「イニシェリン島の精霊」鑑賞

感想をざっと。

  • 今までのマーティン・マクドナーの作品って過度なバイオレンスとブラック・ユーモアが特徴的で、同じくアイルランドにルーツのあるガース・エニスのコミックに通じるものがあるなと思ってたが、今回は(没になった)舞台劇がベースになってるとかで、従来の作品以上に舞台劇っぽさがあって、特にサミュエル・ベケットの不条理演劇に通じるものがあるかな、と思った次第です。作品の冒頭からコルムがパードリックを説明もなく無視して、観客もなんだこれ?といった気にさせるところとか、ベケットっぽくない?
  • まあそのあとにコルムからもそれなりの説明があるし、老いや創造性の減衰に対する危機感とか、人間関係における乖離とか、いろいろな見方はできるのだろうけど、あまり深掘りせずに不条理演劇として観るのが良いのではと思った次第です。
  • マクドナーの作品としては意外にも、初期短編の「SIX SHOOTER」以来のアイルランドを舞台にした作品になるのか。個人的に90年代にアイルランドに住んだこともあり、イニシェリン島の姿がゴールウェイやドニゴールとかでこんな風景あったよねー、と思い出しながら見ていて面白かったです。時代設定にあるアイルランド内戦って、ブレンダン・グリーソンも出ていた「マイケル・コリンズ」で描かれたように首都ダブリンとかでは大規模な戦闘が行われた印象だが、イニシェリン島のある西部でも爆音が聞こえるくらいの戦闘があったのかな。
  • なお今までアイルランドを舞台にした映画って、封鎖的な環境に嫌気がさした若者が東のイギリスに渡るという内容が多かったので(「シング・ストリート」とか)、さらに西にある孤島の若者が、進展を求めて東のアイルランド本土に渡るという展開はちょっと衝撃的だった。あそこ小さな国だから、どこ行っても同じような感覚があったので。
  • 出演者はブレンダン・グリーソンもコリン・ファレルもマクドナー映画の常連だから特に言うことないわな。バリー・コーガン キオーガンの演技も悪くないけどアカデミー賞にノミネートされるほどかな?という印象。「トロピック・サンダー」の教えに沿ってFull Retardにならなかったのが票を集めたのでしょう。彼よりもパードリックの妹役のケリー・コンドンのほうが演技はずっと良かったな。
  • というわけで万人向けではないにしろ、硬派なブラックユーモアが味わえる作品。個人的にはマクドナーの前作「スリー・ビルボード」よりも良かった。あの青いセーターが暖かそうで欲しいな。