スティーブン・コルベアー対宇宙の帝王

新しく建設される宇宙ステーションのモジュール(?)につける名前をNASAがホームページで募集していて、これに目をつけたスティーブン・コルベアーが「コルベアー・レポー」で集団投票をするように視聴者に呼びかけたところ、一晩にして最も票を集めた名前が「COLBERT」になってしまった。コルベアー人気恐るべし。

以前にも彼はこうした呼びかけをしたことがあって、ハンガリーで新設された橋の名前を募集していたときにも視聴者を煽って投票させ、ハンガリーの総人口を超える得票数で1位になったことがあるんだよな。あのときは当局の意向により結局うやむやになってしまったけど。今回のNASAの意向により無難な名前が選ばれるんだろうか。

ちなみに「COLBERT」がくるまで1位だった「XENU(ジーヌー)」というのは、サイエントロジーにおいて諸悪の根源とされる宇宙の帝王の名前。こんな名前が1位だったということはどこかで集団投票が行われたに違いない。個人的にはこっちの名前が選ばれたほうがいろいろ面白そうな気がする。

「ウォッチメン」と「アウター・リミッツ」

このブログからもリンクを貼ってある町山智浩氏のブログで、ザック・スナイダーが劇場版「ウォッチメン」で「アウター・リミッツ」の1エピソード「The Architects of Fear」にオマージュを捧げていると書かれているんだけど、実はあれって原作の段階で既にオマージュが捧げられていて、そのエピソード(の音声)が登場しているんだよね。

これは「ウォッチメン」を執筆していたムーアが、途中になってこのエピソードと「ウォッチメン」のプロットが偶然似ていることに気づき、このオマージュを最終話に挿入したということらしい。些細なことかもしれないけど、ムーアが「アウター・リミッツ」をパクったわけではないらしいので念のため。

しかしやはりイカは出ないのか…。

「ウォッチメン」のレビュー

アメリカでは今週末に公開される「ウォッチメン」のレビューがいろいろ挙ってきていて、Rottentomatoesなんかを見る限りでは「悪くはないんだけど、素晴らしくもない」という評価が多いみたい(「AVクラブ」の評価は「B」)。この映画のように原作がカルト的人気を誇り、長らく映像化が期待されていた作品は「予想以上の素晴らしい出来」でないとファンを満足させることが出来ないと思うので、結局今回の映画化は失敗だったということになるんだろうか。まあ見てない映画を論ずるのは嫌なので、いずれ日本で公開されたら観に行きますが。

その日本での配給はワーナーでなくパラマウントだったのがちょっと意外だったけど、公式サイトとか街の広告とかを見ていると、宣伝のやり方に戸惑っている感じがするのは気のせい?確かに原作の知名度が圧倒的に低い日本でこの映画を売るのは難しいだろうな。ちなみに本国の公式サイトではアラン・ムーアのことは一切言及されてないけど、日本のサイトでは言及されていた。「ウォッチメン」を語るには不可欠な情報だからね。

この映画の公開にあたり、そのムーアが自分の作品の映画化を嫌っていることが多くのところで紹介されて広く知れ渡るようになったんだけど、それに対する反論としてよく書き込みがされているのが、まず「ムーアは映画化で金を儲けたんだから黙っておれ!」という意見。これは事実に反していて、ムーアはここ一連の映画化からの報酬はすべて拒否しているし、自分の名前が原作者としてクレジットされることも断っているんだが。

次の反論は「映画化が嫌なら映画化権を売るな!」というもの。でもムーアはアーティストと組んで作品を製作しているわけで、自分が映画化を拒否したらデイブ・ギボンズやデビッド・ロイドといったアーティストに報酬が行かなくなることを考慮してると思うんだが。実際に彼の分け前はアーティストにまわすように指示しているはずだし。あと「フロム・ヘル」あたりの頃はまだ映画化に今ほど否定的ではなかったんじゃなかったっけ。それが次から次へと駄作が作られるものだから映画化を嫌うようになったという経緯のはず。ちなみにムーア本人は「ザ・ワイヤー」くらいの高い出来になるのなら映像化を考えてもいい、みたいなことを言ってるので自分の作品の映像化を完全に否定しているわけではないようだ。

そして最後にいちばん噴飯ものなのが「ウォッチメン」が話題になったことで自分の本の売れ行きが上がってるんだから、映画を貶すのはやめろ!」という意見。これは「フロム・ヘル」のプロデューサーも言ってるらしいけど、「ウォッチメン」などの作品をムーアは自分で生み出してるわけですよ、それがいかなる理由で売れてムーアが利益を得たとしても、彼はあくまでも自分の仕事の正当な対価を得ているわけで咎められる必要はないと思うんだけどね。逆に映画化されたことでコミックの評判が下がることもあり得るわけだし。「V・フォー・ヴェンデッタ」なんて実に素晴らしい作品なのに、一般の人は映画版のイメージしか湧かなくなっちゃったでしょ。

まあムーアも少しは柔軟になって、もらえるものはもらっちゃっても良いような気がするけど。いずれは彼をギャフンと言わせるくらいの映像化に成功した作品が出てくるかもしれないし。でも「ウオッチメン」はそういう作品ではなさそうだな。余談だがアラン・ムーアの経済状況については、ずっと前にニール・ゲイマンが「ムーアの家は後ろが沼地で地盤沈下を起こしていて、彼の稼ぎの大半はそれの修繕に消えている」みたいなことを言っていたような気がするんだけど、家の状況は大丈夫なのかムーア先生。映画化の報酬を断ったせいで傾いた家に住んでたりするのではあるまいな?

追記:日本のサイトを見て知ったんだが、映画だとコメディアンたちは「ウォッチメン」と呼ばれてるの?原作で彼らが直接そう呼ばれたことは無いんだけど(正式名称はミニットメン、もしくはクライムバスターズ)。

追記2:実写映画よりもこいつを観てみたい:

新型Mac mini発表

やっと出たか、という感じ。ちょうど今日、いま使っているMac miniと同時に買ったモニターがいかれてきて修理を依頼したところだったので、そろそろminiも替え時だと思っていたのであります。

グラフィックボードがNVIDIAだというのは期待できるかな。BootCampでいろいろゲームができるかも。あとローエンドとハイエンドのCPUには差がないみたいなので、どっち買ってもあまり違いはないのかな。とりあえずオプションも吟味して購入します。ちなみにFireWire 800って400と互換性はどのくらいあるんだっけ?

「Dr. Who and the Daleks」鑑賞

ピーター・カッシングがドクターを演じたことで知られる劇場版「ドクター・フー」の、2つあるうちの1つ。ストーリーはテレビシリーズの第2話(早川書房から小説版が出てたやつ)をもとにしているけど、内容はまるで「ドクター・フー」とは呼べない代物になっていた。

オープニングで流れるのは例のテーマ曲じゃなくてチープなモンド系の音楽だし、なんとドクターはタイムロードとか異星人という設定ではなく、ただの気のいい地球人の発明家という設定になっている。そんな彼の発明したターディスに乗って、孫娘ふたりとその恋人と一緒にドクターは遠い星に行くのですが、そこにはダーレクという不気味な種族がいて…という話なんだけど、セットは大がかりなものの出演者の演技はみんな凡庸だし、ストーリーに起伏がないし、ダーレクはレンズに泥を塗られたくらいで慌てふためくし、何だかなあといった感じ。当時の観客は「ドクター・フー」にこの程度のことしか求めてなかったんだろうか。ピーター・カッシングは好きな俳優だけど、彼にはグランド・モフ・ターキンとかヘルシング教授のような高い頬骨の似合うシリアスな役を期待してしまうのであって、この映画のような好々爺の役はどうも違うと思うんだが。

「ドクター・フー」のよほど熱心なファンでなければ、観る価値のない作品。