「ファンタスティック4:ファースト・ステップ」鑑賞

カタカナ表記は「ファンタスティック・フォー」ではなく「ファンタスティック4」なんですね。映画の権利がマーベルでなくフォックスにあったころは、マーベルが嫌がらせしてコミックを打ち切るというセコいことやっていたけど、マーベルもフォックスもディズニーの軍門に下った(?)ことで今回めでたく再映画化されましたとさ。以下は感想をざっと。

  • 個人的にはスタン・リー&ジャック・カービーのコミック原作を絶対とみなす者ですが、キャラクターの設定などはうまくアレンジされていたんじゃないですか。ザ・シングが自分の容姿を不憫に思わず、普通に世間の人気者になっているのは面白かった。いちばん原作とかけ離れてるのはスーかな。もっと穏健な一家の母タイプなのが、映画だともっと攻撃的な性格になっているというか。
  • リードの体が伸びない。腕と脚がちょっと伸びる程度。ギャラクタスに引きちぎられそうになってたけど、原作ならギャラクタスの体をグルグル巻きにしてお釣りがくるほどなんだけどな。2015年版もあまり伸びていなかったことを考えるに、あまり映像化すると映えない能力なのでしょう。
  • 宿敵のドクター・ドゥームがアベンジャーズの映画の方まで据え置き状態のため、いきなりシルバー・サーファーとギャラクタスというコズミックの強大な敵を持ち出してきたわけだが、世界的な脅威の話がリード家の個人的な問題になるあたり、ちょっと脚本が雑だったかもしれない。世界の人々が主人公たちにやたら理解を示して行動してくれるというか、一般市民に性格づけがされていないというか。
  • マーベル映画のなかではある程度のクオリティを誇っていると思うものの、「スーパーマン」のような傑作の直後に公開されたのが損でしたね。あれに比べるとやはり脚本の練り込みが足りないなとは思った。今後アベンジャーズたちと合流して、よりキャラクター設定が進展していくことに期待。

「スーパーマン」鑑賞

感想をざっと。以降はネタバレ注意。

  • さすがにもうオリジン話はいいでしょ、ということで各キャラクターの説明など無しにいきなり話が始まるあたり、なんかシリーズものの第2作から見せられてるような感覚があった。そういう意味では冒頭の盛り上がりに欠けるというか、ノリをつかむまでに思ったよりも時間がかかってる気がするものの最後はきっちり締められたんじゃないですか。
  • 冒頭でロイス・レーンとクラークが「スーパーマンの正体を知らないふり」をするくだりは、映画化されなかった「SUPERMAN LIVES」のケヴィン・スミスの脚本にちょっと似ていた。
  • グラント・モリソン&フランク・クワイトリーの「オールスター・スーパーマン」が大きなインスパイア元になっていることは監督が公言している一方で、ガイ・ガードナーやメタモルフォが登場するあたり、想定以上にキース・ギフィンとJM・デマティスの「ジャスティス・リーグ」にもインスパイアされてましたね。
  • ポケット・ユニバース?の設定はあまりピンとこなかったな。あれ「ピースメーカー」の設定にもつながるんだろうか。「リターンズ」の土地隆起もそうだったけど、スーパーマンに見合った脅威を見つけるのはなかなか難しい。
  • 個人的には犬が苦手でして…。クリプト、活躍しすぎではないか?
  • クラークの両親は今までに比べてずいぶん田舎者っぽくしたな…と思ったけど
  • 傲慢なテック・オリガルヒ野郎が政治にも口を出してSNSで誤情報を撒き散らし、アホな国の元首が他国への侵攻を公然と行おうとしている情勢で、ヒーローはどうあるべきか、を示したタイムリーな作品であった。
  • 観ていて頭に浮かんだのは、「ダークナイト」の「he’s the hero Gotham deserves」のくだり。スーパーマンは現在の我々が受け入れるべきヒーローであり、排外的にならずに周囲に優しくしろとこの映画は語ってるのでしょう。

「罪人たち」鑑賞

普通に面白い作品であったよ。日本公開が急に決まってろくに宣伝されてないような気がするが、IMAXの空き状況にあわせて公開されたのかな。

  • ホラー作品としてみれば「フロム・ダスク・ティル・ドーン」に近いのかな。怪物たちに襲われる酒場での一夜の攻防を描いた内容ではあるわけだが、アメリカ南部における黒人文化を守り通すことをテーマにした秀作。パーティーへの準備と盛り上がりまでの過程は「SMALL AXE」の第2話目、ジャマイカ系移民がサウンドシステムを持ち込んでパーティーを開催するエピソードに通じるものがあると思いました。
  • そんな黒人たちを狙うのがアイリッシュ系の吸血鬼たちということで、個人的にはこっちのほうに興味を持ったな。アメリカにおけるマイノリティ同士が殺し合うという皮肉があるわけだが、その一方でどちらも自分達のルーツの音楽は愛しているという共通点がある。ヴァン・モリソンだっけ?が言っていた、ロックンロールはケルト音楽と黒人音楽がアメリカで融合して生まれたという言葉を連想した。まあ公民権運動の際に黒人を最後まで差別したのは、かつて自分達が虐げられてきたアイルランド系移民だったのだけど。
  • マイノリティといえば、IMDBのトリビアによると劇中に出てくる中国系の店は実際にあったものをモデルにしていて、通りを挟んで片方では黒人相手に商売をして、もう片方では白人を相手にしていたそうな。面白い。
  • ケルト系の吸血鬼といえば「プリーチャー」のキャシディでしょ、というわけであのマンガにインスパイアされてるのかなとも思ったけどその証拠は見当たらず。よく聞き取れなかったけど、劇中でキリスト教の祈りに対して「俺らを追い出した連中の言葉だ」とか言ってたのはケルト人がローマ人に侵攻されたことを言ってたんだろうか。
  • 役者はマイケル・B・ジョーダンが相変わらず手慣れているなと。ただし主人公ふたりがよく似ていて、帽子の色でしか区別つかないから序盤はどっちがどっちだか分からないシーンもいくつかあり。あとは個人的にデルロイ・リンドーを見たのが久しぶりで、いい俳優だよねえ。
  • 普通に手堅い作りで楽しめる作品だった。アメリカでもヒットしたそうで、フランチャイズに頼らなくてもいい作品なら稼げることを証明したのではないか。

「THE RETURN」鑑賞

ハリウッドではこんどクリストファー・ノーランが「オデュッセイア」を豪華キャストで映画化するとかで話題になってるが、こちらはそれよりも一足お先に最後のオデュッセウスの帰還の部分だけを映像化したもの。2000年以上前に書かれた話にネタバレなぞ関係ないと思うが、一応以下はネタバレ注意。なお自分は「オデュッセイア」は子供向け絵本を読んだ程度っす。

内容は原作にかなり忠実に沿っている。トロイア戦争に出向いていったあと長らく音信不通となっている夫オデュッセウスの帰還を辛抱強く待つ妻のペネロペだが、彼女のところには再婚を求める数多くの男たちが集まっていた。そんななか、ついに単身で流れ戻ったオデュッセウスは身分を隠しつつ、大きく変わった故郷の状況を探っていく。

ペネロペがオデュッセウスの正体を知るのが少し早いとか、細かい脚色はあるものの、まあ観る人は話の展開を知っているわけで、それでも見応えがあるのは演出の巧みさですかね。歌舞伎の人気演目みたいなもので、お決まりのシーンを見て楽しむというか。求婚者たちが誰も張れない弓をオデュッセウスが張り、連なる斧の隙間を射抜くシーンとかやっぱカッコいいのよ。

オデュッセウスを演じるのは「教皇選挙」が今になって大きな話題になっているレイフ・ファインズ。あちらは選挙の行方に苦悩する中間管理職みたいな役だったが、こちらでは60過ぎながらも筋肉モリモリの体に鍛え上げてオデュッセウスを好演している。彼を待つ妻のペネロペ役にジュリエット・ビノシュ。原作だとオデュッセウスとペネロペの年齢差って結構あるんじゃなかったっけ?だからまだ若い彼女に求婚者が寄ってきたのだと思ったけど、こちらではほぼ同じ年の夫婦になっている。ふたりの息子のテレマコスを演じるチャーリー・プラマーも、その頼りなさっぷりがいい感じ。

なぜ現代になって2つも「オデュッセイア」の映画が作られるのか?という疑問は置いておいて、普通に面白い作品だった。ノーランのほうは原作すべてをカバーするようなので最後の部分をここまで丁寧に描かないと思うけど、あちらが完成したら両者を見比べてみるのも面白いかもしれない。

「SMALL THINGS LIKE THESE」鑑賞

「オッペンハイマー」でアカデミー主演男優賞を獲って名実ともにハリウッドスターとなったキリアン・マーフィーだが、その次に主演したのはこんな小品。まあ彼らしいね。彼自身が原作小説のファンで「オッペンハイマー」撮影中にマット・デーモンに製作を持ちかけたとかで、デーモンとベン・アフレックがプロデューサーに名を連ねている。以下はネタバレ注意。

舞台は1985年、アイルランド南東部の町。ビルは石炭(泥炭)の運送・販売業を営む真面目な男性で、妻と5人の娘を支えながら細々と暮らしていた。そんな彼は、取引先である修道院のなかで若い修道女たちが悲惨な扱いを受けているのを目撃する。地域で強大な影響力をもつ修道院に対してビルは沈黙を貫こうとするが、やがて修道院から逃走した少女が彼の前に現れて…というあらすじ。

時代設定とか人物の背景について一切説明がないので、会話で言及される情報から主人公たちの置かれている環境を察しなければならないのでぶっちゃけ不親切といえば不親切。ウォーターフォードとウェックスフォードが近所なら住んでるのはあそこらへんだな、とか。まあ分からなくてもよいのだけど。ビルの家族とはまた別の一家が出てきて、特に接点が無いのは何故だろうと思っていたら後者はビルの回想における家族であった。その回想が現在に影響を与えているのかというとそうでもなく。

ビルが貧しいながらも肉体労働を真面目にこなし、子供たちを養っていく姿が丹念に描かれるあたり、いわゆるキッチンシンク・リアリズムっぽい感じもあるが(仕事から戻ったビルは文字通り洗面所で石炭で汚れた手を洗い流す)、着地点は「マグダレンの祈り」と同じところであったよ。

アイルランドとベルギーの合作だそうで、監督のティム・ミーランツはベルギー人。「ピーキー・ブラインダーズ」とか撮ってた人か。修道院の院長役をエミリー・ワトソンが演じてます。

キリアン・マーフィーの演技は手堅いし、個人的にはアイルランドを舞台にした映画は好きなのでそれなりに楽しめたものの、やはり話の説明不足からきている消化不良感は否めない。次なる「オッペンハイマー」を期待しないほうが良いでしょう。