルムからもそれなりの説明があるし、老いや創造性の減衰に対する危機感とか、人間関係における乖離とか、いろいろな見方はできるのだろうけど、あまり深掘りせずに不条理演劇として観るのが良いのではと思った次第です。
  • マクドナーの作品としては意外にも、初期短編の「SIX SHOOTER」以来のアイルランドを舞台にした作品になるのか。個人的に90年代にアイルランドに住んだこともあり、イニシェリン島の姿がゴールウェイやドニゴールとかでこんな風景あったよねー、と思い出しながら見ていて面白かったです。時代設定にあるアイルランド内戦って、ブレンダン・グリーソンも出ていた「マイケル・コリンズ」で描かれたように首都ダブリンとかでは大規模な戦闘が行われた印象だが、イニシェリン島のある西部でも爆音が聞こえるくらいの戦闘があったのかな。
  • なお今までアイルランドを舞台にした映画って、封鎖的な環境に嫌気がさした若者が東のイギリスに渡るという内容が多かったので(「シング・ストリート」とか)、さらに西にある孤島の若者が、進展を求めて東のアイルランド本土に渡るという展開はちょっと衝撃的だった。あそこ小さな国だから、どこ行っても同じような感覚があったので。
  • 出演者はブレンダン・グリーソンもコリン・ファレルもマクドナー映画の常連だから特に言うことないわな。バリー・コーガン キオーガンの演技も悪くないけどアカデミー賞にノミネートされるほどかな?という印象。「トロピック・サンダー」の教えに沿ってFull Retardにならなかったのが票を集めたのでしょう。彼よりもパードリックの妹役のケリー・コンドンのほうが演技はずっと良かったな。
  • というわけで万人向けではないにしろ、硬派なブラックユーモアが味わえる作品。個人的にはマクドナーの前作「スリー・ビルボード」よりも良かった。あの青いセーターが暖かそうで欲しいな。

「RED ROCKET」鑑賞

フロリダ・プロジェクト」のショーン・ベイカー監督でA24製作の映画。2021年末に公開されてたのをやっと観た。

舞台はテキサス州のテキサスシティという小さな港町。カリフォルニアでポルノ男優をやっていたマイキーは職にあぶれ、文無しの状態で故郷のこの町に戻り、元妻の家に居候することになる。まともな職歴がないことからそこでも仕事にありつけず、マリファナの販売に携わることになった彼は、ドーナッツ店で見かけた少女レイリーに惹かれ、彼女と共に再びカリフォルニアに向かうことを夢見るのだが…というあらすじ。

プロットらしきプロットはあまりなくて、憎めない奴なんだけど徹底的なダメ男であるマイキーを中心に、家でタバコ吸ってるだけの元妻とその母親や、隣人のボンクラ男、マイキーを信用してないマリファナの売人などといった、貧しい地域に住む人たちの生き様が描かれていく。全体的にはドタバタが強調されたコメディドラマといった感じかな。

「フロリダ・プロジェクト」もそうだったがショーン・ベイカーってこういう貧困層の人たちの描写が上手くて、ハリウッド映画では見かけない層の人たちが出てくるのが逆に新鮮なのよな。imdbによると製作費はなんと1100万ドルという信じられないくらいの安さだが、それでもちゃんとフィルム撮りしていて、石油タンクの立ち並ぶ夕暮れの街並みとかがすごく美しかった。

出演者も「フロリダ〜」同様にズブの素人が多く、レイリー役のスザンヌ・ソンはほぼ無名の役者だし、他の出演者は監督に道で呼び止められて出演することになった、という人もいるみたい。マイキー役のサイモン・レックスって実際に無名時代にポルノ男優やってたらしく、その後はダート・ナスティー名義でラッパーやったり、「最終絶叫計画」シリーズに出たりと、正直なところパッとした活躍のないまま今に至ってるような人のようだけど、この作品ではそうした実生活での苦労が滲み出た見事な演技を見せてくれているのが素晴らしい。マイキーはポルノ男優やっていた過去を自慢しつつも、今はクスリがないとモノが立たないような状態で、未成年のレイリーをポルノ業界に誘うことに何の悪気も感じてないような奴なのだが、そんなモラルに欠けた人物を絶妙に演じております。

いつものことながら、ダメ男が主人公の映画は個人的に嫌いになれないのですが、自分と同い年のサイモン・レックスが演じるマイキーがとことんダメなこの映画、親近感を超えて哀愁まで感じさせる出来であった。この作品の高い評価を受けてレックスには役のオファーが相次いているようで、彼のこれからの活躍に期待しております。

「SMILE」鑑賞

昨年なぜかヒットしたホラー映画。精神科医の主人公が患者を診ていたところ、その患者が笑みを浮かべて突然自殺してしまう。そのあとも主人公の周りで笑みを浮かべて死ぬ人間が続出し、やがて彼女はこれが一種の呪いであることに気づくのだが…というあらすじ。

もともとは配信スルーになる予定だった作品らしく、作りはチープ。肝心の呪いの仕組みとか原因とかの説明はろくに無くて、とりあえず怖そうな展開にしておけばいいや、といった感じ。そこらへん日本のJホラー映画に近いのかな?作りの安さとあわせ、00年代初期にFOXがビデオスルーで出してた一連のホラー映画感(「ミラーズ」とか)がありました。

微笑みの呪いが「人に引き渡されていくもの」だという設定は傑作「イット・フォローズ」のパクリなんだろうけど、あの映画にあったジワジワと恐怖が迫ってくる演出は皆無で、「急にビックリさせる→主人公の幻覚でした→またビックリさせる→これまた主人公の幻覚でした」というパターンの繰り返しなのでストーリーなんてどうでもよくなってしまう。これ元々は10分の短編をその監督が長編にしたものらしいが、全体的に水増ししている感があるのは否めない。

主人公の精神科医を演じるのはケヴィン・ベーコンの娘か。鼻が父親に似てます。頬のホクロに目がいってしまうのよな。あとはカル・ペンとかがちょっと出てました。

とにかくどこかで見たような演出と展開ばかりのホラーで目新しさは全くなし。こういうの作っちゃダメでしょ、という好例のようなホラー映画だった。

「Three Thousand Years of Longing」鑑賞

ジョージ・ミラーの新作。「マッド・マックスの監督がこんな映画を?」と一瞬思ってしまうが、ペンギンが踊るアニメも作ってた人なので意外性はないわな。日本では「アラビアンナイト 三千年の願い」という邦題で2月公開だが、話に「アラビアン・ナイト」関係ないから!旧約聖書の話のあと、「アラビアン」の時代をとばしてオスマン・トルコ帝国の話になってるぞ?

舞台は現代のイスタンブール。学術会議のためにそこを訪れていた文化学者のアリシアは古物屋で古びたガラス瓶に惹かれてそれを購入する。彼女がホテルでそれを開けると、中から妖霊のジンが飛び出してくる。彼は長年にわたって瓶に閉じ込められていたというのだ。解放された礼として3つの願いを叶えてやろうとアリシアに伝えるジンだったが、ジンにまつわる伝承に詳しい彼女は彼に騙されるのではないかと彼を拒絶する。そんな彼女を前に、ジンはなぜ自分が過去に3回も瓶に閉じ込められることになったのかを語るのだった…というあらすじ。

ジンは万能の力をもっているようで実はいろいろ弱いところがあって、魔法を使う人間には手込めにされるし物理的な弱点も持っていたりする。また誰もが思うであろう「3つの代わりに無数の望みを叶えてくれ」という願いは受け付けないそうな。彼は人間の女性を愛し、妖霊のハーフだったシバの女王をはじめ、彼がいかに各時代の女性たちを愛し、彼女たちの望みを叶え、それがいかに自身の破滅(幽閉)につながっていったかを語っていく。

シンプルなホテルでのアリシアとの会話を挟んで、優雅な時代の物語が豪勢な衣装やセットで描かれていて、これ石岡瑛子とかが衣装やってたら見ものだったろうなあ。AS・バイアットの短編をもとにジョージ・ミラーと娘が脚本を書いていて、肥大した裸の女性が出てくるあたりが「デス・ロード」っぽいかな。あとは「デス・ロード」のバア様のひとりがちょっと出ています。

身寄りのないアリシアを演じるのがティルダ・スウィントン様で、相変わらず年齢不詳でお美しい。ジン役はイドリス・エルバことストリーンガー・ベルで、大きな目をキラキラさせながら語るのがいいです。

予告編だと奇抜な内容であるかのような印象を受けるが、実際はもっとしっとりした、大人のおとぎ話・恋物語であった。興行的には大失敗したとかで、確かに最後の展開はちょっと弱いところがあるものの、普通に楽しめる作品でした。「マッド・マックスの監督」という偏見を捨てて観るべし。