「THIS TOWN」鑑賞

キリアン・マーフィーがアカデミー賞を受賞したことで世間の知名度が上がった(はず)のドラマ「ピーキー・ブラインダーズ」のクリエイターであるスティーブン・ナイトによるミニシリーズ。

主な舞台となるのは1981年のバーミンガム。人種間の緊張により暴動が頻発するなか、酒もタバコもやらない繊細な少年ダンテ(黒人とアイルランド人のハーフ)は自分を振った女の子に対してポエムを書こうとする。ダンテの従兄弟のバードンは父親が熱心なIRAの支持者で爆弾テロにも関わっていることに嫌気がさしており、一方でダンテの兄のジョージはイギリス軍の兵士としてベルファストに派遣されていたが、彼ら3人の祖母が亡くなったことから彼らは葬儀で再会する。辛い現実を打破するためにダンテはバードンにバンドを組むことを持ちかけるなか、ジョージの知り合いで地元のギャングのボスが自分のクラブで演奏するバンドを探していた。さらにジョージは軍の上官からバードンの父親の活動を監視することを命じられ、ダンテたちの運命は時代の流れに巻き込まれていくのだった…というあらすじ。

単なる青春ドラマと音楽ドラマではなく、人種暴動とか北アイルランド問題とかギャングの抗争といったテーマが盛り込まれていて結構お腹いっぱい。その一方で話の進み具合は比較的ゆっくりしていて、2話が終わった時点でまだバンドも結成されてないのだが今後どうなるんだろうな。音楽ドラマなので演奏シーンなどもあるものの、あまり意味もなくバードンの母親が葬儀で「虹の彼方に」を長々と歌ったりと、いろんなジャンルの要素がごった煮にされている感は否めない。

企画段階の題名は「Two Tone」だったそうで、当時若者のあいだでスカを流行らせたレーベルの2トーン・レコーズ、およびそのジャンルがいかに様々な人種を団結させていったかが作品のテーマになっているみたい。劇中で流れる音楽もジミー・クリフやトゥーツ・アンド・ザ・メイタルズといった人たちの音楽が使われている。その一方で肝心の2トーン・レコーズに所属していたバンドの曲は使われていないような?マッドネスとか翌年に「HOUSE OF FUN」がシングル1位を獲得しているし、当時のスカ・バンドのなかでは大人気だったはずなのだがなあ。長年のマッドネスのファンとしてはそこが不満。

出てくる役者はダンテ役のリーヴァイ・ブラウンをはじめ、あまり知られてない人たちばかりかな。例によって「役者のバーミンガム訛りがなってない!」という抗議が地元民からあがってるようだけど、知らんがな。とりあえずテーマ的に興味のある作品なので残りの話数も観てみます。

「ブラックベリー」鑑賞

昨年高い評価を得ていたカナダの映画。日本ではいつ公開されるのかと思っていたらしれっと配信スルーになっていた。しかし評判通り面白かったので感想をざっと。

舞台は2000年代初頭のカナダ。アグレッシブなセールスマンのジム・バルジリーは勤めていた会社をクビになったあと、以前にピッチを受けたリサーチ・イン・モーション(RIM)社の携帯端末に出資してRIMの共同CEOの座に就く。RIMはCEOのマイク・ラザリディスを筆頭に気弱なオタク開発者だらけの会社だったが、バルジリーに尻を叩かれてセールスに力を入れていく。そしてラザリディスの開発した端末のモデルがベライゾンに気に入られ、これがスマートフォンの元祖であるBlackberryとなって大成功し、RIMは瞬く間に大企業へと成長する。その後はPALM社による買収の試みやネットワークのクラッシュといった危機を乗り越えるものの、アップルがiPhoneを発表したことでBlackberryの人気はダダ下りになり…というあらすじ。

今でこそiPhoneやAndroidといったスマートフォンを皆が使ってるけど、当時はPALMとかのPDA端末(死語)がいろいろ開発されてたのよな。Blackberryはろくに日本に導入されてなくて、外国の金持ちが使ってる高級デバイスという印象だった覚えが。劇中では端末開発の描写はあまりなくて、RIM社はBlackberryのよってあっという間に成功し、iPhoneの登場によってすぐさま廃れていく。起死回生を試みるような展開もなく、自国の会社の没落を描いた映画に政府が資金を出しているのがカナダらしいのかな。これがアメリカや日本だったらもっとサクセスストーリーっぽい内容にしていたかもしれない。

失敗した企業の話なので面白くないかというとそんなことはなくて、RIM社のドタバタを描いたテンポが良いので非常に楽しめる内容になっている。特にキャスティングが絶妙で、技術開発の能力はあるものの気弱なマイク・ラザリディスを演じるのがジェイ・バルチェル。カナダに留まってハリウッドに出てこないのでどうも地味な感じもある役者だけど、「ヒックとドラゴン」シリーズや「俺たち喧嘩スケーター」などヒット率は高い人だよな。そしてジム・バルジリーを演じるのがグレン・ハワートン。シットコム「It’s Always Sunny in Philadelphia」の人かー。今回はハゲ頭になって、常にピリピリして周囲を罵倒しつつ裏ではNHLのチーム買収を画策する狡猾なビジネスマンを熱演していて非常に素晴らしい。またラザリディスの相棒で、ビジネスセンスが皆無でオタク趣味に走りまくってる開発者が出てくるのだけど、それを今作の監督であるマット・ジョンソンが演じている。あとはカナダ映画だからかマイケル・アイアンサイドも出ているし、ケイリー・エルウィスやマーティン・ドノヴァンなんかも出演している。

本国では好評を受けて3分割したミニシリーズとして配信もされたそうだけど、追加された映像は15分ほどらしいので劇場版を観ても大差はないでしょう。企業の内情を描いた映画なら、ベン・アフレックの「AIR」なんぞよりもずっと面白い作品だった。

「デイリーショー」にジョン・スチュワート復帰

2022年の末にトレバー・ノアがホストを降板したのを受けて、昨年はずっと週ごとにゲストが代わってホストを努めるローテーション制を組んでいた「デイリーショー」ですが、やはり要となるホストが決まっていないと政治風刺の番組としてうちはこういうスタンスだよ、というメッセージを打ち出しにくいし、特に今年のように大統領選挙のある年には、責任をもってモラルの象徴となるようなアピール力のある人物が中心にいないと弱腰の風刺とインタビューを続けるだけの骨抜きの番組になってしまうという危惧はなんか見ていて感じたのです。

そして今年もホストが交代制になるという話を聞いてゲンナリしていたら、こないだ急に発表されたのが番組を一躍有名にさせたジョン・スチュワートが復帰するというニュース。なんか月曜日だけホストを務めて、残りの曜日は相変わらず準レギュラーの「特派員」たちがホストになるという変なスケジュールらしいけど、往年のファンにとって彼の復帰は大変歓迎すべきことです。

スチュワート本人は2015年に番組を降板したあと、ここ数年はApple TVで「デイリーショー」みたいな政治色の強い番組を持っていたけど、「AI」と「中国」をそれぞれテーマにしたエピソードを作ろうとしたらアップルからNGくらって降板したという、まあ天下のアップルにとってもタブーな題目はあるんだなと。ブッシュ息子の政権下で痛烈な政治風刺を繰り出して名を馳せたスチュワートだけど、ドナルド・トランプが出馬したころにもう疲れたと言って番組を降板したわけで、トランプの風刺は意外とやってないのですね。それが今になってまたトランプの選挙戦と、もしかしたら新政権の可能性がでてきたわけで、そのような状況で彼はどのように振る舞うのやら。

というわけで今週彼が9年ぶり?に復帰した番組を観てみたけれど、すごく場に馴染んだジョークを冒頭から連発していて全くブランクを感じさせない内容。彼が以前に確立させたホストの「型」みたいなのがあって、それにすぐさまカチッとはまっている感じ。番組としては明らかにリベラル寄りなんだけれどもバイデンの高年齢の風刺を多めにやって、それを返す刀でトランプも批判するような展開。自分としてはトランプが再選されたらアメリカも世界もろくな目に遭わないんじゃないのとしか思えないのだが、それでもバイデンの年齢は格好なネタにされてしまうんだなあ。ゲストである「エコノミスト」誌の記者とも、バイデンが2期目に出馬したことについて批判するようなトークを交わしていた。

アメリカの記事では、スチュワートの本当のライバルは他のトークショーのホスト(デイリーショー門下生のジョン・オリバーを含む)ではなく20年前のスチュワートであり、若くて勢いのあった若い頃の彼を期待している視聴者に応えられるか、という意見が散見される。でも実際に2004年後半から番組を毎回すべて観ている者(ホントだよ)として言わせてもらうと、当時のスチュワートと今の彼って明らかに違うのですね。Apple TVの番組ではもっと顕著だったけど、若い頃に比べてずっと落ち着いて難しい用語を使うようになったというか、本人がすごく勉強しているなという印象が強いわけで、20年前のスタイルを期待するのは野暮ってものでしょう。ただし言ってることが複雑すぎて視聴者を置いてけぼりにしてしまう懸念はあるのだが。

何にせよスチュワートが戻ってきたことで、なんか暗澹たる思いで眺めていたアメリカ大統領選が楽しめそうだという気にはなってきたのです。月曜日だけでなく毎日出演してください。

「Feud: Capote vs. The Swans」鑑賞

前作から実に7年の期間をかけて戻ってきた「FEUD」の新シーズン。

一時期はイギリスのチャールズ皇太子とダイアナ妃の不仲をテーマにして企画が進んでいたはずだが、それが破棄されて今回作られたのは、作家トルーマン・カポーティとNYの上流階級の淑女たちの諍いという、なかなかマイナーなネタを扱ったもの。

第1話から時代がぽんぽん移り変わるので内容がちょっと把握しづらいが、60年代のカポーティは人気作家で、そのウィットに富んだ軽妙な話術と有名人のゴシップを大量に抱え、NYの金持ちのあいだでパーティーに呼ばれまくる派手な生活を送っていた。それが70年代になると酒やドラッグのやり過ぎで勢いは衰えていたが、自分の精通している上流階級のゴシップを随筆として雑誌に発表する。しかしそのモデルとなった女性が記事を苦にして自殺したことから、彼女の仲間の淑女たちはカポーティへの復讐を企むのだった…という内容で良いのかな?80年代の晩年のカポーティも出てきます。

個人的にはトルーマン・カポーティって学生時代に短編をちょっと読んだくらいでそんなに詳しくはないのですが、甲高い声で話すゲイの小太りのとっちゃん坊や(死語)という強烈なキャラクターと、ゴシップにまみれて暮らすニューヨークのハイソな熟女たちの争いという話は、特にLGBTの人たちにとっては格好のテーマなんですかね。でも今回はライアン・マーフィーはあまり関わってないみたいで、脚本を書いているのは劇作家のジョン・ロビン・ベイツ。多くのエピソードをガス・ヴァン・サントが監督していて重厚な演出を見せつけてくれる。

カポーティ役はイギリス人のトム・ホランダーがハゲて太って、別人のような格好になって怪演を見せてくれるが、それに対する女優陣が非常に豪華で、ナオミ・ワッツにデミ・ムーアにカリスタ・フロックハートにクロエ・セヴィニー、モリー・リングウォルドといった有名どころが勢揃いしてゴシップ論議に花を咲かせています。みんな同じようなメークで似た顔に見えるのが難点だけど。あとはカポーティの愛人役のラッセル・トーヴィーがいつの間にか筋肉ムキムキになっていて驚いたのだけど、何があったのだろう。

劇中に出てくる女性たちはみんな実在したソーシャライトたちで、銀行家の妻とかジャクリーン・ケネディの妹とか有名デザイナーといった錚々たる顔ぶれらしいが日本人には馴染みがないわな。テーマも個人的にはそんなに興味あるものではないけど、とにかく出演者が豪華なので彼女たちが同じ画面で演技しあっているのを見る価値はあるかと。

https://www.youtube.com/watch?v=YabKNs66eeg

『哀れなるものたち』鑑賞

大変面白かったよ。感想をざっと。以下はネタバレ注意:

  • 個人的に最近のヨルゴス・ランティモスの作品って、「聖なる鹿殺し」あたりから(以前に作品に比べて)奇抜性がなくなり、こないだの「女王陛下のお気に入り」なんて普通の歴史ドラマになってたような気がしたが、今回は初期の作品に原点回帰したような感じで面白かった。
  • 具体的には冒頭、家の中にずっと閉じ込められて世の中を知らずに暮らすベラの姿がそのまんま「籠の中の乙女」の少女であるわけで、あの映画では少女が家の外に出るところで終わっていたのに対し、こちらではその後を描いているのが興味深い。あとは船の中での奇妙なダンスも初期の作品ぽかったですね。
  • 話のモチーフは(原作があるのは置いておいて)、当然ながら「フランケンシュタイン」があって、あとは「カンディード」のようなピカレスク小説、あるいは「ピノキオ」あたりでしょうか。世間知らずでモラルを知らない主人公が世の中に出て、悪漢たちの奸計に辛い目に遭わされながら、人間的に成長して故郷に帰ってくるというやつ。ファンタジーっぽい世界風景がそれによくマッチしていたし、エログロ混じった展開によって単にモラルを説教するような内容でなかったのも面白かった。
  • 文字通り体を張ったエマ・ストーンの演技も素晴らしい。この作品をきっかけに、より幅の広い演技を見せてくれる「THE CURSE」も日本でやったりしないかな。あとはラミー・ヨセフやジェロッド・カーマイケルといった、日本ではあまり知られてないシットコムの役者が出てるのがよかったです。クリストファー・アボットは顔を見た途端に「お、キット・ハリントンだ」と思ってしまうので損をしているというか。

というわけで前作でちょっとグラついた、ランティモス作品への関心を再び高めてくれるのに足りる作品でございました。早くも引き続きエマ・ストーン主演で次の作品の製作にとりかかってるそうで、興味深いところです。