「シビル・ウォー アメリカ最後の日」鑑賞

アレックス・ガーランドの新作で日本では来月公開。

大規模な内戦状態に陥ったアメリカを舞台にした物語だが、なぜそういう状態になったのかの説明は劇中で殆ど行われない。大統領の任期が(強権的に?)3期目にまで入り、従来なら政治志向が異なるカリフォルニア州とテキサス州が大統領に反発して結束し、反政府軍としてワシントンDCに攻め込んでいることはセリフの端々から推測できるものの明確な説明はなし。主人公である新聞社のフォトグラファーとジャーナリストたちは大統領へのインタビューを試みようとニューヨークから遠回りしてホワイトハウスへ向かうものの、その道中でさまざまな戦時中の光景を目にすることになる、というあらすじ。

主人公たちは報道機関の関係者ということで、武器を持たず戦闘にも参加せず、あくまでも中立という立場で道中の出来事を目撃していく。彼らが遭遇する兵士や一般人たちも、政府側なのか反政府側なのかはっきりしないまま、ただ戦時下における混沌とした状態が映し出されていく。一部の地域では自警団となった市民が同じ住民をリンチしている一方で、ある町では戦火を避けて普通の日常生活を送ろうと試み、別のところでは白人至上主義者の兵士が軍のポリシーなど無視して好き勝手やってるなど。話の設定は「DMZ」(の原作のほう)に近いけど、戦争が起きている地域での様々な光景が次々と出てくるあたりは「ハート・ロッカー」に近いかなと思いました。

当然ストーリーの根底には政治的な要素があるものの、設定が非現実的というかディストピアSFに近いところもあって、現在アメリカの政治のアレゴリーになっているかどうかはよく分からず。「ろくでもない大統領を選ぶと大変なことになるよ」というメッセージは伝わってくるけどね。カリフォルニアはまだしもテキサスって戦争になったら弱そうで、周囲の南部州に潰されそうな気もするがどうなんだろう。

主人公のフォトグラファー役にはキルステン・ダンスト。彼女に同行するジャーナリスト役のヴァグネル・モウラが良かったな。こないだ「エイリアン ロムルス」で主役を務めたケイリー・スピーニーも新人カメラマン役で出ています。夜間の戦闘を撮影するのに白黒フィルムのカメラを使ってるが賢いのかどうかわかりませんが、まあいいや。あとはガーランド映画の常連であるソノヤ・ミズノをはじめ、ニック・オファーマンやスティーヴン・ヘンダーソンといった「DEVS」のキャストがいろいろ出ています。

A24制作の映画ながら最後のホワイトハウス進撃のシーンとかは下手なアクション映画よりも迫力あるし、普通に見応えのある作品ではあった。たぶん現実にこういった内戦は起きないと思うけど。たぶん。

「KINDS OF KINDNESS」鑑賞

日本では「憐れみの3章」の邦題で9月27日公開。以降はまあ一応ネタバレ注意。

ここ最近は「女王陛下のお気に入り」「哀れなるものたち」と監督作が次々とアカデミー賞女優を出してすっかりメインストリームの監督になった感のあるヨルゴス・ランティモスが、「籠の中の乙女」から「聖なる鹿殺し」まで一緒に脚本を書いていたエフティミス・フィリップと久々に組んで脚本を書いた(ただし執筆はずっと前から取り掛かっていたらしい)作品で、明らかに初期のランティモス作品っぽい不条理劇になっている。

邦題から分かるように3つの話から成るアンソロジー形式になっていて、最初は職場のボスに日常生活まで支配され、彼の言うことを聞かなければならない男性の話。次は無人島に漂着していた妻が奇跡的に生還するものの、以前と違う彼女の振る舞いに困惑する警察官の物語。そして最後はカルト教団に属している夫婦の話。これらにおいて、エマ・ストーンやジェシー・プレモンズ、ウィレム・デフォーにホン・チャウといった役者が話ごとに違う役を演じるという構成になっている。実は3つの話で同じ役を演じている人がいるけど、ここでは明かしません。

これらの3つの話に通じるテーマがあるのかとか、それぞれの話は何かのアレゴリーになっているのかというと…すいませんよく分かりません。死とか宗教とか神といった要素は感じられる一方で、ただただ不条理な展開が2時間45分近く続く内容であった。2つめの話はこないだの短編「NIMIC」に少し内容が似ていたかな。

役者は最初の話はジェシー・プレモンズがメインの役でエマ・ストーンが少ししか出ていないのに対して、2話と3話でストーンの出演時間がどんどん増えてくる構成になっている。エマ・ストーンやウィレム・デフォーは「哀れなるものたち」に続いてランティモス作品での演技に慣れているなあという感じ。初期のランティモス作品という意味では「ロブスター」とかに出てくるキレキレのダンスとかが好きなのですが、ここでもエマ・ストーンがなかなかピシッとした踊りを見せてくれてます。

かつてのギリシャ時代の作風に戻ったかというと必ずしもそうではないのだけど、ここ最近の2作からは随分変わったな、という雰囲気の作品でした。監督の次作は韓国映画のリメークらしいけど、今回の軌道修正?がどう反映されるかに期待しましょう。

機内で観た映画2024 その1

また海外出張したので、機内で観た映画の感想をざっと。

  • 「マダム・ウェブ」:評判通りのゴミ。観てる側は主人公の能力にとっくに気づいているのに、主人公がオロオロするだけで時間が過ぎていくというダメなパターンの典型。ソニーはスパイダーマンのキャラクターの切り売りをするにしても、もっと良いキャラクターやアレンジの方法はいくらでも考えつくと思うのだが。シドニー・スウィーニーは着痩せするタイプなのですね。
  • 「I SAW THE TV GLOW」:逆にこっちは評判通りの傑作だった。90年代に「バッフィ」っぽいTVシリーズのファンだった少年少女が、自分たちの現実にTVシリーズの内容が侵食してきているのではないか…と感じるようになるホラー。この監督の前作「We’re All Going to the World’s Fair」も似たような設定だったがこっちはもっとストーリーが明確で、不気味な感触がより強調されているというか。こういうジュヴナイルホラーをさらに捻ったような内容は好物なのよね。あとジャスティス・スミスがいい役者だなというのが実感できる。
  • 「THE MINISTRY OF UNGENTLEMANLY WARFARE」:ガイ・リッチーの作品って特にファンではないですが、今回も相変わらず、すましたタフな男たちが圧倒的な強さを披露するような内容でした。ある程度は事実に基づいているそうだけど、第二次大戦を舞台にした映画で主人公たちがろくにピンチにも陥らず、ナチを一方的にやっつけていく展開には爽快感よりも抑揚のなさを感じてしまう。
  • 「ダム・マネー ウォール街を狙え!」:前から興味があったので観てみたけど、キャストが豪華なわりにはどうも盛り上がりに欠ける内容だった。金持ちの連中がショートを狙ってるので、じゃあ一般の投資家が皆で協力して株価を上げて彼らを痛い目に遭わせてしまえ、という出来事を描いているはずなのにどうも庶民が金持ちをやっつけることのカタルシスに欠けているというか。プロデューサーにウィンクルボス兄弟がいるあたり、金持ち側の観点で作った映画なんだろうかね。
  • 「あの夏のルカ」:片田舎での青春映画、だと勝手に思っていたらなんとインスマウスものであったでござる。異種族間の交流と、トライアスロン?の設定がいまいちうまく噛み合ってないようで、どうも消化不良の感があるのが残念。
  • 「2度目のはなればなれ」:日本では10月公開?まあイギリスの小さなフィールグッドな映画ということで、いろいろクリーシェ満載で先が読める内容ではあるのですが、名優マイケル・ケインの引退作ということで大目に見てしまう。でもむしろ撮影後に他界したグレンダ・ジャクソンが演じる奥さんのほうが演技が良かったな。

「THE BIKERIDERS」鑑賞

日本ではそのまま「ザ・バイクライダーズ」の題で11月公開?

原作はあるのだが小説などではなく60〜70年代のバイカーギャングの姿を撮った写真集で、それをもとにジェフ・ニコルズが想像を膨らませて脚本を書いたらしい。ストーリーも極めてルーズな作りになっていて、シカゴのバイククラブで寡黙なベニーというバイカーと偶然出会ったキャシーという女性が彼とすぐさま結婚。クラブの姐さん的な存在になった彼女に、上記の写真集のカメラマンが取材するのが狂言回しとなって話が進んでいく。

そもそもこのクラブ「ヴァンダルズ」の結成の理由が、妻子もいる中年男性のジョニーがテレビでマーロン・ブランドの「乱暴者」を観てバイカーギャングに憧れたから、というもので反体制・反権力とかいったメッセージ性はゼロ。青春群像でもなくいい年した男たちが昼間から酒飲んでバイク乗って近所に迷惑かけているという、まあ個人的にはあまり共感できないキャラクターたちであった。馬鹿でかいバイクに乗ってヘルメットも被らずに道路を疾走している姿は流石にカッコ良いけどね。

ポスターではベニーを演じるオースティン・バトラーが主役並みの扱いだが、感情で動くヤクザの鉄砲玉みたいな役柄なので、オツムがどうも弱そうに見えてしまうのが残念。むしろクラブの運営に汗を流し、70年代になって入ってきた若手のメンバーたちの統率に苦労するジョニー役のトム・ハーディのほうが主役っぽい立ち回りだったような。そんな男たちをちょっと冷めた目線で見ているキャシー役のジョディ・カマーも大変良かった。

あとはジェフ・ニコルズ作品常連のマイケル・シャノンが出ているほか、ボイド・ホルブルックやノーマン・リーダスといった、いかにもバイク映画に出そうな役者がしっかり出てます。

当初はディズニー傘下の20世紀スタジオから公開される予定だったのが、放出されてユニバーサル傘下のフォーカス・フィーチャーズに買われる。配信スルーの憂き目は避けられたものの劇場公開の興行成績は散々だったという不遇な作品だけど、まあ確かに話の軸になるような要素も薄いので宣伝しにくかったのかもしれない。なんか物足りない出来だった。

「MONKEY MAN」鑑賞

デヴ・パテル監督・脚本・製作・主演のアクション映画。日本は8月公開かな?以下はがっちりネタバレ注意。

舞台はインド。非合法の闘技場で猿のマスクをかぶった「モンキー」として闘っている主人公は、高級ホテルのオーナーにうまく取り入って料理人として働くことになる。森の中の村で育った彼は、悪徳政治家の手先である警察署長によって村が襲撃されて母親が殺されたため、その復讐としてホテルの秘密のクラブにやってくる警察署長を狙うのだが…というあらすじ。

なんかパテルが「最近のアクション映画は気合が足らん!」といった意気込みで携わって、最初はニール・ブロムカンプに監督を頼んだらしいけど断られたので自分で監督したらしい。低予算の環境のなか本人もいろんなところ骨折しながら撮影したそうで、よくも悪くも荒削りな出来になっているかな。寡黙な主人公の復讐劇が生々しく描かれる一方で、ストーリーの流れや撮影が必ずしも洗練されていないというか。特に「ジョン・ウィック」とか「ザ・レイド」のようにスタイリッシュでぶれのないアクションシーンで目が肥えているとちょっと物足りないと感じるかも。

ストーリーについても、主人公の動機がなかなか明らかにされないのがちょっとまどろっこしい。いろいろフラッシュバックが重ねられて徐々に主人公の過去が明かされてはいくものの、なんか展開が遅いのよ。ジャッキー・チェンの作品並みの明快さは必要ないとはいえ、主人公の目的が最初からもっと分かりやすいほうがアクション映画としてはメリハリが出たかもしれない。

インド(の架空の街)が舞台であるものの、COVIDによるロックダウンのために撮影はインドネシアで行われたというのがご愛嬌。役者はパテルが出ずっぱりだが冒頭に俺の好きなシャールト・コプリーが出てきて、いろいろ話に関わるのかなと期待していたらそうでもなかった。

これもともとネットフリックスが購入して配信オンリーになる予定だったのが、内容の過激さと政治的な配慮からインドでの展開を躊躇していたとき、ジョーダン・ピールが気に入ってユニバーサルに買い戻させて劇場公開作品にさせたらしい。確かに最後に出てくる黒幕の政治家は、その過激なヒンズー至上主義で知られるインドのモディ首相をモデルにしているなというのがよく分かる一方で、そこまで露骨なポリシー批判をやっている訳でもなく、この程度の描写で市場に配慮されるくらいインドでのモディ批判というのはタブー視されているんだろうか。

初監督作品としてはやはり荒削りな部分が目立つものの、勢いにまかせて撮影しているようなエネルギッシュな感触もあって楽しめる作品ではありますよ。デヴ・パテル、このままもう数作品撮ってこなれてきたら結構面白い映画監督になれるかもしれない。