「28年後…」鑑賞

アカデミー賞を受賞してるので決して評価されてないわけではないのだろうが、ダニー・ボイルって扱うジャンルが幅広すぎるせいかあまり玄人好みされてない印象があるけど、個人的には彼の撮影・編集・音楽のセンスって非常に優れたものがあると考えるのです。今回も音楽こそ控えめだけど(でも予告編のキプリングの詩の朗読は見事だった)、iPhoneで撮影されたという映像は美しいし編集も効果的で、それだけでほかのゾンビ映画と一線を画しているのでは。

  • 内容は当然「28日後…」の続編なのだが、あれから28年も経ってるので世界観もずいぶん変わっている。「28週後…」のラストもしれっと受け流されていて、さらに言うと「28日後…」の最後、感染者たちはいずれ食物が無くなって自滅するという設定はどうなったんだ。あと28年も経つと感染者たちも高齢化問題が出てきて後継不足になりそうな気がするが、そういうことを考えるのは野暮というものでしょう。
  • 内容的には「28日後…」よりも、親を助けるために奮闘する子供という設定は、同じくダニー・ボイルの「ミリオンズ」に通じるのでは。じゃあファミリー向け映画なのかというとそうではないですが。
  • 「28日後…」は無人になった大都市ロンドンの描写が衝撃的で、いまだに続くゾンビ映画ブームのきっかけとなった偉い作品なのだが、今回はそうした文化ギャップ?の要素はないし、3部作の第1作ということで話が薄いといえば薄いのだが、これから謎が明かされていくことに期待しましょう。登場人物がすべて白人だったというのも、なんか暗い秘密が控えているのだろうか。
  • アーロン・テイラー=ジョンソンはマッチョになってから演技が雑になった感があってまり好きではない一方で、ジョディ・カマーが相変わらずいい演技していて救いになっている。レイフ・ファインズはここ1年で「教皇選挙」に「THE RETURN」にこれと、忙しい人ですね。数日前に見た「罪人たち」にも出てた役者が登場したのは驚いたが。
  • 文章では説明しづらいけど、映像と編集が巧みでストーリーを補っていて、ダニー・ボイルの本領発揮という感じ。早く次が観たい。

「罪人たち」鑑賞

普通に面白い作品であったよ。日本公開が急に決まってろくに宣伝されてないような気がするが、IMAXの空き状況にあわせて公開されたのかな。

  • ホラー作品としてみれば「フロム・ダスク・ティル・ドーン」に近いのかな。怪物たちに襲われる酒場での一夜の攻防を描いた内容ではあるわけだが、アメリカ南部における黒人文化を守り通すことをテーマにした秀作。パーティーへの準備と盛り上がりまでの過程は「SMALL AXE」の第2話目、ジャマイカ系移民がサウンドシステムを持ち込んでパーティーを開催するエピソードに通じるものがあると思いました。
  • そんな黒人たちを狙うのがアイリッシュ系の吸血鬼たちということで、個人的にはこっちのほうに興味を持ったな。アメリカにおけるマイノリティ同士が殺し合うという皮肉があるわけだが、その一方でどちらも自分達のルーツの音楽は愛しているという共通点がある。ヴァン・モリソンだっけ?が言っていた、ロックンロールはケルト音楽と黒人音楽がアメリカで融合して生まれたという言葉を連想した。まあ公民権運動の際に黒人を最後まで差別したのは、かつて自分達が虐げられてきたアイルランド系移民だったのだけど。
  • マイノリティといえば、IMDBのトリビアによると劇中に出てくる中国系の店は実際にあったものをモデルにしていて、通りを挟んで片方では黒人相手に商売をして、もう片方では白人を相手にしていたそうな。面白い。
  • ケルト系の吸血鬼といえば「プリーチャー」のキャシディでしょ、というわけであのマンガにインスパイアされてるのかなとも思ったけどその証拠は見当たらず。よく聞き取れなかったけど、劇中でキリスト教の祈りに対して「俺らを追い出した連中の言葉だ」とか言ってたのはケルト人がローマ人に侵攻されたことを言ってたんだろうか。
  • 役者はマイケル・B・ジョーダンが相変わらず手慣れているなと。ただし主人公ふたりがよく似ていて、帽子の色でしか区別つかないから序盤はどっちがどっちだか分からないシーンもいくつかあり。あとは個人的にデルロイ・リンドーを見たのが久しぶりで、いい俳優だよねえ。
  • 普通に手堅い作りで楽しめる作品だった。アメリカでもヒットしたそうで、フランチャイズに頼らなくてもいい作品なら稼げることを証明したのではないか。

「THE RETURN」鑑賞

ハリウッドではこんどクリストファー・ノーランが「オデュッセイア」を豪華キャストで映画化するとかで話題になってるが、こちらはそれよりも一足お先に最後のオデュッセウスの帰還の部分だけを映像化したもの。2000年以上前に書かれた話にネタバレなぞ関係ないと思うが、一応以下はネタバレ注意。なお自分は「オデュッセイア」は子供向け絵本を読んだ程度っす。

内容は原作にかなり忠実に沿っている。トロイア戦争に出向いていったあと長らく音信不通となっている夫オデュッセウスの帰還を辛抱強く待つ妻のペネロペだが、彼女のところには再婚を求める数多くの男たちが集まっていた。そんななか、ついに単身で流れ戻ったオデュッセウスは身分を隠しつつ、大きく変わった故郷の状況を探っていく。

ペネロペがオデュッセウスの正体を知るのが少し早いとか、細かい脚色はあるものの、まあ観る人は話の展開を知っているわけで、それでも見応えがあるのは演出の巧みさですかね。歌舞伎の人気演目みたいなもので、お決まりのシーンを見て楽しむというか。求婚者たちが誰も張れない弓をオデュッセウスが張り、連なる斧の隙間を射抜くシーンとかやっぱカッコいいのよ。

オデュッセウスを演じるのは「教皇選挙」が今になって大きな話題になっているレイフ・ファインズ。あちらは選挙の行方に苦悩する中間管理職みたいな役だったが、こちらでは60過ぎながらも筋肉モリモリの体に鍛え上げてオデュッセウスを好演している。彼を待つ妻のペネロペ役にジュリエット・ビノシュ。原作だとオデュッセウスとペネロペの年齢差って結構あるんじゃなかったっけ?だからまだ若い彼女に求婚者が寄ってきたのだと思ったけど、こちらではほぼ同じ年の夫婦になっている。ふたりの息子のテレマコスを演じるチャーリー・プラマーも、その頼りなさっぷりがいい感じ。

なぜ現代になって2つも「オデュッセイア」の映画が作られるのか?という疑問は置いておいて、普通に面白い作品だった。ノーランのほうは原作すべてをカバーするようなので最後の部分をここまで丁寧に描かないと思うけど、あちらが完成したら両者を見比べてみるのも面白いかもしれない。

「SMALL THINGS LIKE THESE」鑑賞

「オッペンハイマー」でアカデミー主演男優賞を獲って名実ともにハリウッドスターとなったキリアン・マーフィーだが、その次に主演したのはこんな小品。まあ彼らしいね。彼自身が原作小説のファンで「オッペンハイマー」撮影中にマット・デーモンに製作を持ちかけたとかで、デーモンとベン・アフレックがプロデューサーに名を連ねている。以下はネタバレ注意。

舞台は1985年、アイルランド南東部の町。ビルは石炭(泥炭)の運送・販売業を営む真面目な男性で、妻と5人の娘を支えながら細々と暮らしていた。そんな彼は、取引先である修道院のなかで若い修道女たちが悲惨な扱いを受けているのを目撃する。地域で強大な影響力をもつ修道院に対してビルは沈黙を貫こうとするが、やがて修道院から逃走した少女が彼の前に現れて…というあらすじ。

時代設定とか人物の背景について一切説明がないので、会話で言及される情報から主人公たちの置かれている環境を察しなければならないのでぶっちゃけ不親切といえば不親切。ウォーターフォードとウェックスフォードが近所なら住んでるのはあそこらへんだな、とか。まあ分からなくてもよいのだけど。ビルの家族とはまた別の一家が出てきて、特に接点が無いのは何故だろうと思っていたら後者はビルの回想における家族であった。その回想が現在に影響を与えているのかというとそうでもなく。

ビルが貧しいながらも肉体労働を真面目にこなし、子供たちを養っていく姿が丹念に描かれるあたり、いわゆるキッチンシンク・リアリズムっぽい感じもあるが(仕事から戻ったビルは文字通り洗面所で石炭で汚れた手を洗い流す)、着地点は「マグダレンの祈り」と同じところであったよ。

アイルランドとベルギーの合作だそうで、監督のティム・ミーランツはベルギー人。「ピーキー・ブラインダーズ」とか撮ってた人か。修道院の院長役をエミリー・ワトソンが演じてます。

キリアン・マーフィーの演技は手堅いし、個人的にはアイルランドを舞台にした映画は好きなのでそれなりに楽しめたものの、やはり話の説明不足からきている消化不良感は否めない。次なる「オッペンハイマー」を期待しないほうが良いでしょう。

「Art Spiegelman: Disaster Is My Muse」鑑賞

米PBSで放送された、「マウス」で知られるアンダーグラウンド・コミックスの雄アート・スピーゲルマンのドキュメンタリー。まあアンダーグラウンド・コミック作家といってもピューリッツァー賞を獲ってるような超有名な作家だし、ここでは「DCやマーベルなんかでは仕事してないマンガ家」くらいのニュアンスだと思ってください。

90分超という結構な尺をもってスピーゲルマンの生涯と功績がみっちり語られる内容で、子供の頃からマンガが好きで、スーパーで見かけた「MAD」に大きな影響を受けた話とか、自分でファンジンを作って売ってたらプロの目にとまって業界で働くことになったいきさつなどが紹介されていく。NYからサンフランシスコに渡ってロバート・クラムと組んだり、自分の妻で仕事のパートナーであるフランソワーズ・モーリーと出会ったいきさつなども語られ、自宅でロバート&アイリーン・クラム夫妻と会食してコミックについて語りあう貴重な映像もあり。あとはジョー・サッコやビル・グリフィスといった著名な作家のインタビューがあるほか、アーカイブ映像でクリス・ウェアやチャールズ・バーンズなどが登場。前衛コミック誌「RAW」を編集していたスピーゲルマンのコミック論もいろいろ聞けて、純粋にコミックの歴史的ドキュメンタリーとしても価値はあるのでは。

話の主軸はやはり彼の代表作である「マウス」になっており、あの作品の主役であってアウシュビッツを生き延びた気難しい父親との思い出や、自分が精神病院から退院した直後に自殺した母親の話、ナチス政権下で幼くして死んだ兄などについてスピーゲルマンがいろいろ語っていく。そして「マウス」が成功したらしたで逆に憂鬱になっていった話や、「ニューヨーカー」誌のエディターになって表紙絵を担当したらいろいろ物議を呼んだこと、そして911テロに遭遇したことで「In the Shadow of No Towers」を描いたことなどが紹介される。

最後は保守的な州の学校で「マウス」を置くのが禁止になったことにも触れられ、アメリカはまた新たなファシズムに直面してるよね、と決して明るくないトーンで終わるのだけど、これを放送したPBSも新規トランプ政権化では理不尽に叩かれているわけで、こうした番組を目にする機会も減ったりしてしまうのだろうか。

アンダーグラウンド・コミック作家のドキュメンタリーとしてはあの名作「クラム」には届かないとはいえ、かなり面白い作品であったよ。