世間の評判はどうであれ俺の非常に好きな作品である「THE ART OF SELF-DEFENSE(恐怖のセンセイ)」の監督であるライリー・スターンズの新作。以下はネタバレ注意。
舞台は架空のアメリカ。技術の進歩と法改正により、病気で余生いくばくもない人々は、残された遺族の悲しみを軽減させるために自分のクローンを作り、自分が亡きあとに自分の代わりとして暮らさせることが認められていた。しがない生活を送っていた女性サラも、大量の吐血をしたことで自分の余命がわずかであることを知り、周囲に勧められるまま自分のクローン(ダブル)を作る。サラのすべてを学び、彼女の母親や恋人とも仲良くなっていくダブル。しかしサラは奇跡的に完治してしまい、自分の立場を姑息にも乗っ取り始めたダブルを処分しようとするものの、法的にはダブルにも生存権が与えられていた。この場合オリジナルとダブルは観衆の前でルールに基づいて殺し合いを行い、生き残った方が「本物」になれるのだった。こうしてダブルとの闘いを控えたサラは、格闘のスキルを学ぶための教室に通うのだったが…というあらすじ。
自分のクローンと一騎打ち、というと藤子不二雄の「ひとりぼっちの宇宙戦争」みたいだが、なんでクローンにまつわる技術や法律ができたのかの解説はまったくなし。ディストピアSFというよりもヨルゴス・ランティモス作品を彷彿とさせるデッドパン・コメディとして微妙に不条理な話がどんどん進んでいく。他人に立場を乗っ取られる主人公、という点ではランティモスの「NIMIC」にも近いかな。ダブルの権利がやけに厚遇されていて、ダブルの生活費はオリジナルが負担する、という設定が妙にエグかった。
主人公のサラは人生に目的があるわけでもなく、単身赴任中の恋人とも疎遠になっており、口うるさい母親に悩まされる生活を送っている。よって自分が死ぬことを知らされてもあまりショックを受けないわけだが、自分よりも恋人や母親とうまくやってるダブルに怒りを覚え、生きるためというよりもダブルを倒すために戦いを学んでいく。
サラとダブルを演じるのはカレン・ギラン。「ジュマンジ」とか観てると身体能力的にケンカ強そうだが、ここでは無表情で運命に翻弄される主人公を演じている。そんな彼女に格闘のノウハウを教え込むコーチを演じるのがアーロン・ポール。前作もそうだったけどこの監督、冷徹な鬼コーチを出すのが好きだよな。あとはテオ・ジェームズが冒頭にちょっと出てます。コロナ対策のためにフィンランドで撮影したそうで、あまりアメリカに見えない外の景色が、どことなく違う世界の雰囲気を出すのに貢献している。
現代の「有害な男らしさ」の問題を絶妙に描いていた前作に比べて、今回はSFっぽい設定を用いたことでテーマが少しぼけている感もあるし、最後のオチは賛否両論あるだろうが、いろいろ興味深い作品でした。この監督はもっと評価されるべき。