俺は映画評論家という人々を基本的に評価してなくて、特に映画会社と癒着して褒め言葉ばかり書いてるような日本の評論家たちの批評なんて読む気にもなれないわけです。幸いにもここ数年はインターネット上の掲示板やブログの発達のおかげで、映画会社の顔色をうかがう必要のない、ごく普通の観客の意見を手軽に読めるようになったんで、作品の良し悪しがより明確に分かるようになったんじゃないかな、と思う。3人の評論家の意見と、30人の観客の意見があるとしたら、普通は観客の意見を参考にしたいと思うよね?
そんな俺でも、このサイトからリンクを張ってるAin’t It Cool NewsおよびTHE ONIONの批評はけっこう参考にしていて、前者は素人の投稿記事が主体になっていることと、後者はPDAで詳しく読めるうえかなりマイナーな作品も扱っていることから重宝させてもらっている。んで最近はTHE ONION(の一部分であるAV CLUB)にAsk The A.V. Clubという新コーナーができて、映画やTVシリーズに関する質問をスタッフに聴けるようになったんだが、そこで映画批評の心がけについてライターのスコット・トバイアス氏がなかなか奥の深いコメントをしてたので、その訳を以下に紹介したい。原文はこちら。
<訳>
Q:プロとして映画を批評するとき、いつもどのくらいの下準備と調査をするんですか?鑑賞前に作品や監督について全部のことを知っておいたほうがいいと思いますか、それとも意図的に何も調べておかず、作品について何の先入観も持たないようにしますか?
A:矛盾して聞こえるかもしれないけど、何の先入観を持たないまま、できるだけ下準備をしていくのが理想だ。そしてこれはすべての矛盾と同様に、正しいバランスを見つけるのがちょっと難しい:例えば原作のある映画に対していちいち原作本を読んでいる時間はないし、ライナー・ワーナー・ファスビンダーの映画を1つ批評するのに、彼の膨大な作品群をすべて観ておくことも時間的にできないだろう。それにいくら先入観を持たないようにしたって、ジム・キャリーの失敗作のずいぶん遅れた続編で、しかもキャリーが出てないような作品や、トビー・キースとケリー・プレストンが主演してるカントリー・ミュージック・テレビジョン製作の映画に胸を躍らせるようなことは難しい。
概して言えば、意図的な無知というのは良質の批評を妨げると思う。例えばスコセッシの「THE DEPARTED」を観るとき、オリジナルの「インファーナル・アフェア」およびスコセッシの全作品を鑑賞した批評家の意見と、何も知らずに映画を鑑賞した批評家の、どちらの意見を参考にするかい?僕は常に前者の意見をとるね。そちらの批評の方が、ずっと奥が深いものになるだろうからだ:オリジナルに比べて出来はどうか?スコセッシの他の作品に比べてスタイルはどんなものか?とか。何も知らない批評家に利点があるとすれば、それは彼らが何の期待も抱かずに映画を見れたということだけだが、それは大した利点じゃない。それに何の先入観もなしに映画を見るのは不可能に近い:昨日産まれたような赤ん坊(彼らはどうせ映画なんて理解できない)を除けば、僕らは鑑賞する映画に何かしら自分たちの好みや経験を反映させてしまうんだ。
とはいえ、先入観をなるべく持たないようにする方法もなくはない。僕はなるべく予告編は見ないようにしている:自分で目にしたいものの多くをバラしてしまってるからね。作品のスタイルや雰囲気、一番の見どころ、時にはエンディングまで。だからといって劇場で予告編が流されたとき、目を閉じて耳を塞ぎ、大声をあげて周りの人に迷惑をかけるようなことまではしないけど。でも何も事前に見ずに映画そのものを見るのが望ましい。また事前に批評を読むようなこともしない。他の批評家の意見に影響されずに、自分の意見を持ちたいからね。これもまた、常に達成できるというわけじゃない:海外での評判を知るために、映画祭、特にカンヌの批評を読んでしまうこともあるし、トロント国際映画祭での鑑賞スケジュールを決めるのには、各作品の事前の評判を知っておくことが重要だ。
また一般的な先入観については、僕は他の人よりも先入観が少ないと思いたい。僕にとって映画とはそれがどういう作品なのかを早めに伝えるべきものだし、僕はそれを基準に批評をすることが多い。それが下ネタだらけのコメディだろうと、タイの前衛映画だろうと。例えば僕の去年のベスト10映画のリストには「40歳の童貞男」と「Tropical Malady」の両方が入ってるけど、個人的にはとてもバランスのとれたリストだと思っている。
</訳>
もちろん映画の見方なんて人それぞれだから必ずしも彼の考え方が正論だとは思わないけど、なかなか理路整然としていて興味深い考えではないかい?日本の評論家でここまで考えて映画を観てる人ってどれだけいるの?