「SUPERMAN: RED SON」鑑賞

マーク・ミラー&デイヴ・ジョンソンによるコミックのモーション・コミック版。世間的には評価の高い作品だけど、前に読んだときはあまり面白いとは思わなかったかな。いわゆる「もしも…」の世界を描いたエルスワールズもので、スーパーマンがアメリカではなくソビエトで育ったという設定のもと、冷戦における最終兵器としてのスーパーマンと、彼を打ち負かそうとするレックス・ルーサーの勝負を描いた内容になっている。

アーティストのデイヴ・ジョンソンって「100 BULLETS」の表紙絵とかで知られる人で、要するに動きのある描写よりも表紙のような静止画を得意としてるわけだが、そのスタイルはコマごとに細かく切り抜かれて動きがつけられるモーション・コミックには合ってないような気がする。またマーク・ミラーは長ったらしくて皮肉のきいたセリフを書くことで人気があるライターだけど(おかげで最近の彼の作品は口の達者なキャラばかりが登場することになった)、実際にそれらのセリフが音読されると非常に長くてわざとらしいものに聞こえてしまう。アートの動き具合も「ウォッチメン」とかに比べて堅いところがあって、DCコミックスのモーション・コミックとしては出来が悪い作品であった。

「マーヴェルマン」復活か!?

ギーク向けのハイプと言われようが、サンディエゴでのコミコンはずいぶん盛り上がってるようで様々なニュースや話題が飛び交っておりまして、それらについてはいずれ後でまとめようかと思うけど、晴天の霹靂のごとく今朝とびこんできたニュースが、なんとマーヴェル・コミックスが「マーヴェルマン」の権利を取得したというもの!!

「マーヴェルマン」(別名ミラクルマン)はアラン・ムーアの初期の大傑作コミックでして、もともと50年代にミック・アングロがキャプテン・マーヴェルをベースに創造したキャラクターを、80年代にムーアが独自のスタイルでリメークしたもので、そのスーパーヒーローの斬新な描写は多くの人に衝撃を与えたんだよね。ムーアが降板したのちはニール・ゲイマンがストーリーを担当したんだけど、途中でキャラクターの著作権に関する問題などが生じてゲイマンの話は未完に終わり、ペーパーバックなども再刊されずファンのあいだでは幻の作品とされていたのです。

それが今回、ゲイマンの手助けなどもありキャラクターの権利がミック・アングロからマーヴェルに移譲されたのだそうな。ただしミラクルマンの権利を主張する人はアングロの他にもたくさんいまして、特に数年前にトッド・マクファーレンが権利を取得したと主張していてゲイマンとケンカになったんだよな。あそこらへんは今後も火種になってくるんだろうか。でもこれで永遠に解決されないかと思われた権利問題に大きな進展が見られたわけで、過去の作品の再販、およびゲイマンのストーリーの続きが読めることを期待していいんだろうか。あとアメリカで発売される際にマーヴェルがクレームをよせたことで「マーヴェルマン」は「ミラクルマン」と改名された経緯があるんだけど、これで晴れて「マーヴェルマン」と呼ばれることになったのも大きな朗報かと。

分からない人には分からないだろうけど、これってファンにとってはとてつもない大ニュースなんですよ。いやーまさかこんなことが起きるとは思わなかった。移譲先がマーヴェルという大会社なのがちょっと不安ではあるけど。

「AVクラブ」のコミック特集

今週の「AVクラブ」はコミコンの開催にあわせコミックス特集を組んでおりまして、グラント・モリソンやセスのインタビュー、「良くも悪くも業界に影響を与えたアーティスト」のリストなど様々な記事がフィーチャーされてるのでありますよ。中でも非常に素晴らしかったのが「スワンプ・シング」のアーティストとして知られるスティーブ・ビセットへのインタビューで、アラン・ムーアとのコラボや80年代のコミック作家の労働環境、「フロム・ヘル」が連載されたことで知られる「タブー」誌の創刊に関わる話など、非常に興味深いことがいくつも語られている。

こういうのを読んでいて歯がゆいのは、アメコミというのが日本ではまだまだ知られていないアートであるということ。いやニッチな産業であることは承知してるんですけどね、アメコミ映画がヒットしているのも関わらず、アメコミの奥の深さが殆ど知られていないのは勿体ないなあと。せいぜいサブカル雑誌でスーパーヒーロー作品が紹介されてる程度だものね。簡単な歴史書というか、20世紀初頭から現在までの代表的な作品とアーティストを簡潔に紹介する本があるだけでも知名度の向上につながると思うのだけど、誰か書いてくれませんかね。

コミコンの「ニセ人気」

数多あるコミック・コンベンションのなかでも最大のものであるサンディエゴ・コミコンが来週開催されて十数万人の来場者が見込まれてるそうだが、ここ数年はむしろコミックのコンベンションというよりも、ハリウッドのスタジオなんかが新作のSF映画やテレビ番組を初公開するような、ギーク向けの映像見本市という風潮が強まってきているらしいんだよね。

これに合わせて出演者などがゲストとして続々来場し、ギークどもはそれを観て狂喜するわけだが、あくまでもコミコンでの評判というのは特定の観客のあいだのものであって、一般の市場でもそれが通用すると思ってはいけないよ、という記事がVARIETY誌に載っていた。最近の「ターミネーター4」や「ウォッチメン」がコミコンでの評判にもかかわらず興行成績が悪かったことをふまえたうえでの記事らしい。

まあ確かにコミコンに行くような客というのは特定の趣味や嗜好を持った人たちであって、彼らが一般社会を代表しているとは考えにくいわな。日本でもコミケで人気があるマンガと一般で人気があるマンガは異なっているんじゃないの?そもそもそうした嗜好をもった人たちのあいだで評判を得ておいて、それを一般市場での宣伝材料に使おうというのがスタジオ側の魂胆であったわけで、それを今になって「コミコン人気は信用できないよ!」なんて言われても、ねえ。作品の不出来を観客のせいにするなよ。出来の良かった「ダークナイト」なんかは一般市場でもちゃんとヒットしたじゃん。

ちなみに記事中でも言及されてるけど、こうしたギーク間での人気を煽り立てている人物にケヴィン・スミスがおりまして、奴とAintItCoolのハリー・ノウルズは煽り文句が多くて言ってることが信用できないんだよな。どちらもギークにとって貴重な存在であることは間違いないのですが。

「フロム・ヘル」日本語版刊行

柳下毅一郎訳で10月発売だそうな。500ページを超えるあの大作がついに日本でも手に入るのか。切り裂きジャックを扱った作品だがいわゆるフーダニットものではなくて、世紀末のビクトリア王朝の腐敗や貧しい庶民の生活、そしてジャックが20世紀にもたらしたものなどを多くの観点から描いた、蘊蓄本に近い内容になっている作品。俺が特に好きなのは前半のロンドン中を馬車で廻りながら、建築物に隠された様々なシンボルの秘密が解説されていく悪夢のようなシーン。コミックにおける時間の流れ(特に時間がゆっくり進む描写)なども非常に良く練られたものになっているので、書店で見かけたらぜひ手にとってご照覧あれ。映画版とはまったくの別物だからね!

ただし個人的にはエディ・キャンベルのアートがどうしても好きになれなくて、彼が才能あるアーティストだというのは承知してるのですが、写実的というよりもむしろ抽象的(と俺は思う)なそのスタイルは、これだけ多数の人物が出てくる作品にはちょっと向かなかったんじゃないかと。読んでて人の顔の区別がつかなくなることが多々あったような。もちろん彼のアートがこの作品のムードにたぶんに貢献していることは承知してるのですが、他のアーティスト(例えばブライアン・タルボット)が担当してたらどんな作品になっただろうと思うことしきり。

ちなみにみすず書房のサイトにある「マンガとも小説とも異なるグラフィック・ノベル」という表現にはちょっと違和感を感じまして、「グラフィック・ノベル」の定義については本国のアメコミファンのあいだでも議論されてるんだが、個人的には「グラフィック・ノベル=マンガ」なので、変に名称を変えてマンガとは別物扱いで宣伝することはあまり好きではないのであります。