初めてヴォネガットの本を読んだのは中学生か高校生のころ、地元の図書館にあった「スラップスティック」を借りてきたときだった。あの頃は彼のことなんて何も知らなくて「カート・ヴォネガット」と「カート・ヴォネガット・ジュニア」という親子2人の作家がいるもんだと思ってたっけ。そして彼の簡潔で読みやすい、けれど奥が深く、軽快なユーモアに満ちているようでどことなく物悲しいところがあり、それでも最後には人間への望みを捨てていないような文章にすぐに魅せられて、高校時代は彼の本を読みあさってばかりだった。俺が長編をすべて読んだことがある作家って彼くらいのものじゃないかな。俺の人格形成に大きな影響を与えた作家の1人であることは間違いない。
一般的には「スローターハウス5」や「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」あたりが彼の傑作として知られているようだけど、個人的にはやはり「猫のゆりかご」が一番好きだったなあ。作家の取材旅行が南米の島での騒動にまきこまれていき、しまいには世界が破滅してしまうというバカバカしさ、そしてその背後にある真面目さが素晴らしかったのです。ほかには「母なる夜」や「青ひげ」も好きだったっけ。キルゴア・トラウトの息子が泣きじゃくって終わる「ガラパゴスの箱船」のラストにも感動したものです。
彼がかつてエッセイで、姉の夫が粘土入りの風船というおもちゃ(ピエロの顔が描いてあって自在に表情を変えられる)を売り出そうとして大失敗し、そのまま姉夫婦は不幸に見舞われて他界してしまったということを書いてたけど、彼の小説もこのおもちゃのようなものだった。一見すると普通に愉快そうなものに見えるんだけど、その裏には何かしら哀しい話があるというふうに。そして愉快そうな文章のあいだにそうした物悲しい話があっただけに、その話は何倍もの衝撃をもって読者に訴えかけることができたんだろう。
「タイムクエイク」で小説の断筆宣言こそしたものの、エッセイなどは書き続け、去年も「デイリーショー」に出演して政権批判などをしていたし、まだまだ長生きして我々を啓蒙してくれると思っていたのに、転倒による負傷が原因で亡くなってしまうとは、あまりにも残念なお別れとなってしまった。でも彼は決してこの世を離れたわけではなく、「スローターハウス5」のトラルファマドール星におけるビリー・ピルグリムのように、時間の流れを離れて幸せなひとときに身を委ねることになったんだろう。AintItCoolにも素晴らしい追悼記事があるので読んどくように。
合掌。
so it goes.