「PRIDE OF BAGHDAD」読了

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ブライアン・K・ヴォーンがストーリーでニコ・ヘンリション(HENRICHON。ケベコワらしいので「アンリション」かもしれない)がアートを担当したDC/ヴァーティゴの単発コミック「PRIDE OF BAGHDAD」が「ヴァラエティ」や「デイリーヨミウリ」を含む、あらゆる方面で大絶賛を受けていたので、アマゾンでさっそく買ってみた。136ページのハードカバーで2080円也。

ブライアン・K・ヴォーンといえば、謎の疫病によってすべての「男」が死に絶えて女性だけとなった世界に1人生き延びた少年の冒険を描いた「Y: THE LAST MAN」や、911テロのあとにニューヨークの市長になったスーパーヒーローが主役の「EX MACHINA」など、優れたコンセプトをもった作品を書くことで近年評価が非常に高まっている作家だけど、それらの作品は個人的にはピンとこないところがあったかな。でも最近ダークホースでやってるミニ・シリーズ「THE ESCAPISTS」は非常にいい作品ですよ。そしてこの「PRIDE OF BAGHDAD」はタイトルの通りイラクのバグダッドを舞台にしたもので、実話をもとにしているらしい。主人公となるのはアメリカのイラク侵攻によって無人となった動物園から逃げ出したライオンの一家(「PRIDE」にはライオンの群れという意味もある)。アフリカの大地を覚えている老いた雌ライオンと、心優しい雄ライオン、その妻の雌ライオンと息子で好奇心旺盛な若ライオンの4匹が、戦争の動乱のなかでバグダッド市内をさまよい、狡猾なサルの集団や老いたウミガメ、そして人間の操る戦車などに遭遇していく。いわゆる「お話しする動物」の物語とはいえ内容はきわめて真剣で、戦争に巻き込まれた動物たちが辿る運命が描かれていく。現実社会のアレゴリー的なセリフやキャラクターも出てくるものの、あまり露骨な政治批判とかはないかな。美しくも悲しい、大人向けのおとぎ話といった作品。

このように内容は決して悪くないんだけど、個人的には評判ほどの出来ではないかな、といった感じもする。まあ「ウォッチメン並みの大傑作!」みたいな書評を見て過剰に期待していたのが原因なんだけど、話の展開が比較的ストレートであまり「これは!」と思わせるようなところがなく、そんなに話に深みがなかったような気がする。物語後半の戦闘シーンとかも典型的なアメコミ調で不必要に感じられたし。それとも俺に読解力がないだけなのかな。なんにせよヘンリションのアートは非常に美しいし、何の前知識もいらずに読むことができる作品なので、アメコミの入門書とかにはうってつけの作品だろう。

しかしイラク戦争も泥沼にはまってズルズルと続いてるね。ベトナム戦争を主題にした映画とかが数多く作られたように、今後はコミックでも映画でも、このようにイラクを舞台にした作品がどんどん作られてくんだろうか。

コミック作家は全米図書賞の夢を見るか?

昨日に続いてWIRED関連の話。あそこのスタッフライターが自分の記事で、とあるグラフィック・ノベル(コミックのことだよ)が全米図書賞にノミネートされたことに対し、「コミックなんてものは全米図書賞に値しない」と書いたことで、多くのコミック・ファンはおろかニール・ゲイマンからも非難を受けているんだとか。例えば2001年にガーディアン・ファースト・ブック・アワードを受賞した「ジミー・コリガン」なんかは、コミックであってもそんじょそこらの小説が到底かなわない繊細さを誇る作品だし、「図書」と名が付いているからにはコミックがノミネートされたっていいじゃん、と思うんだけどね。

まあ1人のライターの意見として聞き流しとけばいいんだけど、彼が当のノミネートされた作品を読んでないと告白してるのは噴飯もの。批評のネタにとりあげるんだったら立ち読みくらいしとけよ。WIREDもずいぶんバカな奴に記事を書かせたもんだね。

ちなみに俺は「グラフィック・ノベル」という言葉がどうも好きになれなくて、これはその昔コミックがひたすら偏見を受けていた時代において、もうちょっとサエた名前をつけることでコミックがれっきとしたアートであることを表明しようとしたウィル・アイズナーが考案されたという由緒ある言葉だが(異説あり)、これってなんか「ふんどし」を「クラシックパンツ」と呼ぶような、別に恥ずかしがる必要もないのにカッコいい言葉の裏に隠れてるような気がしてしょうがないのです。おかげで最近は日本の映画雑誌なんかも「原作はアラン・ムーアのグラフィック・ノベルで…」みたいな文を書くようになったけど、別に「コミック」は「コミック」なんだって胸を張って言ったっていいじゃん。

グリーン・ランタンの指輪の作り方

スラッシュドット経由で、DCコミックスの老舗スーパーヒーロー「グリーン・ランタン」の指輪の作り方を説明したサイトを発見。一見チャチそうで、実はちゃんとしたメタル製らしいんだけど、製造過程がやけに複雑そうなので個人的にはあまり興味あるものではないな。

アラン・スコット(初代グリーン・ランタン)の指輪がレトロなデザインなのは知ってたけど、ハル・ジョーダン(2代目)とカイル・レイナー(3代目)の指輪のデザインも微妙に異なってるんすね。

「アメリカン・コミックス大全」読了

近所の図書館で小野耕世の「アメリカン・コミックス大全」なる本を発見したので、借りて読む。小野耕世といえば70年代のSFマガジンで書いてた、アメコミに関するコラムを集めた本「スーパーマンが飛ぶ」と「バットマンになりたい」は結構名著だと思ってるんだが、この本は実にそれ以来の、30年くらいぶりの単行本になるらしい。もっともその間に「マウス」とか「ボーン」の翻訳など、何かしらアメコミと縁のある仕事をしてた人なんだけどね。

本の内容は3章に分けられ、最初は70年代の原稿をベースに、それ以前のコミックおよびスタン・リーやジャック・カービィにまつわる文章(本人たちへのインタビューもあり)が載せられている。
第2章は新聞連載のコミックが中心で、「ブロンディ」や「リル・アブナー」といった古典的作品の話から、「キャルビンとホッブス」や「善かれ悪しかれ」といった最近の作品などについて書かれている。日本ではなかなか知ることができない、アメリカの新聞連載コミックスについての情報はかなり貴重。「ブロンディ」を語るサミュエル・フラーのインタビューなんてのも載せられている。

そして第3章はいわゆるオルタネイティヴ・コミックスが中心となり、これも日本ではあまり知られていないジェフ・スミスやアート・スピーゲルマンやジョー・サッコといった作家たちの話が、本人たちの生の声とともに紹介されているのが非常にためになる。ハーヴェイ・カーツマンやウィル・アイズナーといった古典的「オルタネイティヴ」作家についての文章もあり。

個人的には小野耕世ていうと70年代の人というイメージが強かったんだけど、この本に書かれた文章は非常にアップトゥデートなものであり、「スパーダーマン」や「バットマン」の映画版や、911テロがコミックに及ぼした影響などについてもいろいろ書かれている。よってアメリカン・コミックス(特にオルタネイティヴ系)の最近の状況を知るうえでも役立つ本だと言えよう。最近は映画雑誌がよく「スーパーマン・リターンズ」や「X3」つながりで、アメコミに関する生半可で間違いだらけの記事を載せてるけど、あんなのとは比べものにならないくらい内容の濃い本になっている。

但し残念なのは、文体がいわゆる独りよがりな学者風でとても読みづらい(つうか文章ヘタ)うえ、明らかな誤訳にもとづいた文章があったり、ジム・ウッドリングの「フランク」について「フレッド」と誤記してたり、「ウォッチメン」のアーティストを「ウィリアム・ギブソン」と記したり(!)と、モウロクしてまっかあ?と思ってしまうようなミスが多い点。本当に近年の文章は文脈の逸脱が激しく、読んでてイライラさせられるところも少なくない。「ヘルナンデス兄弟という名まえは、明らかにスペイン系だから、彼らがメキシコとの国境近くの出身なのか、中米に住んでいたのか、そのあたりのことはわからない。もちろん調べればわかるけれど、それはたいしたことではない。」なんて文を読んだときは、本をブン投げようかと思ったくらい。ちょっとは調べろよ!あと「バッドマン」なんて表記が普通に載ってるのを見ると、編集者もそうとう手抜き仕事やったんだろうね。

こうした欠点のおかげで決して出来の素晴らしい本だとはいえないけど、アメコミを身近な視点から紹介した本としては日本では唯一といってもいいくらいのものであるのは間違いない。読むにはアメコミの初歩知識が必要かもしれないが、アメコミの深い世界を知りたい方には一読をお勧めします。

マッカーシズム再来!

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ダーウィン・クックやマイク・オールレッドといった業界のトップ・アーティストに毎号1人ずつスポットライトをあてるDCコミックスのアンソロジー誌「SOLO」の第12号は、あのブレンダン・マッカーシー大先生が主役なのであります。インド絵画に強い影響を受けた「SKIN」や「ROGAN GOSH」といった激烈なサイケデリック・アートで名高い彼は、ここ15年ほどハリウッドという辺土に住まわれていたのですが(日本でもちょっと放送した傑作CGアニメ「REBOOT」のキャラクターデザインは彼だ)、このたび満を持してコミックス界に再来されたのでございます。

そしてそのアートは以前にも増して実に素晴らしい。そのコンセプト、そのデザイン、その色使い、どれをとってもそんじょそこらの自称”前衛アーティスト”どもを絶望の底に突き落とすくらいの見事さ。マッカーシー大先生、「マッド・マックス4」の映画化の話はいい加減あきらめて、コミックスに戻ってきてくださいよ。ちなみにこのインタビューによると、彼はイギリスのアーティストを中心にした月刊誌を作りたいそうだ。実現されたらいいなあ。

なお「SOLO」は販売数低迷により、残念ながらこれが最終号。本来ならブライアン・ボーランドやブルース・ティム、デイブ・ギボンズといったアーティストの号が予定されていただけに、こんな良質のタイトルが売れない業界というのは本当にヤバいと思ってしまうのです。

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