「A REAL PAIN」鑑賞

日本では「リアル・ペイン 心の旅」という邦題でこんど公開。ジェシー・アイゼンバーグが主演・脚本・監督した作品。

ポーランド系ユダヤ人である従兄弟のデビッドとベンジーが、自分達のルーツ探しとしてワルシャワ行きのツアーに参加し、亡くなった祖母の住んでいた家を訪問するという内容で、まあロードムービーということになるのかな。ウェス・アンダーソンの「ダージリン急行」に雰囲気は似ていた。ツアーの内容がホロコーストに関連した施設を訪れるというもの(食事付き)なので、参加者の多くはユダヤ人で真面目に敬意を払ってるのに、チャラい性格のベンジーが軽口を叩いたりして周囲に迷惑をかけるというあらすじ。

おちゃらけたベンジーがキーラン・カルキン、対して神経質で真面目なデビッドがアイゼンバーグという配役はいかにもなタイプキャストだし、ふざけたベンジーが実は心に深い問題を抱えているという展開もありがちで非常に型にはまった作品ではあるものの、主演ふたりの演技が上手いし、90分ほどの短尺なので中弛みなどせずさくっと観られるものになっていた。

デビッド同様にポーランド系ユダヤ人であるアイゼンバーグの個人的経験が濃厚に反映されたストーリーになっているものの、現地のユダヤ人の文化や迫害などについて過度に説明してくるようなくどさはなし。個人的にはコロナ禍になる前に団体ツアー旅行によく参加してたので、その描写が面白かった。劇中では若造のベンジーが周囲に迷惑かけてるけど、日本だとむしろ空気読まないオッサンの方が団体ツアーでは迷惑なんだよな。ビザの手続きとらずにインドに来るやつとか、相手によって自分の経歴をコロコロ変えて語るやつとか。まあいいや。

ツアーのガイド役でウィル・シャープが出ているほか、製作にエマ・ストーンの会社Fruit Treeが関わっている。あそこ昨年高い評価を受けた「I SAW THE TV GLOW」の製作もやってたし、エマ・ストーンはプロデューサーとしても手腕が秀逸かも。

俳優が監督を務めている点も含め、なんかいかにも往年のサーチライト・ピクチャーズ作品だね!という感じの映画でした。万人向けではないかもしれないけど俺はこういうの好き。

「The People’s Joker」鑑賞

ジョーカーをはじめとするDCコミックスのキャラクターを勝手に使用した映画…というわけでトロント映画祭でのお披露目の際にはワーナーからお叱りのメールを受けたことで上映が中止になったいわくつきの作品だが、こうして無事に配信されてるあたり、何かしら弁護士のあいだで決着が着いたのでしょう。

内容は監督のヴェラ・ドリューの自伝的な物語で、田舎のスモールヴィルで育った少年の主人公は親に連れられて「バットマン・フォーエバー」を観に行ったらバットマンよりもニコール・キッドマンに感情移入している自分に気づき、自分がトランスジェンダーであることを自覚する。そしてコメディ番組に憧れて都会のゴッサムに移るものの、そこは強権的なバットマンに支配されている世界だった。そこで主人公はコメディクラブに加わり、ラーズ・アル・グールの教えのもとジョーカー・ザ・ハーレクィンと名乗って、相棒のザ・ペンギンとともに「アンチ・コメディ」を披露していくが、そこで同じくジョーカーの格好をしたジェイソン・トッドという少年と恋仲になり…というあらすじ。

まあストーリーらしきものはあまり存在しなくて、クラウドファンディングで作られた低予算映画だけあってチープなCGキャラやグリーンスクリーンで合成された背景、段ボールで作られたような建物といった安っぽい映像が次々と登場する。性的マイノリティの主人公による自分語りの低予算映画、という点では20年前に観た「TARNATION」を連想したけど、ヴェラ・ドリューは「Comedy Bang! Bang!」や「Who Is America?」といったコメディ番組で監督・編集の経験を積んだ人だそうで、チープな映像であってもみんな「味がある」で気になっているほか、ものすごくテンポのいい編集のおかげで次から次へと展開が繰り出されて飽きさせない内容になっている。こうした番組のツテかティム・ハイデッカーにマリア・バンフォード、ボブ・オデンカークといったコメディアンたちも出演してるでよ。「サタデーナイト・ライブ」の大ボスことローン・マイケルズがCGキャラクターとして登場していろいろヒドい目に遭っているのは何か恨みでもあるんだろうか。

バットマンのキャラクターとしてはジョーカーやペンギンなどに加えてベイン、リドラー、キャットウーマンといったお馴染みのメンツが出てくるほか、クリーパーやペリー・ホワイトといった他の作品のキャラクターも登場。「ザ・サンドマン」のエンドレスへの言及もあり。ドリューのインタビューを読んでみたらかなりコミックのファンのようで、ジョーカーの描写はグラント・モリソンの作品に触発されたとか語っている。あと「ダークナイト・リターンズ」のアニメがちょっとだけ披露されるのだがフランク・ミラーの絵をそのまま動かした素晴らしい出来になっていて、あれだけ別物として作ってくれてもいいのに。

まあ明らかに万人受けするような内容ではないし、アメコミ映画を期待して観ても肩透かしをくらうだろうけど、キワモノ映画として扱うには出来が良すぎる秀作だった。

謹賀新年

新年あけましておめでとうございます。

昨年はあまりブログを更新できませんでしたが、今年はツイッターへの書き込みは減らして、なるべくこっちのほうにいろいろ書き込んでいきたいと思う次第です。

もう自分の余生で見きれない映画・読みきれない本が世の中にはあるんじゃね?というのを最近はひしひしと感じてまして、今年こそはとっととアーリーリタイアでもして好きなことして暮らしたいなと考えております。まあそう上手くはいかないんだろうけどね。

好きなことやるにしても健康第一ですので、みなさまも体調にお気をつけてお過ごしください。今年もよろしくお願いいたします。

2024年の映画トップ10

今年は前半はどうかな、と思ってたけど後半になって面白いインディペンデント系の作品がいろいろ出てきたような?以下は順不同で。

哀れなるものたち

ランティモス作品としては「憐れみの3章」よりもこっちのほうがずっと面白かった。大人の寓話。

マッドマックス:フュリオサ

「デス・ロード」ほどではないとはいえ、アクション満載で満足。トム・バークがかっこええ。

「デッドプール&ウルヴァリン」

個人的に20世紀フォックスの作品でいろいろ仕事に関わった経験があるので、いまは亡きフォックスにささげるエンドクレジットに感謝。

I SAW THE TV GLOW

90年代のチープなTVシリーズにまつわる不条理なホラー、というのが俺の世代にはハマるのです。

ドリーム・シナリオ

全人類に嫌われる中年男、という設定が他人事とは思えず涙を禁じ得ない。

THE SUBSTANCE

往年のクローネンバーグを彷彿とさせる、エグいけど面白いホラー。

教皇選挙

最後のオチはちょっと余計だったかもしれないけど、選挙結果に至るまでの展開の描写が秀逸でした。

「Hundreds of Beavers」

欧米の批評家がベストに選んでるので自分も…というわけではないですが。冒頭は白黒のサイレント映画のパロディで下手な展開が続くのでこんなんで大丈夫かいな、と思うものの主人公がだんだん経験と金を手に入れてパワーアップするあたりから俄然面白くなる。監督も認めているように、TVゲームの影響が映画にうまく判例された好例。

「トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦」

昨晩観たばかりなので余韻というかバイアスが残ってるのだろうが、香港映画の黄金期を彷彿とさせる面白いアクション映画だった。吉川晃司を熱唱する悪役!

「The Day the Earth Blew Up: A Looney Tunes Movie」

関係者向けスクリーナーで観たので書くべきか迷ったが、NDA交わしてないし一般公開された国もあるのでいいよね?ということで笑いあり涙ありの傑作スラップスティックアニメ。なぜワーナーはこんなものを売り飛ばしてしまったのか。

最後の3つくらいは無理して選んだ感もあるが許せ。あとは「ゴジラxコング 新たなる帝国」とかも単純に楽しめたはずなのだがよく覚えておらず…。一方で「オッペンハイマー」「シビル・ウォー」「アイアンクロー」「チャレンジャーズ」あたりは悪くないのだけどそこまでかな?という感じ。海外の配信サービスを駆使することで結構な数は鑑賞できている(というかどれも日本公開が遅いのよ)という自負はあるので、感想をただツイッターに書き込むだけでなく、このブログにきちんと記しておくようにしないといかんですね。

「CONCLAVE」鑑賞

日本では「教皇選挙」の題名で3月に公開。その名の通りバチカンを舞台にした、新しい教皇の選出にまつわるスリラー。

比較的リベラル寄りだった(らしい)教皇がバチカンで突然崩御する。彼の死を嘆く間も無く枢機卿のローレンスは新たな教皇を選出するための選挙(コンクラーベ)の手配を仕切る役目に就く。選挙のために世界中から枢機卿たちが集まるなか、リベラル派のローレンスたちは前の教皇に批判的だった保守派の候補が新教皇に選ばれるのを阻止しようと画策するものの、自分達が推す候補にもなかなか票が集まらない。そして他の候補や、今まで存在を知られていなかった新しい枢機卿が加わることで選挙は混乱を極めていく…というあらすじ。

あまり内容ついて深く語るとネタバレになるので書かないが、保守派の候補の当選を防ぐためにローレンスたちが裏で手回しを試みて根比べ(失礼)を行う一方で、他の候補も裏工作を試み、さらには前の教皇が死の直前に何をしていたのか?という事実が暴かれていくという上質のサスペンスになっている。

実際のバチカンも内情はドロドロしているというのが世間にも漏れ伝わってきているけど、こちらも候補同士で相手の醜聞を暴いたりと、なかなかエグいことをやってます。みんな揃って同じ服を着て一緒に寝泊まりしてるので、ちょっと学園ドラマっぽいノリもあったりする。庵野秀明のような外見の保守派の候補の言動が横柄で、彼が当選すればバチカンの進展を一気に後退させると懸念されてるあたり、こないだのアメリカ大統領選挙を彷彿させるところもあった。

それぞれの候補者が抱えている秘密を解き明かそうと、限られた時間のなかで奮闘するローレンス役にレイフ・ファインズ。彼が推すリベラルな候補役にスタンリー・トゥッチ、ふたりよりも保守的な候補にジョン・リスゴーといいオッサン俳優が揃ってます。シスター役のイザベラ・ロッセリーニも出番は決して多くないもの印象的だった。

誰が教皇に選出されるのかまるで分からないなか、いろんな事実が明かされて優位な候補の座がコロコロ変わる展開は見応えあり。ラストのオチは結構唐突で賛否両論あるかもしれないが面白かったし、海外で評判が高いのも頷ける良作。