「DEREK」鑑賞


チャンネル4でやったリッキー・ジャヴェイス脚本・監督・主演の番組。パイロット番組という扱いで視聴率も結構良かったらしいけど、内容が内容だけにシリーズ化はされないんじゃないかな。

主人公のデレクは知恵遅れの中年男性で、老人ホームで雑用をしながら日々を過ごしている人物という設定。同じく老人ホームで働くハンナやダグラスといった同僚たちや老人たちとのやりとりが、ユーモアとペーソスを交えて描かれていく…というか笑えるところは殆どなかったような。全体的にまったりとしたドラマ仕立てになっている。ちなみにダグラスをカール・ピルキントンが演じてるぞ。演技をするのは初めてらしいけど世捨て人っぽい雰囲気がよく似合っていた。

放送前から「知的障害者を笑いの種にしてるのではないか?」と論議を巻き起こした番組だけど、実際に観てみるとデレクの描写とかはしっかりしていて差別意識などは感じなかったな。ただジャヴェイスが知的障害者を演じることにあざとい感じがすることは否めなくて、「トロピック・サンダー」に出てきた「Go full retard」をやってしまってるような印象を受ける。男運に恵まれないハンナとか、ラストで死んでしまう老人とか、展開もかなりベタなんだよね。

しかしベタとはいえ話のツボはきっちり抑えていて、社会の底辺で暮らす人たちの悲哀をうまく描いてるので最後はちょっとウルッときてしまいましたよ。エリック・サティなどのBGMの使い方も秀逸だし、「セメタリー・ジャンクション」リッキー・ジャヴェイスはコメディだけの人じゃないんだよ、ってことがよく分かる小品ですかね。

「The Client List」鑑賞


ライフタイムの新シリーズで、以前に同じ局でやったTVムービー(日本ではVODスルーで出たやつ)をもとにしたもの。

ライリーは2人の子供を抱えた主婦だったが、夫は失業中で家計は苦しく家のローンもきちんと払えない状態だった。そんなとき彼女は知人からマッサージの仕事を紹介されて店で働くことになるものの、実はその店は男性にエッチなことをして追加料金をもらっていたのでした。それに憤慨したライリーは普通のマッサージしか求めない客だけしか接待しないと伝えるものの、ある日突然夫が家を出て行ったことから家計がさらに苦しくなり、仕方なく彼女はエッチなことも手がけるようになるのですが…というようなストーリー。

とはいえエッチな展開をあまり期待してはいけませんよ。ライフタイムは女性向けのネットワークですからね。むしろその種のサービスに関わる女性たちの裏話を軽く描いてるような感じ。男たちは実はエッチなサービスよりも自分たちのグチを聞いてくれる女性を求めている、なんてベタな展開も出てきて、よくある「ハートはピュアな娼婦たち」ものって感じですかね。それでもマッサージ業界からは「うちらはエッチなサービスなんて施してない!」と抗議を受けてるようで、まあそりゃそうだろう。

主役を演じるのはTVムービーと同じくジェニファー・ラブ・ヒューイットだが、大まかな設定以外はTVムービーとは別物という扱いらしい。もはや映画や地上波ネットワークで主役を張れるわけでもなく、どうも微妙な立場にいる役者だよね、この人。アイシャドーが濃すぎると思う。あとはシビル・シェパードとかミミ・ロジャースとかが出演してた。ちなみにマッサージを受けにくる男性たちがみんな筋肉モリモリのイケメンたちばかりというのは、やはり女性視聴者たちへのサービスなんだろうね。

別に面白くはないんだけど無理のある展開があるわけでもなく、ベタな女性マンガやメロドラマを気楽に嗜むつもりで観ればそれなりに楽しめる作品なんじゃないでしょうか。

「A Dangerous Method」鑑賞


デヴィッド・クローネンバーグの新作。これ国内配給は決まってるんだっけ?

舞台は1900年代初頭のチューリッヒ。ロシアの令嬢のザビーナ・シュピールラインがヒステリーの症状のため精神病院に入れられたとき、そこの医師であったカール・ユングはジークムント・フロイトが提唱していた「お話し療法」を彼女に試み、ザビーナの話を聞くことで彼女の疾患の原因が幼少時の父親からの虐待によることを知る。その後にユングはフロイトと面会し、2人のあいだには師弟関係が生まれるものの、すべての要因を性的なものに求める権威主義的なフロイトと、神話などの超自然的なものにも興味を抱くユングのあいだにはやがて亀裂が生じていく。さらに妻子のいるユングがザビーナと不倫関係になり、ザビーナ自身が精神科医になることを目指したために、私生活と仕事の両面でザビーナとユング、そしてフロイトの3人の人生は絡まりあってゆく…というようなプロット。

登場人物はみな実在した人たちで、彼らをもとにした演劇の作家をそのまま脚本家としても起用したためかセリフがやたら多い印象を受ける。アカデミックな人たちの会話なので決して説明口調っぽくは聞こえないものの、セリフを喋るのに手一杯で演出などが少しおろそかになっている感があるのが残念なところか。

話の内容が内容だけにいくらでもテーマを深読みすることができて、20世紀の精神医学の黎明期の陰にはザビーナという女性がいたということをはじめ、精神病の患者と医師が紙一重であることや性的な抑圧からの解放などいろいろ読み取ることはできると思うんだが、全体的にまったりとしてるのでストーリーのポイントが掴みにくい気もする。まあクローネンバーグの作品って概してそんなものかもしれないが。

俺が思うにクローネンバーグって90年代までは肉体の変化をモチーフに映画を作ってた人で、それが2000年代になってからはアイデンティティの変化を扱うようになり、2010年代になってまた少し方向性が変わってきたのでないかと。そういう意味ではこの映画は「スパイダー」みたいな過渡期にあるところの作品なのかもしれない。まあ既に撮影されている次回作「Cosmopolis」でここらへんはハッキリするのかもしれないが。あと医者と患者の物語という点では「戦慄の絆」を連想しました。

話の主人公はマイケル・ファスベンダー演じるユングなんだけど、基本的に受け身の立場の人なので地味な印象は拭えない。それに対してザビーナを演じるキーラ・ナイトレイは汚物にまみれたり顔を歪めたり変な帽子をかぶったりと体を張った演技を見せつけてくれるものの、「頑張って演技してることが分かってしまう演技」なのがちょっと残念。フロイトを演じるヴィゴ・モーテンセンは師匠として落ち着いてるようで実は自分の立場を気にする小ずるさが分かる演技がよかったな。それと登場するシーンは少ないものの、医者なのにユングの患者となって性的解放の素晴らしさを吹聴するヴァンサン・カッセルの役がいちばん面白かったかな。ブラック・ジャックに対するドクター・キリコみたいな感じで。あとは夫の不倫に気付かぬふりをしながら、実はザビーナへの対抗心をメラメラと燃やしているユングの妻を演じた役者が良かったです。

前作「イースタン・プロミス」ほどの傑作ではないものの、興味深い作品であることは間違いないし、とりあえずやはり「Cosmopolis」を待ってから今後のクローネンバーグがどういう方向に進んでいくのかを知りたいところです。

「SCANDAL」鑑賞


「グレイズ・アナトミー」のションダ・ライムズによるABCの新作シリーズ。

オリビア・ポープは大統領の元側近で、ワシントンで法律事務所を運営している切れ者のエージェント。顧客が何かしらのスキャンダルに巻き込まれたとき、彼女とそのスタッフはあらゆる手を尽くして顧客を守り、スキャンダルをもみ消すのだった…というようなプロット。

悪い意味でこなれたクリエーターが作った番組だなあ、といった感じ。第1話では殺人の容疑をかけられた著名な兵士をオリビアたちが助けるAプロットに加え、不倫の疑惑が出た大統領を救うBプロット、さらにスタッフの1人が恋人にプロポーズしようとするCプロットまでもが登場するんだけど、このように複数のプロットを絡めてストーリーを引き延ばすのってシーズン途中の「普通の」エピソードで行われることであって、第1話はもっと派手なAプロットだけを披露して視聴者にインパクトを与えるべきものだと思うんだけどね。今回は3つのプロットを順繰りに回収してってるものだからえらく冗長な話に感じられたよ。

主人公のオリビアはとてもタフな女性で、自らの直感に自身をもっており「私の直感は絶対よ!外れたりしないんだからね!」なんて豪語してるものの、第1話からさっそくその直感が外れて人を自殺未遂に追い込んだりして、何やってんだかという感じ。彼女の下のスタッフも「俺たちはスーツを着た闘士たちだ!」なんて吹聴してるわりには、単に家に帰らず夜中まで事務所にいる社畜にしか見えない。彼らは顧客を守るために殺人現場まで行って調査をしたりするものの、顧客の無実が証明されると「捜査は警察の仕事だ」なんて言って結局誰が真犯人だか分からないという展開も片手落ちでないかい。

おれ「グレイズ・アナトミー」って殆ど観たことないけど、ションダ・ライムズって奥行きのある人物描写が下手だったりする?なんか決めゼリフが先にあって、それを言わせるために登場人物を作ってるような、そんな印象を受けるんだよな。コテコテのリベラル寄りな最後の展開も、作り手のメッセージが露骨に感じられて何か嫌だったな。

プライムタイムのドラマの主人公に黒人女性を持ってきたことは評価できるが、出来としては微妙なところだな。全7話の第1シーズンは放送されるだろうけど、第2シーズンがあるのかどうかは何とも分からないところです。

「コーマン帝国」鑑賞


ハリウッドのメジャー・スタジオとは無縁に50年代から映画を製作し続け、エログロのエクスプロイテーション作品を作る一方でコッポラやスコセッシといった監督たちに映画業界へのきっかけを与えたB級映画の帝王ことロジャー・コーマン大先生の集大成的ドキュメンタリー。(厳密に言うと正しい意味での「B級映画」は一本も作ってないんだけどね。まあいいか)

あと数日で86歳という年齢ながらも未だに現役で撮影現場に顔を見せ、オフィスで編集作業に目を光らせるコーマン先生の経歴を、本人や家族および彼の門下生たちのインタビューを重ねて語っていく内容になっていて、マーティン・スコセッシやロバート・デニーロ、ピーター・フォンダ、ロン・ハワード、ピーター・ボグダノヴィッチ、ジョー・ダンテ、パム・グリアー、ジョナサン・デミなどといった錚々たる面子が登場するぞ。いちばん多くを語るのがジェック・ニコルソンで、デビッド・キャラダインとかポール・バーテルといった鬼籍に入られた人たちのインタビュー映像も出てくる。ジェームズ・キャメロンが出てこないのは予想してたが、フランシス・フォード・コッポラが出てこなかったのは少し意外だった。

映画業界での仕事を希望して20世紀フォックスで働きはじめたものの仕事に失望して辞め、自分で映画を製作するようになり、持ち前の反骨精神を活かして若者たちが喜ぶカウンターカルチャー的作品を世に出して成功する一方で、ベルイマンやフェリーニ、黒澤明といった海外のアート系映画の配給も手がけて批評家の高い評価も得るようになる。現在の製作者の悩みのタネである年齢指定のシステムも、導入された当時は逆にそれによってR指定の作品の表現の幅が増えたという証言が興味深かったな。

そして70年代に登場した「ジョーズ」と「スター・ウォーズ」という2つのヒット作のおかげでメジャー・スタジオが資金を大量に流入してブロックバスター作品を製作するようになり、資金的に勝ち目がなくなったコーマン作品はやがて劇場からケーブル局やビデオへと活躍の場を映すことを余儀なくされる。これらのことを微笑みながら静かに語りつつも、人種差別に対する自分の信念をぶつけた「侵入者」で初めて金銭的に損をしたり、「イージー・ライダー」への出資から手を引いたことで結果的に大損をしたことを語るときは真剣な眼差しになったりして、映画に対する気持ちはまだまだ若いなあといった感じ。

俺は彼の自伝「私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか」を読んでいたこともあり、必ずしも目新しい話は出てこなかったんだけど、インタビューに加えて手がけた作品の映像がふんだんに使われ、コーマンを知らない人にとっては格好の入門書的映画になるんじゃないかな。締めくくりはこないだのアカデミー功労賞の授賞式という格好のシーンで終わるわけだが、「映画は共同作業なので妥協する必要があるんだが、賭けに出ることも大切なんだよ」という彼の受賞スピーチは大変素晴らしいので、それが短くカットされてるのは少し残念だな。とはいえ最後に「ロックンロール・ハイスクール」のラモーンズの映像を持ってくるあたり、うまくツボをおさえたドキュメンタリーになっていると言えるでしょう。