「Mrs. America」鑑賞

米HULUの新ミニシリーズ。いわゆるFX ON HULUの1つな。

反フェミニズム運動で知られるアメリカの保守活動家フィリス・シュラフリーを主人公にしたもので、大統領選挙を翌年に控えた1971年から話は始まる。前年に下院議員選に出馬して敗退したシュラフリーは、当時高まっていたウーマンズリブ運動を真っ向から否定、男女平等憲法修正条項(ERA)の批准にも反対し、多くの女性を敵に回しながら活動を続けていく…というようなあらすじ。

第1話でシュラフリーが行うスピーチは「女性が社会に進出したら、彼女たちは仕事と家事を両立させなければならなくなる。いずれ彼女たちは子供をつくることを諦めてしまうんじゃないですか?」というもので、これって現在においても反フェミニズムの人たちが使うレトリックだよな。この論争は50年前から変わってないわけで。

そんな彼女の活動が功を奏してかERAは必要な数の州の承認を得ることができず現在になっても批准されていないし、シュラフリーって亡くなるまで保守の重鎮であり続けたらしいので、リベラルからすれば悪がのさばる話になるのだろうが、そこらへんはドラマとしてどう着地させるんだろう。

皮肉なのはシュラフリーは当然ながら保守的な家庭の出身なわけで、彼女が政治活動に力を入れて家を留守にすることを夫は好ましく思っていない。ワシントンにおいても彼女は女性ということで秘書まがいの仕事をさせられて男性と対等に扱ってもらえなかったりする。つまり彼女もまた男性の固定概念を打ち破って自立した女性なわけなのですが、向いていたベクトルがウーマンリブとは180度違っていたということか。

クリエイターは「マッドメン」とかのライターをやっていたダーヴィ・ウォーラー。シュラフリーを演じるのがケイト・ブランシェットで、個人的には彼女って悪役顔だと思うので(失礼)、不敵なシュラフリーの役は似合ってるんじゃないですか。彼女の敵役になるウーマンリブの旗手グロリア・スタイネム役にローズ・バーン。他にもエリザベス・バンクスやサラ・ポールソン、トレイシー・ウルマン、マーゴ・マーティンデールといった主役級の女性陣が出演していて結構すごい。男優ではジョン・スラッテリーやジェームズ・マースデンなんかが出演してます。

70年代の雰囲気を醸し出すためにセットはずいぶん凝っていて、グッゲンハイム美術館でのパーティーのシーンとか現地で撮影したんだろうか?当時の音楽もバリバリ使われてていい感じなのだが、セリフの量でどんどん話を進めていくような感じで、演出自体は凡庸かなあ。本国では評判が良いようだけど、現実でなにが起きたのかを知ってしまってるため、このまま観続けるべきかちょっと考える作品。

「THE LIGHTHOUSE」

「THE WITCH」のロバート・エガース監督のサイコホラー劇。

舞台は19世紀後半、ニューフイングランド沖の孤島に建つ灯台の当番に、エフライムとトーマスというふたりの男性がやってくる。老人であるトーマスは新人のエフライムに肉体労働などの雑務を押し付け、自分は灯台の光源の管理を独占していた。それに不満を抱くエフライムだったが、やがて彼らの当番期間である四週間が過ぎようとしていた。しかし悪天候のために来るはずだった迎えの船は姿を見せず、彼らふたりは島に孤立する。やがて食糧も底をつきはじめ、憔悴したふたりの精神は崩壊していき…というあらすじ。

「THE WITCH」でも1600年代の英語にこだわり、自然光での撮影にこだわったエガースだが、こちらもいろいろこだわってて映像はモノクロで画面アスペクト比はほぼ正方形、使われる言葉は当然19世期のもの、という作りなので、まあ観る人を選ぶ作品だよな。アート映画のようで、音楽が派手なあたりはユニバーサル・モンスターとかのレトロホラー映画を彷彿とさせるかな。

エフライム役がロバート・パティンソンでトーマス役がウィレム・デフォー。ほとんどこのふたりだけが出てる内容で、どっちも(特にデフォー)マンガみたいな顔してるから、モノクロの映像のなかで目をギラギラさせています。パティンソンいい役者になったよなあ。男ふたりの話ということでホモエロティックな要素もなくはないのだけど、基本的には凸凹コンビのドタバタ劇という展開であった。

ウェールズ沖の灯台で実際にあったという当番ふたりの悲劇にインスパイアされた話らしいが、触手とか怪物も出てきたりして、なかなかしんどい話にはなっております。これから先、コロナウィルスでの外出自粛が求められたりするでしょうが、あまり家に閉じこもってると気が狂うよ、という教訓になる映画じゃないでしょうか。

「THE PLOT AGAINST AMERICA」鑑賞

故フィリップ・ロスの同名小説を原作にしたHBOのミニシリーズで、プロデューサーは「ザ・ワイヤー」のデビッド・サイモンとエド・バーンズ。基本的にサイモンの関わるものは観ておいて損はないよ。

舞台は1940年代前半のアメリカ。ヨーロッパで激化する第二次世界大戦への参戦を政府が模索するなか、ヒトラー政権との友好と参戦拒否を訴えるチャールズ・リンドバーグが政治家として台頭する。そして市民のあいだでは反ユダヤ感情が高まるなか、フィリップ少年のいるロス一家は普通の生活を送ろうとするものの、ついにリンドバーグは大統領に選出されてしまい…というあらすじ。

人種差別をテーマにしたアメリカの架空歴史もの、と言う意味では奇しくも同じHBOのミニシリーズ「ウォッチメン」に通じるものがあるかな。アメリカの歴史がいかに現実以上に差別的なものになりかねなかったかを描いているというか。原作は2004年の出版で、当時のブッシュ政権にインスパイアされたのではという見方もあるようだけど(ロス自身は否定)、口当たりのいいセレブが出てきて大統領にまでなってしまうというのは、むしろ今の政権を対象にしてるんじゃないかと思ってしまいますね。

デビッド・サイモンの他の作品と同様に、決して派手な展開が起きるわけではなく、セリフが多い内容ではあるものの、政治家による賢くない判断が市井の人々の生活にじわじわと影響していく描写は彼の得意とするところですね。

出演者はロス家の父親にモーガン・スペクター、母親がゾーイ・カザン。独身の叔母にウィノナ・ライダーで彼女と付き合うことになるラビ役がジョン・タトゥーロ。「ザ・ワイヤー」からはマイケル・コストロフが出演しています。

サイモン作品としては初めて小説を映像化したもので、プロットは小説通りなのだろうけど、ロスの従兄弟が戦地に赴いたり、兄が南部の家庭で「教化」されたりと、この後もいろいろな展開があるみたい。日本でもいずれスターチャンネルで放送するのかな。

「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 Birds of Prey」

うーん、個人的にはかなり残念な映画であった。これタイトルからは3つの展開が想定できると思うのですよね:

1、「BIRDS OF PREY」ということで同名の女性ヒーローチームの物語。しかし確かにハントレスとかブラック・キャナリーといったメンバーが出てくるものの、そもそもチームの真っ当なメンバーでないハーレイ・クインの映画ということでメンバーは脇役扱いに。

2、ハーレイ・クインを主人公にしたコミックやアニメの実写版。内容的にはこれがいちばん近い。ハーレイの大騒ぎがずっと展開されるわけだが、それって読み切りのコミックや30分のアニメだから楽しいわけで、2時間弱の映画にするにはストーリーが弱いな、という印象だった。

3、ハーレイのemancipationの物語。日本ではなぜか「覚醒」と訳されてるけど、「emancipation」って「解放」でしょ。「スーサイド・スクワッド」ではジョーカーとの関係がDV愛のようなものだと示唆されていたハーレイが、彼との主従関係を断ち切って自立する話になるんじゃないかと、自分は勝手に期待してたのですね。ハーレイの名を世に知らしめた傑作コミック「MAD LOVE」だって、自分を支配するジョーカーの下で葛藤するハーレイがテーマだったじゃん。

そうなるとこの映画、ジョーカーが登場してこそ意味があるのでは?と思うのが筋でして、バットマンの登場しない「ジョーカー」に対して感じたモヤモヤを今回も感じてしまったよ。俺だってジャレッド・レトのジョーカーはウザかったけど、主人公が解放される対象を登場させないまま、「emancipation」とか名乗るのはどうかなあ、と思うのです。

ストーリーもね、カサンドラ・ケインを原作とは全く異なる役柄にしているあたり、なんか脚本ありきでコミックのキャラクターを無理やり当てはめたような感がありました。キャナリーのあれとかも突然出てきて、どうも脚本が十分練られていないのでは。マーゴ・ロビー含めキャストは頑張ってるのに、やっつけ仕事みたいな作品になってしまったのが残念。今後の「ブラック・アダム」にしろ「ブラック・ウィドー」にしろ、アメコミのスピンオフ映画は主人公よりも相手役をどれだけ立てられるかがキモになってくるのではないだろうか。

父が亡くなる

今週の月曜日に父親が自宅で倒れ、そのまま亡くなってしまった。それからドタバタと手続きを行ったのち、土曜日が葬儀だった。ちょっと所感を述べる。細かい情報は伏せるので、説明不足になっているかもしれないが許せ。

死因は脳内出血ということで、以前から高いと指摘されていた血圧が影響して、脳の血管が切れたのだろう。聞いた話では母に頭痛を訴えたあとにすぐ意識不明になったそうで、救急車で病院に搬送された時はもう心臓も停止していたらしい。ただし変に後遺症が残って半身不随とかになるよりも、苦しまずにすぐ亡くなったというのは、ある意味幸いだったのかもしれない。激情的な性格だった父親らしい、劇的だが短い終わり方だった。実のところ、父親はこうやって亡くなるんじゃないかな、と長らく漠然と心に抱いていたとおりの最期であったので、病院で帰らぬ人になったときも、ああそうなんだなと変に納得したのを覚えている。自分は両親が比較的高齢になってから生まれたので、物心ついてからずっと、いずれ来るであろう親の死を意識しながら生きてきたような気がする。

父は戦前の生まれで、幼少の頃は東京から田舎に集団疎開したような経験の持ち主であった。貧しい家で育ちながらも苦労して勉学に励み、少し身体的なハンディキャップを抱えつつも自分を含む家族を育ててくれたわけである。俺がこうしてブログで海外ドラマやアメコミの話をしているのも、父親の仕事の関係で海外に住んだ経験が基礎になっているわけで、それを考えると自分がいまある姿というのは、父に負うものが大きいんだな、と実感するのです。怒りっぽい人で、決して寛容的なタイプではなかったものの自分なりの正義感を持った人でもあり、晩年は国境なき医師団(https://www.msf.or.jp)に毎月寄付をしていたという。

職業は大学の教授をやっていて、研究本も3~4冊くらい出しているものの、まあ世の中で話題になるようなことはなかったですね。俺自身も気恥ずかしくて読んでいないし。カート・ヴォネガットの小説「ガラパゴスの箱舟」は売れない小説家(ヴォネガット作品ではお馴染みのキルゴア・トラウトですね)の息子が主人公だけど、あの息子にすごくシンパシーを抱いたのを覚えている。息子が父親の愛読者に出会うあの小説のラスト、すごく好きなんだよな。

とはいえ火葬場で骨になった父を見ながら考えましたが、人間死んだら残すのは骨だけですよ。「名を残す」とか言うけど、死んでしまったらそんなの本人には全く関係ないですから。人間は生きているうちが全てですので、生きているあいだに好きなことをやって、他の人を気遣って、悔いのないように死んでいきましょう。自分も死んだ父よりも、生きている家族(自分含む)のことを大事にしていきますので、みなさまもご自愛くださいませ。