ストップ・モーション・アニメの第一人者であるフィル・ティペット御大が30年かけて作り上げた大作…というふれこみだが中断期間もあったようなので正確な製作期間は分かりません。何にせよこのような問題作を、長い間黙々と作業して作り上げてしまうことが常識を逸しているのだが。
内容は当然ながらストップ・モーションのアニメ作品で、劇中で意味のわかるようなセリフは一切使われていない(一瞬「OH NO!」と呟かれる)。世界背景の解説なども全くなく、話のなかで何が起きているかは推測するしかないのだが、混沌とした怪物と汚物まみれの世界に、上空から潜水鐘のようなものに入った一人の兵士(公式な名前は『暗殺者』らしい)が降りてくるのが話の始まり。スーツケースをかて手に持った兵士はそのまま地中に降り立ち、ボロボロの地図を頼りにしてさらに地下を目指す。そこで彼は電気椅子につながれた巨人たちや、顔も知性もない人造人間(?)たちが奴隷のように働く巨大工場などを目撃する。それらを通り抜けて兵士は目的の場所に到着するのだが…というあらすじ。
繰り返すが世界設定の説明などは全くないので、兵士が何者なのか、彼が降り立った世界は何なのかは正確には分からない。狂気に満ち溢れた世界において怪物たちは捕食しあい、人造人間は虫ケラのごとく虐待され、えげつない拷問も行われる。特に最初の30分くらいは描写がキツくて、途中からはミリタリー調・後半にはファンタジーっぽい雰囲気になるかな。それでもグロいことに代わりはないのだが。
フィル・ティペットといえば古くは初代「スター・ウォーズ」三部作のホロチェスやトーントーンなどのアニメを担当した台ベテランだが、個人的に好きなのは「ロボコップ2」で、CGなどが存在しない時代において次世代ロボコップ(ロボケイン)をこれでもかとグリグリグリグリ動かした格闘シーンが死ぬほど好きなのです。
これを見てもわかるように、ティペットって「悪意のあるキャラ」の雰囲気を描写するのが得意だと考えてまして、今作においてもプロローグはバベルの塔に対する神の怒りから始まり、レビ書における神の罵詈雑言(例:「わたしはあなたがたの罪に従って七倍の災をあなたがたに下すであろう」)が語られるなど、理不尽な怒りに満ちた内容になっている。混沌にあふれた世界の創造・崩壊・創造の繰り返しがテーマであることも窺えるが、そもそもこのような世界を一人で作り出したティペット本人こそが狂える神だよね…?というのは観た人誰もが思うことだろう。
ストップ・モーション特有の表現ではないが、キャラクターのスケール感が効果的に演出されていた。兵士が巨人に遭遇する一方で、足元で小人たちを押し潰し、エサのまかれたガラス瓶のなかには小動物たちの別の世界が広がっていて…というような描写。なお実写のパートも少しあって、兵士を送り込む「上の世界」のお偉いさんを生身の人間が演じているのだが、それがなぜか「レポマン」の監督ことアレックス・コックス。ティペットとコックスの作品って全くの別物のような気がするが、音楽を担当してるダン・ウールってコックスの作品も手掛けてるようなので、何かしらの接点はあるのかも。
いろいろトラウマになりそうな描写がオンパレードの映画なので、デートなどで観にいくのはやめたほうが良いでしょう。狂える神が狂える世界をつくった、狂える映画。