「THE SUBSTANCE」鑑賞

今年のカンヌ映画祭とかでいろいろ話題になったボディホラー。以下はネタバレ注意。

エリザベス・スパークルはハリウッドのウォーク・オブ・フェイムにも星が飾られているほどの有名スターだったが、50歳になったのにつれて人気は低迷し、ホストを務めるフィットネス番組からも切られようとしていた。そんな彼女はふとしたことから「サブスタンス」と呼ばれる謎の若返りの薬のことを知り、ダメ元で自分に試してみる。すると彼女の背中を破って出てきたのは、若く美しいもう一人の自分であった。スーと名乗ることにしたその美女とエリザベスはあくまでも同一人物であり、お互いの体のバランスを保つために1週間ごとに体を入れ替えなければならない。そして美しいスーはまたたくまにハリウッドの注目の的になってスターの座を満喫するのだが、年取ったエリザベスの体に戻ることを拒否したことで両者のバランスが崩れていき…というあらすじ。

ストーリーそのものは「ジキル博士とハイド氏」や「ドリアン・グレイの肖像」みたいに古典的なもので、新しく手に入れた快楽を堪能する自分の第二人格が暴走していく内容であり、オチもなんとなく見えてしまうけれどもそれに至るまでの過程が面白いというかグロいの。

監督のコラリー・ファルジャはデビッド・クローネンバーグの影響を公言していて、往年のクローネンバーグのボディホラー作品を踏襲した描写が散見される(あとキューブリックを意識したショットもあり)。その一方で、女性監督ということもあり女性の若さ・美しさだけが賛美されて消費されていく現代社会を批判しつつ、女性の体の際どい描写なども変に性的にならずに率直に撮っていて、クローネンバーグ作品とはまた違ってフェミニスト的要素が強いボディホラーというのが興味深かった。この監督、長編はこれでまだ2本目なのだが映像がすごい綺麗なんだよな。

自身の若さ・美しさに固執するエリザベスを演じるのがデミ・ムーア。実生活でも言っちゃ悪いが最近はパッとした作品のなかった俳優なので役に妙なリアリティを加えている。そんな彼女から生まれて、同一人物のはずがエリザベスをどんどん敵視していくスー役にマーガレット・クアリー。アンディ・マクダウェルの娘なんですね。あとはエリザベスの番組のプロデューサーで、金と視聴率のことしか考えていない横柄な男の役にデニス・クエイド。もとはレイ・リオッタが演じる予定だったのを彼が亡くなったのでクエイドが引き継いだらしいが、ご存知の通り最近クエイドはドナルド・トランプ支持を表明したりしてちょっとヤバい人になってきているので、こういう脂ぎったイヤミな男の役は妙にリアリティがあったぞ。

まあ50歳のエリザベスの役を61歳のデミ・ムーアが演じている時点で、実際のハリウッドって女性の歳はあまり気にされてないんじゃないか?と思ったりもするのだが、スタイリッシュなボディホラー(ただし最後の展開はエグいよ)としてかなり楽しめる作品だった。

「THE PENGUIN」鑑賞

個人的には何の思い入れも抱かなかった「ザ・バットマン」のスピンオフシリーズ。

舞台となるのは映画の出来事から1週間後のゴッサムシティ。ザ・リドラーのテロ行為によって街は深刻な被害を受け、裏社会もマフィアのボスだったカーマイン・ファルコーネが亡くなったことで混乱に陥っていた。カーマインの息子アルベルトが父親の跡を継ぎ、主人公のオズワルドも彼の下で働くことになるものの、二人きりでいる際にアルベルトに嘲笑されたことから逆上したオズワルドはアルベルトを射殺してしまう。焦った彼は死体の処分を試みるものの、アルベルトの妹でアーカム・アサイラム帰りのソフィアに疑いの目を向けられて…というあらすじ。

ここでのザ・ペンギンことオズワルドは独自のギャングのボスではなく、ファルコーネ一家に仕える中間管理職という立場。上司からは自分のシマでの麻薬ビジネスの縮小を命じられ、家に帰れば認知症の母親に叱られ、障害のある足を抱えてヨチヨチ歩きながらボスの死体を処分しようとして四苦八苦するハゲでデブのオッサンの姿は哀愁をそそるものがあるのです。オズワルドはファルコーネ一家のライバルであるマローニ一家にも顔が効くようで、マフィア抗争ものの鉄板である「血の収穫(用心棒)」的な展開が待ち受けていて、オズワルドが権力の座をのしあがっていく様が描かれるのでしょうな。

製作費も豪勢に使われてそうで、1話を見た限りではマフィアものとしてよく出来た内容になっていたと思う。ただし「バットマン」の世界に絡める必要あるのか?という疑問はあって、主人公の名前もコミックの「コブルポット」は現実味がないとかで「コッブ」に変えられているし、ソフィア・ファルコーネのヴィラン名がちょっと言及される以外はコミックとのつながりが希薄で、バットマンの名を借りた別物のドラマでは?という気がしなくもない。ただしオズワルドの車のタイヤを盗もうとして捕まり、彼の相棒となって働くことになる少年の話が、2代目ロビンことジェイソン・トッドのオリジンと重なるのは意図したことなのかな。

主人公のオズワルドは映画版に続いてコリン・ファレルが演じていて、分厚いメーキャップとファットスーツを着込みながらも柔軟な演技を見せつけてくれる。その宿敵ソフィア・ファルコーネを演じるのがクリスティン・ミリオティで、「パーム・スプリングス」や「MADE FOR LOVE」ではおめめパッチリの純情な女性役を演じていたが、今回はおめめパッチリのサイコパスな役が似合っていて非常にいい感じ。あとはジョン・タトゥーロに代わってマーク・ストロングがカーマイン・ファルコーネを演じるらしいが故人なのでどう登場するかは不明。

というわけで「バットマン」らしさを期待しなければ普通に面白い作品なのだが、当然ながらザ・ペンギンのキャラクターを掘り下げる内容になってるので、そうなると制作が始まったという「ザ・バットマン2」にも彼が登場して、劇場版ふたつを繋ぐ話の展開になっていくのだろうか。そこらへんは何ともわかりません。

「ドリーム・シナリオ」鑑賞

ニコラス・ケイジ主演の不条理コメディ。日本公開は11月。以降はネタバレ注意。

ポールは小さな大学で進化生物学を教えているしがない教授だったが、自分の娘をはじめとして他の人たちの夢のなかに彼が登場するということが話題になり、彼を夢のなかで見たという人が何百人も出てきたことで彼は一躍有名人になる。夢のなかの彼はただ突っ立って出来事を眺めているだけという役割だったが、彼の存在は宣伝に使えると考えたマーケティング会社にポールはコンタクトされる。それが自分の研究書の出版につながるかもしれないと考えた彼は会社の話を聞くことにするものの、人の夢のなかのポールがあらぬ行動をとるようになってしまい…というあらすじ。

元ネタは都市伝説の「THIS MAN」だろうし、プロデューサーとしてアリ・アスターが関わっているもののホラーの要素は殆どなくて、むしろチャーリー・カウフマンの作品のような不条理コメディのような内容になっている。自分の知らないところで勝手に人の夢のなかに登場させられて、やがて気持ち悪がられて世間一般から拒絶されるポールが不憫すぎて泣けてくるのよ。カフカ的とでもいうんだろうか。

そんな哀れなポールを演じるのが、最近いい映画に出まくっているニコラス・ケイジ。ハゲたさえないオッサンを熱演しています。ほかにディラン・ベイカーやマイケル・セラ、ティム・メドウスなど俺好みの役者が脇を固めている。監督のクリストファー・ボルグリって、前作「SICK OF MYSELF」もチェックしないとな。

ネタバレになるのであまり内容について詳しくは書かないけど、個人的にはかなり面白かった。話の終わらせ方も、かなり難しい設定のなかでうまく着地できたほうなんじゃないの。万人受けする作品ではないだろうけど俺はこういうの好きです。

「シビル・ウォー アメリカ最後の日」鑑賞

アレックス・ガーランドの新作で日本では来月公開。

大規模な内戦状態に陥ったアメリカを舞台にした物語だが、なぜそういう状態になったのかの説明は劇中で殆ど行われない。大統領の任期が(強権的に?)3期目にまで入り、従来なら政治志向が異なるカリフォルニア州とテキサス州が大統領に反発して結束し、反政府軍としてワシントンDCに攻め込んでいることはセリフの端々から推測できるものの明確な説明はなし。主人公である新聞社のフォトグラファーとジャーナリストたちは大統領へのインタビューを試みようとニューヨークから遠回りしてホワイトハウスへ向かうものの、その道中でさまざまな戦時中の光景を目にすることになる、というあらすじ。

主人公たちは報道機関の関係者ということで、武器を持たず戦闘にも参加せず、あくまでも中立という立場で道中の出来事を目撃していく。彼らが遭遇する兵士や一般人たちも、政府側なのか反政府側なのかはっきりしないまま、ただ戦時下における混沌とした状態が映し出されていく。一部の地域では自警団となった市民が同じ住民をリンチしている一方で、ある町では戦火を避けて普通の日常生活を送ろうと試み、別のところでは白人至上主義者の兵士が軍のポリシーなど無視して好き勝手やってるなど。話の設定は「DMZ」(の原作のほう)に近いけど、戦争が起きている地域での様々な光景が次々と出てくるあたりは「ハート・ロッカー」に近いかなと思いました。

当然ストーリーの根底には政治的な要素があるものの、設定が非現実的というかディストピアSFに近いところもあって、現在アメリカの政治のアレゴリーになっているかどうかはよく分からず。「ろくでもない大統領を選ぶと大変なことになるよ」というメッセージは伝わってくるけどね。カリフォルニアはまだしもテキサスって戦争になったら弱そうで、周囲の南部州に潰されそうな気もするがどうなんだろう。

主人公のフォトグラファー役にはキルステン・ダンスト。彼女に同行するジャーナリスト役のヴァグネル・モウラが良かったな。こないだ「エイリアン ロムルス」で主役を務めたケイリー・スピーニーも新人カメラマン役で出ています。夜間の戦闘を撮影するのに白黒フィルムのカメラを使ってるが賢いのかどうかわかりませんが、まあいいや。あとはガーランド映画の常連であるソノヤ・ミズノをはじめ、ニック・オファーマンやスティーヴン・ヘンダーソンといった「DEVS」のキャストがいろいろ出ています。

A24制作の映画ながら最後のホワイトハウス進撃のシーンとかは下手なアクション映画よりも迫力あるし、普通に見応えのある作品ではあった。たぶん現実にこういった内戦は起きないと思うけど。たぶん。

「KINDS OF KINDNESS」鑑賞

日本では「憐れみの3章」の邦題で9月27日公開。以降はまあ一応ネタバレ注意。

ここ最近は「女王陛下のお気に入り」「哀れなるものたち」と監督作が次々とアカデミー賞女優を出してすっかりメインストリームの監督になった感のあるヨルゴス・ランティモスが、「籠の中の乙女」から「聖なる鹿殺し」まで一緒に脚本を書いていたエフティミス・フィリップと久々に組んで脚本を書いた(ただし執筆はずっと前から取り掛かっていたらしい)作品で、明らかに初期のランティモス作品っぽい不条理劇になっている。

邦題から分かるように3つの話から成るアンソロジー形式になっていて、最初は職場のボスに日常生活まで支配され、彼の言うことを聞かなければならない男性の話。次は無人島に漂着していた妻が奇跡的に生還するものの、以前と違う彼女の振る舞いに困惑する警察官の物語。そして最後はカルト教団に属している夫婦の話。これらにおいて、エマ・ストーンやジェシー・プレモンズ、ウィレム・デフォーにホン・チャウといった役者が話ごとに違う役を演じるという構成になっている。実は3つの話で同じ役を演じている人がいるけど、ここでは明かしません。

これらの3つの話に通じるテーマがあるのかとか、それぞれの話は何かのアレゴリーになっているのかというと…すいませんよく分かりません。死とか宗教とか神といった要素は感じられる一方で、ただただ不条理な展開が2時間45分近く続く内容であった。2つめの話はこないだの短編「NIMIC」に少し内容が似ていたかな。

役者は最初の話はジェシー・プレモンズがメインの役でエマ・ストーンが少ししか出ていないのに対して、2話と3話でストーンの出演時間がどんどん増えてくる構成になっている。エマ・ストーンやウィレム・デフォーは「哀れなるものたち」に続いてランティモス作品での演技に慣れているなあという感じ。初期のランティモス作品という意味では「ロブスター」とかに出てくるキレキレのダンスとかが好きなのですが、ここでもエマ・ストーンがなかなかピシッとした踊りを見せてくれてます。

かつてのギリシャ時代の作風に戻ったかというと必ずしもそうではないのだけど、ここ最近の2作からは随分変わったな、という雰囲気の作品でした。監督の次作は韓国映画のリメークらしいけど、今回の軌道修正?がどう反映されるかに期待しましょう。