「Bros: After the Screaming Stops」鑑賞

平成生まれのお嬢ちゃんたちは知らないだろうが、80年代後半から90年代前半にかけてブロスというイギリスのボーイズバンドがいてね、当時はアメリカのニューキッズ・オン・ザ・ブロックと人気を二分して、日本でも「ミュージック・ライフ」とかでアイドル扱いされていたな。(ちなみにニューキッズはこないだタイムズスクエアで新年コンサートをやったらしく、まだまだ人気があるのだ)

ボーカルのマット・ゴスとドラムのルーク・ゴスという双子の兄弟(だから「ブロス」)にベースのクレイグ・ローガンという3人組で人気を博したが、ファーストアルバムのあとにローガンが脱退。その後は兄弟ふたりで活動してたが、いかんせん顔のバリエーションが無いのが災いしてか人気は急に衰え、アルバム3枚でグループは解散。マットはソロシンガーとしてラスベガスを拠点に活動し、ルークは役者となって意外にもギレルモ・デルトロの作品によく出ていたりする。

そしてふたりの母親の死をきっかけに彼らは28年ぶりに再結成することになり、2017年夏におけるイギリスでの公演までの1ヶ月のリハーサル風景を追ったのがこのドキュメンタリー。個人的にはブロスって最盛期のときから全く興味なくて、ろくに聴いたこともなかったのですが、ネット上で「これはリアルな『スパイナル・タップ』だ!」というような評判を見かけたので観てみた次第。

ハゲてしまったルークのほうが苦労人っぽくて、どちらかといえば地に足のついたコメントをしているのに対し、マットはもっとアーティスト気取りでヘンテコな振る舞いをしていて、自宅の奇抜なコレクションを自慢するあたりはまさしく「スパイナル・タップ」でした:

イギリスでは「THE OFFICEのデビッド・ブレントのようだ!」と評判になったらしいが、さもありなん。マットはルークのドラミングにも変な口出しをしてくるし、何度か派手な口喧嘩をしているのも映像に撮られている。

ふたりとも若くしてセレブになったせいか、なんかズレた発言が多くて「ローマは一日にして成らず、と云われるけど、俺たちにはローマほどの時間もないんだ」とか「俺は長方形で、ルークも長方形。ふたりが合わさって強固な正方形になるんだ」とかいった珍発言を真顔で連発してくるのですよ。「俺たちには価値があるのかな、という気にもなったりする。マット、俺の言うことが分かるか?」「いや」というやりとりが個人的には爆笑ものでした。

なお第3のメンバーであるクレイグ・ローガンは再結成に呼ばれておらず、ドキュメンタリーでも一切言及されていない。以前から彼がいちばんイケメンだとか音楽的に才能があるとか言われてたのだがなあ(実際、音楽業界の裏方として活躍しているらしい)。

またブロスのファンは「ブロセッツ」と呼ばれて全盛期は双子の実家に押しかけるほどの熱狂ぶりだったらしいが、いまでも熱心なファンは多いようで、オバさまたちが空港で出待ちをしてたりする。再結成コンサートのチケットも速攻で売り切れたらしく、最後は満員の観客の前でのコンサートで終了。人気の絶頂期をとっくに過ぎたグループが、トリにヒット曲「When Will I Be Famous」を持ってきて「僕はいつ有名になるのだろう〜?」と唄っているところに、何か残酷な皮肉を感じてしまいました。

「大轟炸」鑑賞

昨年の「明月幾時有」に続いて新年一発目は抗日映画を観る。とはいえ「明月幾時有」はそれなりの出来だったのに対して、こちらは製作時のゴタゴタが災いしてか相当に残念な作品になっていたのであります。

元々は第2次世界大戦の連合国戦勝70周年を記念して製作され、中国や韓国の役者だけでなくハリウッドからもブルース・ウィリスやエイドリアン・ブロディといったスターを招き、さらには「ハクソー・リッジ」で派手な沖縄戦を監督したメル・ギブソンがコンサルタントを務め(アート・ディレクター説もあるが具体的に何をしたのかは不明)、3Dで撮影された超大作戦争映画になるはずだった、らしい。

しかし出演者の范冰冰が脱税容疑で中国当局によりブラックリスト入りさせられたことで雲行きが怪しくなり、范冰冰だけが理由なのかどうかは分からないけど3D上映はなくなり、さらには中国での公開も見送られる結果になったのだとか。でも冒頭のクレジットに広電総局の許可証が出てくるので、劇場公開しようと思えば出来たのか?アメリカでは「Air Strike」の題でちょっとだけ公開されたらしいけど、他にも「The Bombing」とか「Unbreakable Spirit」といった英題のついたポスターもあるようで、この映画のいきさつは良く分からんなあ…とりあえず自分は97分の英語吹替版(すごく適当に作ってある)を観ました。これはアメリカ版で、イギリス版は「The Bombing」の題で2時間あるとか?まあいいや。

舞台となるのは1937年の重慶。日本軍の爆撃機と零戦の度重なる襲撃により街は崩壊し、中国軍も劣勢を強いられていた。そこに連合国軍からやってきたジャック・ジョンソン大佐(ウィリス。クレア・リー・シェンノートがモデルらしい)が、若き中国兵士たちを鍛えていく。しかし兵士のひとりシュエは冒頭の空中戦で兄を失ったばかりか自身も被弾して航空機を扱えなかったため、日本軍の暗号解読機をトラックで重慶まで運ぶ任務を任されるのだが…というあらすじ。

いちおうこの空軍兵士たちの話とシュエのトラックの話が交互して語られていくのだが、この作品は脚本家が6人もクレジットされていて、オリジナルカットは5時間超もあったらしく、それも映画としてどうかと思う。さらにそれを97分に縮めたものだから、それぞれの登場人物の物語がブツ切り状態になっていて、辻褄のあわないプロットと回収されない伏線のオンパレード。特に気になったのをいくつか挙げると:

  • 話題の范冰冰は学校の教師役で出てきて、冒頭で校舎が爆撃されて死亡。出演時間1分くらい。彼女を出す必要あったのか?
  • クレジット上では3番目にいるルーマー・ウィリスは女医として登場。「まだ重慶に残ってるのか?」と同僚に驚かれるがそれまでの経緯が一切説明されていない。彼女の出演時間も1分くらい。父ウィリスの相当なゴリ押しがあったのでは。
  • エイドリアン・ブロディも医者として登場。病院が爆撃されて死亡。出演時間3分くらい。
  • 負傷のためトラックも運転できないはずだったシュエが、最後はしっかり運転している。
  • 人がたくさん出てきてすぐ死ぬ。というか各シーンがブツ切りなので、あの人どうなったんだっけ?というキャラクターがやたら多い。
  • クライマックスのあとに、麻雀大会が開催されてコメディタッチのドタバタ劇になる。

などなど。話のつながり方が無茶苦茶なので、なんかダイジェスト版を観ているような感じであったよ。せめて戦闘シーンに迫力があれば見応えもあったのだが、戦闘機はCGなのがバレバレで、最近のゲーム機レベル。地上の爆破シーンだけちょっと派手だったかな。そもそも1937年の話なのに1940年に実戦投入された零戦が登場してるし、機体の下部から突然爆弾が表れて爆撃を行うなど、ミリタリーマニアが見たら怒りそうな描写もちらほらあります。

アジア系の出演者ではニコラス・ツェーやソン・スンホン、サイモン・ヤムなど日本でもよく知られた役者がいろいろ出てるのに、こんな出来の作品になって残念。これ1本で中国映画や抗日映画を判断する気はないが、国家バンザイの内容であっても当局に睨まれれば大失敗する可能性もある、という中国における映画製作の難しさを伝えるためのお手本として覚えておく(観なくていい)作品なのかもしれない。

謹賀新年

「アステリックス」のイノシシな。

新年あけましておめでとうございます。

去年は個人的には10数年ぶりに転職をいたしまして、まあいろいろ大きく物事が変わった年でありました。家に変える時間も少し遅くなって、まだ生活のリズムがしっくりきてない所があるというか、帰宅後に海外ドラマを時間が減ったような感じだったのですが、今年はもっと時間を有意義に使いたいなと思うところです。Netflixなど配信系の映画ももっと観ないといかんすな。

ほかの趣味では9月に富士山に登ったのが良かったかな。今年もどこか山小屋に泊まる登山に行って、さらに海外旅行とかもしたいのですが、どうなることやら。アメコミも積ん読ではなく、リアルタイムで読めるようにしなければ。中国語や韓国語も勉強したいなあ。

世の中的には元号が変わるというのはどうでもよいのだけど、まあいろいろあるとは思いますが、皆が暮らしやすい世の中になるよう、寛大な気持ちをもっていきましょう。

健康もやはり大事です。自分も大病こそしないものの、健康診断でちらほら黄信号が出てきてるので、食生活に気をつけてジム通いを頻繁にせねば。

それでは今年もよろしくお願いいたします。

2018年の映画トップ10

今年は明確なベスト作品が1つ。あとの9つは順不同とする。

<今年のベスト>
「スパイダーマン:スパイダーバース」
みんなが頑張ってアメコミを実写化しているのを横目に、スコーンとホームランを打って、やはりアメコミの映像化ってアニメが向いているんじゃないかと思わせるような作品。キャラクターの設定とストーリーがよく練られていて、観る人を圧倒させる出来だった。スーパーヒーロー映画に限らず、これからの娯楽作品の流れを変えるかもしれない画期的作品。

(あとは順不同)

「Columbus」
監督デビュー作とは思えない落ち着きっぷりで、街の数々の美しい建造物をバックに、男女それぞれの生き様が描かれるのが印象的だった。ジョン・チョーは「search/サーチ」も良かったね。

「シェイプ・オブ・ウォーター」
しっとりとしたファンタジー。デルトロ監督がオスカーを手にして言った「ドアはここだ。蹴破ってこい」というスピーチは記憶によく残っている。

「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」
これ配信と劇場で2回観たのだが、再見することによって細かい演出(男は過去を見て左向きに座り、女は未来を見て右を向いている)にいろいろ気付くなど。話は説教くさいかもしれないけど、それをきちんと娯楽に昇華させているのよ。

「インクレディブル・ファミリー」
どうしても「スパイダーバース」に比べると劣って見えるものの、第1作の勢いをそのまま受け継いでましたね。今回はママさんとヴァイオレットという女性キャラが生き生きしていたと思う。

「デッドプール2」
前作よりもノリが良くなっていて大変面白い作品でした。スーパーヒーローものにはメタなギャグがよく似合う。次回以降はディズニー傘下になって毒が抜けたりしないか心配だが。

「レディ・プレイヤー1」
スピルバーグ御大が、あそこまでポップカルチャーネタを詰め込んでくれたら、もう満足するほかないでしょう。お腹いっぱい。

クレイジー・リッチ!」
個人的には「ブラック・パンサー」はさほど画期的だと思わなかったのだけど、あの映画にアフリカン・アメリカンたちが感じたカタルシスを、我々アジア人はこの映画に感じることができるんじゃないかな。客の多い映画館でゲラゲラ笑いながら観たのが楽しかった。

THEY SHALL NOT GROW OLD」
今年は殆どドキュメンタリーを観る機会がなかったのだが、そんななかで観たこれは非常に圧倒的な出来だった。こういうのもっと作ってください。

First Reformed」
そう話が展開するのか!と思いつつも、苦悩する主人公に共感せざるを得ない良作だった。

あとは「フロリダ・プロジェクト」を入れるか悩みました。「スパイダーバース」と「インクレディブル」に限らず、今年はアニメーション映画が面白かったな。「Teen Titans Go! to the Movies」もスーパーヒーロー作品にメタなギャグを入れてて非常に面白かったし、厳密には今年の映画じゃないけどスペインのアニメ「Birdboy: The Forgotten Children」も素晴らしかったです。

あとは道徳的なメッセージというか人生の教訓のようなものを、エンターテイメントのなかにしれっと混ぜ込ませるのが、ハリウッドは上手くなってきたなとよく思うようになった一年でした。

「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」はさすがにあからさますぎるが、ボビー・リッグスの挑発を受けてビリー・ジーンが女性のために奮起するさまとか良く描かれていたし、「ぼっち同士でも気が合うなら、それが家族なんだ」と「デッドプール2」が訴えるのも良かったな。個人的にハッとしたのは意外にも「ジュマンジ」で友人が主人公に「誰だって人生はライフが1つなんだよ…」と説くシーンでした。トランプ政権下において、ハッタリでもこうしてモラルを説く姿勢を見せるのがいまのハリウッドの役目なのかもしれない。はてさて来年はどうなることやら。

「SORRY TO BOTHER YOU」鑑賞

ザ・クー(The Coup)のブーツ・ライリーの初監督作。ザ・クーって日本での知名度はゼロだろうが、「革命」を意味するグループ名のごとく、ラジカルな左寄りのメッセージソングを唄ってることで知られる人たちなのですね。2001年にアルバムを出す直前にタイミング悪く9/11テロが起きて、そのジャケット(下)が物議を醸したのがいちばん話題になったときかもしれない。

んでこの映画の脚本自体は数年前に出来上がってたらしく、当初は映画化する金がないので脚本をもとに同名のコンセプトアルバムを作ったのだが、それが今年になってめでたく映画化されたらしい。当然ながらサントラはザ・クーの曲ばかりになっていた。

舞台となるのはオークランド。カシアスは金がなくて叔父の家に寝泊まりしている黒人の若者で、家賃を稼ぐためにリーガルビュー社でテレマーケティングの仕事に就くことになる。当初は全く顧客が捕まえられずに狼狽するカシアスだったが、やがて鼻にかかった「白人の声」で電話をかける技を習得し、電話先の相手に自分が白人だと思わせることで数々のセールス案件を獲得していく。その一方でリーガルビュー社の労働環境は劣悪なものになっていき、カシアスの仲間の労働者たちは組合を結成して会社に対抗しようとしていた。そんな彼らに同調するカシアスだったが彼は成績が上司に認められ、より高給取りの職員が勤務するという上階のフロアへの異動を命じられる。期待と不安を抱えながら上のフロアへと向かったカシアスだったが、そこで彼を待ち受けていたのは…というあらすじ。

当初は階級闘争とか人種差別などのテーマが絡んでいて、ああブーツ・ライリーらしいな…と思っていると話があらぬ方向に飛んで行って、なんじゃあこりゃあ?という展開になる作品であった。マイク・ジャッジの「オフィス・スペース」と「イディオクラシー」を足した感じに似ているというか。シュールな設定を盛り込んだ風刺的なコメディになっているのだけど、奇をてらいすぎて毒味が薄れてしまったような感がしなくもないかな。

主人公のカシアスを演じるのは「ゲット・アウト」のラキース・スタンフィールド。あとは監督のコネがあったのか有名俳優がいろいろ出ていて、ダニー・グローバーにテッサ・トンプソン、アーミー・ハマー、スティーヴン・ユァンなどなど。カシアスの「白人の声」をデビッド・クロスが吹き替えているほか、声だけのカメオ出演もいろいろあるでよ。

「黒人の声ではテレマーケティングが失敗するのに、白人の声だと成功するのはなぜか」というテーマを掘り下げていったらそれはそれで結構面白い内容になったかもしれないが、あまりにも設定を詰め込みすぎて全体のフォーカスがぼやけてしまったのが残念。しかし話をいろいろ入れ込んだ野心作であることは間違い無いので、今後もしまたブーツ・ライリーが映画を作るとしたら、結構面白いものが出来上がってくるかもしれない。この作品もこれからカルト人気を誇るものになっていくでしょう。