ジュリアン・コープによる、「Krautrocksampler」に続く異国ロックの研究書第2弾。凄まじいばかりの快著/怪著。戦後から70年代までの日本のアンダーグラウンド・ロック・シーンの歴史を徹底的に調べあげて解説しており、ジョン・ケージに触発されたオノ・ヨーコと一柳慧たちの話から始まり、エレキ・ブームとグループ・サウンズの興亡、そして欧米の影響を受けた日本のミュージシャンたちがロックを自分たちなりに解釈し、独自のスタイルを築き上げていくまでの暗黒の歴史が詳細に語られていく。その過程ではフラワー・トラヴェリン・バンド、内田裕也、タージ・マハル旅行団、スピード・グルー&シンキ、J・A・シーザーなどといったバンドや人物に焦点が当てられていくが、俺はそうした人たちの半分も知らなかったよ。自分の知らない日本の闇の歴史がページをめくるごとに明かされていくようで、読んでて目からウロコが落ちまくる経験だった。これは竹熊健太郎の「篦棒な人々」を読んだときにも思った事だけど、(日本の)アングラ・シーンというのは意外と革新性がなくて、いま若い人たちが奇をてらっていろいろやっていることは、既に50〜60年代にみんなやられてしまったことなのかもしれない。ドラッグにしろドロップ・アウトにしろ、昔はもっと本腰を入れてやってた人がいたわけで。またその対極であるメジャーの世界でも、大手レコード会社がハーフのイケメンにーちゃんをつかまえ、アイドルにして売り出すなんて事はずっと昔から行われていたということがこの本を読むとよく分かる。それと冒頭の黒船来航から戦後に至るまでの日本の歴史の説明も、そんじょそこらの教科書よりもずっとよく書かれていたと思う。
著者のコープ自身は日本語が分からないこともあり、我々日本人からすると笑っちゃうような事実誤認も多数あるんだが、この日本語版ではそれらの間違いに対して詳しい注釈がつけられ、さらにはコープが何度も言及している音楽プロデューサー本人による巻末インタビューがつけられ、コープのどこらへんが間違っているかが指摘されている。というか全体的に日本語版のトーンがコープの文章に対して批判的に感じられるのは気のせいだろうか。事実と違う説明があったとしても、それを妄想呼ばわりするのは失礼だと思うんだが。翻訳にあたりコープ本人に連絡をとるということはしなかったんだろうか。それに事実誤認がたくさんあったとしても、この本の重要性というのは揺るがないと思うのよ。むしろ日本の音楽評論家たちは、今まで誰も取り上げることのなかったロックの歴史の一部分を、ガイジンがこうして熱意をもって書き上げてしまったという事実を真摯に受け止めるべきであろう。
それとこの本に関した検索をしてて気付いたんだが、最近の人たちってジュリアン・コープって知らないのか?単に「日本のロックについて本を書いた物好きなミュージシャン」として見なすのはちょっと…。ティアドロップ・エクスプローズとかセイント・ジュリアンとかペギー・スーサイド(あとまあクイーン・エリザベス)とか知らない?少なくともマージーサイドのニューウェーブ・シーンを語るうえでは絶対に外せない人だと思うんだがなあ。一時期はLSDのやりすぎにより脳が溶けているという噂があって、モヒカン頭になって砂浜で遊んでいる写真を見たときは、どこか遠くに行って帰らぬ人になるんじゃないかと心配したけど、最近はこうしていろいろ本を書いているようで(考古学の本も出しているらしい)、ファンとしては嬉しい限りです。ジュリアンはこうして日本のことを調べてくれているんだから、我々日本人はもっと彼のことを知ってあげなければ。