「The Ugly Stepsister」鑑賞

日本では「アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし」の邦題で1月に上映されるらしい北欧(ノルウェー)映画。以下はネタバレ注意。

舞台は近代ヨーロッパ。姉妹であるエルヴィラとアルマは、その母親がオットーという男性と再婚したことで、彼の連れ子であるアグネスという少女と義理の姉妹になる。しかしオットーは急死し、母親が期待していたような遺産もなかったことから一家は窮困に陥る。そこで母親はエルヴィラを国の王子と結婚させようとするものの、エルヴィラは決して器量良しではなかったために彼女に過度の整形手術を施そうとする。一方で美人のアグネスは義理の母親に疎んじられて家政婦にされていたものの、彼女もまた王子の気を惹こうとするのだった…というあらすじ。

これ物語の序盤では明らかにされないが、要するに「シンデレラ」を「いじわるな姉」の観点から描いたもの。基の物語では腹黒い姉のエルヴィラも、ここではそれなりに純真であるものの自分が美しくないことにコンプレックスを抱いており、母親が命じる通りにバレエのレッスンでしごかれたり、整形手術での激痛に耐えたり、痩せるために寄生虫の卵を飲んだりと、文字通り血を吐くような努力をして王子に見染められようとする。

その肝心の王子は性格が悪そうな女たらしだし、シンデレラことアグネスも当初はエルヴィラたちの身分を見下して、陰で馬飼と寝ているような女性。そんな性格のひねくれた人物たちのなかで、エルヴィラは母親の期待に応えようと必死に努力する。

整形手術のシーンとかは完全なボディホラーになっていて、昨年の「サブスタンス」に通じるものがあるのだけど、個人的にはむかし読んだ好美のぼるのホラー漫画を連想したよ。いじめっ子の少女が、清楚なヒロインに呪いをかけるために魚を咥えて夜の池に飛び込むなどして(何故だ?)体を張って頑張るものの、ヒロインのほうがしたたかでその努力が無駄に終わる、とかいう内容のやつ。まあこの作品も「シンデレラ」なので、エルヴィラの努力がどうなるかは分かりますね。努力がすべて無駄に終わる人、って感情移入せざるを得ないのよな。

作品としてはボディホラーとブラックコメディーと社会(階級)風刺が絶妙に混ざってかなり面白い出来になっており、主人公をシンデレラではなくその姉にしたことでいろいろ考えさせられる内容になっていた。よくネタにされる「本当は怖いグリム童話」系の話を、きちんと映像化するとこうなるという好例。監督・脚本のエミリア・ブリックフェルトってこれがデビュー作だそうで、今後の活躍が期待できる人かも。

「WEAPONS」鑑賞

今週末の日本公開より少し先に観てしまいました。感想をざっと。以下はネタバレ注意。

・アメリカのごく普通の小さな町で、真夜中に一斉に17人の子供たちが行方不明になった事件を描いた内容で、ミステリーというよりもホラーの要素が多い。

・ストーリーは登場人物の名前がついた章に分けられていて、その人物の観点から話が語られ、事件の裏に一体何があったのかが徐々に明かされていく仕組み。こないだの「ハウス・オブ・ダイナマイト」なんかは、ミサイル着弾までの10数分間の過程が3回にもわたって繰り返し描かれたことで緊迫感が薄まったのが興醒めだったが、こちらは各人物のバックグラウンドを説明しつつ、事件に関する手がかりが少しづつ明らかになる過程に醍醐味あり。

・監督のザック・クレッガーは前作「バーバリアン」で、「民泊に来たらすでに謎の人物がそこにいた」というそそる設定を冒頭で打ち出しておきながら、話が進むにつれて凡庸なモンスターものに話が縮んでいったのが残念だったけど、今作では最後までテンションを緊迫したものにしている。まあテンションが高まりすぎて、物事の真相が明らかになったときにちょっとチートっぽい気になるかもしれないけど。

・カメラワークも前作に比べて上達しているんじゃないですか。なんかドリーズーム好きだな、という感じ。あと夜のシーンが多いので映像が暗いのは仕方ないか。

・出演はジョシュ・ブローリン、ジュリア・ガーナーなど。禁酒中のキャラクターが多いのは監督のアル中体験をもとにしているらしい。

普通によく出来た作品。あまり内容については語るべきではないので、ぜひ一見あれ。

「EDDINGTON」鑑賞

アリ・アスターの新作で、日本では「エディントンへようこそ」の邦題で12月公開。以下はネタバレ注意。

舞台は2020年、ニューメキシコ州の町エディントン。コロナ禍において住人にマスク着用が強制されているなか、地元の保安官であるジョーは町長のテッドと諸々の施策について意見が合わず、データセンター誘致を掲げて再選を目指すテッドに対抗して町長選挙に出馬し、ライバルを蹴落とすための策を検討するのだが…というあらすじ。

元々は現代のウェスタン作品としてずっと前に構想していた作品を、コロナ禍を経て練り直したものらしいけど、COVIDのほかにブラック・ライヴズ・マター運動や政府の陰謀論、それらを受けた保守系の若者インフルエンサーの台頭など、今までのアリ・アスターの作品に比べて意外なくらいに世相を反映させた内容になっている。マスクを着用しない客を入れさせない店とか、そんな出来事もコロナ禍ではあったよな、というほんの数年前なんだけども「一時代」の切り抜きがうまくできていた。

主人公のジョーは妻の母親が陰謀論にドップリはまっていることに辟易しながらも、住人のほとんどが白人の町で起きたブラック・ライヴズ・マター運動のために警察官ということで若者たちに敵視される憂き目に遭う。さらに喘息持ちなのでマスク着用を嫌って隣の郡の保安官には軽蔑されたりしているわけだが、ジョー自身もまた問題のある人物として描かれており、作品の内容自体は反BLM・反マスクというわけではない。コロナ禍における小さな町の狂想曲といった感じ。

こないだ公開された「ワン・バトル・アフター・アナザー」も左派イデオロギーと保守・権威側の武力衝突を扱っていた一方で、トマス・ピンチョンの原作にあった(日本の)サブカルチャーネタとか陰謀論やUFOネタが抜かれていてちょっと残念な出来だったけど、こちらは陰謀論に加えて町の外から送られてくる謎の暴力集団などが登場して、あっちよりもピンチョン的だったかもしれない。

ジョー役に、「ボーはおそれている」に続いてアスター作品で主役を張るホアキン・フェニックス。町長のテッド役にペドロパスカルで、あとはエマ・ストーンやオースティン・バトラーなどが小さいけど印象的な役で出ていた。アリ・アスター作品ということでホラー映画を期待していると肩透かしをくらうだろうけど、社会風刺と不条理劇をうまくミックスさせた内容で個人的には楽しめた作品でした。

「WARFARE」鑑賞

アレックス・ガーランド(共同監督)の新作。2006年のイラクにおけるネイビーシールズ部隊の戦いをリアルタイムで描いたもので、共同監督のレイ・メンドーザが実際に従軍時に経験した出来事をそのまま映像化したらしい。以下はネタバレ注意。

シールズのアルファ1部隊は、敵勢力の監視の拠点とするために街中の二階建ての家に潜伏する。しかしイラク側に気づかれて銃撃を浴びせられ、彼らは撤退のために戦車を呼ぶものの、爆弾によって2名の隊員が重傷を負い、戦車も退避してしまう。こうして彼らは籠城したまま戦うことになるのだった…というあらすじ。

前置きとか状況説明のようなものは殆どなくて、いきなり話が始まって戦闘が起きる内容なので、何が起こっているかを把握するのにちょっと時間がかかるかも。CASEVAC(負傷者後送)とかブレッドレー(戦車)といった軍隊用語が説明もなしにポンポン飛び交います。ガーランドの前作「シビル・ウォー」もアメリカが内戦に至ったまでの経緯がろくに説明されてなかったが、これはまた違った形での説明なし映画になっている。

実際の出来事をもとにしているだけあって、戦闘の描写は非常にリアルなものになっているらしい。(予告編のコメントにも、従軍経験者による「これは最もリアルな戦争映画だ」という書き込みが連なっている)極限の状態に置かれた兵士たちが助け合って生き延びようとする内容だが、大義を掲げての戦いというよりも単なる撤退戦ということもあり、プロパガンダ的な色合いはないかな。

というかアメリカ軍、明らかに敵側よりも立派な武器と道具を持っていて、戦車も戦闘機も呼べる状態(市街地のため爆撃はできずに威嚇するのみ)なのに家に閉じ込められてパニック状態に陥っているのはどうなのよ。冒頭でエロいPVを見て盛り上がってたような男たちが、深夜にいきなり民家に押し入って壁をぶち破り、住んでいた家族を監禁したまま銃撃戦を行うあたり、現地の人たちにとっては大迷惑のような気がするのだが。

対するイラク側の勢力は銃だけを抱えたゲリラ兵で、怖さを演出するためか姿はほとんど表さないのだけど、文字通り他人の国の家に上がり込んできたアメリカ軍に対するレジスタンスというか解放軍のような立場であるわけで、アメリカによるイラク統治の不毛さを知っていると、シールズ隊員のやっていることになんかモヤモヤしたものを感じてしまうのよね。

天下のA24作品だし、(共同)監督はイギリス人だし、単純なアメリカ軍バンザイ映画ではなくてむしろ戦争の恐ろしさを描いたものなのだろうけど、どうも主人公たちの行為に同調できないところがあったな。ディファラオ・ウン=ア=タイやウィル・ポールター、ジョセフ・クインにチャールズ・メルトンなど、これからのハリウッドを背負っていくような中堅どころの俳優が揃ってるのに、みんな同じような役回りなのもちょっと勿体無い。

「THE SHROUDS」鑑賞

デビッド・クローネンバーグの新作だよ。以下はネタバレ注意。

舞台は近未来。カーシュは数年前に妻のベッカを癌で亡くして悲観に暮れていたが、特殊な3Dスキャン機能つきの埋葬布(シュラウド)を開発し、それで妻の亡骸を包んで埋葬することで、墓の中で朽ち果てていく遺体をいつでもスマホでチェックできるようにしていた。それを彼はビジネス化して、『グレイブテック』と名付けられたモニター付きの墓地はブダペストなど土葬の文化がある地域にも展開されようとしていたが、何者かによってカーシュの妻が眠る墓地が荒らされてしまう。さらにシュラウドとの通信ネットワークがハッキングされたことで、妻の遺体の監視ができなくなったカーシュは墓を荒らした犯人を探そうとするうちに大きな陰謀に巻き込まれていく…というあらすじ。

クローネンバーグ自身が妻を亡くしており、その経験にインスパイアされて作ったということでいろいろ個人的な想いが込められているのでしょう。ヴァンサン・カッセル演じるカーシュはヘアスタイルとかがまんまクローネンバーグ本人の格好になっている。

カーシュは妻の死を悼んでいる一方で恋人募集中で、出会った人には妻の遺体の映像を見せてドン引きされている。そんな彼のまわりには妻の双子のテリー(ダイアン・クルーガー)、その元夫でグレイブテックの技術係のモーリー(ガイ・ピアース)、さらにブダペストでグレイブテックの墓に埋葬を希望する富豪の妻(サンドリーヌ・ホルト)などがおり、それぞれが秘密を抱えてカーシュを翻弄していく。

カーシュのもとに亡き妻の幻影が何度も現れ、癌が進行していくにつれて彼女の体が手術跡だらけになっていく様は往年のクローネンバーグのボディ・ホラー風味なのだけど、今回はそれ以上にテック・スリラーの色が強く、「ザ・フライ」や「イグジステンス」といった過去作とはまた違った形でテクノロジーが話に食い込んでいる。美少女風のAIアイコンが出てくるスマホなんて、クローネンバーグの作品で目にするとは思わなかったよ。テクノロジーや国際的なネットワークの陰謀論が前面に出ていて、まるでウィリアム・ギブソンの小説のようであった。

この作品についてクローネンバーグは「自分の最後の映画になるかもしれない」と語っているのだけど、かなり伝統的なボディホラー作品だった前作と違って、今回はテック・スリラー&国際的陰謀論という、彼にとっての新境地(だと思う)を切り開いた作品だと思うので、ここで創作を止めてしまうのは勿体無いよな。普通に面白い内容になっているし。

題材が題材なだけに本国ではろくに宣伝してもらえなく、興行的には失敗したそうだけど、そもそも当初はNETFLIXでシリーズとして企画が進んでいた作品だそうなので、同じようにどこかの配信サービスでクローネンバーグに新作を作らせればいいのに。