「ウィンターズ・ボーン」鑑賞


こないだの東京国際映画祭でも公開されたやつ。

ミズーリ州オザーク山地のさびれた田舎に住む17歳の少女リーは、メタンフェタミン作りをやっていた父親が仮出所後に失踪したため、幼い弟と妹、および心を病んで口もきけない母親を1人で養っていた。そんな彼女のもとに保安官が現れ、リーの父親が彼女たちの家を保釈金の抵当に入れたため、もし彼が裁判所の出頭命令に従わなければ家が没収されると告げる。家がなければ一家が生活する術がなくなるため、リーは父親を捜し出すことを決意するのだが…といったストーリー。

父親を捜すというプロットがあるものの、車を持ってない主人公の行動範囲が極端に限られてるため、ガムシュー的な要素は殆どなし。とりあえず身内に父親のことを聞き回ってみたら、彼らが気の毒に思っていろいろ助けてくれた、という展開が多かったような。特にジョン・ホークス演じるリーの伯父が準主役的な扱いになっていて、トラブルに関わるまいとしつつも彼女を助けてくれる姿の演技が重々しくて大変良かった。リーを演じるジェニファー・ローレンスの演技も良かったぞ。

田舎を舞台にしたノワールということではコーエン兄弟の「ファーゴ」とか「ブラッド・シンプル」とかに似てるとも思ったが、あそこまでスタイリッシュな雰囲気はなし。ただしさびれた土地での貧しい暮らしの光景はうまく描かれていた。「リス銃」というのが出てきて何でそんな名前なのかと思ってたら、本当にそれでリスを撃って食べてるのには驚いたな。あれって病原菌の塊だと思ってたので。金もなくて職もなくて、手早く金を得るためには麻薬を売るか軍隊に入るしかないアメリカの貧民たちの現状も、これを観ればよく分かるかも。

アメリカでは批評家たちに大絶賛されてる作品なので、それなりに期待して観たのですが、そこまで出来の良い作品だとは思わなかったな。主人公たちの生活があまりにも自分たちにとって異質すぎるというのがあるのかも。でも悪い作品ではないですよ。

「The Complete D.R. and Quinch」読了

まだ駆け出しだった頃のアラン・ムーアが、アラン・デイビスと組んで80年代前半に「2000AD」誌に連載していたコミック作品を全話収録したもの。ジェイミー・デラーノがストーリーを担当したカラーの話も収録されてるほか、ムーアのスクリプトもちょっとだけ紹介されてるぞ。

これはウォルド・”D.R.” (Diminished Responsibility”)・ドブスとアーネスト・エロール・クインチという2人のエイリアンのティーンエイジャーが巻き起こすトラブルを描いたコメディ・タッチのSF作品で、空飛ぶバイクを暴走させながら銃をぶっ放す2人のイタズラは半端じゃなく極悪非道だったりする。第1話からしてタイムマシンを使って地球の歴史を改竄し、しまいには地球を破壊させるような話だからね。その他の話もDRとクインチが軍隊に入れられたり、恋人ができたりとプロット自体は一般的なものだが、大量の犠牲者が出てオチになる展開はかなりシニカルなものがあるな。

ウィキペディアによると2人のモデルは「ナショナル・ランプーン」誌のキャラクターにあるとのことだけど、あれは読んだことないので良く分かりません。むしろ「BEANO」とか「DANDY」といったイギリスの少年向けコミック誌に出てくる、デニス・ザ・メナスのような悪ガキたちのSF版といった感じがしたな。ムーア自身もDRとクインチのことを「核兵器を持ったバッシュ・ストリート・キッズ」なんて表現していたような記憶がある。ただしあちらの悪ガキたちは最後はイタズラの報いを受けて父親や先生に尻を叩かれるオチが大半だったのに対し(当時はああいう体罰が普通に描かれてたけど、今はどうなんだろう)、DRとクインチはどれだけ周囲に迷惑をかけようともノホホンとしてるあたりが、ムーアの毒々しさを感じさせるな。

まあ後のムーアの作品に比べるとストーリーはとても単純だし、デイビスのアートも既に巧いとはいえまだ粗削りなところがあるし、これを買うお金があったらムーアの他の作品を先に買うことをお勧めします。というかムーアの初期の作品としてはぜひ「マーヴェルマン」を再販してほしいところですが…。

「ウォーキング・デッド」鑑賞


「ブレイキング・バッド」に「マッドメン」、「RUBICON」など異様な高打率で優れたシリーズを作り出しているAMCの新作シリーズ。日本でも今月放送されるそうな。原作はロバート・カークマンがストーリーを担当したコミックなんだけど俺は未読。シリーズ全体の管轄および第1話の監督はフランク・ダラボンがやっていて、製作にはゲイル・アン・ハードも名を連ねていた。ダラボンって「ショーシャンクの空に」みたいな感動ドラマのイメージが強いけど、「ミスト」も監督してたしこういうパニックものが好きなのね。

ジョージア州の保安官であるリック・グライムスは凶悪犯との銃撃戦で負傷し、昏睡状態に陥ってしまう。そしてやっと彼が病院で目を覚ましたとき、世界は一変していた。無人となった病院は朽ち果て、周囲には多数の死体が並べられている有様であり、さらには生ける死体のような存在が通りを歩きまわっていたのだ。その光景を見てリックは動転しつつも、どうにか妻と息子の住む自宅へと帰り着くが、そこには誰も残っていなかった。そして偶然遭遇した生存者の父子から、人々が短期間のあいだに次々とゾンビと化していったことを知らされる(ただし劇中で「ゾンビ」という言葉は出てこない)。しかし彼の妻と息子がどこかで生存していることを確信したリックは、父子と別れ、妻たちを探すためアトランタに向かうのだが…というようなプロット。

ゾンビものとしてはかなりストレートな出来になっていて、銃器の扱いに慣れた主人公がゾンビたちの襲撃をかわしていくという典型的な内容ではあるのだが、アクションよりもドラマの部分に重きが置かれた話になっている。ゾンビの描写にもペーソスがあって、ゾンビと化した母親が父子の家に入ってこようとするシーンなんかは結構哀れであった。「28日後」のように文明が崩壊したところから話が始まっているため、ロメロの「ゾンビ」にあったような、文明がゆっくりと終末を迎えていく物悲しさがないのはちょっと残念だけどね。

俺が知る限り、ゾンビを扱ったTVシリーズというのはこれが初めてだけど、登場人物が圧倒的に少ないなかどうやって話を進めていくんでしょうかね。第1シーズンが6話しかないというのはこの場合アドバンテージであるな(ただし第2シーズンの製作が既に決定したらしい)。リックの妻と子供は生きていて、彼の元同僚と一緒に暮らしており、どうも三角関係に発展しそうなことが示唆されるんだけど、生存者のあいだのドロドロとした人間関係よりも、ゾンビを中心にしたストーリー展開になることを願いたいところです。

ちなみにゾンビの出来はとても良いぞ。下半身がないゾンビが草むらを這っていく姿などはとてもリアル。無人となった街のシーンなんかも非常に金がかかってるようだし、これだけの規模のシリーズが作れてしまうなら、次は「Y: The Last Man」を誰かシリーズ化してくれませんかね?

「Rally to Restore Sanity and/or Fear」鑑賞


「デイリーショー」のジョン・スチュワートが主催した、ワシントンDCにおける大規模な集会をコメディ・セントラルのウェブから生中継で観た。当初はスティーブン・コルベアーがこれに続いて「March to Keep Fear Alive」というイベントを開催するなんて話があったんだけど、結局のところ両者による合同イベントという形になったみたい。

スチュワートの常として、これが政治的なイベントであるという明言は避け、右と左に両極化しつつあるアメリカの世論に対して、まだまだ多数いる穏健派の人たちによる「正気の回復」を呼びかけるための集会だということなんだが、まあフォックス・ニュースやティー・パーティー運動による大衆の右傾化を明らかに意識したものであり、この集会自体も先日フォックス・ニュースのグレン・ベックがワシントンで開催した保守派の集会に対抗するものなんだよな。最終的な参加者の数は不明だけど、一説には15万人から20万人ということで、グレン・ベックの集会の2倍は集まった大規模なものになったようだ。

イベント自体は内容や参加者が事前に公表されず、冒頭はウォーミング・アップとしてザ・ルーツとジョン・レジェンドのライブが長らく続いたのでグダグダなものになるんじゃないかと心配したけど、続いて「怪しい伝説」の2人がさらなるウォーミング・アップをしたあとにスチュワートとコルベアーが出てきてからは笑いあり歌ありのショーがテンポ良く続いて見応えのある3時間だった。他に出演したゲストはオジー・オズボーンやユーサフ(キャット・スティーブンス)、シェリル・クロウ、キッド・ロック、トニー・ベネットなど多数。お笑いのほうでは「このイベントにスタッフの参加を禁じたニューヨーク・タイムズみたいなメディアよりもずっと度胸のある、7歳の女の子にメダルを贈呈します!」なんてのをコルベアーがやってたのが面白かったな。

そして最後はスチュワートによる感動的なスピーチで締め。メディアによる世論の煽りを批判しつつアメリカの多様性を讃える内容のもので、「メディアは様々なことを大げさにとりあげて恐怖を煽るけど、すべてを増大したら我々は何も聞こえなくなってしまう」とか「アメリカは混雑した高速道路みたいなもので、いろんな人種や職業のドライバーがいます。たまに道を遮る乱暴なやつもいるけど、みんなが仲良く道を譲り合うことで成り立ってるんですよ」なんて語っているのが素晴らしかった。

先週「デイリーショー」にオバマが出演したことも合わせ、このイベントについてアメリカのメディアは大きく取り上げていたんだが、意外と批判的な論調のものが多く、要するに体制を風刺する側だったスチュワートがこのような政治的な集会を主催するのは『一線を越えている』と見なされたらしい。でもあんたらメディアが煽り記事ばかり書いていて物事をきちんと報道しないから、仕方なしにスチュワートが行動したんだろうがよぉ。しかし胸を張って堂々とスピーチをするスチュワートの姿はコメディアンというよりも政治家のように見えたのも事実で、今までのような「俺はケーブル局のコメディアンだから、威厳なんて何もないよ」というスタンスはもうとれないだろうなあ。ここ10年のあいだにスチュワートの影響力は非常に大きくなってこのイベントで1つの頂点を迎えたわけですが、こうした勢いがいつまでも続くわけでもなく、彼が今後どうなっていくのかについては一抹の不安を感じなくもないのです。

「Night of Too Many Stars」第3弾鑑賞

前回から2年半ぶりに開催された、コメディ・セントラルによる人気コメディアン総動員の自閉症児へのチャリティ・イベント。司会は今回もジョン・スチュワートで、出演者はスティーブン・コルベアやスティーブ・カレル、ルイス・ブラック、オリビア・マンといった「デイリーショー」関係者のほか、アダム・サンドラーやリッキー・ジャヴェイス、ティナ・フェイ、クリス・ロック、サラ・シルバーマンなどといった連中が再び登場。今回初めて出演した人たちとしてはデビッド・レターマンやトレイシー・モーガン、ジョエル・マクヘイルなどなど。

また前回まではニューヨークでのショーを(生放送で?)放送したものだったのに対し、今回はロサンゼルスで生放送をして寄付の電話を受け付けながら、ニューヨークでのショーを録画した映像を流すというスタイルになっていた。よってハリウッドの俳優なんかも多数ゲスト出演していて、トム・ハンクスやジョージ・クルーニー、ブライアン・クランストン、エイミー・ライアンといったスターたちが電話の応対をしていた。チャリティ電話の仕組みってよく分からないけど、寄付をすれば普通にああいった有名人たちと電話で話せるものなのかね?

会場がニューヨークとロサンゼルスに別れたために、今まであったようなライブっぽい雰囲気は薄まったけど、ニューヨークのショーは面白かったですよ。今回は比較的スタンダップが多くて、リッキー・ジャヴェイスやルイス・ブラックなどがなかなかキワどいネタを披露していた。スタンダップ以外では、クリス・ロックが元恋人を罵倒する権利のオークションというのが非常に面白かった。あとロビン・ウィリアムスが自分の映画の出演権をオークションにかけるというのも面白かったな。前にも書いたがウィリアムスって即興でジョークを飛ばす才能は本当に優れていると思っていて、なぜ映画に出るとああもツマらなくなってしまうのかは分かりません。

2時間のコメディ番組ということもあり中には不発に終わるネタもあって、相変わらずジミー・ファロンはまったく笑えなかったりするのですが、みんな良きチャリティのために出演してるせいか全体的にホノボノとした感じがあり、大変面白い番組でありましたよ。
サラ・シルバーマンいいよなあ。