「デイリーショー」にジョン・スチュワート復帰

2022年の末にトレバー・ノアがホストを降板したのを受けて、昨年はずっと週ごとにゲストが代わってホストを努めるローテーション制を組んでいた「デイリーショー」ですが、やはり要となるホストが決まっていないと政治風刺の番組としてうちはこういうスタンスだよ、というメッセージを打ち出しにくいし、特に今年のように大統領選挙のある年には、責任をもってモラルの象徴となるようなアピール力のある人物が中心にいないと弱腰の風刺とインタビューを続けるだけの骨抜きの番組になってしまうという危惧はなんか見ていて感じたのです。

そして今年もホストが交代制になるという話を聞いてゲンナリしていたら、こないだ急に発表されたのが番組を一躍有名にさせたジョン・スチュワートが復帰するというニュース。なんか月曜日だけホストを務めて、残りの曜日は相変わらず準レギュラーの「特派員」たちがホストになるという変なスケジュールらしいけど、往年のファンにとって彼の復帰は大変歓迎すべきことです。

スチュワート本人は2015年に番組を降板したあと、ここ数年はApple TVで「デイリーショー」みたいな政治色の強い番組を持っていたけど、「AI」と「中国」をそれぞれテーマにしたエピソードを作ろうとしたらアップルからNGくらって降板したという、まあ天下のアップルにとってもタブーな題目はあるんだなと。ブッシュ息子の政権下で痛烈な政治風刺を繰り出して名を馳せたスチュワートだけど、ドナルド・トランプが出馬したころにもう疲れたと言って番組を降板したわけで、トランプの風刺は意外とやってないのですね。それが今になってまたトランプの選挙戦と、もしかしたら新政権の可能性がでてきたわけで、そのような状況で彼はどのように振る舞うのやら。

というわけで今週彼が9年ぶり?に復帰した番組を観てみたけれど、すごく場に馴染んだジョークを冒頭から連発していて全くブランクを感じさせない内容。彼が以前に確立させたホストの「型」みたいなのがあって、それにすぐさまカチッとはまっている感じ。番組としては明らかにリベラル寄りなんだけれどもバイデンの高年齢の風刺を多めにやって、それを返す刀でトランプも批判するような展開。自分としてはトランプが再選されたらアメリカも世界もろくな目に遭わないんじゃないのとしか思えないのだが、それでもバイデンの年齢は格好なネタにされてしまうんだなあ。ゲストである「エコノミスト」誌の記者とも、バイデンが2期目に出馬したことについて批判するようなトークを交わしていた。

アメリカの記事では、スチュワートの本当のライバルは他のトークショーのホスト(デイリーショー門下生のジョン・オリバーを含む)ではなく20年前のスチュワートであり、若くて勢いのあった若い頃の彼を期待している視聴者に応えられるか、という意見が散見される。でも実際に2004年後半から番組を毎回すべて観ている者(ホントだよ)として言わせてもらうと、当時のスチュワートと今の彼って明らかに違うのですね。Apple TVの番組ではもっと顕著だったけど、若い頃に比べてずっと落ち着いて難しい用語を使うようになったというか、本人がすごく勉強しているなという印象が強いわけで、20年前のスタイルを期待するのは野暮ってものでしょう。ただし言ってることが複雑すぎて視聴者を置いてけぼりにしてしまう懸念はあるのだが。

何にせよスチュワートが戻ってきたことで、なんか暗澹たる思いで眺めていたアメリカ大統領選が楽しめそうだという気にはなってきたのです。月曜日だけでなく毎日出演してください。

「Feud: Capote vs. The Swans」鑑賞

前作から実に7年の期間をかけて戻ってきた「FEUD」の新シーズン。

一時期はイギリスのチャールズ皇太子とダイアナ妃の不仲をテーマにして企画が進んでいたはずだが、それが破棄されて今回作られたのは、作家トルーマン・カポーティとNYの上流階級の淑女たちの諍いという、なかなかマイナーなネタを扱ったもの。

第1話から時代がぽんぽん移り変わるので内容がちょっと把握しづらいが、60年代のカポーティは人気作家で、そのウィットに富んだ軽妙な話術と有名人のゴシップを大量に抱え、NYの金持ちのあいだでパーティーに呼ばれまくる派手な生活を送っていた。それが70年代になると酒やドラッグのやり過ぎで勢いは衰えていたが、自分の精通している上流階級のゴシップを随筆として雑誌に発表する。しかしそのモデルとなった女性が記事を苦にして自殺したことから、彼女の仲間の淑女たちはカポーティへの復讐を企むのだった…という内容で良いのかな?80年代の晩年のカポーティも出てきます。

個人的にはトルーマン・カポーティって学生時代に短編をちょっと読んだくらいでそんなに詳しくはないのですが、甲高い声で話すゲイの小太りのとっちゃん坊や(死語)という強烈なキャラクターと、ゴシップにまみれて暮らすニューヨークのハイソな熟女たちの争いという話は、特にLGBTの人たちにとっては格好のテーマなんですかね。でも今回はライアン・マーフィーはあまり関わってないみたいで、脚本を書いているのは劇作家のジョン・ロビン・ベイツ。多くのエピソードをガス・ヴァン・サントが監督していて重厚な演出を見せつけてくれる。

カポーティ役はイギリス人のトム・ホランダーがハゲて太って、別人のような格好になって怪演を見せてくれるが、それに対する女優陣が非常に豪華で、ナオミ・ワッツにデミ・ムーアにカリスタ・フロックハートにクロエ・セヴィニー、モリー・リングウォルドといった有名どころが勢揃いしてゴシップ論議に花を咲かせています。みんな同じようなメークで似た顔に見えるのが難点だけど。あとはカポーティの愛人役のラッセル・トーヴィーがいつの間にか筋肉ムキムキになっていて驚いたのだけど、何があったのだろう。

劇中に出てくる女性たちはみんな実在したソーシャライトたちで、銀行家の妻とかジャクリーン・ケネディの妹とか有名デザイナーといった錚々たる顔ぶれらしいが日本人には馴染みがないわな。テーマも個人的にはそんなに興味あるものではないけど、とにかく出演者が豪華なので彼女たちが同じ画面で演技しあっているのを見る価値はあるかと。

「Fargo」シーズン5鑑賞

前シーズンから3年ぶりの新作。新シーズンのたびにこれが最終章だ、みたいなことを言われてる気がするがこれが最後になるかは分かりません。

時代設定がグッと前に遡って1920年代だったシーズン4に対し、今度はグッと時代が進んで2019年のミネソタが舞台。弱気なカーディーラーの夫と結婚しているドロシーは、自宅で暴漢ふたりに襲われて誘拐される。しかしドロシーはサバイバルの達人であり、暴漢の車が警官に職務質問を受けている際に脱走し、そのまま警官を巻き込んでガソリンスタンドで銃撃戦を繰り広げる。暴漢を撃退した彼女は自宅に戻り、夫の前では何事もなかったような素振りをするのだった…というあらすじ。

まだ2話しか観ていないので話の展開がこれからどうなるかとんと分からないのだが、登場人物はドロシーとその夫と子供に加え、地元の有力者でドロシーを敵視している義理の母、悪徳の限りを尽くしている保安官、ドロシーを誘拐しようとした暴漢、ドロシーと銃撃戦に巻き込まれた警官といった、実にひねくれたキャラクターたちが揃って、自分たちの私欲のために行動している。

どうもドロシーは保安官の元妻で、彼女を誘拐した暴漢はその保安官が雇ったらしいことが明らかになるのだが、ふたりにどんな過去があるのか、またなぜ主婦のドロシーが銃火器や罠の扱いに熟練しているのか、などは説明されていない。また保安官が仕事をしくじった暴漢を殺そうとしたことから、逆上した暴漢が保安官たちに反撃するなど、三つどもえの血生臭い争いが繰り広げられていく。

シーズン4は時代設定が昔過ぎたというか、アイリッシュと黒人のギャングの話とかどうも響かないところがあったけど、今回はお馴染みのミネソタ訛りのキャラクターたちが、田舎の寒い夜のなか撃ち合いをするあたり、初期コーエン兄弟のノワールさがあって原点回帰した感があってよろしい。

主人公のドロシーをジュノー・テンプルが演じるのに加え、保安官をジョン・ハム、ドロシーの義理の母をジェニファー・ジェイソン・リーが演じるなどキャストは相変わらず豪華。シーズン4だけ登場しなかった聾唖の殺し屋ミスター・レンチも今回は登場するんじゃないかと勝手に期待している。

ドクター・フー「The Star Beast」鑑賞

というわけでショーランナーにラッセル・T・デイビスが復帰しての新シリーズ。デビッド・テナントも14代目ドクターとして復帰し、コンパニオンにもキャサリン・テイト演じるドナ・ノーブルが戻ってきて15年前くらい前の名コンビが復活している訳だが、4話後くらいのクリスマス特番ではチュティ・ガトゥ(正しい発音はシューティ・ガトワか?)演じる15代目ドクターへの交代が確定しているわけで、デイビスが復帰するにあたってのテストラン的な数エピソードになるのかね。

この「Star Beast」は意外にも、パット・ミルズとデイブ・ギボンズが1980年に出したドクター・フーのコミックをベースにしていて、コミックを脚色したTVエピソードってこれが初かな?夜のロンドンに巨大な宇宙船が着地し、それを調査していたドクターはミープという謎の生物、そしてドナに出会う。ミープがウラースという宇宙人たちに追われていることを知ったドクターたちはミープの安全を確保しようとするのだが…というあらすじ。

年末の夜空に災厄が降ってきて、ロンドンが危険な目に遭う展開はいかにもデイビスだなあという感じ。毎年やってて流石に飽きてたパターンも、10年ぶりくらいに見ると新鮮に感じられます。そのあともデイビスらしい冒険活劇が続き、話がすぐさまグルーヴにはまっていた。前のショーランナーのクリス・チブナルは妙に小難しい話を書いていたので、よいカウンターになってるんじゃないですか。

メインのプロットに加えて、以前にドクターの記憶を失ったことで、ドクターに再会したら死ぬと言われていたドナがどのように彼のことを思い出すのかという問題が解決される。そして一方では、なぜ今回のドクターは10代目と同じ顔を持っているのか?というのが大きな謎として提示されていた。その謎が明かされたとき15代目に代わるんだろうなあ。そしていまのドナは結婚してティーンの娘もいると言う設定で、奇しくもローズという名のその子が、第2のコンパニオンのような立場になるのかな。

ディズニープラスと世界配信契約を結んだことで(だからこれ日本でも観れるはず)、ネズミマネーが流入したのか新しいターディスのセットは駆け回れるほどデカいし、ミープの宇宙船のセットも大きくて製作予算が潤沢になっていることが窺える。あとは肝心のストーリーだけど久々のラッセル・T・デイビス作品としては及第点以上の出来だったので、このクオリティが続くことを願います。

「THE CURSE」鑑賞

日本だと知名度がゼロだけど、カナダ出身のネイサン・フィールダーというコメディアンがいまして、コメディ・セントラルの「NATHAN FOR YOU」という番組で頭角を表した人なのです。いろいろ苦労している小さな商売をフィールダーが奇抜なアイデアで助けようとするこの番組は、そのネタの1つ「Dumb Starbucks」が日本でもちょっとニュースに取り上げられたりしたけど、どんなアホみたいなアイデアでも面白おかしく取り上げたりせず、フィールダーが全く笑わずに真面目に取り組んでいくその姿勢は、リアリティー番組とシュールなコメディが入り混じった実に不思議な番組を作り上げていたっけ。番組で知り合った自称ビル・ゲイツのそっくりさん(あまり似てない)の男性の望みを聞いて、彼の初恋の人を探しにいくシリーズ最終回「Finding Frances」はどこまでがリアリティ番組でどこまでがやらせなのか分からないまま、現実と虚構、笑いと哀しみが錯綜する傑作回としてアメリカでは大絶賛されたのです。その延長線上にあるHBO MAXのシリーズ「THE REHEARSAL」は日本でも視聴できるのかな。

そんなネイサン・フィールダーが、エマ・ストーンおよび「アンカット・ダイヤモンド」のサフディ兄弟のひとりベニー・サフディと組んで作ったのがこの「THE CURSE」で、製作はA24。

話の舞台となるのはニューメキシコ州のエスパニョーラ。ホイットニーとアシャーの夫婦は、そこのヒスパニック系の住民たちにお手頃な家やエコな家を紹介するというリアリティ番組を製作していた。彼ら自身も出演するこの番組の撮影は思うようにはいかず、アシャーはプロデューサーに要請されて、自分を良く見させるため物売りの少女にお金を恵むシーンを撮影するが、その後すぐに少女からお金を取り戻してしまう。怒った少女は彼に「呪いをかけてやる」と言うのだが…というあらすじ。

正直なところ第1話は大きな話の進展がなくて、この少女の「呪い」が実際に効果を発揮するのかも分からず。ただホイットニーとアシャーの番組製作は前途多難だな、という雰囲気は伝わってくる。彼らが撮影しているのはリアリティ番組といいつつも「やらせ」が使用され、ホイットニーとアシャーの住宅紹介もエスパニョーラの住民への善行だと強調される一方で裏ではあやしいビジネスが絡んでいることが示唆されるなど、リアリティとフェイクが入り混じってるあたりがネイサン・フィールダーっぽいのかな。そしてアシャーとホイットニーの父親がお互いのチンコの小ささについて話したり、プロデューサーが過去に手がけた実に怪しげな番組が紹介されたりと、変なところで笑いを取りにいってる部分もあります。

こういうドラマでネイサン・フィールダーが演技しているのは初めて観るので、感情を露わにアシャー役を演じている姿はなんか変な感じ。彼は第1話の監督も務めているが奇妙なアングルからのショットが多いです。エマ・ストーンはヨルゴス・ランティモス作品もそうだが、こういうエキセントリックな作品に出るようになっていくのだろうか。そして番組のノリの軽いプロデューサーを演じるのがベニー・サフディで、普通に演技できるじゃんといった感じ。彼は「リコリス・ピザ」とかにも出演してたのか。あとはコービー・バーンセンなどが出演してます。

まあ正直なところこれからどういう展開になっていくのか全く分からないシリーズではありますが、ネイサン・フィールダーの番組なら観てて損はないと思う。