「The People’s Joker」鑑賞

ジョーカーをはじめとするDCコミックスのキャラクターを勝手に使用した映画…というわけでトロント映画祭でのお披露目の際にはワーナーからお叱りのメールを受けたことで上映が中止になったいわくつきの作品だが、こうして無事に配信されてるあたり、何かしら弁護士のあいだで決着が着いたのでしょう。

内容は監督のヴェラ・ドリューの自伝的な物語で、田舎のスモールヴィルで育った少年の主人公は親に連れられて「バットマン・フォーエバー」を観に行ったらバットマンよりもニコール・キッドマンに感情移入している自分に気づき、自分がトランスジェンダーであることを自覚する。そしてコメディ番組に憧れて都会のゴッサムに移るものの、そこは強権的なバットマンに支配されている世界だった。そこで主人公はコメディクラブに加わり、ラーズ・アル・グールの教えのもとジョーカー・ザ・ハーレクィンと名乗って、相棒のザ・ペンギンとともに「アンチ・コメディ」を披露していくが、そこで同じくジョーカーの格好をしたジェイソン・トッドという少年と恋仲になり…というあらすじ。

まあストーリーらしきものはあまり存在しなくて、クラウドファンディングで作られた低予算映画だけあってチープなCGキャラやグリーンスクリーンで合成された背景、段ボールで作られたような建物といった安っぽい映像が次々と登場する。性的マイノリティの主人公による自分語りの低予算映画、という点では20年前に観た「TARNATION」を連想したけど、ヴェラ・ドリューは「Comedy Bang! Bang!」や「Who Is America?」といったコメディ番組で監督・編集の経験を積んだ人だそうで、チープな映像であってもみんな「味がある」で気になっているほか、ものすごくテンポのいい編集のおかげで次から次へと展開が繰り出されて飽きさせない内容になっている。こうした番組のツテかティム・ハイデッカーにマリア・バンフォード、ボブ・オデンカークといったコメディアンたちも出演してるでよ。「サタデーナイト・ライブ」の大ボスことローン・マイケルズがCGキャラクターとして登場していろいろヒドい目に遭っているのは何か恨みでもあるんだろうか。

バットマンのキャラクターとしてはジョーカーやペンギンなどに加えてベイン、リドラー、キャットウーマンといったお馴染みのメンツが出てくるほか、クリーパーやペリー・ホワイトといった他の作品のキャラクターも登場。「ザ・サンドマン」のエンドレスへの言及もあり。ドリューのインタビューを読んでみたらかなりコミックのファンのようで、ジョーカーの描写はグラント・モリソンの作品に触発されたとか語っている。あと「ダークナイト・リターンズ」のアニメがちょっとだけ披露されるのだがフランク・ミラーの絵をそのまま動かした素晴らしい出来になっていて、あれだけ別物として作ってくれてもいいのに。

まあ明らかに万人受けするような内容ではないし、アメコミ映画を期待して観ても肩透かしをくらうだろうけど、キワモノ映画として扱うには出来が良すぎる秀作だった。

謹賀新年

新年あけましておめでとうございます。

昨年はあまりブログを更新できませんでしたが、今年はツイッターへの書き込みは減らして、なるべくこっちのほうにいろいろ書き込んでいきたいと思う次第です。

もう自分の余生で見きれない映画・読みきれない本が世の中にはあるんじゃね?というのを最近はひしひしと感じてまして、今年こそはとっととアーリーリタイアでもして好きなことして暮らしたいなと考えております。まあそう上手くはいかないんだろうけどね。

好きなことやるにしても健康第一ですので、みなさまも体調にお気をつけてお過ごしください。今年もよろしくお願いいたします。

2024年の映画トップ10

今年は前半はどうかな、と思ってたけど後半になって面白いインディペンデント系の作品がいろいろ出てきたような?以下は順不同で。

哀れなるものたち

ランティモス作品としては「憐れみの3章」よりもこっちのほうがずっと面白かった。大人の寓話。

マッドマックス:フュリオサ

「デス・ロード」ほどではないとはいえ、アクション満載で満足。トム・バークがかっこええ。

「デッドプール&ウルヴァリン」

個人的に20世紀フォックスの作品でいろいろ仕事に関わった経験があるので、いまは亡きフォックスにささげるエンドクレジットに感謝。

I SAW THE TV GLOW

90年代のチープなTVシリーズにまつわる不条理なホラー、というのが俺の世代にはハマるのです。

ドリーム・シナリオ

全人類に嫌われる中年男、という設定が他人事とは思えず涙を禁じ得ない。

THE SUBSTANCE

往年のクローネンバーグを彷彿とさせる、エグいけど面白いホラー。

教皇選挙

最後のオチはちょっと余計だったかもしれないけど、選挙結果に至るまでの展開の描写が秀逸でした。

「Hundreds of Beavers」

欧米の批評家がベストに選んでるので自分も…というわけではないですが。冒頭は白黒のサイレント映画のパロディで下手な展開が続くのでこんなんで大丈夫かいな、と思うものの主人公がだんだん経験と金を手に入れてパワーアップするあたりから俄然面白くなる。監督も認めているように、TVゲームの影響が映画にうまく判例された好例。

「トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦」

昨晩観たばかりなので余韻というかバイアスが残ってるのだろうが、香港映画の黄金期を彷彿とさせる面白いアクション映画だった。吉川晃司を熱唱する悪役!

「The Day the Earth Blew Up: A Looney Tunes Movie」

関係者向けスクリーナーで観たので書くべきか迷ったが、NDA交わしてないし一般公開された国もあるのでいいよね?ということで笑いあり涙ありの傑作スラップスティックアニメ。なぜワーナーはこんなものを売り飛ばしてしまったのか。

最後の3つくらいは無理して選んだ感もあるが許せ。あとは「ゴジラxコング 新たなる帝国」とかも単純に楽しめたはずなのだがよく覚えておらず…。一方で「オッペンハイマー」「シビル・ウォー」「アイアンクロー」「チャレンジャーズ」あたりは悪くないのだけどそこまでかな?という感じ。海外の配信サービスを駆使することで結構な数は鑑賞できている(というかどれも日本公開が遅いのよ)という自負はあるので、感想をただツイッターに書き込むだけでなく、このブログにきちんと記しておくようにしないといかんですね。

「CONCLAVE」鑑賞

日本では「教皇選挙」の題名で3月に公開。その名の通りバチカンを舞台にした、新しい教皇の選出にまつわるスリラー。

比較的リベラル寄りだった(らしい)教皇がバチカンで突然崩御する。彼の死を嘆く間も無く枢機卿のローレンスは新たな教皇を選出するための選挙(コンクラーベ)の手配を仕切る役目に就く。選挙のために世界中から枢機卿たちが集まるなか、リベラル派のローレンスたちは前の教皇に批判的だった保守派の候補が新教皇に選ばれるのを阻止しようと画策するものの、自分達が推す候補にもなかなか票が集まらない。そして他の候補や、今まで存在を知られていなかった新しい枢機卿が加わることで選挙は混乱を極めていく…というあらすじ。

あまり内容ついて深く語るとネタバレになるので書かないが、保守派の候補の当選を防ぐためにローレンスたちが裏で手回しを試みて根比べ(失礼)を行う一方で、他の候補も裏工作を試み、さらには前の教皇が死の直前に何をしていたのか?という事実が暴かれていくという上質のサスペンスになっている。

実際のバチカンも内情はドロドロしているというのが世間にも漏れ伝わってきているけど、こちらも候補同士で相手の醜聞を暴いたりと、なかなかエグいことをやってます。みんな揃って同じ服を着て一緒に寝泊まりしてるので、ちょっと学園ドラマっぽいノリもあったりする。庵野秀明のような外見の保守派の候補の言動が横柄で、彼が当選すればバチカンの進展を一気に後退させると懸念されてるあたり、こないだのアメリカ大統領選挙を彷彿させるところもあった。

それぞれの候補者が抱えている秘密を解き明かそうと、限られた時間のなかで奮闘するローレンス役にレイフ・ファインズ。彼が推すリベラルな候補役にスタンリー・トゥッチ、ふたりよりも保守的な候補にジョン・リスゴーといいオッサン俳優が揃ってます。シスター役のイザベラ・ロッセリーニも出番は決して多くないもの印象的だった。

誰が教皇に選出されるのかまるで分からないなか、いろんな事実が明かされて優位な候補の座がコロコロ変わる展開は見応えあり。ラストのオチは結構唐突で賛否両論あるかもしれないが面白かったし、海外で評判が高いのも頷ける良作。

「IN A VIOLENT NATURE」鑑賞

評判の良いカナダのスラッシャー映画。以下はネタバレ注意。

舞台はどこかの山奥。そこのキャンプ場にきていた若者たちが火の見やぐらの跡地にあったペンダントを盗んだことから、それによって封印されていた殺人鬼の怪物ジョニーが復活、母親の形見でもあるペンダントを取り返すために彼は若者たちを執拗に殺していく…というあらすじ。

手っ取り早く言えば「13日の金曜日」のパスティーシュなのだが、特徴的なのが話がジョニーの観点で進んでいくこと。ゲームで言えば「ドゥーム」のようなPOV形式ではなく、「グランド・セフト・オート」みたくジョニーを背後から眺める形で、彼が森のなかを歩き回り獲物たちに近づいていくさまを観る人は体験していく。画角はほぼ正方形で劇中は音楽が流れず、淡々とジョニーの背中を見せられる展開は人によって好みが別れるだろうけど個人的には興味深かったです。

昔の消防士のマスクを被り、材木用の鉄の鉤を使って黙々と若者たちを血祭りにあげていくジョニーは一言もセリフを話さず、水中でも行動できて銃で撃たれても死なない怪物。まあ「13日の金曜日」のジェイソン君だね。彼にまつわる伝説は他の登場人物の口から語られ、どうも過去にも復活したことが示唆されるのが「ホラー映画の続編」っぽさを醸し出している。当初はジョニーの正面もろくに映し出されず、ムード感重視の内容だけど途中からグロ描写がいろいろ出てきてますよ。ジョニーは怪力の持ち主で機敏なところもあるもののノソノソ歩くだけで走れないのに、彼から逃げる犠牲者たちがやけに足を負傷するのはご愛嬌。

監督のクリス・ナッシュってこれが長編デビュー作なのかな。出演者もほぼ無名の役者ばかりだがオマージュ的に出演している人が1名。北米での評判は良いようで続編の製作も発表されたらしい。王道のホラーにうまくヒネリを加えたアイデアの勝利ですかね。