スタン・リー死去

ついにこの日がやってきてしまった。アメコミを読み始めた頃、英語がろくに分からない子供にとっても、マーベル作品の1ページ目に乗っている「Stan Lee Presents」の言葉は印象的であり、マーベルを統括しているこのスタン・リーって偉い人なんだな、と思ったものです。

90年代になってインターネットで情報が入ってくるようになると、スタン・リーの経歴や功績だけでなく、彼がいかにアーティストを搾取していた山師だったとか、実際にキャラクターを考案したのは彼でなくアーティストたちであったとか、彼のことを否定的に見る意見も目にするようになったと思う(俺もずいぶん感化された)。ただ大学の卒論でアメコミの歴史について書いたとき、やはり1961年のファンタスティック・フォーに始まり、スパイダーマンやアイアンマン、ソーやデアデビルといった人気キャラクターたちを数年のあいだに怒涛のペースで生み出していった労力を改めて実感して畏敬の念を抱いたものだが、その原動力ってやはりスタン・リー自身だったのですね。

アメコミの読者が、実際に動いて話せるコミックスの「顔」としてスポークスマンを欲しており、彼もまたその役に自分が徹するべきことを自覚していたのは、マーベル作品が人気を博してきた際に自分の外見をガラリと変えたことからも分かるだろう。しかし彼は決して狡猾なビジネスマンではなく、00年代にはむしろ周りによってきた山師たちの口車にのせられて数々のビジネスを立ち上げ、ことごとく失敗させた人であった。

これだけ長く生きれば、その功績については評価が分かれるところもあるだろうが、彼はやはりマーベルの顔であり、アメコミの顔であり、数多くのファンをアメコミ(およびアメコミ映画)に惹きつけるのには唯一無二の存在であった。合掌。

エクセルシオール!

「The League of Extraordinary Gentlemen: The Tempest #1」読了


ついに始まりましたよ「The League of Extraordinary Gentlemen」の新シリーズ。「LOEG」の最終シリーズとなるばかりか、アラン・ムーアとケヴィン・オニールの作者ふたりにとっても最後のコミック作品となることが告知されている作品だが、少なくともムーア御大は過去に何度も引退をチラつかせてるので、あんまり真剣にとらえないほうがいいかも。また「Necronomicon」のときのように、税金を払う必要が出てきたらコミック書いたりするんじゃないかと…まあいいや。

全6話のシリーズで、今までの「LOEG」って第1話はプロローグ的な、比較的ストーリー展開が少ないものだったようなきがするが、今回は過去のキャラクターがいろいろ出てきて話にギアが入っておりまして、密度の高いストーリー展開が今後も期待できそうなこってす。以降はネタバレ注意。著作権の関係で名前が変わっているキャラクターは、便宜上元になったキャラクター名で記します。

・まずは昨年亡くなった、BEANO誌の「ミニー・ザ・ミンクス」や「バッシュ・ストリート・キッズ(読め!)」のクリエーターとして知られるレオ・バクセンデールに捧げる追悼コラムみたいなのが冒頭についてます。彼の功績を讃えるとともに、いかに彼が出版社によって搾取されたかを綴ってるのがムーアらしいなと。

・プロローグが3つ。一つは「2009」の終わりからそのまま続き、アフリカでアラン・クオーターメインを葬ったミナ・マーレイとオーランドー(女性形)とエマ・ピールが若返りの泉に赴き、エマが「Black Dossier」のころの年齢に若返ります。

・2つ目は白黒のSFコミック風で、火星からの勢力によって荒廃させられた2996年の地球(?)においてレジスタンスを続ける男女のスーパーヒーローがタイムマシンを奪還し、来たる大災害を警告するために女性のほうが1958年の世界にタイムスリップするというもの。これが後述のセブン・スターズに関わってくるのかな。

・最後のプロローグは全体主義が続く2009年のイギリス。エマ・ピールがミナたちと失踪したのを受けて、MI-5の新しいトップに「Black Dossier」のジェームズ・ボンドが「M」として着任します。

・一方でロンドンではミナが60年代に所属していたスーパーヒーロー・グループ「セブン・スターズ」の元メンバーであるマーズマンとサテンが、2996年の災害を防ぐために他のメンバーを探そうとします。サテンが実はプロローグに出てきた女性であり、タイムスリップにより長年災害の記憶を失っていた、ということらしい。なおセブン・スターズ時代のミナ・マーレイは透明人間のヒーローであり、誰も彼女の正体を知らない、というのがミソ。

・ミナたちを執念深く追うボンドこと「M」の物語は新聞連載の3コマ漫画形式で語られ、映画の歴代のジェームズ・ボンドが揃った「Jシリーズ(「カジノ・ロワイヤル」のウディ・アレンまでいる!」という精鋭のエージェントをひきつれ、プッシー・ガロアを尋問して得た情報によってアフリカに向かいます。そこで彼は若返りの泉を発見し、「Black Dossier」の頃の若さに戻ります。他の者が泉を使用できないように爆破したあと、ミナたちの探索を続けるのでした。

・そして追われる立場になったミナたちは、キャプテン・ネモの子孫であるジャックに助けを求めようと、原子力潜水艦スティングレイを奪い、さまざまな国をめぐって情報を得たのちにジャックの住む島へと向かいます。「イエロー・サブマリン」のペパー・ランドの廃墟なども出てくるぞ。しかし島の目前で、彼女たちは謎の巨人に捕まってしまい…。

・巻末にあるのはいつもの小説ではなく、セブン・スターズを主人公にした白黒のコミック。ヒーローたちの会合の形式をとりつつ、ミナが透明ヒーローになった由来や、謎の敵の登場、マーズマンの過去などが語られます。そしてその裏では、アメリカをベースにしたセブン・スターズに対抗するため、イギリス政府は独自のヒーローチーム「ヴィクトリー・ヴァンガード」を結成させるために暗躍していたのだった…。

とまあ、冒険活劇やらSFやらスーパーヒーローと話は盛りだくさんだし、「Vol.3」と「Black Dossier」のストーリーが集大成を迎える流れで期待は高まるばかり。「Vol.2」の火星襲撃のプロットも関係してくるのかな?「2009」では強力な助っ人を送ってきたブレイジング・ワールドのプロスペローの助けはもう期待できない、みたいな台詞も出てくるけど、シリーズの題名が「テンペスト」であることを考えると後できっと登場するのでしょう。

例によって細かいネタが散りばめられていて、元ネタが分からないものの多々あったので、そこらへんはまたジェス・ネヴィンズ氏あたりが注釈まとめてくれることに期待しましょう。第2話は9月発売だそうで、まあムーア御大のことだから刊行が遅れるんじゃないかという懸念もありますが、かなり面白いシリーズになりそうなので辛抱強く待ちましょう。

「ブラック・ライトニング」鑑賞


DCコミックスのスーパーヒーローを主人公としたThe CWの新作シリーズ。日本でもネットフリックスでやるとか?

舞台となるのはフリードランドという都市。そこではザ・ハンドレッドという黒人系のギャングが幅をきかせて街の治安を最悪なものにしており、これによって警察の黒人に対する取り締まりも非人道的なレベルにまで達し、善良な黒人の市民たちは辛い暮らしを強いられていた。そんな善良な市民のひとりであるジェファーソン・ピアスはかつて電撃を自在に操るヒーロー「ブラック・ライトニング」としてギャングと戦っていたが、連日のように重傷を負って帰って来る彼を見かねた妻が彼のもとを去ったことから、ヒーロー業は引退してふたりの娘を育て、高校の校長として健全な若者の教育に勤めていた。しかし娘の一人がザ・ハンドレッドのメンバーに連れ去られたことから、怒りに燃えるピアスはブラック・ライトニングのコスチュームをまた身につけ、悪と戦うことを決意する…というあらすじ。

DCコミックスのブラック・ライトニングは1977年に登場したキャラクターで、マーベルのルーク・ケイジと同様に、当時のブラクスプロイテーション映画の人気に影響されて登場したといっていいのかな。スーパーマンの本拠地メトロポリスのスラム地区でギャングと戦うヒーローという設定で、当初は細身で胸をはだけたファッションで、確かアフロのウィッグも被っていたんじゃないかな?

彼のソロ・シリーズは比較的すぐに終わってしまったものの、80年代前半にはバットマン率いるバットマン&ザ・アウトサイダーズの一員として活躍しまして、俺も彼のことを知ったのはこのシリーズにおいてだったな。その後はクリエーターのトニー・イザベラとの権利的な?ゴタゴタがあった関係で90年代前半はDCユニバースに登場しなかったキャラクターなのです(いちおうイザベラが執筆したシリーズが当時あったが、イザベラが投げ出すような形ですぐ終わった)。

それが解決したのか2000年代になって再登場したときはスキンヘッドになってガタイも良くなり、もっと大人になったキャラクターになっていた。今回のTVシリーズのコスチュームはこの当時のものをベースにしているみたい。彼のふたりの娘たちもこのころ登場して、彼女たちをスーパーパワーを持っていることから、それぞれ「サンダー」および「ライトニング」というヒーローになって今に至っている。TVシリーズのほうも、少なくとも長女のアニッサはサンダーとして活躍することになるみたい。

もともとThe CWでなくFOX向けのシリーズとして作られたこともあり、プロデューサーとしてグレッグ・バーランティが関わっているものの、いわゆる「アローバース」の作品ではない。まあ「スーパーガール」も当初はアローバースの作品ではなかったわけで、これも来年のスイープス(視聴率調査月間)のころにはザ・フラッシュとクロスオーバーしてるんじゃないですかね…?

キャストの大半が黒人だというのは言わずもがな、主人公がティーンの子供をもった年配のヒーローということもあり、他のDCコミックス系のドラマとは毛色の変わった作品になっている。批評家のあいだでは思慮深いヒーローが登場した、ということで評判が良いみたいだけど、まだ第1話を観ただけでは何ともいえんな。警察が市民に横暴的なあたりは、最近のドラマの流行りの「Black Lives Matter」を反映した内容になるかと思ったが、警察よりもギャングがメインの悪役になるみたい。まあ結局のところThe CWのスーパーヒーロー番組であって社会派ドラマというわけではないが、「他の街で活躍している連中はみんな『ヒーロー』と呼ばれるのに、(黒人の)ブラック・ライトニングは『ビジランテ』だけと呼ばれるのは何故なのか」というようなセリフが出てきたのは興味深かったです。

主人公のピアスを演じるのはクレス・ウィリアムズ。「Hart Of Dixie」ででっかい市長を演じていた彼か。日本語のウィキペディアにも「とても身長が高い。」とだけあるように、とても身長が高い(193センチ)人なので、別にスーパーパワーなくてもケンカ強いんじゃね?とは思うものの、1970年生まれという結構な歳のせいかアクションにあまりキレはないです。なおブラック・ライトニングは単に手から電撃を放出するだけでなく、それで人を持ち上げたりもできるのだが、あれどういう仕組みなのだろう。自ら人を殺めたりはしないものの、ギャングの体を銃撃戦で盾に使うくらいのエゲツないことはやってます。

その彼に敵対するザ・ハンドレッドのボスがトバイアス・ホエールというのだけど、アルビノの黒人というキャラクターにちゃんとアルビノの黒人俳優(ラッパーのクロンドン)を適用するあたりがハリウッドの多様なところか。あとはピアスの娘たちや元妻、警察の刑事などに加えて、ピアスの親代わりだったという仕立て屋が登場するのだけど、バットマンにおけるアルフレッドみたいな役回りで、ピアスの引退中も黙々とブラック・ライトニングのスーツを改良していたというマッドサイエンティストぶりがなんか格好よかったぞ。

第1話を観た限りではそんなに特筆するほど際立った作品だとは思わなかったけど、本国の批評家の評判は概ね良いようなので、ピアスだけでなく娘のサンダーも活躍するようになると面白くなってくるのかも知れない。とりあえず今後の展開に期待。

「HAPPY!」鑑賞


グラント・モリソンがライターのイメージ・コミックスの作品を原作にした、SYFYの新シリーズ。

ニック・サックスはカタブツで有能な刑事だったが、汚職事件に巻き込まれて屈辱的な退職に追い込まれた過去をもち、今はヒットマンとなって自暴自棄な生活をしていた。それでも腕の立つ彼はクリスマスの近づいた晩に殺しの依頼を片付けるものの、その際に狙撃されて救急車に担ぎ込まれる。精神が朦朧とするなかで彼の前に現れたのは、青くて翼を持った陽気なユニコーン、ハッピーだった。ニックにだけ見えて、彼に語りかけてくるハッピーを幻覚の産物だと見なそうとしたニックだったが、ハッピーは彼の知らないことも知っているふしがある。ハッピー曰く、彼はヘイリーという少女のイマジナリーフレンドであり、サンタに扮したサイコ野郎にヘイリーが誘拐されてしまったため、訳あってニックに助けを求めてきたのだという。そんなハッピーはやはり幻覚なのではないかという疑念を抱きながらも、病院から脱出しようとするニック。しかし彼が殺しの相手から聞かされた、財産にアクセルするパスワードを狙って、別の殺し屋たちがニックの命を狙うことになり…というあらすじ。

原作コミックのアートを担当したのが「トランスメトロポリタン」や「ボーイズ」で知られるダリック・ロバートソン。なんつうか下品で暴力的なスタイルを特徴とした人でして、コミックも小汚い格好のニックが人をブン殴っていくという、グラント・モリソン作品にしては比較的異質な内容であったのを記憶している。

その一方でモリソン自身が第1話の脚本を共同執筆していることもあり、話の展開はかなりコミックに沿ったものになっていた。病院でニックを狙う殺し屋なんかはうまく脚色がされて話に厚みが出ているし、「ハードコア・ヘンリー」を彷彿とさせる過激なカメラワークも話の内容によくマッチしている。第1話で原作の4分の1以上を消化しているので、これからはどんどんオリジナルの展開になっていくのかな?

主役のニックを演じるのはクリストファー・メローニ。「ロー&オーダー:SVU」のシリアスな刑事役で知られる役者だが、もともとはコメディ畑の出身ということもあり自堕落なニックがよく似合っている。そんな彼を翻弄するCGのユニコーン、ハッピーの声を務めるのがパットン・オズワルドで、まあオズワルドの出てる作品にハズレはないよな。あとは別の殺し屋役でパトリック・フィッシュラーなども出ています。

まあこの高いテンションをどこまで保持できるかがシリーズ存続のカギなんだろうが、第1話は結構面白かったですよ。これをきっかけにグラント・モリソンの作品の映像化がもっと進まないかな。ロバート・カークマンくらいの扱いは受けてもいいと思うんだが。

「Marvel’s Inhumans」鑑賞


ABCの新シリーズで、名前のごとくマーベルコミックスが原作の作品。後述するように最初の2話はIMAXの劇場で先月公開されている。

主人公となるインヒューマンズって日本ではあまり馴染みのないキャラクターたちだが、まあ要するに太古の昔に宇宙人によって実験を加えられたことで特殊な能力を持つようになり、人類の目につかないところで生活を続けてきた超能力者の集団といったところです。彼らは思春期になるとテリジェン・ミストという特殊なガスを吸入する儀式を迎え、それによって各人が固有の超能力(怪力とか、飛行能力とか)を備えることになるのだ。

主要なキャラクターをざっと説明すると、発する声が莫大な破壊力を持つために通常は沈黙しているブラックボルト、その妻で長髪を自在に操るメデューサ、強靭な脚力で地面を叩き衝撃波を発するゴーゴン、半魚人のトライトン、あらゆるものの弱点を見抜いて破壊するカルナック、水や風といった元素を操るクリスタル、そしてテレポート能力を持つペット犬のロックジョウ、などなど。

そんな彼らは一族の王であるブラックボルトの統治のもと、人類を避けて月面に隠された都市アティランに暮らしていたのだが、NASAの月面探査機にアティランが発見されそうになってしまう。さらに地球上ではなぜかテリジェン・ミストが出回り、それによって新たにインヒューマンとして覚醒した若者が謎の集団に命を狙われたために、ブラックボルトの臣下であるトライトンが救出に向かうものの逆に負傷して行方不明になってしまう。こうして王国に危機が迫るなか、ブラックボルトの弟で頭脳明晰なマキシマスは混乱に乗じてクーデターを起こして王座をのっとり、ブラックボルトたちは地球のハワイへと逃げるのだったが…というあらすじ。

インヒューマンズって元々は「ファンタスティック・フォー」誌の脇役として登場したキャラクターたちで、マーベルの歴史のなかでも比較的マイナーな存在であったことは否めない。それがここ5〜6年くらいのあいだにマーベル・ユニバースのなかで大プッシュされていて、自分たちのコミックも出たりしてるのだが、なんでそんな破格の扱いを受けているかというと、ひとえに「経営陣の意向」があるのですね。

マーベルにおける「特殊能力を持った隠れた集団」といえば1にも2にも「X-メン」であったはずなのだが、ご存知のようにX-メンの映像権はディズニーでなくFOXが持っていて、X-メンにどんなに人気が出ようともマーベル・シネマ・ユニバースとのシナジーは望めない。ならばX-メンは隅においやって、X-メンによく似たインヒューマンズをゴリ押しすればいいんじゃね?ということで最近のコミックではX-メンのウルヴァリンやサイクロプスが死なされた一方で(違う時系列の連中が登場したが)、インヒューマンズは大量に新キャラが登場し、X-メンを凌駕する集団として大活躍をしているのであります。ムスリムのヒーローとして話題のミズ・マーベルことカマラちゃんもインヒューマンだったな。

X-メンと同様にFOXが映像権を持っている「ファンタスティック・フォー」に至ってはなんと連載終了・チーム解散の憂き目に遭っている一方で、そこから派生したインヒューマンズはこの扱いですからね。こういう商売的な理由が見え透いたキャラクターの売り込みって、個人的には勘弁して欲しいと思うのです。失礼な言い方をするとね、インヒューマンズなんて所詮は二流のX-メンですよあんた。60年代から試行錯誤を繰り広げて人気を獲得したX-メンに比べ、今まであまり人気のなかったキャラクターが突然人気者扱いされるのってどうもしっくりこないのよな。G・ウィロー・ウィルソンの「ミズ・マーベル」とかウォーレン・エリスの「カルナック」とかは優れたコミックがが、あれらはライターの手に負うものが大きいわけで映像化の成功につながるものではないよね。

ここからはあくまでも噂の領域だが、マーベルのCEOのアイク・パールムッターがFOXを敵視していて、X-メンとファンタスティック・フォーの格下げとインヒューマンズのゴリ押しを支持しており、実際にインヒューマンズは数年前に映画化が発表されていた。それに対してマーベル・スタジオを指揮するケビン・ファイギはインヒューマンズの映画化に乗り気でなくて、まあパールムッターとファイギの仲が悪いのはよく知られてますが、それで両者の顔を立てるために今回の「インヒューマンズ」は「最初の2話をIMAXで先行公開」というすごく変則的な形で劇場公開されたんじゃないだろうか。

でも劇場公開されたのは1話と2話を編集した短尺版だし、ハワイの風景は美しいものの別にIMAXシアターで公開する必要はないよね、という出来。おかげで興行的には散々だったらしいが批評的にも酷評されていて、観たら確かに残念な内容だった。ショウランナーのスコット・バックって同じく評判の悪い「アイアン・フィスト」も担当してた人で、まあ全てが彼の責任ではないだろうけどもうちょっと頑張れよなあ。

それなりに予算はかけてるはずなんだけどセットやコスチュームがどうも安っぽくて、ブラックボルトの宮殿がまるで荘厳に見えないのをはじめ、長髪を自在に操るはずの女王メデューサの髪はCGでショボショボ動くだけだし、その他のインヒューマンズの特殊能力もあまりカッコよくなくて、まるで「アンドロメダ」とか「クレオパトラ2525」みたいなシンジケーション番組のようなチープさであったよ。

役者の演技もなんかヒドくて、そもそも有名な役者は出てないのだが、何も語らぬ王ブラックボルトはただムスっとして顔をしかめているだけだし、代わりにメデューサが彼の意思を理解して話すのだけどおかげで説明調のセリフがやけに多い。そして策略を図るマキシマスを演じる役者は背が低くて、なんかスネ夫みたいだったぞ。王族のあいだの愛憎劇を描いているあたり、この作品も例によって「ゲーム・オブ・スローンズ」にあやかろうとしてるのだろうけど、「スローンズ」はおっぱいが出せるから人気が出たんだと何度言えば分かるんだよ!おっぱいがなければ「スローンズ」じゃないんだよ!

カルナックはアジア人俳優のケン・レオンが演じていて、あまり悪いことは言いたくないのだけど、前述したようにいまコミックのほうではカルナックが非常にカッコよくなっているので、それと比べると貧相であることは否めない。ゴーゴンがちょっと横柄なキャラになってるのだけど、コミックではもっと思慮深買ったよね?クリスタルはいかにもなティーンエイジャーといったとこと。なおインヒューマンズにおいてもっとも好かれるキャタクターは実は犬のロックジョウだと思ってるのだが、テレポート犬としてはまあ及第点。CGのキャラだというのがバレバレだけど大目に見る。

ちなみにインヒューマンズのあいだではテリジェン・ミストを吸入しても超能力を(少なくとも外見的に)取得しなかった者は「人間」呼ばわりされて蔑まれ、アティランで奴隷扱いされるようなのだが、これを容認してるブラックボルトって実はヒドい統治者ではないのか?原作でこんな設定あったっけ?カルナックはテリジェン・ミストを経験してない人間だよな?

第1話ではこうしてマキシマスの奸計によってブラックボルトとその臣下たちが離散するさまが描かれるが、演出も全体的に貧相であった。メデューサの力を封じるためにマキシマスが彼女の髪を剃るシーンでは、電気屋で売ってそうなバリカンを持ち出して罰ゲームのように剃ったりするのだもの。もっと刃物で憎々しく髪を切るとかいった描写はできなかったのか。またフラッシュバックでは自分の力をコントロールできなかったブラックボルトが両親を殺してしまったさまが明らかにされるが、それもボルト少年が一言喋ったら両親が吹っ飛んで壁のシミになるという冗談のような演出。ここ本当に笑いをねらってやってるのかと思った。

まあ長々と書いたが、とにかく残念な出来の作品。マーベルのTVシリーズとしてはFOXがX-メンをベースにした「THE GIFTED」を同時期に開始していて、あちらも完璧ではないのだけど、少なくともストーリーが最初にあって、それに必要なキャラクターを加えていっているような印象は受けるのですね。それに対してこの「インヒューマンズ」は、まず売り込むキャラクターがいて、そのためにとりあえずストーリーを考案してみました、といった感じ。その手法が悪いとはいわないけど、作り手の熱意などがどうも感じられないのよな。

ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシーのように同様にマイナーなキャラクターたちが映画化されて大ヒットしたのを見ると、このインヒューマンズたちもきちんと予算をかけて映画化すべきだったと思うべきか、それとも評判の悪いTVシリーズで(たぶん)ひっそりと終わるのが幸いだったと思うべきか。何にせよマーベルはコミックにおけるインヒューマンズのゴリ押しをそろそろ止めるべきだと、一読者としては思わずにいられないのです。