In the Realms of the Unreal

7人の無垢な美少女ヴィヴィアン・ガールズを主人公に、キリスト教国家のアビエニアと悪の侵略者グランデリニアの戦いを描いた絵物語「非現実の王国」を延々と延々と描いていった男、ヘンリー・ダーガー(ダージャー)に関するドキュメンタリー。監督はアカデミー賞監督のジェシカ・ユー。最近は映画界でなぜかダーガーが流行ってるらしく、「ラスト・サムライ」の監督とかも伝記映画化を狙ってるとか。ちなみにタイトルロゴはクリス・ウェア。

昼間はシカゴの病院で清掃員として黙々と働き、夜はせっせと「非現実の王国」の執筆に何十年もとりかかっていたダーガーの行為は隣人などにも知られることはなく、彼が他界したときに初めてその膨大な作業の実態が明らかになった。正規の芸術教育を受けていない彼が、広告のイラストなどをトレースするという自分なりの表現方法で描きつらねていった作品群はその独創性が高く評価され、いわゆる「アウトサイダー・アート」の傑作として世界中に知られるようになっていった…。と書けばカッコいいだろうが、キチガイオヤジが残したお絵描きの山を後世の人が勝手に褒めてるだけ、という意地悪な見方ができなくもない。だって男性器を生やした少女たちが石像に首を絞められて窒息したり、四肢を切断され内臓を引き裂かれて地面に転がってるような絵(しかも小学生レベル)を何枚も描いてるような人って、絶対にマトモではないと思うんだが?しかし雲の描き方や色使いは非常に良いと個人的には思う。 映画自体は普通のドキュメンタリーのスタイルをとっており、彼の生い立ち(孤児院で育ち、周囲に溶け込めなくて…という典型的なパターン)や生前の彼を知る人たちへのインタビューなどによって構成されている。数多くの資料を集め、彼の実像を明確に描こうとする熱意は伝わってくるものの、なんせアーティストとしての彼の側面を知っている人が誰もいないために、彼がなぜあのような作品を描くことになったのかを深く掘り下げていないのが残念なところである。ダーガーへの入門編としては適切な内容だろうが、この映画を観にくるような人なんてダーガーのことはそれなりに知っているだろうに。何種類もの声色を使ってよく1人で会話していたとか、里親になる申請を何度も出していた(もちろん毎回却下)といった“ちょっといい話”はよく紹介されるけど。あと彼の絵をアニメにして見せる手法は、確かに「非現実の王国」のストーリーを理解するのには便利なんだけど、登場人物にこだわりすぎて絵の全体的な構成を映したショットが少なかったのも不満に感じた。

監督はかなり以前からダーガーに入れ込んでいたらしく、この映画では彼が徹底的に美化されているような感じがするのだが、美化しようとすればするほど彼の稚拙すぎるアートとズレが生じていってしまい、見ているうちにシラケ気味になってしまうのも確かだ(事実、館内からは苦笑が聞こえてた)。ダーガーの美化の手段として、監督は彼がいかに敬虔なキリスト教徒であったかを、十字架やキリストなどのショットをふんだんに使って強調しようとするのだが、敬虔なキリスト教徒だって頭のおかしい人はたくさんいると思うんだけどねえ。あとナレーションをダコタ・ファニングがやってるのも何かあざとい感じがした。実際のところ、あのような絵を描く人に興味がある客というのは、純粋に美術的な興味というよりも「フリークショーを見に行きたい」といった程度の興味を持ってる人が大半じゃないの?結局ダーガーが何を表現したかったのかということは、この映画を見た後でも謎のままである。

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