ティムール・ベクマンベトフ製作の、ほぼロシアで撮影されたSFアクション。以降はネタバレ注意な。
物語は一人の男が科学者のラボで目覚めるところから始まる。過去の記憶がない彼の前には女性科学者のエステルが立っており、彼の名前はヘンリーであること、彼女は彼の妻であること、そしてヘンリーは瀕死の重傷を負ってラボに連れ込まれたことなどを語る。失われた片腕や片足にサイバネティックスの義手・義足をつけられ、発声のためのモジュールをつけてもらおうとするヘンリー。しかし厨二病のジュリアン・アサンジみたいな大富豪のエイカンが現れてラボを襲撃し、ヘンリーはエステルとともに脱出するものの、すぐさまエイカンの部下に妻を奪われてしまう。ヘンリーも危機一髪のところを謎の男ジミーに助けられ、エステラを救い出すためにジミーが伝える任務をこなしていくのだが…というあらすじ。
作品の最大の特徴としては、全編を通じて主人公のPOV(視点ショット)でストーリーが進んで行くというもの。そういうつくりの映像作品といえば早くも1947年に「湖中の女」があったし、最近はやりのファウンドフッテージものもその一種だが、この作品は映画よりもファーストパーソン・シューティング(FPS)のビデオゲームに影響されたものになっている。主人公のヘンリーは銃や刀を使って迫り来る敵をバッタバッタとなぎ倒し、ジミーに与えられるミッションをこなして、ラスボスへと近づいていく。
ということは他人がゲームやってるのを見てるのと変わりなくね?という意見も当然出てくるわけで、批評家には評判が悪いのはそのためだろうが、カメラワークは凝ってるしSF的な要素も意外と多いし、思っていたよりかは十分に楽しめる作品でしたよ。まあ個人的に最近のゲームをやってないので、ゲームのクオリティがどんなものになってるか知らないというものあるが。
観る人は映画の間じゅうずっとヘンリーの行動を疑似体験するわけだが、声が出せずに話ができないヘンリーが何を考えているかは十分に理解できず、彼はいわゆる「信頼できない語り手」のような存在になっている。ヘンリーの感情や状況を表す小道具として音楽が効果的に使われていて、「荒野の七人」のテーマは笑ったな。冒頭こそ状況が分からずに逃げ惑うヘンリーだが、どうもパルクールの名手らしくロシアの街を縦横無尽に駆け巡ってくれるぞ。これパルクールやってる人の頭にGoProのカメラをつけて撮影したらしいが、カメラの重さでみんな首を痛めて、最終的には監督のイリヤ・ナイシュラー自身がヘンリーを演じる羽目になったとか。
また何も語らぬヘンリーを導く謎の男ジミーを「第9地区」のシャルート・コプリーが熱演していて、なんと一人7役くらいで異なるファッションのジミーを演じ分けている。なんでそんな多様なジミーがいるのかは、見てのお楽しみ。コプリーってキワモノ映画にばかり出演してる印象があるが、あの演技力はもっと評価されるべきだろ。あとはティム・ロスがチョイ役で出てますが、なんで出たんだろう。あの人も最近は役を選ばなくなってきているような。
あちこちに振られまくる視点は観ていて疲れてくるし、話のつじつまが合わないようなところも多々あるものの、おバカなロシアのアクションSF映画としては1つの頂点に達してる作品ではないだろうか。街中で銃撃戦が展開されてもまるで警察がやってこないあたりがね、おそロシア。ギミックっぽいアクション映画かと思って観たら、予想以上に楽しめる内容であった。