「劇画」の名付け親である漫画家の辰巳ヨシヒロの伝記的なアニメ映画。俺は最近まで氏のことをまったく存じておりませんでして、自伝的長編「劇画漂流」が海外で高い評価を得るにあたってその名を知るに至った次第です。この映画はその「劇画漂流」をベースにしてるのかな。
物語は終戦直後の大阪から始まり、貧しい家族に育った主人公が家計を助けるためにマンガの投稿を始め、画才を認められて手塚治虫に紹介され、さいとう・たかをたちとマンガ雑誌を発行し、子供向けのマンガと区別するために劇画という言葉を江南市、やがて上京していくさまが瑞々しく描かれている。俺の親が辰巳氏と同世代ということもあり、当時の生活の描写などは大変興味深かったよ。
この自伝的ストーリーに交差するような形で作者が70年代に執筆した短編が5つほど紹介され、孤独な行員や定年を目前にしたサラリーマン、連載を切られた漫画家など、社会の底辺における人々の哀愁がこもった話が語られていく。ストーリーもさることながら、今となっては遠くになりけりな昭和のテイストが満載なアートがとても印象的であったよ。和文タイプライターを駆使するOLとか、「トルコ風呂に来て風呂に入るひとは珍しいわあ」なんて風俗嬢に感心されるサラリーマンの姿が面白かったな。ただし比較的アッパーな作者の青春物語と如実にダウナーなこれらの短編のセグエは必ずしも巧くいってなくて、青春物語が短編によって細切れにされてるような感もあったかな。短編を1つ削ってでも、当時の貸本屋の世界とか漫画家たちとの交流を深く描いてほしかった気もする。
アニメーションのスタイルはいわゆるモーションコミック的で、マンガの絵に動きがついているといった感じ。ものすごく動きがあるというわけではないが、原画のスタイルを活かすという意味ではこれが最適だっただろう。色遣いもとてもきれいなほか、抑え気味ながら効果的に用いられている音楽も良かったよ。
また作品のナレーションは辰巳ヨシヒロ本人が行っているほか、声優には別所哲也が参加してたり、製作には手塚プロが関わっているなど実に日本的な作品なのですが、実はこれシンガーポールの監督とスタッフが作った外国映画なんだよな。今年のアカデミー外国賞のシンガーポール代表にも選出されたのだとか。なぜこういう映画がシンガーポールで作られたのかはよく分からないけど、日本人にとっては喜ばしきことではないかと。その一方で日本での公開は未定らしいんだが、さすがにどこかの配給会社がすでにツバつけてたりしてる…よね…?