「スキャンダル」鑑賞

この作品、日本のレビューだとニュース局でのセクハラだとかMeToo運動とかとの兼ね合いで語られてることが多くて、それはもちろん間違っていないものの、その舞台となったFOXニュースとは何ぞや?ということを説明しているものが非常に少ないので、その観点からちょっと書き記してみる。俺自身もFOXニュースなんてあまり観たことないし観たいとも思いませんが、「デイリーショー」などでネタの対象にされてることもあってそこそこ詳しいと思うので。

FOXニュースは劇中でも語られるようにルパート・マードック傘下のケーブル局で、モットーは「Fair & Balanced」(公平でバランスがとれた)といいつつも政治的スタンスはコテコテの保守右寄りで、煽動的なコメンテーターを起用することでブッシュ政権時に保守層のあいだで視聴者を増やし、CNNを追い抜いてトップのケーブルニュース局になったんだっけな。

その原動力となったのが本作品の悪者であるロジャー・エイルズで、物事の真相なんぞ気にせずに報道を煽るスタイルでFOXニュースをバリバリ売り込んでいった。劇中にもあるように上司であるマードック一家にも楯突くような人物で、マードック一家が政治的にどのくらい保守なのかは諸説あるようだが、FOXニュースが保守層の絶大な支持を得るようになったのはエイルズの手腕によるものが大きいと言われている。実はこの作品で扱われるエイルズのセクハラ事件、映画公開の直前にSHOWTIMEで「The Loudest Voice」というTVシリーズにもなっている。そちらではラッセル・クロウがでっぷり太ってエイルズを演じているが、未見なので比較はできません。

https://www.youtube.com/watch?v=lAnJJHrq0Ws

さて「スキャンダル」はカズ・ヒロによるメーキャップが話題になってアカデミー賞を受賞しているが、ジョン・リスゴウ演じるエイルズはゲイリー・オールドマンのウィンストン・チャーチルと同じで、とにかくデブメイクをすれば似てくるよね、という感じではある。一方のシャーリーズ・セロン演じるメーガン・ケリーはよく似ていて、ニコール・キッドマンのグレッチェン・カールソンはまあまあ似ている、といったところ。むしろ脇役のニュースアンカーたちの似てなさっぷりに驚きまして、ヒゲとグラサンという分かりやすいスタイルのヘラルド・リベラは別として、クリス・ウォレスなんてあなた誰よ、という姿だった。ビル・オライリーはそこそこ似ていて、ショーン・ハニティーはそうでもない、というところかな。

そしてこの映画では被害者として描かれるメーガン・ケリーとグレッチェン・カールソンも、FOXニュース時代ではコテコテの保守寄りのコメントを垂れ流してた人たちなのですよね。ケリーは企業が従業員に産休を与えることを批判していたのに、自分が産休に入ったあとはしれっと産休を称賛したり、カールソンは朝の番組でスティーブ・ドゥーシー(ともう一人)と毎日オバマ批判を繰り返していたし。なおケリーは一連の騒動のあとにFOXニュースを去って鳴り物入りでNBCに移籍したものの、自分の看板番組で「ブラックフェイスって悪いことじゃないですよね?」という無神経な発言をしたために番組はすぐさま打ち切られている。つまりケリーもカールソンも、FOXニュースでスピンを繰り広げてた人たちであるのですよ。

これを受けて「FOXニュースで働いてたんだからヒドい目に遭うのは当然だ」という気は毛頭無いのだけども、劇中ではケリーやカールソンの過去の振る舞いがずいぶんスルーされていて、観ていてモヤモヤしてしまったよ。これアメリカの観客もリベラル派は同様にモヤモヤしただろうし、保守派はそもそも劇場に足を運ばなかったんじゃないだろうか。

だからこの映画を観ているあいだ、「これは誰のために作ったんだろう」という考えが頭から拭えなかった。きょう読んだ記事にもあったけど、数年前にニュースになった出来事を映画化するなら、誰もが知らなかった事実とか観点を取り込まないといけないと思うのですよね。ただ物事を整理して映像化するのでは意味がないでしょう。