「兵士トーマス」鑑賞

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こないだクライテリオン版DVDが発売になった1975年の映画「兵士トーマス」こと「OVERLORD」を観る。原題の「OVERLORD」とは悪魔にそっくりな宇宙人のこと…では当然なく、  第2次世界大戦におけるノルマンディー上陸作戦のコードネーム。イギリスの片田舎から徴兵された素朴な青年のトーマスが、軍隊で訓練を受けてノルマンディーへと送られていくさまを追った内容になっている。

軍隊における生活の描写が物語の大半を占めていて、冒頭の宿舎のシーンはちょっと「フルメタル・ジャケット」を連想させる。撮影監督のジョン・アルコットはキューブリック作品の常連でもあるそうな。戦争映画なんだけどドンパチやるようなシーンはほとんどなく、軍隊および戦争という非日常的な状況に身をおいた主人公の孤独さがよく表現されていて、むしろ雰囲気はアート映画に近い。「西部戦線異状なし」に通じるものがあるかな。そしてトーマスには常に死の予感がつきまとっており、村で少女と恋に落ちても、家族に手紙を書いていても、もう2度と彼女たちに会えないことを彼は感じ取っている。そして最後に彼は「もう僕には何も残っていない」と語って戦地に向っていくのだ。ここには「プライベート・ライアン」や「バンド・オブ・ブラザース」のような「生きて故郷に還ろう」という希望もないし、石原慎太郎映画のような「お国のために死んできます〜♪」といった幻想もない。ただ淡々と運命に翻弄されて生きていくトーマスの姿だけが、モノクロの映像にのせて映されていく。

そしてこの映画の大きな特徴として、尺の半分近くにおいて第2次大戦当時の記録映像が使用されているということがある。戦争博物館にあった膨大な量のフィルムを検証して編集したそうだが、地を這うくらいに低空で飛行する戦闘機、真夜中に炸裂する爆弾、ミサイルを発射する戦艦などの映像はいずれも非常に迫力があり、そして重々しい。いくらCGIの技術が進歩しても、戦争の映像というのは本物には敵いませんね。なかでも煙を噴いて前進するパンジャンドラムという車輪兵器の光景は圧倒的。これらの衝撃的な映像がトーマスのシーンにうまく重なりあい、戦争の暗さを醸し出すことに成功している。

アメリカでは製作当時は公開がされず、なんと昨年やっと初めて劇場公開されたという作品だが、優れた傑作であることは間違いない。