「The Book of Genesis Illustrated by R. Crumb」読了

アンダーグラウンド・コミックの始祖、ロバート・クラムが旧約聖書の「創世記」を描いた本。

なぜクラムが聖書を?というのは誰でも考えることで、アンダーグラウンド・コミックに影響を与えたベイジル・ウルヴァートンが晩年に宗教に目覚めて聖書の物語を描いた例が過去にはあるけれど、クラムの場合はそうした信仰の目覚めみたいなのがあったわけではなく、むしろ「聖書は神の言葉などではなく、人間の言葉だと私は考えている。それが長年のうちに聖職者たちによって編集され、彼らにとって都合のいい内容に変えられてきたのだ」と序文で明記している。どうも最初はアダムとイブの話だけを描く予定だったのが、聖書の話に興味を持つようになって5年かけて「創世記」を描きあげることになったらしい。

クラムが聖書を人間の言葉だと考えているからってアンチ宗教のような解釈は一切されておらず、むしろ表紙に「NOTHING LEFT OUT!」と書かれているように、「創世記」の出来事をすべて残らず緻密に描いた内容になっている。執筆にあたっては複数の版の聖書を研究し、当時の人物の衣装なども調べ上げる懲りようだったとか。

そして中を読んでみると分かるんだが、「創世記」で語られる物語は殺人・姦淫・裏切り・妬み・権力争いなどなど、今までクラムが描いてきたコミックと実は内容があまり大差なかったりする!白髪の老人という古典的な姿で描かれる神様(焼けた肉がお好き)は最初のほうは自分の創ったアダムとイヴを追放したり、洪水で人物の滅亡を図ったりとかなり理不尽な行為を重ねているものの、やがて人の夢とかに出てきて理不尽なお告げを与える存在という裏方にまわり、話はむしろノア・アブラハム・イサク・ヤコブ・ヨシュアといった男たちの(必ずしも宗教的ではない)年代記へと変わっていく。

そこで語られる話においては、割礼されていない男や子供を生まない女はまっとうな人間として見なされないし、父を騙して兄の代わりに祝福を受けたヤコブが公明な人間として描かれるなど、現代の観点からすると疑問に思われる箇所がいろいろ出てくるわけだが、当時のものの考えを知ることができるのが面白い。またクラム自身が奇妙に思った箇所については最後に解説がつけられていて、そもそも当時は女性を上位とする文化が栄えていたものの、やがて家父長制が台頭してくるようになり、それに合わせて聖書が書き換えられたために物語に歪みが生じたという推測をしているのが非常に興味深い。

何世代にも渡る物語が200ページ以上にびっしりと描かれているのはなかなか圧巻。クラムのイラストの素晴らしさは説明する必要もあるまい。いかんせんボリュームが大きいうえに話が淡々としているので読み進めるのには根気がいるかな。ロバート・クラムの入門書(あるいは聖書の入門書)としては必ずしもお薦めできないが、彼のファンならぜひ手にとってほしい大作。ニューヨーク・タイムズのベストセラー・リストを独走していることから察するに、本国ではクラムのファン以外にも好評をもって受け入れられているみたい。

グラント・モリソンの伝記映画


「インビジブルズ」や「ファイナル・クライシス」などで知られるアメコミ作家グラント・モリソンの伝記映画が来年のコミコンで公開されるそうな。伝記映画といっても彼が自分の経歴や思想を語るのをインディペンデント系の監督が撮ったという規模のもので、「The Mindscape of Alan Moore」に近い出来になるのかな。

今や大魔術師のような存在になって寡作になってしまったアラン・ムーアよりも、トリックスター的に作品を乱発しているモリソンのほうが個人的には好きでして、この映画により彼の作品や思想がより多くの人に伝わって欲しいところです。最大の難点は、前にも書いたが、あのコテコテのスコットランド訛りでは彼がなに言ってるんだか全然分からないことで、上のトレーラーのように字幕をつけてくれないと観るのは大変シンドいことになりそうだなあ。

「KICK-ASS」トレーラー


Kick-Ass

Trailer Park | MySpace Video

マーク・ミラーとジョン・ロミタJr.によるコミックの映画化。「現実世界」においてオタクの少年がスーパーヒーローになろうと決心し、コスチュームをまとって悪人たちをブチのめしていくのだが…という内容の作品。

前にも書いたがここ数年でマーク・ミラーってかなり俺にとって嫌いなライターになってしまって(それでもブライアン・マイケル・ベンディスよりは遥かにマシだが)、サエないオタクが不特定多数に対して暴力的な復讐を遂げていくという、作家の願望そのままのプロットには辟易しているのであります。「ウォンテッド」もそんなんだったよな。この「KICK-ASS」もざっと原作を読んだ限りでは、なんでそこまで暴力描写が必要なの?という感じだったし。

まあ口の達者なキャラクターとバイオレンスというハリウッド好みの作品を書く人だし、アラン・ムーアみたいに映画化を渋るわけでもないから今後もハリウッドとの蜜月関係は続くんだろうな

アラン・ムーア&ゴリラズ

「フロム・ヘル」の刊行により日本でも知名度がグンと上がったような気がするアラン・ムーア先生が、デーモン・アルバーンおよびジェイミー・ヒューレットことゴリラズと組んでオペラを作るそうな。まあ以前にもバウハウスのデビッド・Jとかと一緒に音楽活動をやってたりしたから必ずしも意外なことではないんだけど。ムーアとヒューレットは以前にコミックで組んだことはあるのかな?

でもこういうことやってて肝心の「LoEG: Century」とかの執筆は遅れたりしないんだろうか。俺がいちばん読みたいムーアの新作はむしろLoEGよりも「The Moon and Serpent Bumper Book of Magic」なんだけど、あれは共著者のスティーブ・ムーア(血縁関係なし)が身内の介護活動に時間をとられきりということで刊行が遅れているようだし。

しかし上のリンク先のNMEの記事、”‘Watchman”s Alan Moore”という見出しは何だよ。

「Richard Stark’s Parker: The Hunter」読了

昨年他界したドナルド・E・ウェストレイクがリチャード・スターク名義で執筆した犯罪小説の「悪党パーカー」シリーズの第一作「悪党パーカー/人狩り」を、「DC: The New Frontier」など優れた作品を出しているダーウィン・クックがコミック化したもの。

ウェストレイク自身からアドバイスを受けながら製作していったという作品だけあって内容は原作に非常に忠実で、強盗のあとに妻と仲間に裏切られて瀕死の重傷を負った主人公パーカーが、あらゆる手段を使って冷酷に復讐を遂げていく姿が臨場感たっぷりに描かれていく。クリーム色の紙のうえに黒と青のインクを使ったスタイルがノワール感を引き立てているほか、「New Frontier」同様にレトロな設定の舞台はクックの得意とするところなので家具や衣装のデザインを見ているだけでも楽しい。

難点があるとすれば通常のアメコミよりも1まわり小さいB5版くらいのサイズなので、全体的にコマが窮屈な感じがすることかな。あとクックの画風だとどうしても人物がカートゥーン的になってしまうわけで、パーカーの描写は完璧なものの、原作だと悪役のマルなんかはもっと脂ぎった下劣な男のような気がしたし、娼婦のリンダはもっとヴァンプ的なイメージを抱いてたんですけどね(クックの描く女性に色気がないわけではないが)。こうした脇役のデザインについてもウェストレイクからの指示はあったのかな。

今後もクックは「悪党パーカー」シリーズのコミック化を行っていくそうなので大いに期待しよう。