謹賀新年

21年はいい年になる気がするんだ/特にもし僕と君が一緒にいることができれば

あんた21年がいい年になると思ってるのかい?/俺と彼女にはそうかもしれないが、あんたと彼女なんてダメだね!(THE WHO “1921”)

あけましておめでとうございます。

2020年がヒドい年であったことは人類の記録に残るのでしょうが、自分はそれに加えて父親が急に亡くなったりしたので、まあ輪をかけてヒドい1年でしたね。3月からあとは相続の手続きやら何やらでろくに記憶が残ってないような。仕事でも海外出張に行けなかったのって10数年ぶりじゃないだろうか。

じゃあ年が変わったといって物事が好転するかというとそうでもなくて、コロナウィルスの影響は当面続くだろうし、個人的にも気になることを2つ3つは抱えてたりするのですが、それでも今年が昨年よりもよい年になりますように。

今年はもっとアメコミ(の単行本)を読むように心がけたいですね。映画の劇場公開も当面は下火になるだろうから、新しい配信サービスに入ることも検討するか。あとはプラモデルとかミニチュアゲームみたいな、今まで手を出してなかった趣味を持つのも面白いかもしれない。

何にせよ健康第一ですので、皆様もお気をつけくださいませ。今年もよろしくお願いいたします。

2020年の映画トップ10

2020年は公私にわたってヒドい年でしたが、映画の鑑賞にあたってはやはり公開の延期や配信でのリリースが増えて、劇場に足を運んだ回数が激減した1年であった。在宅の機会が多かったので年間で視聴した本数は例年よりも多かったはずだけど、やはり年のはじめに劇場で観た作品の方が印象に残っているような。配信ものは今となってはオチを覚えていないものもいくつか。あと尺が短いもの(「グレイハウンド」とか)のほうが家で観るのには適しているというか、集中して鑑賞できたと思う。そんな環境下でしたが、昨年同様に上位5位と下位5位を順不同で観た順に並べていく。

<上位5位>
・「Monos
これ結局日本で公開したの?独特で美しい高原の景色を背景に、野生化していく少年兵たちの姿が印象的だった。

・「The Personal History of David Copperfield
例によってアレな邦題をつけられて日本では1月公開だそうな。シニカルなアーマンド・イアヌーチの作品にしては珍しく、主人公が不遇な環境にもめげずに奮闘する元気いっぱいの物語。どの役をどんな肌の色の役者が演じたっていいだろ、という証明でもあった。

・「グレイハウンド
これなんかはコロナの影響をもろに受けて配信ストレートになってしまったが、もっと多くの人に観られるべき作品だった。トム・ハンクスが航海用語たっぷりの脚本を書き上げ、一息つくこともできない艦長を演じた、短い尺で濃い内容の快作。

・「Palm Springs
これのおかげでホール&オーツの「When The Morning Comes」を今年はずっと聴いていた。タイムループものをうまくアレンジして、スカッと楽しめる内容に仕上げていたラブコメディ。日本では劇場公開もされるようで。

・「Small Axe: Mangrove
TVシリーズではなく映画とみなす。世間的には次の「Lover’s Rock」のほうが評判よいみたいだけど、個人的にはこっちのほうが良かった。クライマックスにおいて読み上げられる評決を聞く主人公の姿が忘れられない。

<下位5位>
・「フォードvsフェラーリ」
これなんかはやはり劇場で観てなんぼの作品。熱い音楽が流れるなか、主人公が相手の車を追い抜くところはベタであっても手に汗握る出来だった。

・「The Lighthouse
意味不明といえばそれまでなのですが、どんどん混沌としていく主人公ふたりのやりとりが記憶に残る一本。これなんで日本公開しないのだろうね。

・「アンカット・ダイヤモンド」
厳密には去年の映画だが今年観た。ふわふわとした幻想的なシンセが鳴り響くなか、アダム・サンドラーが渾身のクズ男の演技を終始見せてくれる。なおダイヤモンドは出てきません。

・「Welcome to Chechnya
観ていて気持ちの良くなるような作品では決してないのだが、チェチェン当局による同性愛者の迫害を告発した迫真のドキュメンタリー。被害者のひとりが報道陣に実名を明かすとともに、それまでCGで加工されていた素顔が明らかになるシーンには圧倒された。

・「Vivarium
少し詰めの甘いところもあるものの、こういう不条理SF的作品って個人的には評価したい。イモージェン・プーツとジェシー・アイゼンバーグ、いいコンビだよな。

あとは「The Way Back」とか「The Burnt Orange Heresy」なんかも良かったな。ジム・キャリーの久々のコメディ演技が観れた「ソニック・ザ・ムービー」も嫌いじゃないよ。

印象に残った役者はやはりロバート・パティンソンですかね。大スターなんだけど主役にこだわらずに「テネット 」「The Lighthouse」「Waiting for the Barbarians」といった多様な映画に出演して演技の幅を広げている。これが「ザ・バットマン」にどう影響してくるか。あとはミカ・レヴィが音楽を手掛けた作品(「Monos」「Mangrove」「Strasbourg 1518」)をよく観た年だった。

今年は後半になって配信ストレートの作品でもちょっとネタ切れが起きていたような気がするけど、コロナウィルスの影響は来年も続くわけで、今後は製作も公開もどうなっていくんでしょうね?Disney+やHBO MAXといった配信サービスの台頭によって劇場公開をとばす傾向が加速するのかどうか、その場合日本での公開はどうなるのか。日本の歴代の興行成績が「鬼滅の刃」に塗り替えられた一方で、洋画の存在感がさらに薄くなっていくのかもしれない。

「ワンダーウーマン 1984」鑑賞

公開されたばかりだけどいろいろ書きたいことはあるので、以下はネタバレ注意。

  • パラダイス・アイランド セミッシラから人間の世界にやってきたダイアナのカルチャー・ショックが重きを占めてちょっと頭でっかちな印象があった前作に対し、今回はダイアナも人間の世界に慣れてるし、アクションシーンも洗練されたものになって前作よりも優れた出来になっていた。
  • 1984年が舞台ということで80年代カルチャーが大々的にフューチャーされて、アクションシーンなんかも80年代のブロックバスターを意識したものになってるかな。冒頭のショッピングモールまでのドタバタはリチャード・レスターの「スーパーマンIII」の冒頭によく似てると思いました:
  • しかしゲーセンに1987年発表の「オペレーション・ウルフ」があったり、83年に解散したマイナー・スレートのポスターが貼ってあったりと時代考証が甘いぞ。当時の日本にガストはなかったし。いや別にどうでもいいんですけど。
  • 願いを叶える石というチート的なアイテムの登場は賛否両論あるかもしれないが、それもまた80年代的な荒唐無稽さがあっていいんじゃないですか。しかしおかげでマックスウェル・ロードがメインのヴィランになってチータがサイドキック扱いになるとは思わなかったが。
  • ロードのおかげで中東を中心に世界が騒乱に巻き込まれるのだが、いちばん騒ぎそうなイスラエルが言及されなかったのはガル・ガドーに配慮してるのかな。
  • 脚本にジェフ・ジョーンズが関わってることもあってか、アメコミファンも納得できる内容かと。WW関連以外のキャラではサイモン・スタッグが出てましたね。あのキャラはTVシリーズのザ・フラッシュにも出てるそうで、スーパーヒーローの娘婿よりも露出が多いんだな。
  • 2時間半の長尺の割にはアクションシーンが少なめでドラマ部分が多いが、展開が早いので飽きさせない。2回目以降の視聴ではどう感じるかな。ダイアナがトレバーと別れるところなんかは、女性監督ならではの演出だなと思いました。
  • アクションシーンは少ないとはいえ前回以上に洗練されていて、特に投げ縄を用いたアクションが巧みになっていました。コミックでも最近は盾や剣を構えてることが多いようだけど、やはり投げ縄を使ってこそワンダーウーマンだよね。
  • WWが走るシーンが特に爽快で、走行中の車から降りてスタスタ走るところとかカッコ良かったな。ファンサービスの飛行機が出たあとに空を飛べるようになるのですが、今後の続編でも走ることに期待。
  • でもホワイトハウスを出た後に空を飛んでたようですが、あれどこに向かってたの?あのあと近所のアパートに帰ったよね?

というわけでキャストもスタッフも手慣れた感じになっていて、個人的にはあまり心に残るものがなかった前作よりも、大幅に楽しめるものになっておりました。例によってアメリカでは劇場公開とともに配信サービスで提供という憂き目に遭って、経済的に成功するのかどうか、監督が続投するのかどうかもよく分からないけど、続編を作るならいまの面子でもう一本いってほしいところです。

「The Burnt Orange Heresy」鑑賞

そこそこ良い評判を聞いていたサスペンス。原作は「コックファイター」と同じ作者による1971年の小説らしいが、うまく話の内容を現代に置き換えている。

舞台はイタリア。才能はあるものの過去の過ちにより活躍の場を絶たれた美術評論家のジェームズ・フィゲラスは観光客相手のレクチャーを行なって暮らしていたが、バーニスという女性と出会って恋仲になる。そして彼はキャシディというアートディーラーに招かれてバーニスとともに彼の屋敷に向かうのだが、そこでキャシディはジェームズに、隠遁した伝説の画家ジェローム・デブニーが彼の敷地に住んでいることを伝える。そしてデブニーにインタビューを申し込むふりをして、彼が描いているらしい絵画を手に入れるようキャシディはジェームズに依頼する。これは自分の名声を取り戻すチャンスだと考えたジェームズはその依頼を受けるのだが…というあらすじ。

アートと批評家の関係についてのレクチャーから話が始まるので、アート業界を皮肉った内容になるのかと思ったら必ずしもそうではなく、スタイリッシュなサスペンスというわけでもなくて、自分の野望に追い込まれる男の物語といったところかな。完全にお互いのことを信用しているわけではないジェームズとバーニスのやりとりを中心に話が進んでいく。

ジェームズ役にクレス・バング、バーニス役がエリザベス・デビッキ、デブニー役がドナルド・サザーランド。「テネット」や「コードネーム U.N.C.L.E.」ではその背の高さが際立ったデビッキだが、今回はバングもサザーランドも190センチ台のデカブツなのでバランスはとれている。つうかみんなデカすぎるでしょ。あとはキャシディ役をミック・ジャガーが演じていて、重要なところにチョコっと出てきて偉そうな顔をするあたりは「フリージャック」の役と似てなくもないが、あの時よりも年取ってヨボヨボになってるので、良い意味で不気味さを醸し出していました。今後は役者業にも力を入れるのかね?

ちょっと吹っ切れてないというか、少しおとなしめの印象を受けたけど、いい役者が揃ってることもあり悪い作品ではなかったな。「ドラキュラ」もそうだったけど、自分の自信が揺らぐ時の演技がクレス・バングは上手いと思う。

「PENINSULA」鑑賞

「半島」こと「PENINSULA」は英題で、邦題は「新感染半島 ファイナル・ステージ」で来年1月公開?邦題から分かるように日本でもヒットした「新感染 ファイナル・エクスプレス」の続編。監督は前作と同じくヨン・サンホだが、キャストは一新されている。以下はかなりネタバレ注意。

舞台は前作から4年後。韓国はゾンビが蔓延する土地になり、世界から隔離された国となっていた。元韓国軍兵士のジョンソクは隔離前に国外へ脱出できたものの、脱出する船のなかで姉と甥をゾンビによって殺され、今は香港で市民権も与えられずにあてもなく暮らしていた。そんなある日、彼は裏社会の人間に、韓国で乗り捨てられたトラックにUSドルが大量に積まれているという話を聞き、韓国に潜入してそれを奪還してくるよう依頼される。そこでジョンソクは義兄(姉の夫)たちとともにインチョンへ潜入するが、そこではゾンビに加えて韓国に残された民兵集団の631部隊が跋扈していた…というあらすじ。

(そもそも4年のあいだ、大量のゾンビたちは何を喰って生き延びてたんだ?という野暮な質問はなしにする。)

これ前作の評価が高かったのは、釜山に向かう列車という状況において徐々に日常の生活に歪みが生じていく描写と、老姉妹や夫婦といった人々がゾンビによって急に悲しい別れを迎えてしまうという「泣き」の展開があったことなのだと思うのですね。それが今回はゾンビが存在するのが日常という世界の話だし、冒頭の姉のような別れはあるものの、前作のように「突然理不尽な不幸に見舞われる」という悲しみはなし。

また前作の主人公は一介のビジネスマンだったが、今回のジョンソクは元兵士ということでケンカ強いし銃も使える強いやつ。一般人がゾンビ相手に奮戦するというシチュエーションがなくなって、「バイオハザード」のような典型的なゾンビアクション映画になってしまった。ソウルを支配する631部隊にしても一般人とゾンビを競技場で戦わせて楽しむヒャッハーな人たちで、なんかすごいありきたりなんですよね。(ちなみに部隊をいちおう取り仕切ってる隊長が、バブル時代の原宿にいたようなシティボーイ(死語)の格好をしてるのだけど、いまの韓国ってああいうファッション流行ってるのか?)

クライマックスでは乗り捨てられた車でいっぱいだったはずの道路が突然ガラ空きになって、インチョンの港までのカーチェイスが繰り広げられるのだけど、そこで「マッド・マックス」やられてもなあという感じ。車がCG処理されてるので、微妙に重量感がなくてアクションがチャチなのよな。前作は列車を追いかけるゾンビとか、もっと緊迫感があったのに。

なお話の冒頭では北朝鮮が国境封鎖によりゾンビの被害を受けていないことが示唆されていて、そこがストーリーに絡んでくるかな…と思ったら何もなかった。展開によっては面白そうな要素なんだがなあ。

最後の伏線はちょっと面白かったし、アクション描写もアジアのゾンビ映画でここまで出来るんだ、という印象は受けたので、ゾンビ映画としては決して悪い作品ではないと思うのですよ。単発の映画として観れば及第点はあげられるくらい。しかし前作が傑作だった故に、常に前作と比べつつ観てしまい、そしてその期待に応えることができなかった、ある意味不遇な作品であった。