スーパーヒーローは離婚しちゃいかんのか?

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アメコミ界で最近話題になってるのが、「スパイダーマン」シリーズにおける「ONE MORE DAY」というストーリー。

(以下ネタバレあり)これはこないだの「CIVIL WAR」 でスパイダーマンが全世界に自分の正体を明かしてしまったことが発端で、彼の家族までが悪人に狙われることとなってメイおばさんが狙撃されてしまう。ピーターは彼女を救おうと努力するものの、すべてが徒労に終わっていた。そんな彼のもとに悪魔メフィストが現われ、ピーターとメリー・ジェーンの結婚と引き換えにメイの命を救ってやるという究極の選択をつきつける。そしてピーターとメリー・ジェーンは話し合った結果メフィストの申し出を受けることになり、歴史が修正されて2人の結婚は「なかったこと」になり、ピーターはメイおばさんと同居してる状態に戻り、数年前に死んだハリー・オズボーンもなぜか甦り、ピーターとメリー・ジェーンはただの知人となって、新しい人生を踏み出すことになるのでした…。というのが大まかなあらすじ。

歴史が修正され、今までの設定や出来事が「なかったこと」になるのはアメコミだと良くあることだけど、ここまで大きな修正をこれだけ強引な手法でやってしまったのは前代未聞じゃないだろうか。これの根底にあるのは、スパイダーマンを「結婚しているヒーロー」として描いていくことに限界が見えてきたからなんだろうな。かといって子供たちのヒーローである彼を離婚させるのもマズいから、あくまでも「自己犠牲」という形に持っていったのか。でもメフィストって基本的には「ゴーストライダー」のようなオカルト系ヒーローの敵役であって、スパイダーマンの前にはそんなに登場したことがなかったのに、突然「機械仕掛けの神(悪魔か)」のごとく出てきて物事をお膳立てするのって無理があるよな。このあまりにもな展開は本国のファンにもボロクソにケナされているようで、早くも90年代の「クローン・サーガ」並みの大失敗だという声も高い。

コミックって役者のいる映画やTVドラマと違って、登場人物が本当に老けたり死んだり降板したりすることがないんだから、こんな強引な歴史修正をしなくてもメリー・ジェーン抜きのピーターの生活を描くことはいくらでもできたと思うんだけどね。結婚前の時代を舞台にしたタイトルを出版するとか。「ULTIMATE SPIDER-MAN」だって2人が結婚してない話だし。DCのスーパーマンなんかはタイトルによって結婚する前と後の話がうまく分けられてるじゃん。

さらに言わせてもらえば、スーパーヒーローが離婚するのはNGなのか?そりゃヒーローが子供たちに対して「悪い例」となるのは問題だろうが、アメコミの購買層って30代が中心じゃなかったっけ。それに今やティーンの憧れのアイドルが平気で妊娠したり離婚したり酒や麻薬でリハビリに通う時代でっせ、「悪い例」なんてのは巷に氾濫してるんだから、コミックのキャラクターが離婚したってそんなに影響はないと思うんだけどね。むしろ離婚したスパイダーマン、というのは面白そうな設定じゃないか?離婚したスーパーヒーローなんて希有な存在だからね。俺が知ってる限りではXメンのサイクロプスが妻子を捨てて元彼女のもとに走った例があったけど。

まあ今回の例が示すようにコミックなんて「何でもあり」の世界だから、この一連の騒動もいずれ「なかったこと」にされる可能性もなくはないが。メイおばさんなんて90年代に一度死んでるのに、ちゃっかり生き返ってるからね。ただ最近のマーヴェルは「HOUSE OF M」や「CIVIL WAR」などでファンの期待を裏切り続けているので、もうちょっとちゃんとして欲しいところです。今回の歴史修正ではピーターの正体バラしも「なかったこと」になったらしいが、じゃあ1年前に「CIVIL WAR」であれだけ煽ってたのは何だったんだよ。

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「BLACK DOSSIER」読書メモ その3

・逃避行を続けるミナとクォーターメインは、”M”の正体を探るために、彼が通ったとされる男子校へ足を運ぶ。そこで彼の元同級生に出会った2人は、”M”の意外な真実を知るのだった。ここはどうもチャールズ・ハミルトンなる作家がフランク・リチャーズ名義で書いた少年向け小説をベースにしてるらしいんだが、元ネタをまるで知らないのであまり楽しめなかった。
・海辺の宿屋に泊まった2人はさっそく一発やります。最近のムーアはこんなんばっか。すっきりした2人は「黒本」の続きを読むことに。
・ここからまた「黒本」の中身に移り、お馴染みのミナ・マーレイの第一次「リーグ」の結成の過程が、カンピオン・ボンドの手記によって明かされる。この「リーグ」はモリアーティ教授によって構想され、ボンドとミナの出会い、そして南海の孤島におけるミナとネモの出会いの光景などが描写されている。
・ノーチラス号のクロスセクション図。
・ロンドンの観光案内。この世界ではネルソン像の代わりにホーンブロワーの像が建てられているのだ。
・ミナとクォーターメインが世界各地を旅したときの絵葉書が紹介される。インスマウスとかチベットの秘境とか。このころクォーターメインが若返り、ミナと一緒にオーランドーに出会ったらしい。
・ミナ・マーレイの第二次「リーグ」の冒険が紹介される。このときのメンバーはミナとクォーターメイン、オーランドーに幽霊狩人カーナッキ、そして紳士泥棒A・J・ラッフルズだそうな。そして世界大戦の影が忍び寄るなか、フランス政府はイギリスに負けじと独自の「リーグ」として「Les Hommes Mysterieux」を結成。メンバーはジュール・ベルヌの征服者ロビュール、アルセーヌ・ルパン、怪盗ファントマ、そしてMonsieur ZenithにNyctalope…って誰だこの2人。この2つの「リーグ」はオペラ座で対決することになるのだが、その背後で暗躍するのはドイツの「リーグ」である「Der Zwielichthelden」だった…。この対決については続編で詳しく描かれるらしいぞ。ちなみに「Der Zwielichthelden」のメンバーはドクトル・マブゼにカリガリ博士、および「メトロポリス」のロトワングとマリアというなかなか豪華な面々。やはりマリアは美女に化けたりするんだろうか。
・次はP・G・ウッドハウスのコメディ小説「ジーブスとウースター」シリーズ(フライ&ローリー主演でドラマ化されたあれだ)をベースにクトゥルフ神話を混ぜ合わせた短編。ウースターはジーブスと友人を連れて叔母の家にやってくるものの、そこの庭師がアレな人だったために異星の怪物が出現して大変なことに。そこにミナたちが救援に駆けつけて…といった内容の話。コメディ・タッチで書かれてるんだけど結末はやたらブラックだったりする。

これで2回目の「黒本」部分は終了。これでやっと全体の半分を越えたくらいかな。

「In Search of Steve Ditko」鑑賞

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BBC Fourのドキュメンタリー番組「In Search of Steve Ditko」を鑑賞。スティーヴ・ディッコ(ディトコ)といえばスパイダーマンの原作者の一人として日本でもそれなりに知られたコミック作家だが、昔から大のプレス嫌いでインタビューは一切行わなかったし、彼の写真も4〜5枚しか存在せず、当然コンベンションにも顔を見せたことがないという徹底的に謎めいた、ピンチョンやサリンジャーのような存在なんだよね。この番組はコミック・ファンとして知られるジョナサン・ロスがディッコの業績や影響について語り、業界の有名人にインタビューしながら彼の素性を追求していくというもの。ジョナサン・ロスといえばもはやベテランの域に達したTVパーソナリティーだが、こうした番組を作ってくれるのは嬉しいよな。

そしてロス自身がインタビューしていく面子がなかなか凄い。ジョー・ケサダにマーク・ミラー、アラン・ムーアにニール・ゲイマン、ジョン・ロミタ、ジェリー・ロビンソン(ディッコの師匠だったのか!)、そしてもちろんスタン・リーなどなど。彼らの証言によって、スパイダーマンやドクター・ストレンジ、ミスターA、クリーパー、ホーク&ダヴといった人気キャラクターの誕生の裏側が明かされていくほか、突然マーヴェルを去った理由や、アイン・ランドのオブジェクティヴィズムへの傾倒、スパイダーマンにまつわるスタン・リーとの葛藤などが語られるのは非常に興味深い。

さらにロスはディッコの住所をつきとめ、ニール・ゲイマンとともにニューヨークに渡ってディッコのアパートに押しかけてしまう!さすがにカメラを持ち込むことはできなかったが、20分くらい話して結果的にはいい友達になれたんだとか。すげえ。我々視聴者がディッコの姿を見ることができなかったのは残念だが、彼の偉大さについてうまく解説した良質の番組だったと言えよう。

「BLACK DOSSIER」読書メモ その2

・「黒本」の紹介が続き、「TRUMP」なる子供向けコミック雑誌(BEANOみたいなやつ)が登場。表紙は「何がジェーンに起こったか?」の1ページマンガになっている。
・それから数ページは(ヴァージニア・ウルフの)オーランドーの絵物語が続く。古代エジプトに生まれたオーランドーは、性別を変えながら何千年ものあいだ世界各地を放浪し、歴史の生き証人となってさまざまな経験をしていく。彼は「リーグ」の設立にも深く関わっており、「黒本」の陰の主人公と言えるかもしれない。
・次は「Færie’s Fortunes Founded」という、シェイクスピアの幻の遺稿が紹介される。戯曲の形式をとりながら、オーランドーとプロスペローが妖精の血を引く女王グロリアナの命を受けて、「リーグ」を結成するまでが描かれている。シェイクスピアの文体を真似て、ムーアが悪ノリで書いてるのがよく分かる。
・それからファニー・ヒルの独白の形をとった絵物語が登場。ここだけ紙の材質が違うという凝りよう。性に奔放なファニーがいろいろエッチな目にあいながら、ガリバー率いる第2次「リーグ」と冒険をともにしていく。ここがいちばんアダルトな部分だな。
・ジョージ3世の風刺画が紹介されて、最初の小説部分は終了。
・ここから話はコミック部分に戻り、「黒本」を手にしたミナ・マーレイとクォーターメインが下宿を出て逃避行を続ける。
・一方、”M”は「黒本」を取り戻すため、ジェームズ・ボンド、エマ・ピール、ブルドッグ・ドラモンド(著作権の関係から名前が微妙に違っている)の3人を刺客として送り出す。「おしゃれ(マル秘)探偵」のエマ・ピールの登場からも分かるように、小説だけでなく映画やTVシリーズのキャラクターが登場するのが本書の特徴になっている。

ちなみにジェス・ネヴィンズによる注釈のページはこちら。前2作のときと同様に、いずれ本にまとめられて出版されるらしい。