「オデュッセイア」鑑賞

ベトナムのショッピングモールにある小さな映画館という、IMAXとは程遠い環境で観た。紀元前に出てきた原作にネタバレなんてあるのか?とも思うが以下はネタバレ注意。

話の内容は概ね原作に忠実。時系列は入り乱れていて、トロイ戦争での出来事、オデュッセウスの放浪、そして彼を待つペネロペーとテレマーコスの物語が、フラッシュバックを多用しながら語られていく。大長編である原作からの取捨選択が当然ながら行われていて、カリプソは出てくるけどナウシカは出てこないとか、サイクロプスが1匹だけなどといった脚色がされているので、それによって人の受け入れ方が変わってくるかも。個人的には最後の、ペネロペーとの寝床の話が出てこなかったのが残念。

付け加えられた要素としては、ペネロペーが夫の帰りを待つイタケーが「海の民」の脅威に晒されているという設定。「ゼウスの法」を尊重しようとする文化が、衰退しつつあることが示唆されている。あとは神々の登場や介入はほぼ控えられ、サイレーンやスキュラといった怪物たちの出番も少ない。冥界でアガメムノーンたちと再会するシーンは面白かった。

歴史物、という点では過去のノーラン作品では「ダンケルク」に通じるものがあるかな。怪物に襲われて船に逃げ帰る兵士たちなど、退散する軍隊を否定的に描いていないところも同じ。

大人数のキャストは演技の出来がまちまちで、盲目のエウマイオスを演じるジョン・レグイザモなんかは非常に良かった。ペネロペーの求婚者の一人を演じるロバート・パティンソンなんかも卑屈な感じがよく出ている一方で、ペネロペーを演じるアン・ハサウェイは目に涙を浮かべて不満を述べているだけでなんかダメ。テレマーコス役のトム・ホランドはどんなに頑張っても、テレマーコスがあまり活躍しないボンクラ息子だというのが損な点である。ギリシャ人に見えない、インド系やアジア系の役者も出ているがそういうのは気にしても仕方ないでしょう。

スケールの大作で見応えがあるものの、いまの現代で我々が「オデュッセイア」から学べるものは何なのだろうな。紀元前の当時とは物事に対するモラルも価値観も大きく異なっている訳で、妻のもとへの帰還を望みつつもオデュッセウスがあちこち立ち寄り先で浮気していたことなどについては、ノーランもかなりクリーンな内容にしている。ただ主人公が苦労して家に帰ろうとする話、といってしまえばそれまでなので、そうした意味では一部分だけを切り出した「THE RETURN」のような作り方も賢かったのかもしれない。まあ各人で観て判断してください。

「PRESSURE」鑑賞

いちおう史実をもとにした作品だが、以下はネタバレ注意。

舞台は1944年の第二次世界大戦。連合軍はノルマンディー上陸作戦に向けて計画を念密に練り、ドイツ軍に情報が察知される前に作戦を実行したかったが、兵士を無事に揚陸させるためには悪天候を避ける必要があった。当初予定されていた6月5日は過去のデータから好天になると想定されていたが、新しく派遣されてきた天文学者のジェームズ・スタッグは各地の気象データから5日が悪天候になることを察し、上陸作戦を延期することを進言する。軍人たちの鋭い批判にもスタッグは自説を曲げず、司令官のアイゼンハワーは難しい決断を迫られるのだった…というあらすじ。

天気をテーマにしているということで題名の「PRESSURE」は戦争下の「プレッシャー」と「気圧」をかけているわけですね。作戦を延期することで上陸の機会を逃すかもしれない一方で、悪天候によって作戦が失敗するかもしれないという重圧にアイゼンハワーはさらされ、スタッグの方は作戦を延期したとしても次の適時はいつなのか?という答えを見つけなければならない。過去のデータのみを尊重するもう一人の気象学者との駆け引きなどもあって、100分ほどの尺でテンポ良くテンションが切れずに進むよくできた作品だった。戦闘シーンのほとんど出てこない戦争映画だけど、終始緊張感があるというか。

スタッグ役にアンドリュー・スコットで、寡黙ながら信念を曲げない役を好演。アイゼンハワー役はブレンダン・フレイザーで、「キラーズ・オブ・フラワー・ムーン」の弁護士のような威圧感のある役でした。他にもケリー・コンドンやダミアン・ルイスなどが出演。

もともとは舞台劇だったそうだけど、軍司令部のシーンに気象状況やノルマンディーの映像がうまく挿入されて狭苦しい感じは全くしない。なお史実では作戦の延期についてノルウェーの気象学者の進言もあったそうだが、彼については一切言及されないのがご愛嬌ですな。

「RESURRESTION」鑑賞

昨年高い評価を受けた、中国人監督ビー・ガンの作品。中国語題は「狂野時代」で、日本では「レザレクション」の邦題で秋に公開されるのかな?以下はネタバレ注意。

舞台となるのは、人間の長寿に対して夢が有害であることが判明したため、夢を見ることが廃絶された社会。それでも醜い「迷魂者」といわれる存在が映画のなかに隠れて夢を見続けていた。主人公の女性はサイレント映画のなかでそんな迷魂者を発見し、彼の中に映写機があることを見つけ、彼の夢を覗くためにその映写機から投影させるのだった、というあらすじ。

冒頭の女性と迷魂者のやりとりはドイツの表現主義映画っぽい作りになっていて、傷のついたフィルム映像のなかのサイレント映画として話が進んでいく。この迷魂者の見る夢という設定をフレームにして、六根(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・意識)をベースにした物語がオムニバス形式で語られる:

  • 戦時中の都市において、音楽家が持っていた謎のスーツケースをめぐる若者と刑事のフィルムノワール的な話。
  • 廃棄された寺院で一晩を過ごすことになった青年のもとに、彼の父親の姿をとった「苦味の霊」が現れる。
  • 特殊能力を持った者に報酬が出される世界で、詐欺師の男性が孤児の少女と組んで報酬を得ようとする。
  • 1999年の大晦日。青年が少女と出会って夜の街をさまようが、彼女にはある秘密があった。

これにまた女性と迷魂者の話が最後にあって6話構成になるのかな。どれも圧倒的な映像美と幻惑的な語り口があわさって非常に不思議な雰囲気を醸し出している。ストップモーションを使ったフィル・ティペットっぽい部分もあれば、ギレルモ・デル・トロの映画のような部分もあり、タルコフスキーの映画のようでもあり。1999年のやつでは印象的な長回しが使われるなど、160分の長尺でも飽きさせない作りになっていた。

冒頭の迷魂者をはじめ、各話に出てくる青年や詐欺師はみんな易烊千璽(ジャクソン・イー)が演じているのだが、メークが違いすぎて同じ役者だとは最後まで気づきませんでしたよ。1999年の、李庚希演じる謎の少女との一晩の恋愛模様が素晴らしかったなあ。

中国の映画には全く詳しくないのですが、最近はこんな作品が作られるようになっているのか。ビー・ガンの過去の作品もチェックしてみよう。

「IS THIS THING ON?」鑑賞

日本では「これって生きてる?」という直訳タイトルで4月公開、ブラッドリー・クーパーの監督映画(本人もチョイ役で出ている)。

アレックスは妻のテスとの間に2人の子供がいたが、夫婦の仲はうまく行かず離婚の協議中だった。そんな彼はふらっと入ったバーでスタンダップコメディに飛び込みで挑戦し、家庭の不満をぶちまけたところまあまあウケが良かったため、その後もスタンダップにはまっていく。ステージ上では夫婦生活をネタにしながらも、私生活ではどうにかテスとの仲を改善しようとアレックスは試みるのだったが…というあらすじ。

スタンダップのモノローグが主人公の心の叫び&セラピーになっている作りはいかにもな、という内容ではあるのですが、以前の「The Opening Act」のようにコメディクラブの裏側が覗ける作品は好きなので結構楽しめた。ステージ上のアレックスの顔をアップで映し、観客の姿は殆ど見せないようにして彼が画面に向かって独白しているかのよう。

アレックスを演じるウィル・アーネットはカナダ出身のコメディアンで、「アレステッド・ディベロップメント」の長兄役でブレークした人。日本だと「レゴ・バットマン」や「ボージャック・ホースマン」の声優として知られてるのかな。スタンダップ出身の人ではないけれど、この作品ではやつれたスタンダップ・コメディアンを好演している。私生活ではコメディアンのエイミー・ポーラーと結婚して2児をもうけて離婚してるので、その経験がこの作品に結びついているのかと思ったけど(彼も脚本を担当)、実際はイギリスのコメディアン、スティーブン・ビショップ(「ドクター・フー」に出てた彼だ)の経験をベースにしているそうな。

テス役はローラ・ダーンで、こちらも生活に疲れた人妻を演じさせると抜群に上手い。あとはコメディ業界からエイミー・セダリスやショーン・ヘイズなどがチョイ役で出ているほか、キアラン・ハインズが出ていた。

ブラッドリー・クーパーの映画って「苦悩するアーティスト」を肩に力いれて演じているような印象があって、こないだの「マエストロ」とかは観る気にもなれなかったのですが、今回はハンドカメラで小ぢんまり撮った小品といった感じで悪くはなかった。個人的には「アレステッド・ディベロップメント」からのウィル・アーネットのファンなので、これで日本でも彼の知名度が上がることを期待。

なおネタバレ:最後はクイーン&ボウイの「UNDER PRESSURE」で締めるのですが、あの曲を使ったラストは「WORLD’S GREATEST DAD」が完璧にやってしまったので他の映画は試みないほうが無難だと思う。

「TWINLESS」鑑賞

昨年よい評判を目にしていたサンダンス映画。以下はネタバレ注意。

双子の兄弟のロッキーを交通事故で亡くしたローマンは、悲しみを和らげるために自分と同様に双子を亡くしたセラピーグループに参加し、そこでデニスというゲイの男性と知り合う。ローマンはストレートだがロッキーがゲイだったので彼はデニスに親近感を抱き、二人はすぐに仲良くなる。しかし実はデニスはロッキーのかつての恋人であり、彼のことが忘れられなかったために自分にも双子がいたという嘘をついてグループに参加し、ローマンにロッキーの面影を感じるのだった…というあらすじ。

あらすじだとストーカーもののホラーに聞こえるかもしれないがそんなことはなくて、本国だとブラックコメディという紹介も見かけるが、もっとしっとりしたクィアロマンスものだった。デニスは愛していたロッキーの姿をローマンに投影し、ロッキーと疎遠だったローマンは彼の生前の様子をデニスを通じて知る。自分でない人間と自分のアイデンティティの境界が曖昧になっていく過程は、初期のポール・オースターの小説みたいだった。

主演はディラン・オブライエンで、なんかやけに筋肉がついた体を見せつけてくれるのだけど、実質的な主人公は監督・脚本も務めるジェームズ・スィーニーが演じるデニスで、虚構の双子を作り上げてまでローマンに近づいていく心の葛藤が話の中心になっている。スィーニー自身がゲイだそうで、いろいろ現実に基づいているんだろうな。あとはローマンとケンカしてばかりの母親をローレン・グレアムが演じてました。

デニス(アジア系)が大阪生まれで、ローマンも東京に暮らしてたという設定になっているものの、両者の話す日本語がグダグダだったのには苦笑したが、ちょっと不思議な設定の、余韻の残る作品だった。