日本公開を待たずに家で観た。以下はネタバレ注意。
クリストファー・ノーラン初の伝記映画だがキリアン・マーフィー演じるオッペンハイマーの生涯をただ追ったものではなく、例によって3つ(以上)の時間軸が交差する作りになっている。原子爆弾を開発するマンハッタン・プロジェクトのリーダーとして熱意を注ぐ戦中のオッペンハイマーを中心に、戦後に共産主義との関わりを疑われて審議会にかけられる光景、およびもう一人の主人公である、ロバート・ダウニーJr.演じるストローズ議員の公聴会の様子が交互に描かれていく。ストローズの視点からの描写はすべてモノクロ。
戦中の部分はストレートな伝記映画っぽくて、ナチスの脅威を感じながら有望な科学者の獲得に奔走し、ロスアラモスの砂漠のど真ん中で原爆を開発していくオッペンハイマーの描写がメイン。そういった行為について振り返りというかしっぺ返しを体験するのが審議会の部分。人類を絶滅しかねない大量破壊兵器を開発したことについてオッペンハイマーは良心の呵責を感じているのか、というのが映画のテーマの1つなのだが、それについてはかなり曖昧にされているように感じた。
ユダヤ系のオッペンハイマーが、ナチスに先を越されまいと原爆の開発に力を入れるのは理解できるのよ。ドイツが降伏したあとも、惰性というか科学者としての好奇心に駆られて原爆を完成させてしまうところも。その後についてはオッペンハイマーが寡黙な人物であり、自分の気持ちをあまり語らないこともあって彼の考えがなかなか分からないようになっていたかな。当初の脚本はオッペンハイマーの一人称で書かれていたそうで、そういった意味では彼の心のうちがもっと描かれてそうだが…俺がきちんと読み込めなかったのかな。
なおこのようにオッペンハイマーが見たこと・聞いたことを中心に話が進んでいくため、大戦の全体的な状況や、原爆によって日本人がどのような災禍を被ったかは全く描かれていない。日本に原爆が投下されたこともオッペンハイマーはラジオで知るだけ。まあそういう構成になっているため、日本側の視点をここで期待するのは無理ってものでしょう。
オッペンハイマー自身は聖人というわけでもなく、妻子があっても愛人と密会するような人物だし、周囲の雰囲気に乗せられて扇動的な発言をするところもある。そうした脇の甘さもあって戦後には審議会にかけられるわけで、見ている分にはちょっとまどろっこしく感じるところもあるかと。少なくとも今までのノーラン作品のようなアクション満載の展開を期待してはいけません。
出演している役者は非常に豪華で、マーフィーやダウニーJr.のほかにもケイシー・アフレックやラミ・マレックといったアカデミー賞役者がチョイ役で出てきて、ほかにもマット・デーモンやエミリー・ブラントやフローレンス・ピューなどなど。ゲイリー・オールドマンも相変わらず一見したら誰だか分からない役で出てくるし、ノーラン作品でありがちな、ちょっと最近見かけなかったね俳優の起用は今回はジョシュ・ハートネット。あとは「THE CURSE」同様にベニー・サフディがいい演技をしていた。
普通に面白い作品ではあるものの、今までのノーラン作品のようなアクションを期待していると肩透かしを喰らうと思う。作家として次のステージに移ったということなのかな。あとは上記のように日本に関する言及は極めて少ないため、それについて日本でとやかく論じるのはあまり意味がないのでは。これに対してカウンターを打ちたいなら、日本側からの原爆に関する映画を製作してアメリカで公開すれば良いのですよ。以前にキャリー・フクナガが監督する企画があった原爆映画がどうなったか知らないけど、アメリカでも「ゴジラ-1.0」が普通にヒットしているように、日本の戦前・戦後をテーマにした映画を作ってあちらで公開される土壌は十分にあるんじゃないかと思う。