「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」鑑賞

よく考えるとこのストレートな邦題って不親切だよな。00年代が終わる前に観たかった作品。ポール・トーマス・アンダーソンって「ブギー・ナイツ」や「マグノリア」における「とりあえず最後にみんな泣く」的な演出が嫌いであまり好きな監督ではなかったのですが、これは面白かった。

満たされることのない欲を持った主人公が周囲の人間を不幸にしようともつき進み、20世紀の基礎となる産業を築き上げるさまは圧巻なんだけど、この映画が何を伝えたいのかはいまいち良く分からず…単純な「強欲の肯定」ではないよな。じゃあ信仰と欲の対比かというと、あの牧師を金にこだわる人物として描いたことでその対比も薄まってしまったし。結局のところ誰もが欲に動かされているということかしらん。

ダニエル・デイ=ルイスの怪演なしでは成り立たなかった映画だが、彼ひとりでストーリーを支える必要がなく、おいしいところだけ取っていけた「ギャング・オブ・ニューヨーク」での演技のほうが個人的には好きかな(世間が何と言おうと俺はあの映画が好きだ)。あとレディオヘッドのギタリストによる音楽が予想以上に良かった。映像の背後に埋もれず、もっと前に出てきて存在感を出しているスコアというのを久しぶりに聴いたような気がする。

多くの批評家が挙げているように00年代のベスト10に入るような作品かというと、必ずしもそういう気はしなくて、同年公開された「ノーカントリー」のほうが好きなんだけど、それでも十分に見応えのある作品であったことは間違いない。

「レミーのおいしいレストラン」鑑賞

これも観てなかった00年代の名作。00年代の途中にピクサーがディズニーの子会社になったことで、坊主憎けりゃといった感じでピクサーの作品をちょっと敬遠するようになっちゃったんだよな。でもこれはピクサーのいつもながらのクオリティが保たれた、大変楽しめる作品でございました。

1時間を超すあたりまでは結構ストーリーが予定調和な感じで進んでいてあまり目新しさは感じず、ラストでレストランを継いでハッピーエンドかな…と思っていたらそのあとすぐにレストランを継ぎ、イーゴの挑戦を受けるあたりから話は俄然と面白くなってくる。やっぱりああいう先の読めない展開があると良いですね。

声優に関してはリングイニ役のルー・ロマーノは終始喘いでいる感じで主役にしてはちょっとイマイチかな。あと俺はやはりジャニーン・ガロファロの声がセクシーに感じられんのよ。逆にピーター・オトゥール によるイーゴが良かったな。最後のところは彼がいちばんおいしい役だったような。

ピクサーの作品って他のスタジオのアニメの多くと異なり時事ネタとかセレブな声優に頼らないから何年かあとに観ても古さを感じさせない点が見事ですね。急いで続きを連発して結局誰も観なくなった「シュレック」なんかとはそこらへんが違うんだよな。早く「ウォーリー」も観とかないと。

「マルホランド・ドライブ」鑑賞

これから年末にかけて、見逃していた00年代の名作をいろいろ観ようかと思っているのです。そういう作品に限って長尺で観るのに時間かかったりするわけだが、この「マルホランド・ドライブ」もその1つで長尺ゆえに観るのを敬遠していたものの、いざ観てみると先が全く読めない展開のおかげでいっさい中だるみするようなこともなく、あっと言う間に観終わってしまった。こういう理解不能なストーリーであっても観る人を引き込むデビッド・リンチ(とアンジェロ・バダラメンティ)の手腕は流石だなあ。

ストーリーに関しては最初からもう理解しようとする気は放棄してるんだが、IMDbの解説を読んでなるほどーと合点がいった次第です。「XXは○○の夢だった」というのはやや安直な気がしないでもないが、今まで田舎を舞台にした作品が多かったリンチがハリウッドの虚栄を描くとこうなる、という意味では非常に興味深い。

あと冒頭のジルバのシーンとか観て感じたけど、リンチってジョン・ウォーターズに通じるものがあるんじゃないだろうか。どちらの作品も健全な50年代がベースにあって、それが何らかの理由で歪みに歪みまくってスクリーンの上に顕在しているような。そう思って調べてみたら彼らって同い年なんですね。

役者的にはナオミ・ワッツが素晴らしい。彼女こんないい演技ができるとは知らなかった。あとロバート・フォースターとかダン・ヘダヤといった俺好みの役者も出ているけど、どちらも出番が1シーンしかなかったのが残念。でもヘダヤの怪演は良かったな。

デビッド・リンチの凄さを再び実感させてくれた作品。こうなると「インランド・エンパイヤ」も観なきゃあかんな…でもあれは3時間もあるんだよな…。

「G.I.ジョー」鑑賞

なぜかDVDが手元にあったので。変な訛りのある人たちがいろいろ出てくる映画ですね。本来ならいちばん訛りがあるはずのバロネスに訛りがないのはヒロイン扱いだからか。

とりあえずダメ大作映画の見本のような作品。ストーリーは予定調和というか盛り上がりに欠けるし、CGはショボいし出演者の演技がみんな下手だし。いちばん生き生きと演技してたのがよりによってマーロン・ウェイアンズだったというのは憂慮すべき事実であろう。世界を救えるかという重要な事態が、元恋人たちの痴話ゲンカによって左右されるという展開も最近のハリウッドのトレンドをを象徴しているようで嫌だな。そして原題のようにコブラ軍が勃興して次回に続くのかと思ったら、そのあとすぐ首領が捕まってるのはバカかと。

いちおうラリー・ハマがクリエイティヴ・コンサルタントに就いてたらしいけど、それでこの出来じゃなあ。ラリー・ハマというのは日系のアメコミ作家で、80年代にマーヴェルで「G.I.ジョー」のコミックのストーリーをずっと担当したことで知られ、「G.I.ジョー」における人物設定とかの殆どを創作した偉い人なんですが、映画の設定はコミック版とずいぶん違ってない?特にコブラ・コマンダーの過去については『しがない中古車セールスマンだったが、不幸に見舞われたことでブチ切れて悪の道を進むようになった』というコミック版の設定が完全に無視されたのが至極残念。世界制服をたくらむ元中古車セールスマンなんてのが首領だったら、俺は間違いなくコブラ軍に入隊してるね!

「Sita Sings the Blues」鑑賞

アメリカの漫画家ニナ・ペイリーがほぼ独力で作った大傑作アニメーション。インドの叙事詩「ラーマーヤナ」をもとに、恋人に捨てられた女性の悲哀を描いた作品になっている。

インドのラーマ王子は訳あって王国を14年のあいだ追放されることになり、妃のシーターを連れて森のなかに住んでいた。しかしラークシャサ(悪魔)の王ラーヴァナがシーターを気に入り、ラーマが不在のときに彼女を誘拐してしまう。ラーマから放され、嘆き悲しむシーター。そこでラーマは猿の大群を率いてラーヴァナのもとに攻め入り彼を倒し、無事にシーターを奪還して王国へと帰還する。しかしその後すぐにシーターが妊娠したことから彼女の不貞が人々のあいだで噂されるようになり、それを気にしたラーマによってシーターは再び森のなかへと追放されてしまう…というようなお話。

本編はインドの伝統画のスタイルで語られ、それに絡めて1920年代の歌手アネット・ハンショウによるジャズ/ブルースをシーターが歌うフラッシュ調のアニメ、およびインド神話の詳細が影絵人形によって解説されるアニメ、そしてラーマとシーターの話と対をなす現代のカップルを描いたラフ・スケッチ調のアニメと、合計4つ(以上)のスタイルのアニメが入れ替わり用いられていくわけだが、アニメの特性を十分に活かした演出がもう美しいのなんのって。こういうのは3Dアニメではまだまだ出来ないですね。スタイルだけでなく歌に合わせたストーリーテリングも女性の気持ちをうまく描いていて非常に秀逸。

例によって音楽の使用権でモメたあげく、クリエイティブコモンズのもと公式サイトから無料ダウンロードできるようにされたんだが(高画質版もあり)、このたびめでたくDVD発売となったそうな。これはぜひ多くの人に観て欲しい作品。上映会とかも無料で行えるらしいので、誰か日本でも開催してくれないかな。日本語の字幕をつけた偉い方がいるようなので、ぜひご覧あれ: