「THE BIG SICK」鑑賞


「フランクリン&バッシュ」や「シリコン・バレー」などで日本でもお馴染み(?)のコメディアン、クメイル・ナンジアーニの伝記的映画。奥さんのエミリーとの出会いを描いたもので、脚本も二人が執筆したものになっている。

シカゴに住むパキスタン系のクメイルはウーバーの運転手をしながらコメディクラブに出演しているコメディアンで、ある晩にエミリーと知り合って二人はすぐに恋に落ちる。しかし彼の両親は伝統的なムスリム教徒で、パキスタンの伝統にのっとってパキスタン系の女性とクメイルを結婚させようと躍起であり、さまざまな女性をクメイルに紹介していた。このためクメイルは白人のエミリーのことを両親に紹介できず、それがたたって二人の仲は険悪なものになってしまう。そんなときにエミリーが謎の疾患によって昏睡状態になってしまい、クメイルは彼女の看病にやってきたエミリーの両親に出会うことになる…というあらすじ。

監督は「ザ・ステイト」出身のコメディアンのマイケル・ショワルターだが、プロデューサーをジャド・アパトウが務めていて、全体的な雰囲気もアパトウ作品っぽいかな。ドラマとコメディの比率が8:2くらいなとことか、微妙に必要以上に尺が長いところとか。

クメイルとエミリーは出会ったその晩にヤッてしまうくらいの相性なのですが、クメイルはエミリーを自室に連れ込むなり「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」を見せたり、3回目のデートでは「怪人ドクター・ファイブス」を見せつけるという筋金入りのオタク。そんな趣味についてこれる女性がいるかよ!とは思うがまあ実際にあったことなんだろうなあ。その一方でそれなりに事実に脚色がされていて、クメイルの両親は実際もっと話がわかる人たちだったみたい。

話の前半でエミリーが昏睡状態になって、そのあとの話はエミリーの両親とクメイルが互いに打ち解けていく過程が中心になっていく。コメディアンとしてのキャリアを築こうとするクメイルの奮闘も並行して描かれるが、感情的になってステージ上で全然笑えないセットを披露してしまうくだりはね、他の映画でもたくさん見てきた展開なのでクリーシェすぎたです。

クメイルを演じるのはクメイル自身だが、エミリーはゾーイ・カザンが演じている。エミリーの両親をレイ・ロマーノとホリー・ハンターというベテラン勢が演じていて、最初はクメイルのことを敵視しているハンターの演技がすごく良かったな。クメイル・ナンジアーニのコメディって、どことなく無感情というか突き放した感じがあって個人的にはそんなに好きではなかったけど、この作品では激昂して暴れるシーンとかもあって結構面白かったです。

なんとなく先が読める予定調和の話ではあるし、スタンダップコメディの世界とかパキスタン系アメリカ人の結婚事情なんてのは日本人にはとっつきにくい題材かもしれないが、ほんわりとしたロマンティック・コメディであって結構楽しめる作品でしたよ。「ベイビードライバー」と並んでこの夏に高評価を受けた作品であるというのも納得。

「ダンケルク」鑑賞


・クリストファー・ノーラン監督作品で、それなりの予算がかかってるので大作映画であることは間違いないわけだが、登場人物の大半に名前がなかったり、無名に等しい役者を起用しているあたりはバットマン三部作や「インターステラー」に比べてもかなり実験色の強い作りだな、という印象は受けた。当初はインプロビゼーションを多用した撮影になるという話もあったようで、そう考えると隙の多い脚本もまあそういうものかなと思われてくる。

・でも陸・海・空で時系列がずれてるのは個人的には分かりづらいな、とは思いましたが。冒頭にちゃんと説明がされてるとはいえ、昼だった場面が急に夜になったりするのだもの。

・秒針が刻まれるサウンドトラックも効果的に用いられ、一刻をあらそう撤退作戦の緊迫感はとてもよく醸し出されていたと思う。とはいえやはり登場人物の設定が深堀りされないなかで先頭のシーンがずっと続くため、ノーラン作品としては短尺ながらも若干中だるみするところがあったかな。

・クレジットには大戦時に実際に救出作戦に用いられ、今回の撮影においても使用されたボートの名前が表記されてました。

・マイケル・ケインが冒頭に声だけの出演をしてるのに気付いたので、誰かほめてください。

・イギリス軍が変に美化されず、砂浜に取り残された若き兵士たちがズルをしてでも先に帰還船に乗り込もうとするところとか、フランス兵が全体的に差別されているところをちゃんと描いているのは良かった。軍事的には大失敗であった出来事だが、丸腰で撤退してきた兵士を当時の日本軍ならどう扱っただろうとか、今の日本ではどうだろう、といったことについて、どうしても考えざるを得ないのです。

「The Lost City of Z」鑑賞


タイトルだけ見ると「またゾンビものかい!」と勘違いしそうだが、そんなんでは全くなくて真面目な伝記映画。

アマゾンの秘境の探索に心血を注いだ冒険家パーシー・フォーセットの半生を描いたもので、話は20世紀初頭から始まる。イギリス陸軍に所属していたフォーセットは技量を見込まれ、南米のボリビアとブラジルの紛争調停のために両国の国境線の測量を依頼される。親が没落させた家系の出身であるフォーセットは、家の名誉の挽回を狙って依頼を受託し、うだるような暑さのジャングルの奥地へと向かう。そこでは原住民に襲われたりと苦難に見舞われながらも川をさかのぼり任務を達成した彼だったが、そこで陶器の破片や彫像を発見し、かつてアマゾンの奥地には高度に発達した文明が存在したという確信を抱くようになる。フォーセットはその文明の都市を「Z(ゼッド)」と名付け、帰国したのちに学会で発表するものの、他の学者たちには信用されずに嘲笑されてしまう。しかし彼の信念は揺るぎなく、ゼッドの存在を明かすために彼はふたたびアマゾンへと向かうのであった…というあらすじ。

フォーセットはインディ・ジョーンズやチャレンジャー教授のモデルにもなったという話もある冒険家だが、アマゾンでの発見や冒険よりも未知の都市を追い求めたフォーセットの人生のほうに話の重点が置かれている。ジャングルの川をさかのぼって驚異の経験をする話という点では「地獄の黙示録」、さらには「アギーレ 神の怒り」に近い内容だが、あれらの作品が西洋文化の概念がジャングルの奥地で崩壊していく話であったのに対し、こちらではむしろ野蛮なのは西洋文化(形式にこだわる学会員、仲間を裏切る冒険家、フォーセット自身も参戦した第一次世界大戦など)であり、ジャングルやそこで出会う未知の存在はフォーセットにむしろ安泰を与えてくれる存在として描かれている。

もちろんジャングルではいつも極限状態に置かれるのだけど、結構何度も無事に生還しているので、あまり緊迫感が続かないんだよな(劇中では3回の遠征が行われるが、実際は7回行われたらしい)。2時間20分の長尺だが、第一次世界大戦の描写にあんな時間を割く必要はあったのかしらん。

フォーセットの足取りを追った、「ザ・ニューヨーカー」誌の記者による同名のベストセラーをもとにした映画だが、上記の遠征回数のようにそれなりに脚色が加えられているみたい。また劇中ではアマゾンの原住民の文化に寛大な理解を示すフォーセットだが、実際は神智学の熱心な信者で、ゼッドこそは白人文明の発祥の地だと信じて探索を行っていたという話もあるようで…?

監督はジェームズ・グレイ。前作「エヴァの告白」も高い評価を得てましたが俺は未見。実際にアマゾンの過酷な環境に35ミリフィルムカメラを持ち込んで撮影した映像は美しいですよ。フォーセットを演じるのがチャーリー・ハナムで、彼の相棒の冒険家を演じるのが、最近演技がどんどん評価されているロバート・パティンソン。フォーセットの息子役にスパイダーマンことトム・ホランド。こうして書くとキャストが豪華だな。あとはフォーセットを家で待ち続ける妻役にシエナ・ミラー。なぜかフランコ・ネロもチョイ役で出てました。

興行的には失敗したものの批評家からは高い評価を得た作品だが、ジャングルとイギリスの話を交互に描いたせいか個人的にはテンポが悪いかなと感じました。ジャングルの奥地に向かうことに執念を燃やす男の映画なら、先に「アギーレ 神の怒り」を観ましょう。

「COLOSSAL」鑑賞


日本では「シンクロナイズドモンスター」の題で11月に公開予定。アン・ハサウェイ主演の怪獣映画だぞ。以下はネタバレ注意、

ウェブライターのグロリアは酒飲みがたたって職にあぶれ、ボーイフレンドにも愛想をつかされてニューヨークから故郷の田舎へと帰って来る。そこで幼馴染のオスカーに再会した彼女は彼の所有するバーで働くことになるが、それと同時期に韓国のソウルに謎の巨大怪獣が出現する。その怪獣が彼女の分身であることを直感的に悟ったグロリアは、最初は怪獣を使った悪ふざけこそしていたものの、ソウルに多くの損害を出したことを知って反省するが、物事はさらにややこしくなっていき…という話。

確かに怪獣は出てくるものの上記のようなヒネリが加えられているため、怪獣映画というよりもSFコメディに近いかもしれない。そもそもなんで怪獣が出てくるのかとか、グロリアとどういう関係があるのかといったことに深い説明はされなくて、不条理SFというのかな?そんな内容になっている。全体的なノリは「彼女はパートタイムトラベラー」に近いものを感じました。まあアル中の怖さとか、男性のDVなどのメタファーも含まれてるんだろうけど。

企画時は「ハサウェイ・ミーツ・ゴジラ」みたいなふれこみだった記憶があるが、それに対して東宝が「ゴジラの名前を使うんじゃねー」と実際に訴訟を起こしたという作品でして、最終的な怪獣のデザインはそれで変わったのかな?「ウルトラマン」のギャンゴとラゴンを足したような外見でした。グロリアが操作をやめると姿を消してしまうあたりは「新マン」のサータンっぽくもあったな。

怪獣は着ぐるみではなくCGでどことなくショボいし、あくまでもグロリアの物語なので派手に暴れまわったりするシーンは少ないが、おっ!という展開もあるし、過剰に期待しなければ特撮ファンも楽しめるんじゃないですかね?ボンクラがこんな能力を持ったらどうなるのか?というセンス・オブ・ワンダーはうまく描かれていた。まあ痴話喧嘩に巻き込まれて街を破壊されるソウル市民は迷惑でしょうが。つうか毎晩怪獣が出現するなら、街から市民を退避させようよ!

金のかかった「トワイライト・ゾーン」の1エピソード、といった感じの作品でもあるので、110分の尺では後半けっこうダレるところもあったが、まあ大目に見る。それより気になったのは怪獣が「朝の8時にのみ操れる」という設定になっていることで(よって時差によりソウルでは必ず夜に出現する)、そのためバーで飲んでた主人公たちが外に出ると朝になってた、というシーンが何度かあったな。真夜中のすぐあとが朝の8時になっているというか。

監督のナチョ・ビガロンドの他の作品は観たことないっす。出演はハサウェイのほかにジェイソン・スデイキス、ティム・ブレイク・ネルソンそして今年働きまくっているダン・スティーブンスと、妙に豪華。キャストの割には低予算映画で、さらにその予算も回収できないくらいの興行成績だったらしいが、個人的にはかなり楽しめた作品でしたよ。SFファンで鑑賞会とかするのにお勧め。

「HOUNDS OF LOVE」鑑賞


今年前半に高い評価を得ていたオーストラリアのサスペンス映画。ケイト・ブッシュの同名アルバムとは全く関係なし。

舞台は1987年のパース。両親が離婚したティーンの少女ヴィッキーは、母親に黙ってパーティーに向かう途中、マリファナを買わないかとジョンとエヴリンというカップルに声をかけられる。実はジョンとエヴリンは少女を誘って監禁し、虐待を加えたのちに殺害するシリアルキラーの夫婦で、ヴィッキーも彼らに勧められた酒を飲んで昏倒し、ベッドに鎖で繋ぎとめられてしまう…というあらすじ。

そんでもってヴィッキーを探そうとする母親の姿とあわせて、いろいろしんどいシーンが続くわけですが、エクスプロイテーション的な内容にはなっておらず、どちらかというと心理サスペンスのような出来になっている。ヴィッキーを虐待するジョンも外に出ればチンピラから借金の返済を迫られる小男であり、エヴリンはジョンに精神的な依存状態で彼に逆らえず、ジョンとヴィッキーの関係に嫉妬してしまうほどの女性として描かれている。話はジョンとエヴリンとヴィッキーの微妙な関係を軸に進んで行くわけだが、心理戦という内容ではなかったな。

どうもジョンとエヴリンは80年代のオーストラリアに実在したシリアルキラーの夫婦をモデルにしているらしいが、どこまで彼らの犯行と似てるのかはよく分かりません。

この映画の前にも、ベルリンでバックパッカーの女性がシリアルキラーに長期間監禁される「Berlin Syndrome」という映画をたまたま観ておりまして、なんか女性が誘拐される映画って流行ってるのか(監督はどちらもオーストラリア人)?「Berlin」のほうは女性がストックホルム症候群の一歩手前まで行くような、よりアートシネマっぽい出来だったな。どちらの映画も似たような事件が実際に起きてるので「なぜ少女は○○を使って逃げなかったのか」といったツッコミをするのは野暮でしょう。ただどちらの映画も女性が負けずに戦い抜く、という内容では必ずしもないし、観た後になんか悶々とした気持ちだけが残る内容でありました。デートとかでは観に行かないほうが良いかと。

この「HOUNDS OF LOVE」の監督のベン・ヤングってこれが監督デビュー作で、女性が監禁される映画を最初に撮ってるとことか、話のラストにジョイ・ディビジョンの「アトモスフィア」を持ってくるあたりに中二病的な闇を感じますが、全体的な演出は非常に手堅く、「Berlin Syndrome」よりもこちらのほうが高評価だったのも頷ける。次はマイケル・ペーニャ主演のSF映画を監督するらしい。

まあ観た後に爽快になるような作品ではないですが、これからカルト人気を獲得していくような気がする一本。