「Columbus」鑑賞


昨年のサンダンス映画祭で公開されて高い評価を得た作品。

舞台となるのは、著名な建築物が多いことで知られるインディアナ州のコロンバス。そこに住む建築家の父親が倒れて意識不明の状態になったことから、アメリカを離れて韓国に住んでいた息子のジンはコロンバスへとやってくる。父親の容態が変わらないためコロンバスに滞在することになったジンは、地元の図書館で働くケイシーという少女と知り合うことになる、というあらすじ。

監督のコゴナダ(Kogonada)は主人公のジンと同じく韓国系アメリカ人で、小津安二郎を大変にリスペクトしているほか、キューブリックやウェス・アンダーソンなどに関するビデオ・エッセイを作っていた、という経歴らしい。つまり映画批評から映画製作に入った人になるわけだが、奥行きを生かした画面の構図の見事さとか、自信をもってゆったりと進むストーリーテリングとか、とにかくこれが初監督作だとは思えないほど素晴らしいのですよ。普通のサンダンス系映画かな、と思って観たらその映像の美しさに驚愕してしまった。

どのシーンも映画の教科書で使われてもおかしくないほどの巧みな構図というか。監督デビュー作でここまで映像が美しいのはアレックス・ガーランドの「エクス・マキナ」以来だが、あっちは脚本家として現場に関わっていたわけで。今までのアートハウス系の監督のデビュー作って、ジャームッシュであれリンクレーターであれ、セリフが先行して映像的には未熟で、それから作品を重ねるうちに洗練されていく感があったが(ケヴィン・スミス、お前はダメだ)、これはもう最初からベテランの域に達している。

ストーリーは父親の容態が改善する(もしくは死亡する)までコロンバスに留まらざるを得ないジンと、街を出て都会で学びたいと考え、周囲にもそう勧められているのに、一緒に暮らす母親を置いていけないケイシーという二人の男女の人生が交錯していくわけだが、決して急な展開が起きるわけではなく、かといって退屈になるわけでもなく、落ち着いたペースをもって、いずれ街から出ていくことを考えているふたりの話が描かれていく。ポストロック・バンドのハモックによる音楽も効果的。

ケイシーは街の建築物を紹介するボランティアをしようと勉強していて、ジンは父親の蔵書を読んでコロンバスの建築について知っており、物語の大半はふたりが街の建物について語り合うシーンで占められているのだが、決して衒学的になることもなく、建物について語ることでふたりの心情がうまく描かれていく。街の光景が第二の主人公、というのは陳腐な言い回しだが(特にニューヨーク映画)、この作品は本当にそんな感じ。建物のデザインがすでに優れているのに加え、それらがさらに効果的に撮影されている。おれコロンバスといえばオハイオしか知りませんでしたが、この街に行ってみたくなりましたよ。日本のご当地映画も、これくらいの出来のものがあればいいのにね!

主役のジンを演じるのはジョン・チョー。短命に終わってしまったシットコムの「Selfie」でもそうだったが、白人女性に対してまっとうな相手役を演じられるアジア系の役者って、ハリウッドではこの人が筆頭格だろうな。珍しく韓国語を話すシーンもあるでよ。ケイシーを演じるのは「スプリット」などに出演しているヘイリー・ルー・リチャードソン。あとはちょっと久しぶりに顔を見た気がするパーカー・ポージーや、ローリー・カルキン、ミシェル・フォーブス(!)といった手堅い役者が脇を固めている。

あまり期待しないで観たら大変素晴らしい作品でありました。これからコゴナダ監督がどういう作品を撮っていくのかわかりませんが、注目に価する作家ではないかと。

「ブラック・ライトニング」鑑賞


DCコミックスのスーパーヒーローを主人公としたThe CWの新作シリーズ。日本でもネットフリックスでやるとか?

舞台となるのはフリードランドという都市。そこではザ・ハンドレッドという黒人系のギャングが幅をきかせて街の治安を最悪なものにしており、これによって警察の黒人に対する取り締まりも非人道的なレベルにまで達し、善良な黒人の市民たちは辛い暮らしを強いられていた。そんな善良な市民のひとりであるジェファーソン・ピアスはかつて電撃を自在に操るヒーロー「ブラック・ライトニング」としてギャングと戦っていたが、連日のように重傷を負って帰って来る彼を見かねた妻が彼のもとを去ったことから、ヒーロー業は引退してふたりの娘を育て、高校の校長として健全な若者の教育に勤めていた。しかし娘の一人がザ・ハンドレッドのメンバーに連れ去られたことから、怒りに燃えるピアスはブラック・ライトニングのコスチュームをまた身につけ、悪と戦うことを決意する…というあらすじ。

DCコミックスのブラック・ライトニングは1977年に登場したキャラクターで、マーベルのルーク・ケイジと同様に、当時のブラクスプロイテーション映画の人気に影響されて登場したといっていいのかな。スーパーマンの本拠地メトロポリスのスラム地区でギャングと戦うヒーローという設定で、当初は細身で胸をはだけたファッションで、確かアフロのウィッグも被っていたんじゃないかな?

彼のソロ・シリーズは比較的すぐに終わってしまったものの、80年代前半にはバットマン率いるバットマン&ザ・アウトサイダーズの一員として活躍しまして、俺も彼のことを知ったのはこのシリーズにおいてだったな。その後はクリエーターのトニー・イザベラとの権利的な?ゴタゴタがあった関係で90年代前半はDCユニバースに登場しなかったキャラクターなのです(いちおうイザベラが執筆したシリーズが当時あったが、イザベラが投げ出すような形ですぐ終わった)。

それが解決したのか2000年代になって再登場したときはスキンヘッドになってガタイも良くなり、もっと大人になったキャラクターになっていた。今回のTVシリーズのコスチュームはこの当時のものをベースにしているみたい。彼のふたりの娘たちもこのころ登場して、彼女たちをスーパーパワーを持っていることから、それぞれ「サンダー」および「ライトニング」というヒーローになって今に至っている。TVシリーズのほうも、少なくとも長女のアニッサはサンダーとして活躍することになるみたい。

もともとThe CWでなくFOX向けのシリーズとして作られたこともあり、プロデューサーとしてグレッグ・バーランティが関わっているものの、いわゆる「アローバース」の作品ではない。まあ「スーパーガール」も当初はアローバースの作品ではなかったわけで、これも来年のスイープス(視聴率調査月間)のころにはザ・フラッシュとクロスオーバーしてるんじゃないですかね…?

キャストの大半が黒人だというのは言わずもがな、主人公がティーンの子供をもった年配のヒーローということもあり、他のDCコミックス系のドラマとは毛色の変わった作品になっている。批評家のあいだでは思慮深いヒーローが登場した、ということで評判が良いみたいだけど、まだ第1話を観ただけでは何ともいえんな。警察が市民に横暴的なあたりは、最近のドラマの流行りの「Black Lives Matter」を反映した内容になるかと思ったが、警察よりもギャングがメインの悪役になるみたい。まあ結局のところThe CWのスーパーヒーロー番組であって社会派ドラマというわけではないが、「他の街で活躍している連中はみんな『ヒーロー』と呼ばれるのに、(黒人の)ブラック・ライトニングは『ビジランテ』だけと呼ばれるのは何故なのか」というようなセリフが出てきたのは興味深かったです。

主人公のピアスを演じるのはクレス・ウィリアムズ。「Hart Of Dixie」ででっかい市長を演じていた彼か。日本語のウィキペディアにも「とても身長が高い。」とだけあるように、とても身長が高い(193センチ)人なので、別にスーパーパワーなくてもケンカ強いんじゃね?とは思うものの、1970年生まれという結構な歳のせいかアクションにあまりキレはないです。なおブラック・ライトニングは単に手から電撃を放出するだけでなく、それで人を持ち上げたりもできるのだが、あれどういう仕組みなのだろう。自ら人を殺めたりはしないものの、ギャングの体を銃撃戦で盾に使うくらいのエゲツないことはやってます。

その彼に敵対するザ・ハンドレッドのボスがトバイアス・ホエールというのだけど、アルビノの黒人というキャラクターにちゃんとアルビノの黒人俳優(ラッパーのクロンドン)を適用するあたりがハリウッドの多様なところか。あとはピアスの娘たちや元妻、警察の刑事などに加えて、ピアスの親代わりだったという仕立て屋が登場するのだけど、バットマンにおけるアルフレッドみたいな役回りで、ピアスの引退中も黙々とブラック・ライトニングのスーツを改良していたというマッドサイエンティストぶりがなんか格好よかったぞ。

第1話を観た限りではそんなに特筆するほど際立った作品だとは思わなかったけど、本国の批評家の評判は概ね良いようなので、ピアスだけでなく娘のサンダーも活躍するようになると面白くなってくるのかも知れない。とりあえず今後の展開に期待。

「HARD SUN」鑑賞


「刑事ジョン・ルーサー」のニール・クロスによるBBCの新作ドラマ。以降はネタバレ注意。

ロンドンで働く刑事のチャーリー・ヒックスは、新しく自分の部署に異動してきたエレイン・レンコとともに、団地で起きた自殺の調査を始める。最初は普通の飛び降り自殺のように思われたが、死亡したのがNASAにもハッキングしたという敏腕のハッカーだったことから、何か重要なデータを彼が入手し、それを彼のパートナーが奪って彼を殺した疑いが強まり、ヒックスとレンコはそのパートナーを追跡する。そのデータが取引される現場でパートナーとその取引相手を逮捕した二人だが、その直後にMI5らしきグループの襲撃を受け、逮捕した二人は殺されてしまう。ヒックスとレンコはどうにか襲撃から逃れ、回収したデータを確認すると、「ハード・サン」と名付けられたそのプログラムには、今から5年後に壮絶な災害が地球を襲い、人類は絶滅するという衝撃的な予測データが記されていた。その内容にショックを受けるヒックスとレンコだったが、そのデータを狙う一味の魔の手はヒックスの家族にも迫り…というあらすじ。

「マッド・マックス」みたいな「ポスト・アポカリプティック(大災害のあと)」の話じゃなくて、「プリ・アポカリプティック(大災害のまえ)」のドラマ、と巷では紹介されてたりするが、何じゃそりゃ、という印象は否めない。「フラッシュフォワード」みたいなSF風味はなくて、基本的には犯罪サスペンスのドラマといった感じ。データをめぐる話に加えて、レンコが以前に息子に殺されかけた話とか、ヒックスの前の同僚が謎の死を遂げており、実はレンコがそれについて探っているとか、いろいろ伏線は張られているものの、それらが「ハード・サン」とどのように関わっていくかは現時点では全くわかりません。

主演はレンコ役にモデルのアギネス・ディーン、ヒックス役にジム・スタージェス。どちらもあまりよく知らない役者だな。スタージェスってホワイトウィッシュだと叩かれた「ラスベガスをぶっつぶせ」に出てた人か。ディーンはモデル出身とはいえいい演技をしています。

まあこれからどういう展開になっていくのか、第1話を観ただけでは何とも分からんねー。「トーチウッド」みたいなダークなSFになるのか、それとも犯罪サスペンスで押していくのか?そもそも5年後に人類破滅が待ち受けているなか、どこまで話を引っ張れるのか?あまりにも話の設定が漠然としていて、次回も観たくなるほどではなかったものの、まあ海外のレビューサイトなどであらすじは追うようにします。

「9-1-1」鑑賞


FOXの運命を握るのはルパート・マードックであろうとも、ネットワークの顔となるのはライアン・マーフィーだ!ということで今年もたくさん出てくるであろうライアン・マーフィーの新作ドラマ。他にもプロデューサーとしてブラッド・ファルチャックやティム・マイナーが関わっている。

LAを舞台に、事故の現場に急行する救命士や警察(ファースト・レスポンダーと呼ばれる)の活躍を描いたもので、第1話では下水管に詰まった新生児の救助とか、強盗に押し入られた家の子供の救助など、まあいろんな事件が次から次へと起きています。

出演人物は緊急通報(アメリカでは「911」番)の電話に対応するオペレーターをはじめ、ベテラン消防士とその血気盛んな部下、冷静沈着な女性警官などが登場する。単に仕事での姿だけでなく彼らの私生活の様子も描かれ、オペレーターは痴呆症の母親の介護をしているし、ベテラン消防士は元アル中で、女性警官の夫はゲイとしてカミングアウトしたばかり、と皆が様々な悩みを抱えている。

出演者は結構豪華で、オペレーター役にコニー・ブリットン、消防士役にピーター・クラウザや俺の好きなケネス・チョイ、女性警官役にアンジェラ・バセットなどなど。アンジェラ・バセットってもうすぐ60歳なのにアクション多めの役を演じているのか。

まあ次から次へと緊迫した事件が続くので見てて飽きないし、役者もいい人たちが揃っているのだけど、これって20年近く前に「サード・ウォッチ」がやったことと内容は全く同じではないのか…?単に事件の一部始終を映すのではなく、もうちょっと捻りがあってもいいのでは。ケーブル局のFXではなく地上波のFOXの番組であるせいか、ライアン・マーフィーの作品にしては大味な印象を受けた。

なおディズニーによるFOX買収にあたって、マーフィーはディズニーCEOのボブ・アイガーから電話をもらって話し(それだけ彼は力を持っているのだ)、当面はFOXに残ることを決めたらしいが、この「9-1-1」は彼の作品にしては比較的凡庸かな、と思いました。

「明月幾時有」鑑賞


今年の第一弾は香港映画な。自分の詳しい分野ではないが、題材に興味があったのと良い評判を目にしたので。英題は「OUR TIME WILL COME」。

舞台は1941年、日本帝国軍占領下の香港。そこで抗日レジスタンスは日本軍の監視の目をくぐり、作家や芸術家といった知識人たちを中国本土へ脱出させる活動を行っていた。香港で母親と暮らす方蘭は小学校の教師を務める素朴な女性だったが、家の二階を作家の夫婦に貸していたことで、レジスタンスに彼らの脱出の手助けをすることになる。これがきっかけで方蘭はレジスタンス活動に身を投じていくことになる…というあらすじ。

方蘭は実在した女性で、いちおう事実に基づいた話であるという説明がされるものの、どこまでが史実でどこまでが脚色なのかはよく分かりません。レジスタンスの若きリーダーである劉黑仔(これも実在の人物)がやたら強くて、ピストル1つで憲兵隊の小隊を全滅させたりしてまして、まあそういうのは誇張されてるんでしょう。本国では香港の中国への返還20周年にかこつけて宣伝・公開されたらしいが、血湧き肉躍るプロパガンダ映画というよりも、戦争の流れに翻弄される市民たちの物語に焦点をあてた内容になっている。

2時間ちょっとの尺の作品だが最初の30分くらいは方蘭はあまり登場せず、脱出する作家夫婦の話が主に描かれている。そして1時間を過ぎたあたりから方蘭がレジスタンス活動を本格的に行っていくが、最初は抗日を呼びかけるビラ配りを手伝う程度だったのが、あれよあれよと言う間に支部長みたいな立場になっていて、最後には銃撃戦もお手のものになってたりするんだが、レジスタンスとして成長していく過程がまったく描かれないのはどうなんだろう。素朴だった少女が黒服をまとい、目がどんどん据わっていく姿はまるでカルト教団にハマった女性のようでした。

そんな方蘭に対して、彼女の活動に気づきながらも反対はできず、心配しつつ陰ながら手を貸す母親とか、日本人兵士と仲が良くなり、日本軍とレジスタンスのあいだで心が揺れる方蘭の恋人のほうが心情の描写は丁寧に描かれていたかな。あと方蘭の部下だった少年が、数十年後に一連の思い出を記者(監督自身?)に語る、という構造にもなっているのだが、そんなややこしいスタイルをとる必要があったのか?

監督のアン・ホイって香港映画のベテランで、母親は日本人という方なのね。方蘭役に中国を代表する女優のジョウ・シュン、助演にディ・ポンやウォレス・フォと、それなりの豪華なキャストということでいいのかな?日本からは占領軍の大佐役で永瀬正敏が出演していて、「パターソン」といいいろんな作品に出ているな。あとは音楽を久石譲が担当しておりました。

アクションシーンも派手なところと変なところがあるし(ライフル銃の弾が光って飛んでくる!)、前述のように方蘭の心理描写が足りない気もしたので、評判ほどの作品ではなかったように感じたものの、昨年に香港へ旅行したこともあって、いろいろ興味深く観ることができました。今年はアジア映画もきちんと観なければ。これは日本で公開されますかね?