「Hot Take: The Depp/Heard Trial」鑑賞

人生でこれに関わってはいけないな、と個人的に思うものがいくつかありまして、台風で切れた電線とかヨダレを垂らした狂犬とか学生ローンとかそんなものですが、先日あったジョニー・デップとアンバー・ハードの離婚裁判もその1つでして、ハリウッドセレブのどうでもいい痴話喧嘩のニュースは意図的にシャットアウトするように努めていたのです。デップにDVをくらったと訴えたハードが実は自身でもえげつないことをやっていて、男性だって被害者になるんだと一部の男性陣が溜飲を下げているのを見たような気がするがよく分かりません。

とはいえ一連の過程が取るに足らないものであったにも関わらず、あるいは取るに足らないものであった故か、世間の注目度は非常に高くて、世の中の多くのスキャンダルと同様にこのような実録映画が早くも作られてしまった。製作したのは極小配信プラットフォームのTUBI。日本でもこないだ安倍元首相の暗殺事件がすぐ映画化されてたようですが、アメリカもこういうスキャンダルものは映像化されるのが早いですね。

内容はあってないようなもので、デップとハードが出会って恋に落ちるものの、すぐに関係が悪化してお互いに手を出すようになり…というだけの話。裁判に対する独自の見解とか、DVにまつわる男女の心理の深掘りなどはなーんにもなし。どちらかの肩を持つようなこともなく、ただ淡々と一連の出来事が描写されていく。裁判に対するインフルエンサーのリアクションが時たま挿入されるけど、風刺にもなってないしウザいだけなのよ。セットがチープな一方で豪華な空撮ショットが入るのはストック映像かな?

ジョニー・デップを演じるマーク・ハプカという役者はデップというよりもヒース・レジャーに似てるかな?アンバー・ハード役はメーガン・デイビスだが、そもそもアンバー・ハードの映画ってそんなに観てないので何とも言えません。脚本家がどうも「デイリーショー」やコナン・オブライエンの番組でライターを務めていた人のようで、これもしかしてコメディとして撮影される予定だったのかね?デップに殴られて床に転がったハードがモノローグを語り始める場面とか、真面目に書いたのか判断がつきかねる箇所がいくつかあったような。

もちろんDV問題なんて笑ってすませられるような事ではないわけで、単なるセレブのスキャンダル実録もので済ませずにもうちょっと深みのある内容にできなかったのか。90分もない作品だが観るだけ時間のムダ。おそらく来年はブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーの愛憎劇がどこかで映画化されると思うけど観ないことにします。

「VENGEANCE」観賞

US版「THE OFFICE」などで知られるBJ・ノヴァクが監督・脚本・主演を担当した映画。

ノヴァク演じるベンはニューヨークに住む無名のジャーナリスト。女性関係も奔放であてもなく暮らしているタイプだったが、彼がかつて付き合ったというアビーという女性が亡くなったことを彼の弟から知らされ、故郷のテキサスまで葬式に来て欲しいと伝えられる。断る余裕もなくテキサスの田舎町へやってきたベンはアビーがオーバードースで死んだことを知るが、弟のタイは彼女が何者かに殺されたと考え、テキサスで警察はあてにならないから自分たちで犯人を探して復讐をしようとベンに持ちかける。こうしたテキサス文化にカルチャーチョックを受けたベンは、NYで名を売るチャンスだと考えて一連の調査をポッドキャストにまとめようとするのだが…というあらすじ。

いちおうブラックコメディとされているがいろいろ社会風刺が盛り込まれていて、1つは何でも(特に実録殺人ネタ)をポッドキャストにしてしまう最近の文化かな。もう1つはテキサスの田舎者に対するNYのインテリリベラルの目線で、アビーの家族が愚鈍なレッドネックたちだと考えたベンは彼らをポッドキャストのネタにしようと企む。でも彼らは実は素朴ないい人たちでした、というのはお決まりの展開ですね。さらに意外と知的な娘がいてステレオタイプが覆されることになるのは、「ブックスマート」なんかでも見られた最近のトレンドだな。そもそもこういう「アホなテキサスの家族」という設定を持ち込んでくるあたりがハリウッドのリベラルの奢りなのでは?とも思ってしまう。テキサスを舞台にした話をニューメキシコで撮影している点でテキサスを軽視していると思われても仕方ないのでは。あとアビーはミュージシャンを目指していたという設定だが、テキサスの田舎娘はダニエル・ジョンストンなんか歌わないと思う(これも偏見か?)。

BJ・ノヴァクって「THE OFFICE」で演じたキャラクターがイギリス版にはいないオリジナルだったせいか、いまいちパッとしなかった印象があるが、あの番組でもライターを兼務していたんだよな。この映画のベンは全体的に説明的な口調が多くて、主演が脚本を書くとこうなるよね、という感じ。あとはイッサ・レイやボイド・ホルブルック、アシュトン・カッチャーといった有名どころが共演しています。

話の展開がなんとなく読めるし、ミステリーの要素も弱い一方で、90年代によく観ていたインディペンデント映画(ハル・ハートリーとかケビン・スミスとかリンクレーターとか)っぽい雰囲気があってそこそこ楽しめた作品。

「THE NORTHMAN」観賞

「THE WITCH」「THE LIGHTHOUSE」とダークな時代劇には定評のあるロバート・エガースの3作目。以下はネタバレ注意。

舞台は9世紀末のアイスランド。アムレスはそこの王国の後継者である若き少年だったが、父であるアウルヴァンディル王が伯父のフョルニルの奸計によって殺害されてしまう。フョルニルに王国と母親を奪われたアムレスは小舟に乗って脱出し、父の復讐を誓うのだった。そしてヴァイキングに加わって勇敢な戦士となったアムレスは、フョルニルとその一味が別の王に国を追われてアイスランドの僻地に暮らしていることを知り、奴隷に扮してフョルニルのもとに向かうのだが…というあらすじ。

エガースの過去の作品にくらべると格段にとっつきやすい内容になっていて、意外なくらいに正統派のヒロイックファンタジーになっている。悪い伯父に対する復讐譚とか、ありがちな内容だな、と思っていたらこれデンマークの有名な伝記をベースにしていて、アムレス(アムレート)はシェイクスピアの「ハムレット」のもとになった人物なのですね。屈強な主人公が群がる敵をなぎ倒し、巫女から神託を受け、伝説の剣を手に入れるために夜の祠で魔物と戦うあたりとか、実にストレートな英雄譚になっている。その一方でラリった幻覚シーンとか、剣で切り裂かれた腹から飛び散る臓物とかの描写はいかにもエガースなのですが。

エガース作品の常として時代考証は入念にチェックしているらしくアイスランド古語で会話するシーンなんかもあるが、どこらへんまで正確なのはは凡人にはわからず。これそもそもアムレスを演じるアレクサンダー・スカルスガルドがヴァイキング映画を作りたくてエガースに話を持ちかけたものだそうな。そんな役者と監督の趣味の塊みたいな映画に金を出す物好きは誰なんだろうと思ったらなぜかイスラエルのアーノン・ミルチャンだった。

時代が時代なので最近のファンタジー作品とは異なりキャストは白人ばかりですが、エガースの過去作にも出ていたウィレム・デフォーやアニャ・テイラー=ジョイをはじめ、イーサン・ホークやクレス・バング、ニコール・キッドマン、さらにはビョークといったいろんな国の役者が出演している。スカルスガルドやクレス・バング、キッドマンといったデカい人たちによる格闘シーンは見応えありますよ。

監督本人も認めているように、ロバート・エガース作品としてはずいぶん商業的になり、いままでとは毛色の異なる作品ではあるもののよく出来た英雄譚。グロ描写に耐性があるなら観て損はない作品。

「WATCHER」鑑賞

イット・フォローズ」の、「つきまとわれて困ってしまう」マイカ・モンローが帰ってきた!というわけで彼女が主演のスリラー作品。以降はネタバレ注意。

舞台はブカレスト。夫の転勤に同行する形でそこにやってきたジュリアは現地の言葉を話せずに孤独を感じるなか、住んでいるアパートの反対側の建物からいつも彼女をずっと見つめている人影があることに気づく。彼女の夫たちはジュリアの不安が杞憂であることを伝えるが、その一方では連続殺人事件が街で起きていた。そして外出したジュリアは何者かが彼女を尾行していることに気づき…というあらすじ。

スーパーナチュラルものというよりヒッチコック風のスリラーで、人知を超えた何かにつきまとわれる「イット・フォローズ」のような絶望感こそないものの、誰も助けてくれない状況において涙を浮かべながら努力するマイカ・モンローの演技が相変わらずハマっていて見応えあり。いわゆるスクリーム・クイーンとは一風違ったホラー女優としての存在感があるよな。あとは「トーチウッド」のバーン・ゴーマンなどが出演してます。

これ元の脚本では舞台がブルックリンだったらしいが監督のクロエ・オクノ(日系人?)が舞台をブカレストに移したようで、言葉が通じない環境に置かれた女性の閉塞感がよく映し出されている。とはいえアメリカのホラーでたまにある「外国に行ったらヒドい目に遭った」という設定って、その国の人たちにはちょっと失礼のような気がするのですが、アメリカ以外の映画でも似たような設定のホラーってあるんだろうか。

制作予算はそんなにかけてないと思うがブカレストでの撮影をしっかり行ってるし、シーンごとの雰囲気の醸し出し方も上手くてよくできた小品。

「NOT OKAY」鑑賞

サーチライト・ピクチャーズ製作の、米HULUオリジナル映画。FOXを買収したあとのディズニーって、連れ子を憎む継母のごとくサーチライト・ピクチャーズ作品を劇場公開せずにHULUに島流しにしているようで、あれって良くないよなあ。こないだの「Good Luck to You, Leo Grande」なんて劇場公開して宣伝に力いれれば、エマ・トンプソンが余裕でアカデミー賞候補になりそうなのに。

それでこの映画の舞台はニューヨーク。雑誌の編集部で働くダニはSNSで有名になることを夢みるものの、同僚にも人気のない女性。そんな彼女は同僚で憧れのインフルエンサーであるコリンの気をひくために、パリでの研修に参加するとウソをついてしまう。そのウソをカバーするために自分がパリにいる写真をフォトショップで捏造してSNSにあげる彼女だったが、その直後にパリで大規模なテロ事件が発生、彼女は一躍「テロのサバイバー」として話題になってしまう。自分がそもそもパリに行ってないことを告白することもできず、コリンにも注目されたダニは逆に気をよくして、学校の銃撃事件の生存者である少女とも知り合った彼女は一緒にソーシャル・ムーブメントを立ち上げるのだったが…というあらすじ。

主人公がウソをついて人気者に仕立て上げられ、ウソをつき続ける羽目になる、という展開は傑作「WORLD’S GREATEST DAD」によく似ているけどオチはあそこまでのカタルシスはなし。SNSの承認中毒とかメディアの記事捏造とか、いろんなテーマを盛り込めたかもしれないけどサタイアとしても弱いな、といった感じ。ダニのウソがバレることは冒頭から明かされてるので展開が読めてしまうというか、100分ほどの短尺でも少し冗長な印象を受けた。いきなりパリでテロが起きる展開には驚いたので、もっと無茶苦茶やっても良かったんじゃないのと思う。

主役のダニを演じるゾーイ・ドゥイッチってリー・トンプソンの娘らしいが、顔つきがやけにローズ・バーンに似ているのでバーンが演技しているようにしか見えないのが損なところである。あとはコリン役を金髪にしたディラン・オブライエンが演じてます。

監督・脚本のクイン・シェパードって俳優出身の若手監督らしいが、全体的に練り込みが足りないのが残念。由緒あるサーチライト・ピクチャーズの名に恥じないような作品を作って欲しかったところです。