「スパイダーマン:スパイダーバース」鑑賞

年末のこの時期に海外に行くと、ホリデーシーズン向けの大作がいろいろ公開されているのであります。まあ海外に比べて日本での公開が数カ月も遅れている現状は憂れるべきことなのだが、時間をつくって一足先に観てきてしまったのだよ。以下はネタバレ注意。

原作のコミックに詳しい人はキャラクターの姿を見ただけでピンとくるだろうが、話の内容はマイルズ・モラレス版のスパイダーマンを主人公にして、数年前に話題になったマルチバースことスパイダーバースのストーリーを絡めたものになっている。マイルズ君は本家スパイダーマンとは別ユニバースに属する「アルティメイト・スパイダーマン」誌で登場したキャラで、そっちのピーター・パーカーが死んだことを受けてスパイダーマンになった黒人とヒスパニックのハーフ。ピーターの能力に加えて透明になれたり、指先から強力なショックを与えることができるんだっけな。

いっぽうのスパイダーバースは本家スパイダーマンに加えて、マイルズ君を含む多次元のスパイダーマンたちが山ほど登場して共闘したストーリーで、東映版スパイダーマンがレオパルドンに乗って登場したのは日本でも話題になってましたね。そこでグウェン・ステイシー版スパイダーマンことスパイダー・グウェンなどが登場したのだっけな。

そして映画はマイルズ君を主人公に、多次元へのポータルを私欲のために開通させようとする悪役キングピンと、ポータルを通じて他の次元からやってきたピーター・パーカーやグウェン・ステイシーなど5人のスパイダーマンが戦いを繰り広げ、そのなかでマイルズがヒーローとして成長していくさまが描かれていく。

スパイダーマンはその長い歴史のなかで少年から青年、大人へと成長していったキャラクターであるので、今までの劇場版はその歴史のどこか一部を切り取って映像化する必要があり、おかげで学生時代に主軸をおくと仕事先のジェイムソン編集長が出てこなくなる、といった弊害があったわけだが、今回は少年のマイルズと大人のピーターが出てくることで、オリジン話を描くと同時に、すでに熟練したヒーローの話も描けるというお得な内容になっているわけですね。

とにかくストーリーが凝縮されていて、情報量がハンパじゃないんですよ。アニメというメディアを最大限に生かしてアクションは緩みがなく、無駄なコマ遣いが全くないという感じ。車や電車がビュンビュン飛び交う格闘シーンを目にすると、もうスパイダーマン映画って実写じゃなくアニメでいいんじゃね?という気になります。キャラクターの設定もみんな「分かっている」作りになっていて、マイルズは自分の新しいパワーに困惑はするものの正義のために行動しようとするし、他のスパイダーマンたちも自分たちがヒーローであることを承知してキングピンの野望を阻止しようとする。一番何も知らなさそうなキャラクターが、実は準備万端だったところは本当に良かったなあ。

マイルズを含めて6〜7人のスパイダーマンが登場することもあって、コミックを知らない人はとっつきにくいと思うかもしれないが、各キャラのオリジン話も紹介されるので、そんなに敷居は高くないと思う。俺もペニー・パーカーとかそんなに知らなかったけど普通に楽しめましたよ(確かにキャラがちょっと多かった気もするが)。コミックを知っている人なら楽しめる細かいネタがたくさん詰まっている一方で、独自のユニバースの話だから意外なヴィランが意外なところで登場したりして、コミックのファンでも先が読めずに飽きることはないと思う。

なおマイルズ君の世界にはピーター・パーカーことスパイダーマンが既にいて、彼の話はコミックとなって出版されているらしいのだが、それって皆が彼の正体はピーターだと知っていることになるんだろうか?他にもいろいろスーパーヒーローやコミックに関するメタなツッコミが出てくるが、それがあまり気にならないのがアニメの強みかな。脚本とプロデューサーは「レゴ・ムービー」でもメタなコメントをして好評を得たフィル・ロード&クリストファー・ミラーだが、「デッドプール2」もメタなジョークが満載だったし、飛行機で観た「Teen Titans Go! To the Movies」もメタな話だったし、やはりスーパーヒーロー映画ってメタな内容が合うんだろうか。誰かザック・スナイダーに伝えておいてください。

監督はアニメ畑とコメディ畑の人が3人もいて、そのせいではないだろうけどアニメーションの演出がシーンごとに微妙に異なっていて、時には普通のCGIっぽく、時には2次元の止め絵を入れた感じになっていたり。さらにはキャラごとにも絵柄が違ってペニー・パーカーはフラッシュアニメっぽく、スパイダー・ハムはカートウゥーンっぽくなっているが、それがまた非常に効果的になっていて、それがアニメーションの強みですかね。かつてビル・シェンキビッチが描いていたキャラクターだけ絵柄がシェンキビッチ風になっているなんて、もはや反則行為ですよ!

ストーリーもまた、笑えるジョークがたくさんある一方で、悲劇を乗り越えてヒーローとして自立していくマイルズの話に加え、彼を支えていく他のスパイダーマンたちの物語が交錯し、さらにはタイムリーなスタン・リーのカメオもあって実に心を打つものになっていた。別次元のピーターがメリー・ジェーンと話をするところなんて、隣にソーダをがぶ飲みしてるデブ君がいなかったら俺もっと泣いてましたよ。

というわけで歴代のスパイダーマン映画のなかでもライミ版の「1」(おれは2よりも好き)に匹敵する出来であったばかりか、スーパーヒーロー映画としても史上最高レベルの作品であったと思う。来年のアベンジャーズ4がどういう出来になるかわからないけど、今後のスーパーヒーロー映画の方向性というのはこの「スパイダーバース」が示しているんじゃないだろうか。今年亡くなったクリエイターふたりへの追悼が捧げられ、エンドクレジットではクリスマスソングが流れる映画がなぜ日本では来年3月に公開されるのかとんと理解はできませんが。

地下水道でガレキの下敷きになっている人であれ、恋人がニューヨークの橋からぶら下がっている人であれ、スパイダーマンが好きな人はこの映画を観に行くことを心からお薦めします。正気を疑うようなエンドクレジット後の映像まで席を離れないように。