「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」鑑賞

いやー評判通り面白かった。日本は3月公開。遅いよ。とにかく先の展開が読めない作品なので、何の前知識も持たずに観に行ったほうが良いと思うものの、某ピクサー映画の抱腹絶倒のパロディが出てくるので元ネタは知っておいたほうが良いかも。

夫婦でクリーニング屋を細々と経営する中国系夫婦の奥さんが、ある日突然、別の次元からやってきたという別の夫に出会い、マルチバースすべての世界に迫る脅威と戦うことになる…というあらすじだが、SFからカンフー映画からコメディまであらゆる要素を混ぜ込んで、それでいてしっかり感動させてくれるという見事な内容になっている。

主人公は凡庸な主婦である一方で、別次元の夫に与えられたヘッドセットを通じて他の次元の自分にアクセスしてその能力をコピーすることができ、おかげで小指で人が殺せるカンフーの名手になれたりもする。このためカンフー映画やウォン・カーウェイの映画のパスティーシュなどが出てきて面白いのですが、別次元にアクセスするには「奇抜な行為」をやる必要もあるとかで、彼女やその敵たちが行う行為がいろいろエスカレートしていきます。なんとなく雰囲気が近いな、と思ったのは「バカルー・バンザイの8次元ギャラクシー」(あっちもジェイミー・リー・カーティス出てましたね)、さらに言うと「うる星やつら」みたいな80年代のSFコメディ漫画かな?

日本の漫画だと女子高生が主人公の学園コメディとかになりそうだけど、こっちは主役を演じるミシェル・ヨーが60代、夫役で20年ぶりに役者業に復帰したキー・ホイ・クァンが50代、父親を演じるジェームズ・ホンに至っては90歳と、かなりの年配組。それでも体を張ってカンフーを披露してたりするから凄いのだが、コメディやアクションの裏には、しがない主人公が他の次元で経験できたかもしれない「ありえた人生」が語られていく。脅威と戦うのにこの次元の主人公が選ばれた理由も、他の自分と比べて何も達成してないから伸びしろがある、みたいなことが説明されてたような。

また中国系の家族における苦心や絆についても多分に描かれていて、これだけ中国語が飛び交う作品が全米で大ヒットしたのも驚きだが、状況によって広東語と北京語が使い分けられてるらしくて、こういうのは監督の片割れであるダニエル・クワンの経験とかが反映されてるのかな。親子3代が違いを乗り越えて結束し、カンフーを使ってニヒリズムと戦う、なんて映画作れそうにないものをしっかり作ってしまっている。

2時間20分は長いものの、とにかく次に何が起きるかわからないままゲラゲラ笑いつつ最後にはしっかり感動させてくれるという貴重な経験でした。おすすめ。

「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」鑑賞

近所のなんちゃってIMAXで3D鑑賞。ハイフレームレートではないはずだが、キャラクターがヌルヌル動いていたような。感想をざっと。ネタバレ注意。

  • 面白いかどうかと訊かれたら、普通に面白いと返せる作品。前作のあとにワラワラと出てきた「後付け3D」にしている映画と違って、最初から3D上映することを緻密に計算して撮影していて、光の当て方などもそこらの作品と全く違う。ストーリーの拙さを映像美で十分すぎるほど補っており、3時間のアトラクションを2000円ちょっとで楽しめる、と割り切っても良いのでは。
  • 普通の映画とは一線を画した異世界の雰囲気を作り上げることに成功していて、特にCGのクリーチャーが多く出てくる前半なんかはNHKの科学ドキュメンタリーまがいの出来になっているけど、そうした映像で映画を一本作ってしまったのは普通に凄いと思いました。
  • 逆に言うと劇場で3Dで観てなんぼの作品なので、後で自宅のテレビとかで観たら感想は大きく変わるだろうな。劇場で再度観たとしても、途中のクジラとの交流シーンとかはかなり冗長に感じられるかもしれない。
  • 前作が13年前だっけ?話の内容はまだしもキャラクターの名前とか覚えてないがな。人間側のほうは顔を見れば誰だったか分かるものの、ナヴィのほうになると顔の見分けがつかず。そんなに登場人物が多くないのが救いですが。
  • ストーリーは予告編で見当がついた通りだったが、まあ肝心なポイントは抑えているのでいいんじゃないですか。クオリッチが復活したことを主人公が完全にスルーしてたのには驚いたが。彼がナヴィの体を得て復活したことを、ジェイクが知る場面ってなかったよな?あと地球人、移住を考えるなら外気が呼吸できる惑星に行った方がよいと思うぞ。
  • あとこういう作品だと、戦力的に劣勢な原住民側が賢い戦略を駆使して侵略者側を撃退するのが快感だったりするもんだが、今回はなし崩し的に最後の戦いが始まったのがちょっと残念でした。地球人側も失ったのは捕鯨船一隻だし。
  • 前作に比べて人間側のキャラクターが圧倒的に少ないが、CG処理を施した顔でも感情がしっかり読みとめる。言っちゃ悪いがサム・ワーシントンなんて地の顔のときよりもいい演技してるんじゃないの。逆に人間のスパイダーの演技がショボく見えるほどだった。
  • 登場人物をほとんどCGにして、自分の趣味の海洋ネタをぶっ込んできて、住んでるニュージーランドで撮影して、クジラとの交流シーンに長い時間を割いて、凄まじい制作費と時間を費やして、もうジェームズ・キャメロンが好き勝手やった作品なんだけれども、それでも純粋に楽しめる作品に出来上がっていることに我々は単純に感謝すべきなんでしょう。とにかく劇場で3Dで観た方がいいよ。

「THE WHALE」鑑賞

ダーレン・アロノフスキーの新作で製作はA24。こないだ海外出張時に現地で封切られているのを知り、映画館に行ってみたら観客は自分ひとりだった!興行的に大丈夫かこれ。以降はネタバレ注意。

アイダホのアパートに独りで暮らすチャーリーは体重300キロの極度の肥満で、歩行器なしでは立ち上がることもできずに部屋に閉じこもって暮らしていた。文学の教授である彼は顔を隠したままオンライン講座で生徒たちを教えて生計を稼ぎ、友人の看護師が身の回りの世話を見てくれていたが、コーラをがぶ飲みしてピザにがっつく生活のために異常な高血圧となって、いつ死んでも不思議でない体になっていた。そんなとき疎遠になっていた娘エリーが彼のもとに現れ、チャーリーは彼女の英語の課題を手伝うことで彼女とよりを戻そうとするのだが…というあらすじ。

チャーリーはゲイという設定で、8年前に妻子を捨てて、教え子だった男性と暮らし始めたものの彼は亡くなり、チャーリーはひとり寂しく暮らす一方で捨てられた側のエリーとその母親からは疎ましく思われている。話の大半はチャーリーのアパートのなかで展開され、4:3の狭い画角のなかでチャーリーと看護師やエリーたちとの密室劇が繰り広げられるわけだが、これ実際に同名の舞台劇をベースにしているのか。その劇作家が脚本も手がけているそうで。背景の変化がなくて登場人物も少ない一方で、早いペースで話が進んでいくので中弛みするようなところは無かったな。

ファットスーツを着込んだブレンダン・フレーザー演じる、肥え太ったチャーリーの外観に当初は驚かされるが、全体的な雰囲気はアロノフスキーの「レスラー」によく似ていた。家庭の面倒を見ることができなかったダメな父親が、擦れた娘とよりを戻そうと不器用ながらも努力するという設定はそのまんま。「レスラー」よりは父と娘の過去がより深掘りされていて、なぜチャーリーがこのように肥満になったのか?という理由が仄めかされつつも明らかにはされていなかった。

「レスラー」でミッキー・ロークがカムバックしたように(そのあとまたどこか行っちゃったけど)、今回の映画も最近はいい役についてなかったブレンダン・フレーザーのカムバック的な作品だと見なされているみたい。でもフレーザーって確かに世間一般には「ハムナプトラ」シリーズのタフなにーちゃん的なイメージがあるのだろうが、個人的には「ゴッド・アンド・モンスター」とか「愛の落日」で見せた繊細な青年の演技が好きだったので、今回のような真面目な役はそんなに意外ではないのよな。ファットスーツのせいか過剰に演技しているように見えるところもあって、看護師を演じるホン・チャウのほうが演技は良かったと思う。

鯨や鳥や宗教などのメタファーがいろいろ散りばめられていて、ちょっと露骨な気もするがこれからいろいろ解読されていくんじゃないですか。個人的には男の美学があった「レスラー」のほうが好きで、あれを作ったのならこっちを作る必要あったのかな?とも感じたけど、ブレンダン・フレーザーは好きな役者なのでこれによってまた出演作が増えてくれるのなら歓迎したい作品。

「CRIMES OF THE FUTURE」鑑賞

デビッド・クローネンバーグによる久々のボディホラー映画だ!と言っても個人的に前作「マップ・トゥ・ザ・スターズ」を見忘れてるので確約できないのだが。以下はガッツリネタバレしてます。

舞台は未来。人々の体は謎の進化を遂げ、痛みや感染症とは無縁の体質になり、簡単に開腹手術などが行えるようになっていた。さらに極端な進化を遂げた者もおり、体内に新たな内臓が生み出される症状を持つソール・テンサーは、パートナーのカプリスにそうした内臓を観客の目前で摘出させるというパフォーマンスを行い、アーティストとして高い評価を得ていた。その一方で政府は人類の予測のつかない進化を警戒し、新たな臓器の登録を行なっていたが、さらに急激な進化を唱える過激派たちが登場して…というあらすじ。

そもそもなぜ人類がそんな進化を遂げたのかとか、政府は臓器を登録してどうするのか、などといった説明は一切ないので気にしない方がいいです。監督が単に臓器摘出がテーマの映画を撮りたかったのでしょう。ストーリーの設定自体は確かにグロいものの、摘出される内臓などは「イグジステンス」のコントローラーのような、シリコン感のあるクローネンバーグ風のプロップなのでそこまでリアルなものではない。生ガキ食べられる人なら大丈夫なんじゃないでしょうか。

ソールが寝るベッドとか、彼の食事を助ける椅子などは「裸のランチ」のタイプライターやエイリアンのデザインを彷彿とさせるし、ソールの置かれる立場は「イースタン・プロミス」みたいだし、そもそも題名自体が1970年のクローネンバーグの作品と同じという、クローネンバーグのグレイテスト・ヒッツみたいな作りになっていて、往年のファンには懐かしく感じられるんじゃないでしょうか。作品の内容自体は斬新なはずなのに、故郷に帰ってきたような気分を抱きながら観てしまったよ。

ただしそうした要素が合わさって総和以上になっているかというと微妙で、やはり世界設定の圧倒的な説明不足が影響しているのでは。監督はガチガチのSFを作る気はなかったのかもしれないが、政府と過激派のかけ合いとか、LifeFormWare社の役割、人類の進化によって世界がどう変わったのかなどをもうちょっと描いたほうが面白くなったような気がする。新しい臓器についても当初はアートとの関係で論じられていたものが、途中から人類の進化に主題が変わっていったような?ちょっと焦点がボケてるんだよな。

ソール役はクローネンバーグ作品の常連であるヴィゴ・モーテンセン。なんか撮影前に怪我したとかで、長時間立ってられなかったとか?忍者みたいな格好でしゃがんで話すのが妙にカッコいいぞ。カプリス役にレア・セドゥ。臓器の登録オフィスの助手役にクリステン・スチュワートだが、スチュワートは有名人すぎるので、この役はもっと無名の役者が演じた方が効果的だったかもしれない。手術マシーンの修理を手伝う女性ふたりとか、冒頭に出てくる少年の母親とか、無名の役者(失礼)が演じる女性のほうがミステリアスな雰囲気があってよかったな。

クローネンバーグの久々のボディホラー、と過度に期待すると肩透かしをくらうかもしれないが、悪い作品ではないです。内容が内容だけにろくに宣伝もできず興行成績は散々だったらしいが、次の監督作も決まってるようなので期待しましょう。

「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」鑑賞

感想をざっと。以下はネタバレ注意。

  • 前作の主役を務めた役者が他界してしまったという、そもそも続編を作れるの?という状況から続編を作ってしまったという点では特筆すべき作品。個人的にはエンターテイメントたるものザ・ショウ・マスト・ゴー・オンだと考えているので、ティチャラ役がリキャストされても全く気にはならないのだが、建前上そうもいかなかったのでしょうね。ティチャラの死はプロットの要になっており、それは敬意なのか搾取なのか。しかし以前からマーベル映画に出ていた役者などはどんどん年をとっていくわけで、いずれは主要なキャストの交代も真剣に検討しなければならない時期が来ると思うのだがどうするんだろうなあ。
  • 大まかには君主がいなくなった後の国の護りについての物語で、そこにネイモア率いるタロカン王国が攻めてくるわけですが、そもそも彼らの持つヴィヴラニウムを狙ってるのは欧米諸国なわけで、ワカンダとタロカンが戦わざるを得なくなるまでの話の持っていきかたがちょっと弱かったような。
  • ネイモアの脚色は良かったんじゃないですか。コミックではマーベル最古参のキャラクターとはいえ「コスチュームが海水パンツ」「アンチヒーローというよりも単に横柄な奴」「あまり特徴的な能力を持っていない」ということでいまいち主要キャラになれてなかった印象があったのです。それが今回は中南米風のオリジンが加えられ、コミックではカッコ悪かった足首の翼も大活躍でいいキャラになってたと思う。
  • 部下のアトゥマやナモーラの肌の色が変わるのって説明あったっけ?「アクアマン」のアトランティスとの差別化のためかもしれないが、タロカン王国って暗すぎやしないか。3Dメガネかけての鑑賞はキツいのでは。
  • 新しい出演者としては、リチャード・シフがクレジット上で「特別出演者」みたいな扱いを受けていたのは何だったんだろう?5分くらいしか出てなかったと思うが。「I May Destroy You」などで高い評価を得たミカエラ・コールが出演するということで、むしろ彼女が主役級の扱いを受けるのかなと勝手に考えてたら意外と小さい役だった。あとAIの声役のトレバー・ノアが今回はちゃんとクレジットされてましたね。
  • これはマーベルのフェイズ4映画全般に言えることだが、「エンドゲーム」を未だに引きずっているというか、フランチャイズの人気に乗って滑空飛行しているというか、じゃあ次はどこに話を持っていきたいの?というのがよく分からない。新しいキャラクターも登場させて彼らのバックグラウンドも丁寧に説明しているものの、TVシリーズも含めたフランチャイズの拡大のための種まきという印象が拭えず。アイアンハートとか、この作品で出す必要あったか?おかげで話が冗長になって上映時間が長くなる一方で盛り上がりに欠ける作品が続いているような。いちおうこれがフェイズ4の最後の作品のようなので、今後の大イベント(アベンジャーズ映画?)に向けて全体的な引き締めが行われることに期待します。