「Searching for Sugar Man」鑑賞


邦題は「シュガーマン 奇跡に愛された男」になるはず。今年のアカデミー賞にもノミネートされてるドキュメンタリー。

70年代に社会性の強いアルバムを2枚出したシンガー・ソングライターの(シクスト・)ロドリゲスを追ったもので、デトロイトで肉体労働をしながらクラブで歌っていたロドリゲスは地元のプロデューサーに見いだされてアルバムを発表し、多くの期待が寄せられていたもののアメリカやイギリスではまったく売れず、彼はレーベルから落とされてしまう。しかしその後2枚目のアルバム「Cold Fact」が南アフリカに渡り、アパルトヘイトに反発していたアフリカーンの若者たちのあいだでその歌詞が共感を呼び、ラジオ局では放送禁止になっていたにも関わらず彼の曲は南アフリカで広く知れ渡っていく。しかし肝心のロドリゲス本人は表舞台から完全に姿を消しており、ステージで焼身自殺をしたとか、銃で頭を撃ち抜いたという伝説がまことしなやかに語られているほどであった。果たして彼の身に何があったのか?疑問に思った南アフリカの音楽ジャーナリストは、彼の曲の歌詞にあった僅かな手がかりをもとにしてロドリゲスの消息を追っていくのだが…というようなプロット。

トレーラーを観れば明らかなのでネタバレにもならないと思うが、ロドリゲスは健在でして、デトロイトでひっそりと暮らしていたのを「発見」されて南アフリカで1998年にツアーを行ったところ熱狂的に迎えられ、本国アメリカでもこのドキュメンタリーのおかげでやっと多くの人が知ることになったという次第。ただしこのドキュメンタリーでは途中までロドリゲスの消息を明かさず、ミステリー仕立てにしているのが巧いな。犯罪映画っぽい作りにしてた「マン・オン・ワイヤー」に通じるものがありますね。

またアパルトヘイト時代の南アフリカの若者文化にも多分に言及しており、国際的に隔離された文化のなかで多くのことが検閲を受けており、ロドリゲスのアルバムを通じて若者が反体制のカルチャーに始めて触れたとか、ラジオ局では放送禁止の曲の部分がレコード盤に傷が付けられて再生できないようになっていたなどという話が興味深い。なお彼の曲はアパルトヘイトに反対する白人の若者たちに指示され、彼の90年代のコンサートの客もほぼ全員が白人なのだが、黒人たちのあいだで彼がどう受け取られていたのかも知りたかったな。

個人的にはこの映画を観るまでロドリゲスの曲を全く聴いたことがなかったのだけど、艶のある声で社会問題を詩的に歌った曲の数々はどれも素晴らしい。声の質はボブ・ディランというよりディオンに似ているような?人気の再燃により今年のコーチェラやグラストンベリーにも出演するようです。

ロドリゲスが発見されたあとの展開が失速気味になることは否めないが、苦労人が報われるという意味で微笑ましい内容のドキュメンタリーになっている。「アンヴィル」とかが好きな人は観て損しないと思う。

「ジャッジ・ドレッド」鑑賞


1995年のスタローン主演の作品のリメークというよりも、同じコミックを原作にした別物の映画。

スタローン版は凡作と見なされてるけど俺はそれなりに好きで、コスチュームやローマスター・バイクの再現度は高かったし、ミーン・マシーンやABCロボットなんかも出てたのはファンサービス旺盛だったんだけどね。監督のダニー・キャノンもドレッドの熱心なファンだったはずなのだが、すべてスタローンが主演したことで原作とは大きく異なる内容になってしまったのが残念なところで。まあスタローン主演だったからこそあそこまでの予算が確保できたんだろうが。

そして今回のものはスタローン版の反省を生かして原作にもっと忠実になっており、つまりどういうことかといいますとカール・アーバン演じるドレッドは最初から最後までヘルメットを外さずに出演している。しかし顔半分を隠すヘルメットのおかげで主役になかなか感情移入できないのも事実であり(もともと感情など無いキャラクターではあるが)、ここらへんはコミックと映像の克服しにくい違いでありますね。

舞台となるのは核戦争によって周囲が焦土と化したあとのアメリカ東海岸で、過去の都市の残骸のあとに巨大な都市「メガシティ・ワン」が建造されて8億人もの人々がそこに住んでいたが、土地の大部分はスラムであり犯罪も多発し、それを取り締まる「ジャッジ」たちは法の番人となって陪審・判決・法の執行(死刑も含む)を個人で行える権限を持っていた。ジャッジのなかでも厳格さで知られるドレッドは新米ジャッジでテレパスであるアンダーソンの教育を任され、2人は死体が発見された高層ブロックへと向かうが、そこは「スローモー」と呼ばれる新種のドラッグを取り仕切るギャングのボス「マーマー」の本拠地であり、ジャッジの存在を疎ましく思った彼女はブロックを閉鎖し、手下たちにドレッドとアンダーソンを襲撃させるのだった…というストーリー。

メガシティ・ワンの光景はスタローン版よりもずっと小汚くて、「第9地区」のヨハネスブルグみたいな感じ。そして話が高層ブロックの中での戦いになってくると「ザ・レイド」にかなり似通ってくるのだが、派手な銃撃戦やドレッドのアクション、アンダーソンの葛藤など見どころは押さえられており、結構楽しめる内容になっていた。なお「スローモー」は名のごとくすべてがスローモーションになってハイになれるというドラッグであり、それをキメてるシーンは3Dで観るとたいへん美しいという評判なのですが、2Dで観たのであまりストーリーと関連ないドラッグにしか思えなかったよ。

出演はカール・アーバンのほか、マーマー役にレナ・ヘドリー。体を張って演技してるのは分かるのですが、ギャングの親玉を演じるには若くて美人すぎるかな。あとドレッドたちが連行するギャングの一員を演じてるのって、「ザ・ワイヤー」のエイヴォン・バークスデールの人か!スリムになってて気づかなかったよ。

コミックは全体的にブラックユーモアが強くて、ドレッドもファシストのカリカチュア気味に描かれてるのだが、映画ではあくまでも寡黙なヒーローといった感じ。脚本書いたアレックス・ガーランドもそこらへんは分かってるんだろうが、まあ少しアメリカナイズさせたんですかね。内容は決して悪くはないものの、やはり低予算のためか「ジャッジ・ドレッド」の壮大な世界観を醸し出すには小ぢんまりしすぎているので、さらにスケールアップした続編(もしくは「2000AD」の他の作品の映画)が製作されることに期待したいところです。

2012年の映画トップ10

昨年同様に、観た順に10本選んでみました。順位は特につけません。

ドライヴ
サソリのジャケット買っちゃったよ。

ファミリー・ツリー
まったりと話が進んでいるようで、家族の絆をしっかり描いている点が秀逸。

CHRONICLE
少年マンガに出てくるような超能力バトルがしっかり撮れた作品。

アベンジャーズ
純粋な娯楽という点ではこれが抜きん出ていた。いろいろツボをちゃんと抑えた大作。

アイアン・スカイ
粗削りではあるんだけど、低予算で風刺と特撮をきちんとまとめたことに敬意を表して。

キャビン
ホラーの定番を見事にスプーフした傑作。これ観ちゃうとB級ホラーが普通に観られなくなるかも。

ムーンライズ・キングダム
あまりにも箱庭的にまとまりすぎてる気もするが、W・アンダーソンの1つの頂点ですな。

THE BAY
まさかバリー・レヴィンソンがファウンドフッテージものをやるとは。パニックに襲われる町を手堅く描いている。

007 スカイフォール
オールドファンに気をつかいつつ、新たな幕開けを迎えることに成功した秀作。

Beasts of The Southern Wild
『ハッシュパピー バスタブ島の少女』という邦題で公開されるみたいです。新人監督が町のパン屋さんを起用して、なぜこうも幻想的な作品が撮れてしまうのか。

特別賞:「ヒューゴの不思議な発明
映画好きが、映画にまつわる映画を観たらそりゃ好きになるのは決まってるので、特別賞扱いとする。少年の話かと思いきや、映画に情熱をかけた老人の話にもっていってしまう巧みさ。

これ以外には「裏切りのサーカス」「ザ・レイド」「ダークナイト・ライジング」「プレミアム・ラッシュ」「ルーパー」などが良かったな。これでも取りこぼしている(観てない)作品が多々あるので、今年はもっと偏見なしに多くの映画を観るように心がけたいところです。

「 LOOPER/ルーパー」鑑賞


かの知られざる傑作「BRICK‐ブリック‐」のライアン・ジョンソンとジョセフ・ゴードン=レヴィットが再び組んだSFアクション。

既に日本の公式サイトがあるのでストーリーはそちらを参照してください。30年後の未来の犯罪組織から送られてくる邪魔者を始末する仕事を受けていた主人公が、未来の自分を始末する羽目になり…といったプロットです。ちょっと理解するのに時間がかかったんだが、舞台は現在とその30年後、ではなく2044年と2074年になるのですね。2044年の光景が現在とあまり変わらないんで少し困惑してしまったよ。

主役のゴードン=レヴィットの30年後の姿を演じるのがブルース・ウィリスで、他にもポール・ダノやエミリー・ブラント、ジェフ・ダニエルスなど豪華なキャストが脇を固めている。ウィリスに似せるためにゴードン=レヴィットは特殊メークをしてるのだが、おかげでいつもと違った顔つきになってしまい少し不気味であった。それでもあの顔がああなるのは結構無理があるような。

ブルース・ウィリスのタイムトラベルものという意味では「12モンキーズ」に似てるかな。「ガタカ」みたいな知的なSFものが好きな人にも受けるかと。タイムトラベルのシーンには、あの時間軸重なりまくりのカルト映画「プライマー」のシェーン・カルースが関わってるらしいんだけど、殆どそんなシーンは無かったような…?撮影はルイジアナと上海で行われていて、中国の配給会社が金を出してくれたので上海で撮影できたらしい。今後も中国資本をバックにした中国での撮影が増えてくるのかなあ。

タイムトラベルもの映画の常として、いろいろツッコミ入れたいところはあるのですが、あまり深く考えずに観れば楽しめる作品かと。ただアクションに重きを置きすぎて、アイデアが少し軽めになっている感は否めない。「ブリック」はハードボイルドのガムシューものを高校でやってしまったアイデアが斬新だったが、こちらはあくまでもよく出来たSF作品、といった感じ。

「ALPS」鑑賞


Dogtooth」こと「籠の中の乙女」で全世界の度肝を抜いたヨルゴス・ランティモス監督の新作。主演は「乙女」の長女を演じた人で、「Attenberg」の女の子も出てます。

新体操のジムに通う少女2人が、中年男性ふたりと組んで「アルプス」というグループを結成。彼らは愛する人たちを失った遺族に近づき、亡くなった人の身代わりをしばらく演じることで、別れの悲しみを和らげさせるという商売を始めるのだが…というようなプロット。

話のあらすじだけ聞くと、人との別離を感情的に描くとか、他人を演じてアイデンティティ・クライシスに陥るとか、職務を忘れて遺族を愛してしまうとか、なんかそんなメロドラマチックな展開を期待してしまうのですが、そんな描写は全然なくて、ただ与えられた仕事を無機質に淡々とこなしていく主人公たちの姿が描かれていく。

彼女たちの「サービス」を受ける遺族たちについても顔が殆ど映されず、感情も表にしないのがかなり不気味で、主人公たちに感謝するどころか彼女たちにコスプレをさせ、あれこれ指示してコキ使っている始末。恋人代行としてエッチする者もいるほか、亡くなった夫の浮気現場を再現させ、それを「発見」して主人公をペチペチ叩くオバさんとか、もうやりたい放題。

前作では家の中という非常に限られた空間におけるニセモノの世界という設定が斬新であったが、今回は本物の世界にニセモノの人物を持ってきたことで、どうも話の焦点が希薄になってしまった感じ。この監督のスタイルではあるんだろうが、あまりにも説明不足で突き放した印象を受けてしまい、どうしても話に感情移入できないのが残念。もうちょっと観る人へのサービス精神を発揮してくれたらもっと楽しめる作品になっていただろうに。この監督の次回作は英語の作品になるらしいが、もう少し大衆性を持ってくれることに期待。