
米PBSで放送された、「マウス」で知られるアンダーグラウンド・コミックスの雄アート・スピーゲルマンのドキュメンタリー。まあアンダーグラウンド・コミック作家といってもピューリッツァー賞を獲ってるような超有名な作家だし、ここでは「DCやマーベルなんかでは仕事してないマンガ家」くらいのニュアンスだと思ってください。
90分超という結構な尺をもってスピーゲルマンの生涯と功績がみっちり語られる内容で、子供の頃からマンガが好きで、スーパーで見かけた「MAD」に大きな影響を受けた話とか、自分でファンジンを作って売ってたらプロの目にとまって業界で働くことになったいきさつなどが紹介されていく。NYからサンフランシスコに渡ってロバート・クラムと組んだり、自分の妻で仕事のパートナーであるフランソワーズ・モーリーと出会ったいきさつなども語られ、自宅でロバート&アイリーン・クラム夫妻と会食してコミックについて語りあう貴重な映像もあり。あとはジョー・サッコやビル・グリフィスといった著名な作家のインタビューがあるほか、アーカイブ映像でクリス・ウェアやチャールズ・バーンズなどが登場。前衛コミック誌「RAW」を編集していたスピーゲルマンのコミック論もいろいろ聞けて、純粋にコミックの歴史的ドキュメンタリーとしても価値はあるのでは。
話の主軸はやはり彼の代表作である「マウス」になっており、あの作品の主役であってアウシュビッツを生き延びた気難しい父親との思い出や、自分が精神病院から退院した直後に自殺した母親の話、ナチス政権下で幼くして死んだ兄などについてスピーゲルマンがいろいろ語っていく。そして「マウス」が成功したらしたで逆に憂鬱になっていった話や、「ニューヨーカー」誌のエディターになって表紙絵を担当したらいろいろ物議を呼んだこと、そして911テロに遭遇したことで「In the Shadow of No Towers」を描いたことなどが紹介される。
最後は保守的な州の学校で「マウス」を置くのが禁止になったことにも触れられ、アメリカはまた新たなファシズムに直面してるよね、と決して明るくないトーンで終わるのだけど、これを放送したPBSも新規トランプ政権化では理不尽に叩かれているわけで、こうした番組を目にする機会も減ったりしてしまうのだろうか。
アンダーグラウンド・コミック作家のドキュメンタリーとしてはあの名作「クラム」には届かないとはいえ、かなり面白い作品であったよ。