コーエン兄弟の新作。5月に日本公開されるらしいので、ネタバレにならない程度に感想をざっと。
1961年の冬の1週間を舞台に、売れないフォークシンガーであるルーウィン・デイヴィスの放浪のさまを描いたもので、ルーウィンはセッションに声がかかる程度のミュージシャンではあるものの出したレコードは売れず、家もないので知人のところに転々として泊まり、金やタバコをせびっている始末。ミュージシャンのとしての熱意も消え失せ、以前やっていた船員の仕事に戻ろうかとも考えているくせに、妥協してCMソングを演奏することも渋っているような彼が、仕事を求めてニューヨークのイーストビレッジからシカゴまで旅するのだが…というような話。
これは決して「夢見て努力するミュージシャンの話」ではないですよ。もっとドツボにはまった男の物語で、ある程度はルーウィン自身の不遜な態度に問題があるというものの、ダメ男が主人公だとつい感情移入してしまいますね。もともとデュオで活動していた彼がソロに転向したことがストーリーに大きく影響しているわけだが、その理由についてはここでは触れない(つうかトレーラーでバラしてるね)。フォークソングが何曲も披露され、そのあいだに会話があるといった感じでセリフの量は多くないものの、ネコの名前やトイレの落書き、アクロンの元彼女、ラストでルーウィンがステージを降りたあとに登場する人物、といった象徴的な要素が各所に散りばめられ、いろいろ考えさせられる内容になっている。これはとても円熟した脚本ですね。
不条理なほどに主人公が不運に見舞われるさまは「バートン・フィンク」や「シリアスマン」に通じているし、「部屋の奥にいる老人」やジョン・グッドマンが登場するあたりは典型的なコーエン兄弟作品であるものの、今回は撮影をロジャー・ディーキンスが行なっていないせいか全体的な雰囲気がちょっと異なったものになっている。冬のニューヨークや夜中のヒッチハイクのシーンなどがとても印象的。ルーウィンを演じるのがオスカー・アイザックで、ウェールズ系の主人公をグアテマラ人の彼に演じさせた意図はよく分からないが、シンガーでもある彼はルーウィンの曲を吹替え無しに熱演している。彼の友人を演じるジャスティン・ティンバーレイクも同様で、歌える俳優の本領発揮ですね。その友人をキャリー・マリガンが演じていて、彼女とアイザックは「ドライブ」で夫婦役を演じていたが、ここではまた違ったかけ合いを見せてくれる。マリガンを良いなと思ったのって「ドクター・フー」以来じゃないかしらん。あとネコかわいいよネコ。
有名な曲が披露されるわけでもないし、とっつきにくい題材のため観る前は懸念していたものの、実際はいろいろ身につまされる作品であった。あてもない日々を過ごしている人におすすめ。