なんかメタファーがてんこ盛りの映画ですな。主人公の心境が彼女の書く小説にそのまま表れるとことか、青春時代の曲を繰り返し聴くところとかに加え、主人公が1人でジャンクフードばかり食べてる描写とか、登場人物のTシャツとかが「いかにも」といった感じで使われているといった感じ。とはいえあざとい訳ではなく、きちんと効果的に使われているのは巧いな。

観てて気になったのは登場人物の性格描写が少し一元的なところで、主人公は「元カレを取り戻す」という執念で凝り固まっているし、元カレのほうは彼女の魂胆に愚鈍なほど気付かないまま話が進んでいってしまう。しかし観てる側にとっては主人公の勝手な思い入れが報われないことは明らかなわけで、最後に主人公が自分の行為に気付くのがストーリーのテンポ上ちょっと遅いような気がする。これは「マイレージ、マイライフ」もそうだったけど、主人公の成長曲線の上がり方がストーリーよりもワンテンポ遅いような?これは個人の好みの問題かもしれないけどね。

なお個人的にシャーリーズ・セロンって能動的に嫌いな女優でして、無名の頃は積極的におっぱい見せてたくせに、ちょっと有名になると「私を外見でなく中身で評価して!」と言わんばかりに「モンスター」みたいな汚れ役を演じたりするのがどうも計算高いような気がして好きじゃないのですが、今回の役はよく似合ってたと思う。おっぱい見せてくれても良かったけどね。パットン・オズワルトは何をやらせても才能ある人なので安心して見てられる。パトリック・ウィルソンは女性に振り回されるヤサ男の役ばかり演じてない(ナイト・オウル含む)?まあ似合ってるからいいけど。

しかし俺はこの映画の主人公と同じ年で、聴いてる曲の趣味とかも一緒なんだけど、どうも彼女に共感できなかったのは何故なんだろう。ストレス溜まってるとはいえ社会的にそこそこ成功してて結婚も経験してる彼女に対し、こちらは人生を半ば諦めてる独身だからかしらん。

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