ABCの新シリーズで、名前のごとくマーベルコミックスが原作の作品。後述するように最初の2話はIMAXの劇場で先月公開されている。
主人公となるインヒューマンズって日本ではあまり馴染みのないキャラクターたちだが、まあ要するに太古の昔に宇宙人によって実験を加えられたことで特殊な能力を持つようになり、人類の目につかないところで生活を続けてきた超能力者の集団といったところです。彼らは思春期になるとテリジェン・ミストという特殊なガスを吸入する儀式を迎え、それによって各人が固有の超能力(怪力とか、飛行能力とか)を備えることになるのだ。
主要なキャラクターをざっと説明すると、発する声が莫大な破壊力を持つために通常は沈黙しているブラックボルト、その妻で長髪を自在に操るメデューサ、強靭な脚力で地面を叩き衝撃波を発するゴーゴン、半魚人のトライトン、あらゆるものの弱点を見抜いて破壊するカルナック、水や風といった元素を操るクリスタル、そしてテレポート能力を持つペット犬のロックジョウ、などなど。
そんな彼らは一族の王であるブラックボルトの統治のもと、人類を避けて月面に隠された都市アティランに暮らしていたのだが、NASAの月面探査機にアティランが発見されそうになってしまう。さらに地球上ではなぜかテリジェン・ミストが出回り、それによって新たにインヒューマンとして覚醒した若者が謎の集団に命を狙われたために、ブラックボルトの臣下であるトライトンが救出に向かうものの逆に負傷して行方不明になってしまう。こうして王国に危機が迫るなか、ブラックボルトの弟で頭脳明晰なマキシマスは混乱に乗じてクーデターを起こして王座をのっとり、ブラックボルトたちは地球のハワイへと逃げるのだったが…というあらすじ。
インヒューマンズって元々は「ファンタスティック・フォー」誌の脇役として登場したキャラクターたちで、マーベルの歴史のなかでも比較的マイナーな存在であったことは否めない。それがここ5〜6年くらいのあいだにマーベル・ユニバースのなかで大プッシュされていて、自分たちのコミックも出たりしてるのだが、なんでそんな破格の扱いを受けているかというと、ひとえに「経営陣の意向」があるのですね。
マーベルにおける「特殊能力を持った隠れた集団」といえば1にも2にも「X-メン」であったはずなのだが、ご存知のようにX-メンの映像権はディズニーでなくFOXが持っていて、X-メンにどんなに人気が出ようともマーベル・シネマ・ユニバースとのシナジーは望めない。ならばX-メンは隅においやって、X-メンによく似たインヒューマンズをゴリ押しすればいいんじゃね?ということで最近のコミックではX-メンのウルヴァリンやサイクロプスが死なされた一方で(違う時系列の連中が登場したが)、インヒューマンズは大量に新キャラが登場し、X-メンを凌駕する集団として大活躍をしているのであります。ムスリムのヒーローとして話題のミズ・マーベルことカマラちゃんもインヒューマンだったな。
X-メンと同様にFOXが映像権を持っている「ファンタスティック・フォー」に至ってはなんと連載終了・チーム解散の憂き目に遭っている一方で、そこから派生したインヒューマンズはこの扱いですからね。こういう商売的な理由が見え透いたキャラクターの売り込みって、個人的には勘弁して欲しいと思うのです。失礼な言い方をするとね、インヒューマンズなんて所詮は二流のX-メンですよあんた。60年代から試行錯誤を繰り広げて人気を獲得したX-メンに比べ、今まであまり人気のなかったキャラクターが突然人気者扱いされるのってどうもしっくりこないのよな。G・ウィロー・ウィルソンの「ミズ・マーベル」とかウォーレン・エリスの「カルナック」とかは優れたコミックがが、あれらはライターの手に負うものが大きいわけで映像化の成功につながるものではないよね。
ここからはあくまでも噂の領域だが、マーベルのCEOのアイク・パールムッターがFOXを敵視していて、X-メンとファンタスティック・フォーの格下げとインヒューマンズのゴリ押しを支持しており、実際にインヒューマンズは数年前に映画化が発表されていた。それに対してマーベル・スタジオを指揮するケビン・ファイギはインヒューマンズの映画化に乗り気でなくて、まあパールムッターとファイギの仲が悪いのはよく知られてますが、それで両者の顔を立てるために今回の「インヒューマンズ」は「最初の2話をIMAXで先行公開」というすごく変則的な形で劇場公開されたんじゃないだろうか。
でも劇場公開されたのは1話と2話を編集した短尺版だし、ハワイの風景は美しいものの別にIMAXシアターで公開する必要はないよね、という出来。おかげで興行的には散々だったらしいが批評的にも酷評されていて、観たら確かに残念な内容だった。ショウランナーのスコット・バックって同じく評判の悪い「アイアン・フィスト」も担当してた人で、まあ全てが彼の責任ではないだろうけどもうちょっと頑張れよなあ。
それなりに予算はかけてるはずなんだけどセットやコスチュームがどうも安っぽくて、ブラックボルトの宮殿がまるで荘厳に見えないのをはじめ、長髪を自在に操るはずの女王メデューサの髪はCGでショボショボ動くだけだし、その他のインヒューマンズの特殊能力もあまりカッコよくなくて、まるで「アンドロメダ」とか「クレオパトラ2525」みたいなシンジケーション番組のようなチープさであったよ。
役者の演技もなんかヒドくて、そもそも有名な役者は出てないのだが、何も語らぬ王ブラックボルトはただムスっとして顔をしかめているだけだし、代わりにメデューサが彼の意思を理解して話すのだけどおかげで説明調のセリフがやけに多い。そして策略を図るマキシマスを演じる役者は背が低くて、なんかスネ夫みたいだったぞ。王族のあいだの愛憎劇を描いているあたり、この作品も例によって「ゲーム・オブ・スローンズ」にあやかろうとしてるのだろうけど、「スローンズ」はおっぱいが出せるから人気が出たんだと何度言えば分かるんだよ!おっぱいがなければ「スローンズ」じゃないんだよ!
カルナックはアジア人俳優のケン・レオンが演じていて、あまり悪いことは言いたくないのだけど、前述したようにいまコミックのほうではカルナックが非常にカッコよくなっているので、それと比べると貧相であることは否めない。ゴーゴンがちょっと横柄なキャラになってるのだけど、コミックではもっと思慮深買ったよね?クリスタルはいかにもなティーンエイジャーといったとこと。なおインヒューマンズにおいてもっとも好かれるキャタクターは実は犬のロックジョウだと思ってるのだが、テレポート犬としてはまあ及第点。CGのキャラだというのがバレバレだけど大目に見る。
ちなみにインヒューマンズのあいだではテリジェン・ミストを吸入しても超能力を(少なくとも外見的に)取得しなかった者は「人間」呼ばわりされて蔑まれ、アティランで奴隷扱いされるようなのだが、これを容認してるブラックボルトって実はヒドい統治者ではないのか?原作でこんな設定あったっけ?カルナックはテリジェン・ミストを経験してない人間だよな?
第1話ではこうしてマキシマスの奸計によってブラックボルトとその臣下たちが離散するさまが描かれるが、演出も全体的に貧相であった。メデューサの力を封じるためにマキシマスが彼女の髪を剃るシーンでは、電気屋で売ってそうなバリカンを持ち出して罰ゲームのように剃ったりするのだもの。もっと刃物で憎々しく髪を切るとかいった描写はできなかったのか。またフラッシュバックでは自分の力をコントロールできなかったブラックボルトが両親を殺してしまったさまが明らかにされるが、それもボルト少年が一言喋ったら両親が吹っ飛んで壁のシミになるという冗談のような演出。ここ本当に笑いをねらってやってるのかと思った。
まあ長々と書いたが、とにかく残念な出来の作品。マーベルのTVシリーズとしてはFOXがX-メンをベースにした「THE GIFTED」を同時期に開始していて、あちらも完璧ではないのだけど、少なくともストーリーが最初にあって、それに必要なキャラクターを加えていっているような印象は受けるのですね。それに対してこの「インヒューマンズ」は、まず売り込むキャラクターがいて、そのためにとりあえずストーリーを考案してみました、といった感じ。その手法が悪いとはいわないけど、作り手の熱意などがどうも感じられないのよな。
ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシーのように同様にマイナーなキャラクターたちが映画化されて大ヒットしたのを見ると、このインヒューマンズたちもきちんと予算をかけて映画化すべきだったと思うべきか、それとも評判の悪いTVシリーズで(たぶん)ひっそりと終わるのが幸いだったと思うべきか。何にせよマーベルはコミックにおけるインヒューマンズのゴリ押しをそろそろ止めるべきだと、一読者としては思わずにいられないのです。
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