「MAD」休刊

1952年に始まった老舗ユーモア雑誌「MAD」がその歴史に幕を閉じるそうで。厳密にいうと発行元のDCからはまだ公式な発表が出てないし、過去の作品のリプリントは続けるて年末号にはちょっと新作を掲載するらしいが、まあ実質的な休刊とみなして良いでしょう。折りたたみマンガで知られる長年のアーティスト、アル・ジャフィー(98歳)は現役のまま「MAD」の終わりを見ることになった。

個人的には熱心な読者というわけでもなかったが、雑誌という形態から日本の洋書店でも比較的容易に見つけることができ、神保町のタトル商会とかでよく立ち読みしてました。DCのヴァーティゴで作品を出していたピーター・クーパーが名物連載「SPY VS. SPY」を引き継いだころで、セルジオ・アラゴネスなんかもよく寄稿していたな。創始者のハーヴェイ・カーツマンによる過去の作品も読んで、その奔放さに驚いたものです。

元々はホラー・コミックで知られるECコミックスから出版され、コミックス・コードと戦ったことで知られる出版人のウィリアム・ゲインズによって立ち上げられたコミック誌だったが、コミックス・コードの規制を避けるために「コミック」ではなく「雑誌」の形式をとって、カーツマンのもとウォリー・ウッドやウイル・エルダーといったアーティストを起用して人気を博していく。

これも個人的にはスケールが掴みづらいのだけど、「MAD」がベビーブーマーの世代に与えた影響ってものすごいものがあるようなのですね。ロバート・クラムやテリー・ギリアム、アート・スピーゲルマンといったアーティストたちだけでなく、「え、あなたも?」と思うような人たちがインタビューで「MAD」の影響を公言しているのを何度目にしたことか。権力やメディアを徹底的に風刺するそのスタイルが、当時のカウンターカルチャーに与えた影響は相当なものであるらしい。アメリカだけでなくイギリスではアラン・ムーアなどが「MAD」の大ファンだし、日本ではモンキー・パンチや赤塚不二夫などがその影響を公言している。さらに言うとジョーダン・ピールだって雑誌をベースにしたTV番組「MAD TV」の出身だぞ。個人的には「シンプソンズ」でのトリビュート(「もう僕はこの目を洗わない」)が好きですね:

最近でもトランプが民主党のピート・ブーテジェッジ市長を「アルフレッド・E・ノイマン」(MADのマスコットキャラクター)呼ばわりして、ブーテジェッジ(37歳)が「それ誰だっけ?」と返したやりとりがありましたが、もう若い世代は「MAD」とか読まないんだろうな。出版業界自体がアメリカでも落ち目なのか、DCはこないだヴァーティゴの終了も発表したし、いろいろ寂しいこってす。

「MAD」のライバル誌(たくさんあった)の1つ「CRACKED」が休刊してウェブメディアになってから意外と成功している(こないだスタッフ解雇してたけど)ように、雑誌以外の媒体で「MAD」の伝統を残すことはできないのだろうか。

「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム」鑑賞

公開中なので感想をさらりと。とはいえヴィランに言及しないといけないので以下はネタバレあり。

  • 前作では6人いた脚本家が2人になった一方で、全体的にストーリーが散漫になった印象あり。ヨーロッパ各地をまわる設定のため、イベント→休憩→イベントといった流れになっているためか。
  • とはいえピーターたち一行が旅行を楽しんでいる(?)のを眺めるのはそれはそれで面白いわけで。ただ大作映画というよりもTVシリーズみたいな展開だな、と感じました。
  • 「アメイジング〜」のときもそうだったけど、ロマンスの部分になるとスパイダーマンってやはり良いですね。若者がドキドキしてるところがうまく表現されているというか。ここは他のMCU映画にない、スパイダーマン特有の強みじゃないだろうか。
  • その一方で敵役がちょっとなあ。ヴィラン自体はリー&ディトコのキャラクターのなかでもその独創的なデザインが好きだし、彼なりの特徴ある戦い方などはうまく描けてると思うのですよ。ただエレメンタルズという相手がアベンジャーズ的というか、路上で戦うスパイダーマン向きではないというか。もうちょっとマンツーマンで戦うようなシーンが欲しかったな。
  • キャストは2作目(あるいはそれ以上)ということもあり、みんな小慣れててよかったのでは。個人的にはベティ・ブラントが前作以上に出てたのが良かった。最後の最後にはあのお方が復帰されて、やはり「アメイジング〜」に欠けてたのは彼だよね〜。
  • とはいえあの終わり方、次作でちゃんと収集がつくのか不安だが、大丈夫なんだろうか。フェイクニュース!で片付けるのかな。
  • 劇中で「アース616」が言及されていたが、アラン・ムーア考案のネタがMCU映画に出てきたのってこれが初じゃないかな?こうしてムーア御大の呪いがMCUにも発動するのか…?

まー今年(昨年)は「スパイダーバース」というホームラン級の傑作があったために、あれと比べると見劣りしてしまうのは仕方ないのだが、全体的には楽しめる作品であったかと。これでマーベル映画のフェイズ3も終わり、今後はスパイダーマンが他の映画にどう関わっていくんでしょうね?

「X-MEN: ダーク・フェニックス」鑑賞

海外でちょっと先に観てきてしまいました。以下はいちおうネタバレ注意。

  • 「ダーク・フェニックス・サーガ」といえばコミック史上に残る有名なストーリーラインだが、ヒーローが強大な力を手に入れたことで悪に転じて、悲劇的な結末を迎える…というストーリーは必ずしも娯楽大作向けではないと思うのですね。コミックにおいても「本物のジーンは海の底で寝てました」とレトコンされてるし、映画でもすでに「ファイナル・デシジョン」で一回やって、あまり面白くなかったし。「アポカリプス」もそうだったが、あまりコミックに沿わないほうが劇場版「X-MEN」は面白いのではないか。
  • 製作時はまだディズニーによるFOXの買収は影響なかったと思うけど、それでも何というか、フランチャイズの末期の疲れみたいなものが感じられる内容になっている。せかしたプロット、拘束時間が短かったのか途中退場する出演者などなど。
  • 映画作りでいちばん避けるべきことは「共感できるキャラクターが誰もいない」状況を作ってしまうことだと思うのだけど、この映画の前半はまさしくそんな感じ。プロフェッサーXは大衆の人気を得るために大統領に媚びへつらってX-MENを顧みないし、ジーンはどんどん悪に転じていくし、他のキャラクターはあたふたしているだけだし。せめて敵キャラがもっと魅力的だったら助かったのだが。
  • とはいえ役者陣が手堅いのは救いで、マカヴォイにファスベンダー、ローレンスといった有名どころが揃って出演しているのはそれでも見応えがあるんじゃないかな。最後の列車のクライマックスとかそれなりに盛り上がったし。ジェシカ・チャステインは別に彼女でなくても良かったんじゃね?と思いますが。
  • 来年の今頃にはマーベル傘下になった新たなX-MENのキャストが発表されて話題になってるんじゃないかと思いますが、FOXのX-MEN(あとライミのスパイダーマン)こそが今のスーパーヒーロー映画のブームを築くもとになった作品だと個人的には考えているわけで、これだけジャンルに貢献したフランチャイズが、このような凡作でひっそりと終焉を迎えることは寂しくて仕方がないのです。ちゃんと劇場公開されただけ「ニュー・ミュータンツ」よりもマシなのだろうけど。

「Batman & Bill」鑑賞

いまちょっとVPNをゴニョゴニョしてアメリカのHULUに加入してまして、いくつか観たかった作品をチェックしているのでございます。そのうちの1つがこれで、バットマンの知られざるクリエイターであるビル・フィンガーにまつわるドキュメンタリー。

バットマンのクリエイターといえばアートも担当したボブ・ケイン(写真左)が有名だし、コミックも映画も長らくケインのみが唯一のクリエイターとしてクレジットされていたが、実際のキャラクター設定などはケインの友人だったビル・フィンガー(写真右)が行った、というのはアメコミファンのあいだで長らく語られてきた話でありまして、ここらへんは明確な証拠などは存在しないものの、ジェリー・ロビンソンやカーマイン・インファティーノといった同時代のアーティストが証言していることだし、ケイン自身もフィンガーの死後にしれっと認めてたりするのでまず間違いないのでしょう。

ケインの当初のデザインでは凡庸な格好だったバットマンを闇の騎士としてのデザインに変え、ジョーカーやリドラー、ブルース・ウェインといったキャラクターを生み出していったのが実はフィンガーであることが、このドキュメンタリーでは語られていく(ここらへんロビンソンの貢献もあったはずなので、あまり明確ではないのだが)。

ボブ・ケインはアーティストとしてよりもビジネスマンとして腕のたつタイプであったようで、DCコミックスには彼が唯一のクリエイターであると伝え、他のアーティストがバットマンを描くようになっても自分の名前のみを作品にクレジットさせ、そして60年代にアダム・ウエスト主演のTVシリーズが爆発的人気を博したことで彼の名前もコミックファン以外にも知られるようになる(実はフィンガーがTVシリーズ版のエピソードを1つ執筆していたことは知らなかった)。彼がDCコミックスとの間に「バットマンのクリエイター表記には自分の名前のみを載せること」という契約を結んだ、というのは長らくファンのあいだで語られてきた話だが、その契約が実際に存在するのかはこのドキュメンタリーでも明らかにされない。

一方のフィンガーはコミック以外の文章なども書いて細々と糊口をしのぐ有様で、ケインが手にした名声とは無縁の生活を送っていた。それでも初期のコミコンのゲストに招かれ、当時のファンジンに彼がいかにバットマンに貢献したかというコラムが載せられたものの、ケインがそれに反論する手紙をそのファンジンに送っていたりして、まあケインはフィンガーによる貢献の事実を明らかに否定しようとしてたようです。そうしてフィンガーは家賃も払えぬまま、ニューヨークのアパートで1974年にひっそりと孤独死し、墓碑もない墓に葬られてしまう。

これらの話はアメコミのファンならば比較的よく知られているもので、ジャック・カービーや「スーパーマン」のシーゲル&シュスターなど、コミックのクリエーターが出版社から満足な扱いを受けなかった話は他にもあるのだが、このドキュメンタリーは単にフィンガーの紹介をするだけでなく、作家のマーク・タイラー・ノーブルマン(写真上)の活動を追っていく。

子供向けの本を執筆しているノーブルマンはフィンガーと彼が受けた不遇のことを知り、彼の名誉を回復させるために積極的な調査を行なっていく。その一環としてフィンガーがかつて住んでいたアパートを訪れたり、近所のフィンガーという姓の人にかたっぱしから電話したりして、なんかストーカーと勘違いされそうなこともやってるのですが、すごくいい人そうなんですよノーブルマンさん。ちなみに彼はこの調査をもとにフィンガーの伝記も書いています。

どうもアメリカの法律では、フィンガーがバットマンのクリエイターでもあるよ、と主張するのは親族が行わないといけないらしく、ノーブルマンはフィンガーの子孫を探しに奮闘する。2度結婚したフィンガーは最初の妻との間に息子のフレッドをもうけていたが、フレッドはゲイであり1992年にエイズで亡くなっていた。

こうしてフィンガー家の血筋は絶えたかのように思われたが、フィンガーの妻の親族と話したところ、実はフレッドは一度結婚しており、アシーナという娘がいることが判明、ノーブルマンは早速彼女に会いにいく。そして彼女(とその母親)の口から、フレッドも彼なりに父のビルのことを想っており、バットマンのクリエイターであることを認めてもらおうと過去にDCコミックスを何度か訪問していたものの、願いは叶わなかったことが明かされる。

しかし当時に比べてバットマンはDCコミックス、さらにはワーナー・ブラザースにとって非常に重要なフランチャイズになっていた。よって企業としても余計な訴訟は避けたいこと、そしてノーブルマンの活動も功を奏して、アシーナは映画のプレミアに招待されたり、ワーナーから貢献料を払われたりする。これを見て、DCコミックスいいことやってるね!と一瞬思うのですが、そのうち彼女のもとには、バットマンに関する一切の権利を放棄するよう求める手紙がワーナーから送られてきてしまう。

これに不満を感じた彼女は、ワーナーと交渉することを決断。あまり著作権の定義とかよくわからないのですが、ビル・フィンガーがバットマンの創造に関わったことは明らかであることなどからワーナーが折れる形になり、バットマンの誕生から80年近く経ってから初めて、フィンガーがバットマンの共同クリエイターとしてクレジットされることが認められ、その後公開された「バットマン vs スーパーマン」でフィンガーの名前が出てくるのをノーブルマンが見つめるところでドキュメンタリーは終わる。

バットマンの知られざるクリエイターをただ紹介するだけのドキュメンタリーかな、と思ったら後半は一人の男性の根気強い活動の話になり、それが実際に物事を変えるという展開は見ごたえのあるものでした。バットマンに限らず、アメコミのキャラクターってクリエイターが誰だか明確にされていないものが意外と多いので、これが状況の改善につながっていくといいなと。劇中ではケヴィン・スミスやロイ・トーマスに加えてなぜかトッド・マクファーレンがインタビューされていて、ニール・ゲイマンと著作権であれだけ争ったお前が何を言うか、という感じでしたが。

あとはね、クリエイターを自認する人たちは子孫作っといたほうがいいよ、という重要性が感じられる内容でした。ゲイでも子供つくっておけば、あとで印税がっぽり貰えるかもしれませんから!

「アベンジャーズ/エンドゲーム」鑑賞

絶賛公開中なので感想をざっと。以下はネタバレ全開なので注意。

  • 戦闘シーンが続いてばかりだった前作に比べ、今回はプロット重視になっていて断然楽しめる出来になっていた。キャストも指パッチンされた面々がいなくなった分、ストーリーがアベンジャーズの主要キャラ(プラス数名)のみに専念されて話がグイグイ進み、3時間という長尺が気にならない展開であったよ。しかし前作のラストで活躍が期待されたキャプテン・マーベルが強力過ぎて、話にほとんど関わらないのはご愛嬌。
  • タイムトラベルが絡んだストーリーの常として、いろいろパラドックスとがが気になるのだが、まあそこは真面目に考えても仕方ないでしょう。これが過去のMCU映画を再び訪れるという仕掛けになって、ナタリー・ポートマンやレネ・ルッソ、さらにはロバート・レッドフォードといった役者などが再登場していたのは見事なファンサービスでしたな。いっそエドワード・ノートンとかテレンス・ハワードなんかもしれっと再登場させれば良かったのに。
  • サノスがあまり面白くない敵役なのは相変わらずで、しかも今回は主人公たちよりも知っている情報が少ないという損な役回りなのですが、彼の戦闘シーンは最後に1つだけ大きいのを持ってきたのは存在感があってよかったかと。
  • 前作、もしくは他のMCU映画からの伏線をきれいに畳んでいく内容ではあるものの、前作でバナーがハルクに変身できなかった理由って結局なんだったの?あれは大きな伏線かと思ってたのに。
  • ホークアイの日本語は何を言ってるかわからないので、字幕つけたほうが良いのでは。
  • アントマンとウォーマシーンは「オフロでGO!!!!! タイムマシンはジェット式」の内容を知っていた。
  • まあMCU映画の1つの終わりを飾る作品ではありますが、フェイズ3の終わりでもないし(今度のスパイダーマンがそうらしい)、MCU映画も利益を生む限りはこれからもどんどん作られますからね?こういうフランチャイズ映画ってキャストが歳をとってしまうのが一番の問題であったが、マイケル・ダグラスとかの顔がCGで若返ってるのを見ると、この映画で降板するはずのキャラクターたちも、いずれまた不気味なほど若返って再登場して、ディズニー帝国の陽を沈ませないのではないか、と思わずにはいられないのです。