ダーレン・アロノフスキーの新作。完全に合法的にスクリーナーを入手したので観た。何を話してもネタバレになってしまう作品なので、以降はネタバレ注意。
(ネタバレ注意!)
舞台となるのは人里離れた草原のなかにポツリと建つ一軒家。そこには小説家の男とその妻が住んでおり、男がライターズブロックに苦しんでいるなか、妻は古い家(彼らが買い取ったものらしい)の修繕に勤しんでいた。そんなある晩、ひとりの見知らぬ男性が彼らの家を訪ねてくる。夫は彼を気兼ねなく迎え入れ、妻はその事態に困惑しながらも彼を接待する。そして次の日、今度はその男性の妻がやってきた。最初はふたりをもてなす小説家の妻だったが、やがてふたりの振る舞いは客人としての限度を超すようになり、さらにその息子たちもやってきて…というあらすじ。
あらすじからもわかるように、登場する人物には一切名前がついておらず、劇中でも「あなた」とか「彼」といった感じで人が呼ばれるだけ。話の展開も明確なプロットが存在せず、時間が経つにつれて物事がどんどんカオス化していく(ただし実は2部構成になってるので途中でいったん平穏が訪れる)。途中観ていてなんとなくイヨネスコあたりの不条理劇を連想しました。小説家の妻が壁のなかに潜む何かを幻想するあたりは「レクイエム・フォー・ドリーム」の冷蔵庫のシーンを彷彿とさせるかな。話の展開に明確なオチがあるかというと実は無いので、スリラーやホラーというよりもダークなファンタジーに近い内容だったりする。これアレハンドロ・ホドロフスキーが撮ってたほうがしっくり来たかもしれない。
それでこうした登場人物たちが何を象徴しているかというとですね、主人公である小説家の妻は、タイトルの「マザー」が示すとおり「母なる自然」を指しているそうな。そしてその他の人物や出来事は聖書のアレゴリーになっているらしい。いちばんわかりやすいのは訪問者の息子ふたりがケンカするところか。それが創世記の誰を指しているのかはわかりますね。そうなるとふたりの両親は誰かというと、といった感じ。つまりこれ、前作「ノア」に続くアロノフスキー流の聖書の解釈だそうな。
アロノフスキーは脚本の初校を5日で書き上げたらしいが、よく言えば勢いがあるし、悪く言えば詰めの甘さが目立つ出来になっている。大自然を擬人化して、そのイジメられっぷりを描くって小学生並みのアイデアのような…。サスペンスの描写は相変わらず巧みだったけど、CGの出来が雑だったかな?撮影はなんと16ミリで行われたらしく、殆どが室内での撮影なので映像美みたいなものはない。日本では興行的に厳しいと見られたのか劇場公開中止の憂き目にあったが、観てる際の気まずい感じを他の観客と共有したかったな、という気もする。
小説家の妻を演じるのがジェニファー・ローレンスで、体をはった演技を見せつけてくれます。映画史上に残るであろう無駄脱ぎもあるでよ。その年配の夫を演じるのがハビエル・バルデムで、相変わらず何を考えてるんだか分からない不気味な男役。彼らの訪問者をエド・ハリスとミシェル・ファイファーが演じていて、ファイファーのビッチぶりが強かったけど、後半にでてくる意外な女優も良かったな。あとはドーナル&ブライアンのグリーソン兄弟が兄弟役を演じてます。
普通のアートシネマ(にしては金かかってるし、興行的に惨敗したけど)として観る分には、まあ悪い作品ではないと思うのですよ。でもアロノフスキーのファンとしては、なんか彼にしては煮詰まってない作品だなという印象も受ける。とりあえず聖書をネタにするのはもう止めといたほうがいいんじゃないかと思うのです。